「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」についての私見

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9月28日、厚生労働省は、社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」にて「生活支援戦略に関する主な論点(案)」を発表した。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002kvtw-att/2r9852000002kvvd.pdf

 

「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」は、社会保障・税一体改革大綱(平成24年2月17日に閣議決定)に盛り込まれた「生活支援戦略」の策定を念頭に、生活困窮者や社会的に孤立した方の抱える問題、生活保護制度の課題等について、全体的かつ包括的な議論を行うために2012年4月に発足した。

 

審議会の委員の構成は、社会保障分野の研究者や行政などの官民の専門家、社会福祉法人やNPOなどで活動する支援者、地方自治体の首長などである。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000029cea-att/2r98520000029chw.pdf

 

そして、ここで議論しまとめられた「生活支援戦略」は、平成25~31年の7カ年を対象期間とし、生活困窮者への支援体制の底上げ・強化を図り、体制整備を計画的に進めるための、国の中期プランとしての役割を担うことになっている。

 

 

「生活支援戦略」とは

 

4月に始まったこの審議会において、厚生労働省は、6月の中間とりまとめを経て8回目の今回、これまでの議論の論点をまとめた「素案」として、9月28日にこの「生活支援戦略に関する主な論点(案)」を発表した。(これまでの各回の議事録や資料は公開されている。参照されたい。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008f07.html

 

今回発表された「生活支援戦略に関する主な論点(案)」は、あくまで「素案」に過ぎない。今後、この論点整理がなされた「素案」をベースに、当該審議会にて各施策についての検討や、現行施策の見直しなどの「制度設計」についての議論、関連法案や関連施策との「調整」などが、具体的に話し合われていく予定である。しかし、「素案」とはいえ、この「生活支援戦略に関する主な論点(案)」に提起されている各施策案は、今後の日本の社会保障政策全体の、大きな方向性を左右するものである。

実際に「生活支援戦略に関する主な論点(案)」では生活困窮者の(1)社会参加と自立の促進、(2)「貧困の連鎖」の防止、(3)生活保護給付の適正化、(4)自治体業務の軽減が掲げられている。各項目に関してそれぞれ様々な論点が提示されているが、特に大きな柱である「生活保護」については、「国民の信頼に応えた制度の確立」を目指すために、給付の「適正化」を行うとしている。

 

このように、この「素案」の内容は、最後のセーフティネットと呼ばれる「生活保護」についても「国民の信頼に応えるために」という名目において、一部制度変更も含めた提起を行うものであり、日本の社会保障の根幹に踏み込む内容を含んでいる。

 

本稿ではこの「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における、「生活保護の適正化」として挙げられた各項目の「論点」と「施策案」を貧困の現場で活動する視点から分析し、「私見」を述べたいと思う。なお、現在の生活保護制度についての解説は、下記の拙稿を参考にしていただければと思う。

(シノドス・ジャーナル『貧困の「現場」から見た生活保護』:https://synodos.jp/welfare/126

 

また、この「生活支援戦略」は生活保護制度のみならず、生活困窮者対策の広範な施策にかかわるものである。他の領域の様々な研究者、論者、実践者をはじめ、市民の間でひろく議論がなされることを望んでいる。

 

 

生活保護の適正化の「論点」と「評価」

 

今回、厚生労働省が発表した「生活支援戦略の主な論点(案)」のなかの、「生活保護の適正化」についての主な項目は、大きく「就労自立支援」「健康・生活支援」「医療扶助の適正化」「不正受給対策」「自治体の負担軽減」に分けられる。

 

以下に各項目の主な各施策案について、あくまで現段階での「私見」として、評価をつけてみた。それぞれの案について「○←評価」「△←条件付き評価」「△×←現状では評価が難しい(リスク高い・不十分)」「×←反対」の4つに整理している。ただし、まだ実際に始まっていない先駆的な案も提起されており、正直、判断が難しいものもある。その点は、ご了承をいただきたい。

 

 

■就労自立支援

評価

保護開始から期間(6か月など)を定めての集中的な就労支援を行う

保護開始からの一定期間中に低額でも一旦は就労することを求める

×

上記の観点から勤労控除の水準や控除率の見直し、特定控除の廃止を検討

△×

就労収入積立制度(仮称)の導入

△×

就労自立後は生活困窮者対策の総合相談体制で支援

車の保有の要件の緩和

就労事由による転居費用の支援

身元引受制度の創設

受け入れ企業の開拓

■健康・生活支援

保護受給者が自ら健康管理を行うことを責務とする

×

健康診断結果を福祉事務所が入手可能とする

×

健康や受診に関する助言指導を行う専門員の配置を行う

領収書の保存や家計簿の作成など、支出を把握できる取り組み

×

代理納付を推進し居住住宅ストックへの入居の促進を行う

居住支援を民間に委託し、地域で見守り・日常生活支援・相談を行う

■不正受給対策

従来は「資産および収入の状況のみ」であった調査権限を「就労の状況や保護費の支出等」についても行えるようにする

×

過去に保護を利用していた人およびその扶養義務者も調査対象にする

×

照会・調査に関して官公署が回答義務を負う

扶養義務者の扶養の有無について「回答義務」を設ける

×

不正受給の罰則を引き上げる

△×

返還金については本人の了承を得られれば保護費との調整を行う

×

返還請求の際に本来の金額を超えて一定額の金額を上乗せして求める

×

就労意欲のない人の再度の生活保護申請の際の審査を厳格化する

×

返還請求に関して自治体が民事訴訟上の手続を経ずに財産の差し押さえを行えるようにする

×

家庭裁判所による扶養請求調停手続きを活用できるようにマニュアルやモデルケースを提示

△×

■医療扶助の適正化

検診命令を活用し、長く診療されている方に関して、定期的に他の医療機関にて検診(セカンドオピニオン)を受けるようにする

指定医療機関の有効期限の導入

指定医療機関への指導・調査・検査の強化

■自治体の負担軽減

生活保護ケースワーカー業務の軽減・民間委託化

△×

新たな生活困窮者支援体系の構築による民間団体との連携

社会福祉士などの専門職の採用の促進や経験を持ったNPOなどとの協働

 

以上、各項目について羅列した。

次にそれぞれの項目ごとに、上記の表における評価の理由など、簡単な解説を試みる。

 

 

「就労自立支援」について

 

今回のこの「素案」における「生活保護の適正化」の大きなテーマの一つは、「働ける人は働いて生活保護から脱却してもらう」というものである。そのための支援として「就労自立支援」の各施策と、就労への「インセンティブの強化」が掲げられている。

 

もちろん、実際に就労可能な方に対しては、適切な就労機会が得られるような支援や、より良い職に就くための職業訓練の場の提供など、積極的に行われてしかるべきである。ただ、それを考える前に、いくつか前提の整理が必要だ。まず、ここで言うところの「働ける生活保護利用者」とは誰であるのか、改めて考えてみよう。

 

生活保護利用者の世帯類型別の内訳を見てみると平成24年6月の段階で、高齢者世帯43.5%、母子世帯7.4%、傷病者・障害者世帯計30.8%、その他世帯18.3%となっている。

(厚生労働省「生活保護の動向」平成24年6月の速報値:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002l5fv-att/2r9852000002l5ka.pdf

 

いわゆる「稼働年齢層」と言われ、「働ける」とされる「その他世帯」の生活保護利用者は、全体の約18%で、実数としては約28万世帯である。そして、この「稼働年齢層」のなかには、障害者手帳の取得にはいたらないが、身体疾患、精神疾患や発達障害などを抱えている方々も含まれる。

 

同様に、これは平成21年のデータになるが、「その他世帯」の年齢階級別分布を見てみると、「その他世帯」の世帯主の平均年齢は55.8歳で、20代は2%、30代は7%、40代は16%、50代は34%、60代は30%となっていて、その半数以上が50代~60代であり、必ずしも「働き盛りの世帯主」とは言い難い。

(厚生労働省「生活保護制度の概要について」9ページ:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000019mog-att/2r98520000019ms5.pdf

 

このように「働ける」と表現される「その他世帯」の生活保護世帯は、実際には雇用のチャンスにめぐまれづらいケースが多いのではないかということが推測される。ではもし仮に、この約28万世帯の生活保護利用者が「働ける」としよう。実際、社会の側の受け皿はどうなっているのであろうか。

 

平成24年8月現在、日本の完全失業者数は約277万人であり、完全失業率は4.2%である。

(総務省「労働力調査」平成24年8月分:http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.htm

 

ちなみに単純比較はできないが、生活保護利用者は約211万人で、保護率は1.66%である。(保護率は人口百人当たりの保護利用者数)

(厚生労働省「生活保護の動向」平成24年6月の速報値(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002l5fv-att/2r9852000002l5ka.pdf

 

また、有効求人倍率は0.83で、正社員有効求人倍率は0.49である。

(厚生労働省「一般職業紹介状況」平成24年8月分:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002kb7f.html

 

このように、厳しい経済情勢の影響で、社会全体において雇用の「空き」が無い状態が続いていて、少ない席を奪い合わないと「安定した雇用」につくことができない状況がある。そういった環境の中で、先述の施策のように短期的に集中して就労指導を行ったとしても、長期的に働けるような就職に結びつく可能性というのはそう多くはない。そして、一定期間の間に「低額でも必ず就職することを求める」などの施策も、「雇ってくれる会社や事業者がいないと就職できない」という、当たり前の前提を考えるとナンセンスであると言える。

 

むしろこの施策が、雇用全体の質の低下につながる可能性について危惧している。「低額でも」という文脈は、いわゆる「中間的就労」とセットで進められていく可能性がある。今後の審議会の議論の進み方次第では実態は「雇用」に近い状態であってもボランティアやインターン、トライアル雇用などの名目で、実質的な「労働」を最低賃金以下などで担わされる危険性を孕んでいる。

 

その場合、限られた「雇用」の席を、最低賃金以上の低所得者層と、最低賃金以下の生活保護利用者層とで奪い合うことになりかねず、雇用者や事業主、企業にとって短期的な人件費の削減にはなっても、社会全体のプラスになるとは考えにくい。むしろ、不安定な雇用を増やし、社会的リスクを高めてしまうおそれがある。

 

また、就労自立を前提としたインセンティブとしての「勤労控除の見直し」や新しく創設するとしている「就労収入積立制度(仮称)の導入」も、労働政策や雇用環境の整備などと同時進行で行わないと実態をともなわず、むしろ現状の勤労控除のインセンティブよりも劣ってしまう可能性もある。

 

これらの「就労自立支援」は、いたずらに各実施機関における、実状とかけ離れた「就労指導の強化」を招き、生活保護利用者の「締め付け」を強める可能性を否定できず、一概に評価することは難しい。もちろん今回の「素案」では同時に、「身元引受制度の創設」や「受け入れ企業の開拓」も掲げられている。当然、雇う側と求職者のミスマッチを解消していくこと、雇う側が雇いやすくなるような仕組みを作っていくことは大切なことである。

 

しかし、繰り返しになるが、上記のような、本来の目的である「安定した雇用」というものとかけ離れた「就労自立」や「中間的就労」に結びつくようなものにならないように、何よりも生活保護利用者の「労働の権利」を最優先しなければならない。

 

なお、「就労自立支援」の項目で比較的評価できるのは、「車の保有要件の緩和」や「就労事由による転居費支給の支援」の部分であろう。また、「就労自立後は生活困窮者対策の総合相談体制で支援」に関しては、どのような担い手が「総合相談体制」を整備していくのかによっても変わってくるので、現状では評価し難い面もある。ただ、就労自立後の支援は今まであまり行われていなかった視点であり、具体案に注目したい。

 

「就労自立支援」の項目の全体としては、評価できる一部の施策の提案もあるものの、現状の経済状況・雇用情勢を考えたとき、「就労自立」が前提の制度設計の危うさを感じる。今後、どのような方向性で議論されていくのか注視したい。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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