2010.07.03

「強い社会保障」で村おこし

鈴木亘 経済学 / 社会保障論

福祉 #社会保障#高齢化

「おらが村」は、地方のある小さな過疎の村。今ここで、新しい村長が、村民達を公民館に集めて、新しい「村おこし」策について説明会を行っています。ちょっとその様子をのぞいてみましょう。

村長 「おらが村も、高齢化が進んで爺さん、婆さんばかりだし、産業も農業ばかりじゃ、不景気でジリ貧だべ。東京では鳩山首相から菅首相に代わって、「強い社会保障」という政策サァ、打ち出しとるところだし、おらが村もひとつ、強い社会保障で、村おこしサするべ。」

「社会保障といえば、医療、介護、保育だべ。おらが村にも、病院と、特別養 護老人ホーム、保育所を、1つずつ新たに作ることにしたいので、皆の意見を聞こうと思う。」

村民 「村長さん、そっただこと言っても、どこにそんな金があるだ。村役場は、このところ借金ばっかりこさえて、それどころではねえときいておるだが・・・。」

村長 「もちろん、役場には金は全く無ぇだ。だども、村の税金を引き上げて、建設費と医者の先生、介護ヘルパー、保育士の人件費に当てれば良いではねぇべか。税金は引きあがるが、若い衆の雇用も増えるから、村の若いもんは喜ぶべ。」

村民 「村長、税金サァ引き上げたら、ただでさえ収入の低い若い衆がますますジリ貧になるのではねぇか。若い衆が村でお金を使わなければ、村もジリ貧だべ。だいたい、若いもんも出来がいいのは、村をはなれて都会に行ってしまうだ。税金サァ引上げたら、どんどん村から離れるのではねぇだか。」

村民 「んだ。だいたい、村の若いもんの雇用サァ増えるっつっても、医者の先生やヘルパー、保育士は、村人いないのではねぇべか。」

村長 「それは、村が金サァ出して育てていくべ。ほれ、吾作のところのせがれ、あれは出来がいいから、医学部サァ行かすべ。権兵衛のところのせがれは暇そうにしてるから、介護ヘルパーにどうだ。作蔵どんの娘は、子どもに好かれとるから、保育園に向いているのではねぇだか。」

吾作 「うちの息子に話してみてもいいだが、医学部を出るには6年はかかるだよ。その後も、一人前になるまで、まだまだ時間がかかるだが、莫大な学費を本当に村が全部金を出してくれるだか。その時まで、村長さん、あんたが村長を続けられてればいいだが・・・。」

権兵衛 「うちのせがれは、暇そうにみえるかもしれねぇが、ハァー、ちょうど家業を教えている修行中だべ。せがれが、介護ヘルパーに向いとるとは思えねぇし、介護ヘルパーにサァなったら、うちの後継者が居なくなってしまうだよ。農具を作るものがいなくなっては、村も困るのではねぇだか。」

作蔵 「うちの娘も、村でたった一つのスーパーで働かしているだ。娘がいなくなっては、スーパーも困るのではねぇべか。しかも、保育士っちゅうのは、短大か専門学校に2年以上通わせるか、合格率2割の難しい国家試験があるという話だ。それも、村が負担してくれるだか。」

他の村民 「うちの娘は、介護ヘルパーをすでにやっているだが、介護福祉士の資格がないと働けなくなる規制ができるっちゅう話だべ。介護福祉士になるのも、短大か専門学校に2年以上通わせるか、合格率5割の国家試験が待ってるだぞ。うちの娘は、3年以上の現場勤務をしとるから、高卒でも国家試験を受けられるそうだが、半年間は学校に通わなければならない規制ができるっちゅうので、今、学校サァいこうとしているところだべ。うちの娘の学費も是非、村で出して欲しいもんだ。」

村の長老 「村長さん、話をきいていると、社会保障で村おこしは、無理がある気がするだぞ。病院、老人ホーム、保育所の建設費は何億円もかかるだし、村の若い衆の学費やその後の人件費もばかにならねぇ。その分を全部、税金をとれば、村はジリ貧でますます不景気になるべ。しかも、若いもんが、医者やヘルパー、保育士になるのには何年もかかる。向いているかどうかもわからねぇ。若いもんが、今やっている仕事を放り出せば、そっちの商売がなりたたずに、これまたジリ貧だ。我々のような爺や村役場が、無理な村おこしを考えるよりも、村の若いもんにアイディアをださせて、自由にやらせたほうがよっぽど村おこしになるのではねぇだか?。税も借金を返すほうが先だと思うだぞ。子孫に莫大な借金を残しては、申しわけなくて、死んでも死にきれねぇだ。」

村人多数 「んだ。んだ。社会保障で村おこしは、やっぱり無理だべ。」

推薦図書

本書は、ごく一般の読者向けに、わかりやすく書かれた社会保障問題の啓蒙書であり、子育て、貧困問題、年金、医療、介護、社会保障財政などのトピックスを取り上げている。本書の特徴は、これらの各分野で起きている諸問題を「経済学の視点」から捉え、解説していることである。現代の経済学は、社会問題・社会病理を解明し、解決するためのパワフルな分析道具を豊富に有する「実践的」学問分野であり、社会保障問題に対しても鋭い切れ味を発揮する。現に、欧米諸国では、社会保障分野で活躍する経済学者の割合はかなり高く、年金改革、医療制度改革、介護保険改革、貧困対策や少子化対策の立案にも、経済学を応用した改革案が数多く採用されている。市場の有無にかかわらず、経済学の処方箋は広範な分野で有効である。今回のエントリーで取り上げた「強い社会保障」という菅内閣の成長戦略の問題点についても詳しく取り上げている。

プロフィール

鈴木亘経済学 / 社会保障論

学習院大学経済学部教授。1970年生まれ。上智大学経済学部卒。経済学博士(大阪大学)。主な著作に、『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、2007年、第51回日経・経済図書文化賞受賞)、『だまされないための年金・医療・介護入門』(東洋経済新報社、2008年、第9回日経BP・BizTech図書賞)等。

この執筆者の記事