「公安テロ情報流出事件」裁判――警察はあらゆる個人情報を自由に集められるのか

いまから3年ほど前の2010年11月4日、尖閣諸島中国漁船衝突事故の映像がYouTubeに流出し、大いに世間を騒がせました。みなさんも覚えていらっしゃるでしょう。しかしその6日ほど前に発覚した、より深刻な情報流出事件のことを覚えている方はいるでしょうか?

 

ファイル共有ソフト“Winny”(ウィニー)を介して、警視庁公安部(外事三課)が収集したとされる大量の個人情報を含む内部資料がインターネット上に流出した「公安テロ情報流出事件」です。

 

テロ捜査資料が流出してからおよそ半年後、個人情報を収集された挙句、流出させられたムスリムとその配偶者の合計17人は、国と警視庁の所属する東京都を 相手方として、一人当たり1100万円を求める国家賠償訴訟を提起しました。提訴の理由は、今回の捜査が、捜査される側が許容できるような限界を超えた、 違法な捜査であるというものでした。私は原告の代理人の1人として、この訴訟に関与しました。

 

これから、この事件について、流出した情報の概要を説明しつつ、裁判の経緯についてご説明したいと思います。

 

 

流出した個人情報

 

まず、どのような捜査資料が流出したのでしょうか。流出の実態が端的にわかるA4サイズ1枚分の資料があります(資料1)。

 

 

【資料1】※クリックで拡大

【資料1】※クリックで拡大

 

資料1をご覧頂くとお分かりの通り、流出したのは、日本に居住するムスリム(イスラム教徒)の方々の詳細な個人情報です(どのような方々が捜査の対象になったのかについては後述します)。実際の流出資料にはもちろん黒塗りはありません。住所、氏名、生年月日といった基礎的な情報はもちろんのこと、モスクへの出入状況、本人や配偶者の勤務先や子どもたちの通学先、前科・前歴といった詳細な個人情報が、履歴書の様な形式の1枚の紙に記載されています。

 

この資料を見て、「警察がこういった資料を作るくらいだから、この資料に載っている人達はテロと関係が深い人たちなのではないか」と思われるかもしれません。しかし、これは大きな誤解です。流出した資料に掲載されていた方々は、飲食店の経営者や運転手、大手企業に勤務するサラリーマンなど、一般的な職業に就き、家庭を持つ、いわば普通の市民でした。

 

また、この資料1には『容疑』という欄がありますが、この欄に記載されている情報をみると、そもそも『容疑』として捉えること自体がおかしい内容か、伝聞に伝聞を重ねた結果の間違った情報ばかりだったことがわかります。

 

例えば、あるムスリムは『容疑』欄に「テロ関係者に航空券を手配した」といった記載されています。その方は日本とイスラム諸国間に特化した旅行代理業をしていました。不特定多数に航空券を手配しており、その中に、知らないうちにテロ関係者が混ざってしまった可能性があるだけです。

 

また別のムスリムの『容疑』欄には、「テロ関係者が立ち寄ったモスクのコックだった」とか、「テロ関係者が立ち寄ったモスクの警備員だった」などと書かれています。モスクはオープンなスペースです。ムスリムであれば誰でも入り、祈り、出される食事を食べることができます。知らないうちに自分の働くモスクにテロ関係者が立ち寄っただけで『容疑』をかけられてはたまりません。しかもこの情報は、伝聞に伝聞を重ねたものとして資料に記録されており、本当にそのモスクにテロ関係者が立ち寄ったのかもわからないのです。

 

こういった低レベルの『容疑』についての捜査では、例えばテロ関係者とされる人を乗車させたタクシー運転手や、食事を出したレストランのコック、旅行券を手配したJTBなどの旅行代理店に勤務している方々についても漏れなくテロ関与者の『容疑』があることになってしまいます。

 

資料に記載された『容疑』とはこの程度のものでした。警察は、すべてのムスリムの言動を把握し、詳細な個人情報を収集しながら、この程度の事実しか『容疑』欄に記載できていませんでした。このこと自体、記載された人々がテロと全く関係がなかったことを物語ります。

 

けれども、多くの人は、「警察がすることだから間違いはないだろう」という過度の信頼を前提に、「この資料に掲載されたムスリムはテロと何かしらの関係がある人だろう」と考えてしまいました。

 

ある方は、勤め先をクビになってしまいました。ある方は、経営していた飲食店の売上が激減しました。ある方は、ムスリムの仲間内からつまはじきにされてしまいました。ある方は、古くからの取引を打ち切られてしまいました。また、モスクに行く気持ちが薄れてしまった方もいます。自分の管理するモスクに来る人が減ってしまうこともありました。社会のいたるところから、偏見を浴びせられた結果です。

 

そして、これらの被害は子どもを含めた家族にも及びました。警察は子どもであっても、「ホームグローンテロリスト」(国外からではなく、国内出身者が引き起こすテロリズムの実行者)の疑いがあるとして、捜査の対象としていました。結婚、就職、その他の社会生活で、大きなハンデになってしまう――テロ関係者として個人情報が流出したムスリムは皆、そういった懸念を感じざるを得ない状況に追い込まれていきました。

 

 

 

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