カナダにおける知的障害者の脱施設化から日本が学ぶべきこと

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1.カナダと日本

 

1980年代のカナダでは、100床以上の知的障害者入所施設(以下、施設)で、約1万名以上の人々が生活していた。オンタリオ州(以下、ON州)やブリティッシュコロンビア州(以下、BC州)には、2千床以上の施設すらあった。しかし、知的障害者の親の会や知的障害者本人(以下、本人)の会が、施設の暮らしに問題を感じはじめ、施設を閉鎖するための運動を起こした。そして行政も、運動団体の主張に応えて政策を実行した。

 

BC州では1981年に、障害者福祉を管轄する省庁長官が、州立施設3つを閉鎖すると宣言した。これらの施設では1980年代に、約1,500名の知的障害者が暮らしていたが、1996年に閉鎖された。またON州では、約6,000名の知的障害者が生活していた16の州立施設が、2009年に閉鎖された。これらの州では民間施設も閉鎖されている。しかし、マニトバ州、サスカチュワン州とアルバルタ州には、いまだ100床以上の州立施設が残っており、脱施設化運動は現在も継続中である。

 

一方、日本では2015年時点で、約13万人の障害者(多くが知的障害者)が障害者支援施設で生活している。これらの施設は定員60名未満が多く、カナダに比較すると小規模ではある。しかし、地域社会から離れた場所に設立され、生活の自由や社会との関係は制約されている。

 

日本政府は2014年に、国連の障害者権利条約を批准した。第19条(一般的意見第五号)には障害者の地域生活を推進すべきであることが明記され、条約批准国に、施設閉鎖期限を含めた脱施設化計画を実施することを要請している。さらに、自己決定の機会や地域社会への参加が、障害者にも実質的に保障されるべきことが明記されている。これは、どこで、誰と住み、どのように余暇を楽しみ、どのような人間関係を形成するのかを、自ら決め、地域の人々と関わり、地域のさまざまな資源を活用しながら生活することを意味する。それは障害のない人々がごく当たり前に送る「普通の生活」に他ならない。

 

施設をなくすために、そして、施設から出た後の地域の暮らしが本当の意味での普通の生活になるために、カナダはどのような取り組みをしてきたのか。この取り組みの要点について以下で述べながら、日本社会がカナダから学ぶべきことを整理しよう。

 

 

2.多様な居住支援

 

しばしば施設をなくすことが批判されることがある。それは、とくに行動障害(自傷・他傷行為など)のある人や、医療的ケア(胃ろうによる栄養摂取など)の必要な人々が、地域で生活できる支援体制がないことから、施設がセーフティネットとして必要だと考えられるからである。そこで施設閉鎖のためには、これらの人々を地域で支える仕組みが必要になる。

 

福祉先進国で、地域生活の受け皿としておもに整備されてきたのが「グループホーム」である。グループホームとは、社会一般にある一戸建て、アパート・マンションなどで、職員から食事・身辺ケアなどの支援を受けながら、数名がキッチン・トイレ・風呂などを共同使用して生活することを意味する。

 

ただ、グループホームでは、一緒に住む人を選べるわけではないので、誰と何名で暮らすのかが重要になってくる。また、重度の行動障害のある人の場合は、他者との人間関係の形成に限界があり、人数が多いと精神的に不安定になる。したがって、少人数でゆったりと生活できる環境を整備することが求められる。さらに、医療的ケアの必要な人には、看護師や研修を受けた職員が十分に配置されることが求められる。

 

カナダでは、サービス提供事業者(以下、事業者)が、知的障害者のニーズに具体的にどう対応するか、その方法に関わる計画書を州政府に提出しなければならない。その上で、入札によって最終的に事業者が決定される。このとき、可能な限り小規模のグループホームとなるように、行政と事業者との間で交渉が行われる。グループホームの規模は最大でも6名程度であり、多くが3~4名の小規模なものである。

 

支援が必要な人のために、マンツーマンで対応できる職員も配置される。また、精神医療を必要とする重度知的障害者が、地域の精神科医療や精神保健サービスを活用しながら、地域生活を送れるような仕組みもつくられてきた。医療的ケアが必要な人には、在宅医療の仕組みも整備されている。

 

日本では、1989年にグループホーム制度が開始され、知的障害者4~5名が一般住宅で生活するかたちが採用された。だが、2006年に障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)が施行されると、定員が10名となり、玄関が異なれば一つの建物に20名の入居が可能になった。

 

予算について比較すると、グループホーム全体のサービスの一人当たり年間平均報酬費は、日本ではカナダの五分の一程度である。そのため、重度障害者への十分な支援ができない報酬体系となっている。こうした状況を解消するために、グループホームを小規模化したり、人員配置/基本報酬を見直したりすることが、日本では重要である。同時に、現在一部の地域で実施されている在宅医療や訪問看護、知識・経験のあるヘルパーを利用する仕組みを、さらに拡充していくことが求められる。

 

しかし、グループホームそのものに限界がある。これは、支援と住居が統合されていることに起因する。たとえば、職員の対応に不満がありそこを離れたくても、住居から離れたくなければ、不満のある支援を受け続けなければならない。また、住居に不満があっても、そこでの支援を希望すれば、住居から離れられない。あるいは、誰とどこで住むのかを選べないため、人間関係の合わない人がいても、支援を利用したければ住居から離れられない。これは、支援への報酬が事業者に支払われ、事業者が支援と住居をセットにして提供するからである。

 

このときもっとも問題になるのが、他者との人間関係の形成に限界のある行動障害のある人たちである。彼らは人間関係がうまくいかなくなり、そこでの暮らしが継続できなくなると、施設や病院に行かざるを得ない。この問題を解決するためにカナダでは、行動障害のある子を施設入所させた親たちが、グループホームには限界があると考え、新しい居住支援の形態を創りだした。これは、支援やサービスを購入するための給付金を本人に帰属させ、意思決定の支援を利用しながら、本人が職員や支援内容を決める仕組みである。

 

このような給付形態は個別化給付(Individualized Funding)と呼ばれており、国際的にはダイレクトペイメント/パーソナルアシスタンスとして展開されている制度である。この方法では支援と住居が分離するので、住居や一緒に住む人を決められる。他の住居に引っ越しても、自らの給付金によって別の職員を雇用できる。こうして、住居・職員・共同入居者との関係で不安定になることが少なくなり、カナダでは地域生活が可能になった。

 

日本には現在、個別化給付にもとづく国の制度はない。しかし、障害者総合支援法の重度訪問介護が、個別化給付によるサービスにもっとも近いかたちである。これは日常生活全般を支援するものであり、重度知的・精神障害者をもその対象としている。1日24時間に相当する介護報酬費の支給決定を受けることによって、一般住宅に一人で暮らし、気のあった人と一緒に暮らし、支援内容も本人のニーズに即して決定することができる。

 

この点で重度訪問介護は、集団生活が困難な重度知的障害者が地域生活へ移行する上で重要な制度だといえる。ただし注意すべきは、重度訪問介護は個別化給付と同一ではないということである。というのも、介護報酬費は事業者に支払われるため、報酬費をどう使用するかの決定権が利用者に保障されていないからである。したがって、重度訪問介護制度の可能性と限界をみきわめつつ、個別化給付という新たな給付形態の実現可能性について議論することが、日本で今後も求められる。

 

なお、カナダでは、特定の支援者および家族と同居する、シェアード・リビングという居住形態も活用されてきた。これは1)特定の家族(本人とは親戚でも直系家族でもない)と、その家で一つの部屋を使用して生活する形態、2)地下の異なる部屋(本人にとっては一つの家のようになりうる)で、特定の家族と生活する形態、3)家やアパートでルームメイトと同居する形態、4)特定の家族の家の隣のアパートで生活する形態、がある。これは、一人暮らしや結婚生活のような自立生活でもなく、他者と共同生活するグループホームとも異なる。日本でも一つの選択肢として、検討する意義があるであろう。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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