摂食障害 100人100色の『回復』

体型への強いこだわりから陥る摂食障害。日常の報道では「痩せたい女性がなる病気」との印象が強いが、本来その原因は複雑で、患者により回復へのアプローチもさまざまだ。誤解や偏見を招く言説ではなく、正しい理解を広めたい。NHKとNHK厚生文化事業団は2016年10月2日にシンポジウムを開催。医師、臨床心理士、当事者方の話をもとに、100人100色の摂食障害との向き合い方、回復のあり方について考えた。その全容をお届けする。(構成/増田穂)

 

 

食べること、吐くことで落ち着く

 

荻上 摂食障害については、日々の報道や言説を通して、さまざまな誤解や偏見が流通してしまっています。こうした状況を鑑み、本日は内科医、臨床心理士、自助グループの方々をお迎えし、専門的な知識に基く意見交換の場を用意しました。根拠に基づいた議論を通じ、摂食障害への正確な理解、そして具体的な問題解決策について考える機会にしたいと思っています。

 

まずは、摂食障害の基本的な知識と患者支援について、政策研究大学院大学教授であり、日本摂食障害協会理事の鈴木眞理先生にご解説いただきます。鈴木さん、お願いいたします。

 

鈴木 よろしくお願いします。摂食障害には3つのカテゴリーがあります。1つ目は自分で抑えられない過食発作がある「過食症」。医学的には「神経性過食症」といいます。2つ目は「拒食症(医学的には「神経性やせ症」)」。病型は小食で痩せている「制限型拒食症」と、飢餓の反動で過食するようになって、それでもやせたいのでおう吐や下剤を使っている「むちゃ食い/排出型拒食症」の2種類があります。むちゃ食い排出型の拒食症と過食症は共に過食をしますが、過食症の体重は正常です。3つ目はストレスでむちゃ食いしてしまうタイプです。一般的に摂食障害は女性に多いのですが、こちらは中高年の男性に多く、男女比は1対1です。

 

過食症の方は対人関係に苦手意識があり、自己評価が低い方が多いです。ストレスを溜め、それが上手く発散できない傾向があります。すると嫌な気分になって、無性に何か食べたくなる。この時、脳が喜ぶ甘いもの脂っこいものを食べます。過食の最中だけ嫌なことを考えない解放感があります。

 

しかし、食べ終わると「太った自分には価値が無い」という歪んだ認知から、おう吐や下剤で痩せようとします。おう吐は食べて太らないだけでなく、嫌なものが出ていくような気分になり、身体だけでなく心もすっきりした気になります。しかし、おう吐による飢餓状態になり、脳は食事をするように指令を出して、再び過食します。過食やおう吐も後で嫌な気分になり、その不快感からまた過食するという悪循環に陥ります。

 

過食症の場合体重は正常です。動こうと思えば動けるし、脳もきちんと働きます。この状態であれば、認知行動療法や対人関係療法、抗うつ薬などで治療、対処できます。

 

たとえば認知行動療法は、ものの見方を変えることで行動の変化を促す治療法です。過食症患者の多くは、朝食・昼食を食べません。夜に過食するので、痩せるために昼間は制限する心理が働くんです。

 

ところが帰宅するとホッとして、1日の憂さを晴らすように過食してしまいます。憂さの原因は「ゼミの発表が散々だったから、教授に嫌われるだろう」といった思い込みのようなものが多い。教授はその人一人ひとりなんて覚えてないのに、気になってしょうがない。挙句ダラダラ夜中まで食べてしまったりする。

 

患者さんにはこうした食事の記録をつけてもらいます。記録をつけることで、一定の傾向が見て取れるようになる。試験前などストレスが溜まりやすいときは過食し、逆に友人との楽しい食事会の後は過食しないなど、自身の気分と過食の相関関係が自覚できるようになるのです。

 

同時に、ひと月で過食に使った金額を算出して、少しずつその金額を減らすよう提案したりします。過食はとてもお金がかかります。「辛い気持ちはお金では代えられないけど、これじゃあ経済が持たないから、少しずつ減らしていこう」といったアドバイスをします。

 

 

「回避」行動としての摂食障害

 

鈴木 過食症はこのようにいろいろな対応があります。一方、拒食症の方は薬が効きません。これは痩せることにより、脳内物質の分泌が阻害され、薬を飲んでも効きが悪くなるせいだと考えられています。マスコミでは歌手やモデルが拒食症で亡くなったこともとりあげられ、病気の社会的な認知のきっかけにもなりましたが、拒食症は死亡率が高い病気です。6年間の追跡調査で6~11%の患者が亡くなっています。早急に対処されなければなりません。

 

モデルや芸能人の方が多く亡くなっているので、「目立つ人が痩せたくてなる病気」「行き過ぎたダイエットのせい」と誤解されている部分があります。しかし、日本の普通の女子高生でも0.17~0.56%が摂食障害を抱えており、また、摂食障害を発病した時点でダイエットをしていた人は半数に過ぎません。

 

摂食障害になる多くの方々はストレスを抱えていました。ダイエットをしていなかった人も、無理が重なっていたときや、風邪にかかった後に食べれなくなり、それをきっかけに発病しています。摂食障害は美しくなるために起こるのではないのです。

 

治療後の患者さんへのアンケートからは「体重や食べることだけ考えるのは楽」「痩せてくると辛いことをあまり考えない」といった回答が見られます。言い訳ではないですが、頑張っても理想通りに出来ない自分に「病気だからしょうがないよね」と自分を許せたり、「治ったらまた頑張らなきゃいけなくて辛い」といった潜在的な意識が見て取れます。発病の原因は「回避」といわれています。ビジュアルを重視したり、ファッション性のためではなく、心を守るための行為として起こっているのです。

 

摂食障害を発症すると、痩せに伴う二次的な症状を持つことがわかっています。食べ物への執着や、気分の変調で、人柄まで変わってしまいます。

 

こうした変化については、1940年代に実験が行われています。被験者には、本来摂取するべきカロリー量の半分強のカロリーの食事しか与えず、その変化を観察しました。元は強制収容所に入れられ痩せ細ったユダヤ人の治療の参考として行われた実験です。半年続けたところで、被験者に大きな精神的変化が見られました。

 

たとえば、食に関することしか話さない、変な味の食事を作るようになる、イライラや抑うつ、無気力、過度な不安感が見られた被験者もいました。異性への興味がなくなったり、独りを好むようになったり、集中力、注意力、判断力なども低下し、実験後、全員が過食になりました。結果として、拒食状態が過食症を引き起こすことがわかったのです。

 

最近は脳科学の進歩で、拒食症の方に認識の障害が出て来ることも指摘されています。痩せ細った方が「自分は太ってる」というのですが、あれは冗談とか思い込みではなく本当にそう見えてます。

 

同時に、痩せているということは栄養失調状態です。これで身体の合併症がでます。低血糖で意識を失う、低カリウム血症で手に力が入らない、骨粗しょう症や月経不順による不妊症、おう吐している方だと歯が抜けてしまったり、拒食の影響で後遺症が残ったりすることもあります。

 

拒食に関して、厚生労働省は体重ごとに症状の指標を出しています。たとえば、標準体重の40%しか体重がない方は意識障害や運動障害が出る。55%になると、緊急入院の必要性がある。65%で免疫低下、精神的にも不安定になり、会話が困難な状況に陥ります。75%では骨粗しょう症が進行。85%以下まで体重が落ちると、月経が止まる。こうした症状を食い止めるためにも、会話が可能な初期の段階で治療を受けていただきたいです。

 

脂肪を嫌うお嬢さんが多いですが、脂肪はとても大切なものです。この脂肪からレプチンというホルモンが分泌され、月経の周期をつくっている。女性らしいプロポーションもこうしたホルモンの作用です。女性の壮年期の心筋梗塞による死亡率が低いのも女性ホルモンが心臓を守っているからで、骨粗しょう症の予防にも関わっています。こうしたホルモンの関係もあり、拒食症は合併症を引き起こしやすい危険な症状です。

 

 

安心して体重を上げられる環境作りを

 

鈴木 加えて、摂食障害は患者が治療に協力しない唯一の病気です。というのも、そもそも患者は先述の回避心理から、拒食を止めたくない心理状況にあります。ところが医者に行くと吐くなといわれる、太れといわれる。本人の望むものと全く相反することをさせられるので、当然治療には気が進みません。

 

摂食障害の治療では、患者との良好な関係性が重要です。はじめは治療というより、困ったことが相談できる雰囲気をつくる。本人がなりたくてなった病気ではないこと、頑張った結果なってしまったことを説明します。医療者が本人を責めたり、無理やり体重を増やしたりしないことがわかってくると、ある程度の信頼関係ができます。その後、症状を引き起こしているストレスの原因を聞いてみて、その要因を取り除いたり、対処方法を工夫するために具体的な提案をしたりしていきます。

 

次に、体重をあげる「動機」を一緒に見つけます。拒食症の治療は80%が「動機付け」といわれています。「入院したくない」「学校に行きたい」「仕事を続けたい」など、本人が体重増加と引き換えにしても叶えたい現実的な目的を探します。現実生活に疲れ果てていたり、現実社会に戻りたくない場合は、なかなか体重は増やせません。体重増加の動機がある場合は、安心して療養できる環境をつくる。その中で、自助グループや、家族支援、学校関係者の勉強会などが重要になってきます。周囲も含め、環境を安定させて、はじめて体の治療や、ストレス耐性力を鍛える治療、社会復帰が目指せる。

 

摂食障害にはなりやすい人がいます。遺伝や、人に気を使ってストレスを発散しにくい性格の人などです。また、1970年代以降この病気が増加している背景には、社会的・文化的な要因があるとされています。たとえば挫折した若い女性が、ちょっとやせると自身がもてるかも、と刷り込むような社会的文化がある。

 

ストレスに対応する力を「コーピングスキル」といいます。予定が狂ったときなどに、理想通りではなくても、そこそこ上手くいくように対処する能力です。摂食障害の方々はこうした状況への対処能力が高くありません。ストレスへの対処が「頑張る」か「我慢する」しかなく、うまく逃げたり人に頼ったりすることができません。みなさん真面目で善良ないい人ばかりです。ただ、真面目すぎて「〇〇すべき」というのがとても強い。治療では、こうしたストレスを増幅する思考パターンを修正していきます。10年間の追跡調査では、8割の患者さんの体重は戻っています。

 

 

日本の治療環境について

 

鈴木 海外には、入院型、通院型、居住型などの形態を持つ治療施設があります。入院施設は摂食障害特有の設備や規則があります。ごみ箱がない食堂で、治療者の監視があり、食事は30~45分で食べ終わり、食後1時間はトイレ禁止などです。トイレは看護師しか流せない装置が設置され、シャワー室はシースルーなどです。居住型はリゾートホテルのような場所に集団で数か月滞在し、アクティビティをしながら治療します。

 

ところが、日本には摂食障害を専門に治療・支援する施設はひとつもありません。そこで、治療施設の設立を目指し、摂食障害学会の有志で「摂食障害センター設立準備委員会」を立ち上げ、陳情や署名運動などをしました。2015年には国立精神・神経医療研究センターに摂食障害全国機関が創設されました。ただここは統計や政府への提言を主な目的として運営されており、治療自体は行っていません。

 

当初全国に10箇所程度設立される予定だった摂食障害治療支援センターは、現状では東北大学、浜松医科大学、九州大学の3箇所にしかありません。現在「摂食障害センター設立準備委員会」は「日本摂食障害協会」と名を変え、他地域での治療センター設立を目指し活動しています。今後は署名活動やロビー活動を通じて活動を拡大し、電話での相談業務や、世間の誤解を解く啓発活動も行っていきたいと思っています。

 

荻上 医学的視点からの病気と治療制度の概要をご説明いただきました。鈴木さん、ありがとうございます。【次ページにつづく】

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.228 特集:多様性の受容に向けて

・安藤俊介氏インタビュー「『許せない』の境界を把握せよ!――アンガーマネジメントの秘訣」

・【PKO Q&A】篠田英朗(解説)「国連PKOはどのような変遷をたどってきたのか」

・【今月のポジだし!】山口浩 ことばを「『小さく』すれば議論はもっとよくなる」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」第九回:こんなところでジャズ