精神障害者雇用の現状と課題

2016年12月、厚生労働省が障害者雇用状況を発表した。民間企業で働く障害者(身体障害者、知的障害者、精神障害者)は前年比4.7%増の47万4374人、全従業員に占める障害者の割合を示す雇用率も0.04ポイント上昇の1.92%と、いずれも過去最高を記録した。障害者雇用促進法で義務づけられている民間企業の法定雇用率(2.0%)を達成した企業も4万3569社。達成率は48.8%と半数以下ながら、前年から1.6ポイント上昇している。

 

なかでも精神障害者の雇用者数の伸びが目立ち、4万2028人で前年比21.3%増となった。2018年には精神障害者の雇用が義務化されるなかで、こうした傾向はますます強まるとみられている。そこで、精神障害者の就労支援を行う「アビリティスタッフィング」事業責任者の染野弓美子氏、精神保健福祉士として精神障害者のサポートを担当する野口真理子氏に、精神障害者雇用の現状と課題についてお話を伺った。(聞き手・構成/芹沢一也)

 

 

――最初にアビリティスタッフィングについて教えてください。

 

染野 アビリティスタッフィングは、リクルートスタッフィングが精神疾患をもつ方の就職支援のために、2011年にフィジビリティスタディとして開始し、翌年に事業化したものです。当時は、「精神障害者に対する雇用対策の強化」を目指した障害者雇用促進法の改正によって(2006年)、障害者手帳の保持者は法定雇用率の対象となっていましたが、精神障害者は雇用義務の対象とはされていませんでした。

 

このため、精神疾患をもつ方も手帳を取得し、雇用の枠組みに参加することはできる一方、求人の間口が非常に狭い状態だったため、就職においてジレンマが生じていました。わたしたちは人材派遣・人材紹介事業を行っており、そこから得た職業紹介や就業後のフォローのノウハウをもっていたので、そのノウハウを精神疾患をもつ方の就労支援に活かせないかと考え、アビリティスタッフィングを立ち上げました。

 

アビリティスタッフィングは事業として三つの柱があります。ひとつめは、精神疾患をもつ方への職業紹介。求職者には弊社に登録していただき、企業の募集する業務とのマッチングを行う、という流れとなります。ふたつめは、国家資格を持った精神保健福祉士による就労後のフォローです。おもに弊社経由で就職した方に対してですが、それ以外の方への定着支援のご依頼も最近は増えてきています。そして三つめが啓発活動で、企業内のマネジメント層に対して、精神障害者雇用に関する知識習得のための研修や、マネジメントに関する事例共有の研修、セミナーなどを行っています。

 

 

――マッチングに際して難しさを感じている点はありますか?

 

染野 精神障害は目に見えない障害ということもあり、企業での配慮事項や障害特性の理解に関して、まだまだ課題や改善の余地があると感じています。

 

 

――就労後のフォローはどのように行っているのでしょうか?

 

染野 具体的には精神保健福祉士が職場に伺い、「職務遂行状況の確認」「職場での悩み相談」「日常生活状況の確認・指導」「受診状況」などについて、面談を実施いたします。その際に、企業側からの就労評価を事前に確認することを心がけており、できていることをしっかりと本人にフィードバックするようにしています。そうすることで自己肯定感が生まれますので、自信につながり、その後のパフォーマンスにプラスに働くことが多いです。

 

 

――企業への啓発活動としては、どのようなことを実施しているのでしょうか?

 

染野 「業務配置上の情報提供」や「障害特性の理解促進」を行うことを目的に、研修やセミナーを実施しています。最近多いのは、人事や経営企画などの部署は障害者雇用を重要課題として捉えているものの、現場での受け入れに壁があるケースです。

 

そうしたケースでは、障害者雇用率は企業の信頼における指標であることをご理解いただき、全社をあげて取り組むために、法令の動きや事例を各現場のマネジメント層に共有し、きちんと受け入れることで、戦力として活躍いただけるというマインド醸成につなげていくように心がけています。

 

 

染野氏

染野氏

 

 

――「アビリティスタッフィング」を通して雇用する企業側のメリットと、求職者側のメリットを教えてください。

 

野口 わたしたちの面談をご評価いただくケースが多いように感じています。企業側からは上司や同僚には話せないことを話したり、体調についてなど聞きにくいことを、第三者として面談で確認したりしてもらえるのが助かるというお声をいただいています。

 

また、就労中の方からは、月1回の面談は自分の働き方や体調について整理し、振り返るよい機会になり、会社から求められている役割や仕事の加減が分からなくなりそうになった時に、面談で相談できるのでありがたいと言ってもらっています。

 

 

精神障害者受け入れの現状について

 

――昨年末、厚生労働省から発表された障害者雇用状況によると、精神障害者の雇用者数の伸びが目立ちます。

 

染野 障害者雇用は大きく分けて「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」の 三つに分類されますが、そのうち2015 年 6月1日時点の身体障害者の累計就業数は 32 万人、知的障害者が 9.7万人、精神障害者は 3.4万人と、精神障害者の雇用数がかなり少ない結果となっています。

 

しかし、先ほど申し上げましたように、2006年から精神障害者も障害者雇用促進法の対象となったことから、徐々に雇用者数が伸びていき、2013年には精神障害者の新規雇用件数が2.9万件になり、身体障害者の2.8万件、知的障害者の1.7万件を超えました。2018年には精神障害者の雇用が義務化されることから、今後も精神障害者の就業者数・就職件数は増えていくと予想されている状況です。

 

ただ、弊社が実施したアンケート結果では、「精神障害者の雇用が進んでいない」と回答した企業が76%になっていることからも、受け入れはまだまだこれからといった段階かと思います。

 

 

――精神障害者の雇用が進まない理由は何でしょうか?

 

染野 精神障害者が雇用促進法の対象になったのが2006年と、比較的最近のことですので、企業側にとってはこれまで受け入れる機会が少なかったということもあると思います。その他、どのような業務をどれくらいの量、担当してもらえば安定して仕事ができるかということを、なかなか見いだせていないという状況があるのではないかと思います。

 

野口 企業の方とお話をしていると、精神疾患をもつ方と接する機会がほとんどないために、どのように接すればいいかがわからないだけでなく、下手に接することで相手を傷つけてしまうかもしれないなどのイメージがあり、受け入れに尻込みしている印象があります。「ランチや飲み会に誘っていいか」とご相談いただくことも多々ありますが、それもそういうお気持ちの表れではないかと思っています。

 

 

――2018年度の精神障害者雇用義務化とはどのようなものなのでしょうか?

 

染野 「精神障害者雇用義務化」と聞くと、2018年以降はすべての企業が精神障害者を雇用しなければならないというように聞こえますが、本当はそうではないのです。

 

そもそも、法定雇用率とは、「身体障害者および知的障害者である常用労働者の数+失業している身体障害者および知的障害者の数」を「常用労働者数+失業者数」で割ったものです。2018年の法定雇用算出時には分母に変更はありませんが、分子に精神障害者の人数が加わるので、法定雇用率が上がり、結果として各企業の目標数値が上がることが予想されているということです。

 

 

――採用を検討する企業にはどのようなことが必要でしょうか?

 

染野 2018年の法定雇用率アップは中長期的な戦略の一過程であり、企業の方々には目標をそこに置きすぎないようにしていだきたいなと思います。この制度ができた背景は障害者の雇用数を増やすことではなく、障害者が社会で活躍できる環境をつくるところにあります。法定雇用率アップはその実現のためのひとつのステップであるということです。

 

また特例子会社のような、従来の組織と別の枠組のなかで精神疾患のある方の採用を進める動きもありますが、それだけでなく、障害がある方、そうでない方が同じ職場環境で働くというインクルージョンの視点も失わないでいただきたいなと思います。その実現には社会全体の理解も必要であると思います。

 

 

企業が理解すべき精神障害の特性

 

――精神疾患をもつ方を雇用するにあたって、企業側が理解しておくべきポイントはなんでしょうか?

 

野口 障害による特性を理解することが重要です。「気分障害」「統合失調症」「発達障害」それぞれの障害によって、業務適性が違いますし、業務に習熟するまでの過程も異なります。また、仕事の指示の仕方にも、それぞれの特性によった配慮が必要となります。

 

気分障害の方は思考の柔軟性が高く、コミュニケーションも比較的スムーズで、幅広い業務に対応できる方が多くいらっしゃいます。ただ、注意しなければならないのが「業務量」です。断ることが不得手で、「出来ますか?」と聞かれると「出来ます」といってしまう傾向がある方が多いのです。本当にこなせる業務量なのか、仕事を抱え込んでしまっていないか、困っているにも関わらず周囲に発信できないということはないのか、こうしたことをその都度、確認する必要があります。

 

統合失調症の方は、類推することや、応用すること、あるいは行間を読むことが苦手です。ですので、業務の目的と5W1Hをしっかりと伝え、手厚くフォローすることが大切です。少しでもパターンの異なる業務については、変わった部分だけを説明するのではなく、最初から最後まで流れをしっかり説明する必要があります。

 

ただ、いったん仕事に習熟し、自分のものにさえしてしまえば、きちんと業務を遂行することができます。業務の幅という点では、気分障害の方より限定されるかもしれませんが、統合失調症の方は非常に正確に業務をこなす傾向があります。

 

発達障害の方は得手不得手がはっきりしている場合が多いので、ご本人と業務の相性に気を配ることが大切です。「苦手な業務も努力すればできるようになるだろう」ではなく、適性ある業務を見極めることが重要です。発達障害の方は、環境調整や業務内容の調整さえすれば、能力をきちんと発揮でき、専門性を必要とする「狭く深い」業務に高い適性を発揮しやすいといえます。

 

 

――とくに気分障害の方の業務量の調整は、過労に陥らないためにも重要だと感じます。

 

野口 気分障害の方と接していると、みなさん断ることが苦手だとおっしゃいますね。人の評価を気にしすぎる傾向があり、断ることで自分が評価されなくなるのではないかと不安を抱き、結果として頑張りすぎてしまうのです。たとえば、納期が3日間与えられたとしても、当日中にやろうとしてしまうというような状態です。

 

そのように自分で仕事をつめ込んでしまうので、周りがうまくマネジメントしないと、自分で自分を追い込んでしまうところがあります。まじめで真摯に業務に取り組むので、うまくバランスが保てれば、非常に高い成果を出す方が多いですね。

 

いずれにしても、どの障害であっても、なにより大切なのは、「この会社に居ていいのだ」という安心感をもてるようにすることです。たとえば、入社当日に社章をもらった、すぐに使うわけでもないのだけれど名刺もつくっておいてくれたなどといったことが、凄くうれしかったとおっしゃった方もいました。新しい仲間を受け入れるという意味では何気ない、しごく当たり前のことかもしれませんが、精神疾患のある方にとっては重要な意味を持つ出来事になりうるのです。

 

 

野口氏

野口氏

 

 

精神疾患をもつ方にとっての求職活動と企業への定着

 

――精神疾患のある方たちが求職する際に、注意すべきポイントを教えてください。

 

染野 障害受容と呼ばれるのですが、自身の障害をしっかりと理解し、説明できることが大切であると考えています。どのような時に体調が悪くなり、事前に自分で工夫できることや企業に配慮してほしいと考えていることは何かということを整理しておくことは、働き続けるために必要不可欠です。

 

 

――障害者雇用枠での勤務経験のない方が81.9%のことですが、これは障害を開示することへのハードルが高いということでしょうか? また、開示することのメリットとデメリットはどのようなものなのでしょうか?

 

染野 おっしゃるように、障害を開示することにハードルを感じる方もいらっしゃるかと思いますが、そもそも制度として新しく、障害者雇用枠で働くということについてご存じでないという方が多いという点もあるかと思います。

 

また、自身の障害を開示して働くメリットは、病気の再発を防ぐための工夫を企業と連携して行うことができるということです。みなさん再発したくないという気持ちが強いので、配慮してもらいながら働くことで、無理をしなくていいということだけでなく、安心感を得られるとおっしゃる方が多いです。デメリットは障害を開示して働くことができる職場が、まだまだ多くないことですね。

 

 

――精神疾患をもつ方の就職者数が伸びていく一方で、今後は「定着」が大きな課題になるかと思います。

 

染野 おっしゃる通りですね。障害者の3年以内離職率をみても、身体障害者は22%、知的障害者は41%であるのに対して精神障害者は63%となっています。精神疾患をもつ方の定着が難しいおもな理由は、「外見から配慮が必要かどうか分かりにくい」「企業側で受け入れた経験が少なく、理解が十分とは言えない」「適切な業務の依頼方法やマネジメント方法を知らない」などがあげられます。

 

定着のためには、やはり「最初」が肝心です。データをみても、総離職者数の約半分が3か月以内の就労初期に退職しています。それに対して、3か月の壁を超えると65%が1年以上継続となるからです。

 

誰に対しても同じですが、今後どのように働いてもらいたいかというような、業務の全体像を精神疾患をもつ方には意識的に伝え、すり合わせておくことがとても重要です。たとえば、入社して間もないときは仕事があまりないのでスローペースで働いてほしいとか、繁忙期は少し業務量が増えるかもしれないなど、今後起こりうる業務の繁閑を事前に伝えておくということなどです。こうしたことがきちんと伝わっていれば、「自分の手が空いているのは障害によるものかもしれない」というような不安を抑えることができます。

 

また、ぶ厚いマニュアルを渡して「とりあえずやってみて」と依頼するのではなく、小まめにコミュニケーションを取りながら業務の引き継ぎをしていただくとスムーズに業務に就けるようです。そして、その方の習熟度に合わせて、「焦らず見守る」「早期に成果を期待しすぎない」というスタンスで伴走していただけるとよいと思います。個人差があるので一概には言えませんが、力を存分に発揮できるようになるまでに必要な期間は目安として、3か月くらいみておいていただくとよいかと思います。

 

あとはご本人の希望にもよりますが、ランチ会のようなもので障害者の方と職場メンバーとの接点の場をつくっていくことも効果的です。障害の有無に関係なく、どんな人も、何もないなかでいきなり声をかけることは難しいですよね。ですので、自然にコミュニケーションが生まれる機会をつくることが大切だと思います。

 

また、野口のような精神保健福祉士など、第三者が間に入ることで、企業と就労中の方とのコミュニケーションがスムーズになることも多いです。そういった意味では、入社した最初の段階では外的支援を利用することを検討してもよいかと思います。弊社でも入社初期の半年間を伴走させていただくことで、半年後の定着率が94.7%となっています。

 

野口 誰でも慣れない最初の頃は「大丈夫な不調なのか」「大丈夫でない不調なのか」が分からないと思います。そこは手前味噌ですけれど、数々の障害者の方と日々お会いしているわたしたちのような者がお話を聞き、企業の方にフィードバックすることで、安心いただくことも多いですね。「この問題ならご本人で対処できます」みたいなことをお伝えするだけで、企業の方も「そうか、今は見守るだけでいいのだ」といった判断もできるのかなと思います。

 

 

――今後の展望について教えてください。

 

染野 残念ながら、そもそも採用自体をしていない企業が多くありますし、精神疾患をもつ方を受け入れておられる企業でも、一社当たりの人数が多くないところもたくさんあります。そうしたなかで、今回の法改正は精神障害者の雇用における大きな転換期になる一方で、おそらくさまざまな壁が立ちはだかることになるかと思います。

 

弊社としては今後、企業に定着し個々の持てる力を発揮しつつ、活躍する方が増えるよう頑張って行きたいと考えております。たくさんの方の活躍事例を一社でも多くの企業と広く共有していくことで、個々人の特徴ごとの活躍パターンの多様性を、多くの企業に知っていただけるようにしていきたい。今は「***の障害を持っている人を採用したい」といった企業も少なくありません。ですが、障害の種別で見るのではなく、その人がもつ経験、スキル、お人柄などで採用をしようといった視点に、社会を変えていきたいと考えています。

 

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