ミネラルウォーターと保育園

いま、ここに120円のペットボトルのミネラルウォーターがあります。今日もとても暑く、わたしはこのミネラルウォーターを120円で買えることに心から満足をしておりますし、他の人びともやはり満足して買ったに違いありません(そうでない人はそもそも買わないから)。

 

 

低所得者にとって120円は高すぎる

 

一方、この水を売っている企業も、やはり、利潤を上げて満足しているに違いません(利潤が上がっていなければ、そもそも企業が存続していないから)。これがわれわれの生きている資本主義経済、もしくは市場経済というものであり、水の需要者(消費者)と供給者(販売企業)がともに、市場によるこの取引によって利益を上げて、効率的に社会が運営されています。

 

ところが、ここで与党の政治家達が、「たかが水に120円もの高い価格をつけるとはケシカラン。低所得者にとって120円は高すぎるではないか。水は生活にとって必需品であるし、低所得者等が安心して購入できるためにも、ペットボトルの水は10円にすべきである」と主張して、ミネラルウォーターの価格を低く固定する「価格統制策」を実施したとしましょう。

 

しかし、低所得者向けのミネラルウォーターの価格が10円なのに対して、中・高所得者向けの価格が120円では、あまりに差が大きく不公平です。そこで、中・高所得者向けの価格も30円と、大幅に安くしてしまいました。

 

 

「待機者」と「割当」の発生

 

まず、消費者の行動はどう変わるでしょうか。120円の価格が、大幅に下がりましたから、これまでよりずっと多くの人がペットボトルのミネラルウォーターを求め、お店や自動販売機に殺到することでしょう。

 

しかし、当然、供給業者はすぐには対応できませんから、行列ができてしまうことになります。まさに「水待機者」の発生です。また、あまりに行列が長くなれば、すぐには買えそうにないとして、あきらめて行列には並ばないものの、水を買いたいと思っている人びとも多くいることでしょう。この人たちは「潜在的水待機者」です。

 

こうした大量の水待機者に直面した政府は、その問題に対処するために、弱者や必要度の高い人びとの基準をつくり、優先的に「割当」を行なうことを考えます。その基準を、「飲料水に欠ける」要件と呼び、「飲料水福祉法」によって規定することにしました。この要件には、「ペットボトルのミネラルウォーターを飲むのは昼間に限られる」等とおかしな条項がありますが、なにせ緊急事態ですから、数をかぎるためには多少強引な条項も仕方がありません。

 

 

「認可企業」の出現

 

一方、ミネラルウォーターのペットボトルをつくる企業はどうでしょうか。市場競争のもと、これまで苦しい企業努力の末にやっと120円の価格で売り出していた企業ですが、これを10円や30円に下げられてはたまりません。採算がまったく採れませんから、すぐに生産をやめてこの産業から撤退が相次ぐことでしょう。

 

しかし、ミネラルウォーターの生産が止まってしまっては政府が困りますから、政府は公的企業を設立してペットボトルのミネラルウォーターを生産させたり、政府のおめがねにかなう私的企業に補助金を大量投入して生産を委託することにします。前者は「公立認可企業」、後者は「私立認可企業」と呼ばれています。

 

しかし、こうした企業は、これまで市場経済で競争をしていた民間企業と異なり、明らかに効率性に劣る経営をします。何しろ、大量の待機者がいるわけですから、つくるそばから飛ぶように売れますので、企業努力をする必要がありません。

 

また、お客よりも、割当を決める役所ばかりをみて活動をしますから、当然、おいしかった水の質も落ちてきます。しかし、それでも10円、30円の安さですから、消費者もありがたく、文句がいえません。

 

 

 

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