震災以後のノンフィクションに挑む

それぞれのスタイルで

 

荻上 今日はお二人にノンフィクションの切り口についてお話していただけたらとおもいます。まずは、お二人がそのスタイルを選んだきっかけはなんだったのでしょうか。石井さんはなぜ、ものをかくようになったのですか。

 

石井 親父が演劇関係の仕事をしていて、周りにものをつくる人間しかいませんでした。それが当たり前という環境で育ってきたんです。はじめは、映像と文章の世界の両方に興味があったんです。でも映画ってみんなで作りあげていく分、妥協の産物だとおもって。自分の意見ってその中でどうしても消えていってしまいます。でも、本というのは、自分ひとりでつくっていく部分が大きくて、こっちの方が自分に合っているなとおもいました。

 

谷崎潤一郎の『春琴抄』に佐助が目を潰す場面があるじゃないですか。それを読んだ時に、文章の方が映像よりもリアリティがあるとおもって。中学生の頃には活字というメディアに魅力を感じていました。高校の頃にはもうこれで行こうと決めていましたね。

 

なぜ、ノンフィクションをやっているのかと聞かれたら、別にノンフィクションにこだわっているわけじゃないんです。大学一年生の時に初めてアフガニスタンとパキスタンに旅行に行った時、物乞いがずらっと並んでいるのを見ました。直感的にこれを自分はやらなきゃいけないし、やれば全て上手くいく、という確信を持ったんですよね。あくまでも感覚的なものだったんですが……。それがノンフィクションをかくきっかけです。

 

荻上 ミシマ社さんのインタビューで、文章のテクニックの訓練をしていたとお答えになっていましたね。

 

石井 親や周りにものをつくる人間ばかりだったので、どこまでやらなきゃいけないのかということがパラメーターとしてわかるわけです。例えば、親父の仕事を見れば、どれだけセットをつくるために絵をかかないといけないかわかるし、オペラ歌手がどれだけ歌い続けてきたのかわかる。作曲家の人達がどれだけモーツアルトを模倣していたかということもわかるわけです。

 

文章だってまったく同じ話であって、文芸という世界で生きて行くんだから、それを芸にしなければいけない。誰かを真似したことのない絵描きっていないだろうし。クラシックをやる人間でベートーベンモーツアルトを聞いたことのない人間はいないだろうし。

 

荻上 みんな初めはコピーから入りますもんね。

 

石井 そうです。文章だって同じ話だとおもうんです。だから、芸を身につけるということを当たり前に考えました。本を一日三冊読んで、短編をどんどん模写していったのですが、それは自分の中で当たり前でしたね。

 

荻上 写真も撮られてますよね。石井さんの中で写真ってどういうものなのでしょうか。写真が表紙にも使われていますし、「写真集を出さないか」という話もあるとおもいますが。

 

石井 ありますね。でも、ぼくは写真ってあんまり得意だとはおもっていません。訓練もしたこともないですし。ただ、自分の写真がなぜ商品になるのかというと、誰も撮っていない写真だからだとおもうんです。

 

つまり、同じ材料を写真家が撮った方がそれは上手いに決まっているんです。でも、写真家は物乞いの写真をとらないわけです。であれば、それを撮ったぼくの写真は作品でなくても記録として成り立つ余地があります。

 

なににしても最低限の技術は必要です。ただ、その技術だけではダメ。それにプラスアルファで他の人がやっていないことを、どうやっていくのかということだとおもいます。蔵前仁一さんが『旅行人』という雑誌をつくっていた時、毎月のように「オレの旅行本を出してくれ」という人が来たらしんですよ。彼は「人が怒っている写真を撮ってきたら本にしてあげるよ」といって帰したようです。でも、そんな写真を取れる人なんて誰も現れなかった。

 

笑顔の写真だったら、死ぬほど上手いカメラマンが撮っても写真集にはならないわけです。その倍率たるやすごいですから(笑)。でも、怒った人間の写真はなかなかとれないから、その写真集は簡単に出せます。お客さんは写真が上手い下手だけで写真集を買うわけではないんです。

 

荻上 吉本さんは、漫画家になられる前は、テレビの制作のお仕事をされていたんですよね。漫画は小さい頃からかいていたんですか。

 

吉本 そうですね。漫画はかいてましたけど、ぼくはそんなに画力がないんで。

 

荻上 いえいえ。

 

吉本 偶々受かった社会福祉の大学に行って、当時流行っていた8mmビデオで映像を撮って、編集して友達にみせたらすごく喜んでもらえて。それでTV業界に入りました。先ほど石井さんもおっしゃっていましたが、映像ってなかなか自分の思い通りにいかないものなんですよ。カメラマンの方に指示を出したりしないといけません。そういうことが性格的に苦手だったので、ひとりでかいた方が自分のかきたいものをかけるかなとおもい漫画家になりました。

 

荻上 影響を受けた漫画などはありますか。

 

吉本:そうですね。『まんが道』(藤子不二雄A)には今考えると影響を受けたとおもいます。若い頃はただ漫画の作品として読んでいたんですけど、今考えてみるとノンフィクションのおもしろさに惹かれていましたね。

 

荻上 ノンフィクションを自分の作風だと意識したことはありますか。

 

吉本 仕事はあるにはあるんですけど、結果がなかなか出ないという時期というのが続いていました。そこまでは、フィクションの漫画をかいていたんです。仕事もなくなったので、バイクのツーリングが好きで日本を一周しようとおもい立って。帰って来て、日本一周の話を土産話のつもりで編集者の方にしたら、「それ漫画にしましょう」といってもらって。それがノンフィクションに集中するようになった一つの転機なのかなとおもいます。ちょうどその準備をしている時に『ブラック・ジャック創作秘話』(以下、『創作秘話』)の話が来ました。それも運が良かったというか。一度は無理ですと、断ろうと思ったんです。でも編集の方が、特別連載だから、一話だけかけばいいといわれて。まぁ、それが連載になったんですけど。

 

たぶんバイクに乗ったことが、物凄く良かったんじゃないかと思います。言葉ではいいづらいのですが……。バイクで田舎を走っていると、東京では定年した方などがやる交通整備の仕事を若い方がやっていたりして。田舎で仕事をさがすのは大変なんだなと。それを見て、東京で漫画をかく仕事があるんだから、ぼくも頑張らなきゃとおもいました。

 

荻上 『ブラック・ジャック創作秘話』は、手塚治虫をテーマに、働き方の熱意を漫画にしたわけじゃないですか。それをかいてみて心境の変化はありましたか。

 

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