長時間労働に歯止めをかけるには?本当に必要な「働き方改革」

「残業代ゼロ」は自己実現のため?

 

荻上 みなさんに今回の実行計画の印象を伺いましたが、佐々木さん、他の方のご意見いかがでしたか。

 

佐々木 上西先生がおっしゃったように、高度プロフェッショナル制度、つまり残業代ゼロ法案がしれっとはいっていることには注意しなければならないと思います。しかもこれ、まるで労働時間が短くなるような表現で入ってるんです。

 

上西 「意欲と能力ある労働者の自己実現の支援」(働き方改革実行計画、p.15)ですね。

 

佐々木 それです。国はこの法案を「(労働者の)意欲や能力を発揮できる新しい労働制度の選択を可能にする」と謳っていますが、現在の残業代ゼロ法案は労働時間規制の適用除外の制度なんです。今さっき上限が100時間は長すぎる云々言いましたが、それすら適用されないということです。そしてそれが、この「自己実現」という表現で、なんだか労働とは関係なく自分のために時間を使える、というようなフレーズでいれられてる。大変、問題があると思います。

 

荻上 常見さんはいいかがですか。

 

常見 みなさん指摘されていますが、高度プロフェッショナル制度やその他の規制に伴い、労働時間の「見えない化」が進むのではないかと思います。「残業代ゼロ法案」のような労働時間と給与を切り離す制度の是非自体も考えなければならないでしょう。国内外の研究でも、成果主義を導入すると、逆に労働時間が増える可能性が示されています。マネジメントの面に配慮しないと、成果主義は逆効果になりかねません。

 

「残業代ゼロ法案」はそもそも10年前に1回見送られた経緯があります。議論が10年前の状況に基づいているんですよ。雇用の流動化なども議論されていますが、深刻な人材不足にも関わらず企業が未だに新卒採用に力を入れているのは、幹部候補を確保して囲い込みたいというニーズがあるからなんです。政策がそうした実情を把握仕切れていない。実態と法案のずれを感じています。

 

常見氏

常見氏

 

坂口 法案とは少し離れますが、労働時間の見えない化に関しては商習慣があるのではないかと思います。例えば日本では、広告代理店はシステムの総額のうち何パーセントを払う、といったコミッション方式が多くとられています。これだと成果報酬なので時間労働を見える化するインセンティブが働かないわけです。

 

これが欧米の広告代理店だと、タイムチャージ式とかフィー方式といって、労働時間当たりいくらを請求する、というシステムが主流になってきています。そうすると経営側も労働者を何時間働かせたのか見える化したほうが明確に顧客に請求できすのでインセンティブが働く。労働時間を見える化するためには、そうした商習慣にも踏み込む必要があるかもしれません。

 

 

荻上 上西さん、まだ出ていない論点などありましたらお願いします。

 

上西 常見さんの話に、環境の変化と政策がずれているというお話がありましたが、実は実現したい政策はずっと変わらずにねらわれているわけです。雇用は流動化したい、時間当たりの賃金は払いたくない、といった本質的な部分は変わっていない。底流として変わっていない中で、政策として通りやすくするために時代に合わせて「自己実現」のようなフレーズが出てくるのでしょう。

 

荻上 流動化といっても、働く側が柔軟に職を選べる流動性と、雇用の不安定性を表す流動性がありますよね。しっかりしたセーフティネットが存在して、失職しても再就職の見込みがあればいい意味での流動性が働くのでしょうか、現在の法体制を見るとクビにしやすくすれば効率性が上がる、といった偏った経済観が前提にあるような気がします。

 

上西 3月末に成立した雇用保険法の改正をめぐる議論の中では、自己都合退職者への基本手当の給付制限期間が3ヶ月のままでよいのかと、石橋通宏議員が問いかけていました。1984年の雇用保険法の改正前は給付制限期間は1か月だったんです。離職後3ヶ月間収入がないということになると、問題のある会社でも生活のために留まらざるを得ない。雇用の流動性を謳うなら、問題のある会社からは転職できるように、こうした生活面での保障に関しても、もう少し対策すべきではないかと思います。

 

また今回の実行計画は、多様な働き方の実現のために、長時間労働も短時間労働も可能にする、という枠組みですが、このやり方だと結局短時間労働者は肩身の狭い思いをする。短時間労働を可能にするためにも、女性の就業継続のためにも、長時間労働の部分をしっかり是正しなければならないと思います。

 

 

長時間労働の是正、必要な改革とは

 

荻上 リスナーからは「ノー残業デーやプレミアムフライデーなど、よく労働時間の抑制案を見かけるが全く効果がない」といった声も届いています。長時間労働を改善するために、どんな手立てがあるのでしょうか。佐々木さん、いかがですか。

 

佐々木 制度論になってしまいますが、まずは100時間という上限をもっと短くするべきです。いきなりは出来ないというのであれば段階的でもかまいません。10年後には月45時間までにする、と目標を定めて徐々に減らしていく。そのためにも、労働時間の記録を使用者側に義務付ける必要があると思います。違反した場合は処罰の対象として、規制するべきです。そのためには、労働基準監督署の監督員の純増も必要でしょう。

 

荻上 常見さんのご提案はいかがですか。

 

常見 僕はボトムアップ型働き方改革を提案します。一連の改革はトップダウン型なんですよ。政府とか経済団体が中心になって計画されている。なんで彼らが働き方改革を進めるのかといったら、これをやらずに過労死者を出したらバッシングを受けるからなんです。それって改革のモチベーションとしてよくないと思うんですよね。だからやっぱり現場から改革していかないといけないんじゃないかと。働き方改革会議を各社で行ってみてはいかがでしょうか。

 

例えばある広告代理店では、毎月、局ごとに会議を行っているのですが、先日僕が講師として招かれ、働き方改革会議をしてきました。みんなで悩みを共有したあと、チームにわかれて自由闊達に議論が行われる。自分たちで提案して実行していこうということなんです。

 

ただ、ここで気をつけなければならないのが、ある社でできたからどの会社でもできると思わないことです。モデルケースを見つけたときは、なぜその会社には可能だったのか、その改革で考えられる副作用はなんなのか、見極めなければならない。例えばある商社は夜遅くまで従業員が働いている状態を改革しようと朝オフィスを早くあける改革をしました。その会社ではうまくいくかも知れませんが、夜できない仕事を朝にやるだけで労働時間自体は変わらないかもしれない。結局十何時間会社にいることを許容してしまいかねないんです。

 

また、改革には人事部やトップ以外の部署の協力も欠かせません。特に総務部ですね。新しい働き方改革を実現するようなオフィス作りを進めて欲しいです。総務部には社内でも信頼の厚い人が多いので、こうした人たちが精力的に改革を推し進めることで、会社全体が変わっていくと思います。

 

荻上 社内働き方改革会議、いいですね。上西さんはいかがですか。

 

上西 勤務間インターバル制度の普及に力を入れるべきだと思います。徐々に認知されてきましたが、勤務間インターバル制度というのは毎日、前日の終業時間から翌日の始業時間までに一定の休息時間を設ける制度です。

 

月当たりの残業時間をいくら規制しても、何日か連続して徹夜をすれば身体を壊してしまう。それに残業時間の上限を決めると、じゃあ違反にならないように残業時間を過少申告するとか、持ち帰り残業をするとか、そういう抜け穴探しになる可能性がある。そういうことではなくて、日々しっかり休息をとることが重要なんです。

 

勤務間インターバル制度だと、自分でちゃんと一定時間の休息時間が取れているか否かがわかります。月あたりの残業規制だと、人事はその累積労働時間を把握していても、本人はよくわかっていないなんてこともありますよね。でも、その日に何時間眠れたか、休めたかなら、本人が把握できる。そうした意味でも労働者側が主体的に休息の権利を意識して希求していくことができるんです。残業時間規制などの「労働時間の制限」という視点だけではなく「休息時間の確保」という観点が、改革を進める上で非常に重要だと思います。

 

荻上 坂口さんからはいかがでしょうか。

 

坂口 ずばり、有価証券報告書に従業員の総労働時間を掲載することです。日本には今3600社ほど上場企業がありますが、こうした企業は会社業績や財務状況を有価証券報告書で報告することが義務付けられています。現時点でも従業員の人数や平均勤務年数などは記載できるのですが、ここに総労働時間や、その内の残業時間などを記載するんです。実現可能性は別として、これが出来ればCSRを重視した会社として投資家や就活生へのアピールにもなりますし、あからさまな嘘ならわかるようにもなります。

 

今でも年次報告で一人当たりの売上高などを記載する会社は多いのですが、一人の時間当たりの売上げを記載している会社はほとんどない。こうした点が公になるようになれば、投資家のリスクマネジメントにも繋がるので、労働時間を減らすインセンティブになるのではないかと考えています。

 

坂口氏

坂口氏

 

荻上 あとはそこで嘘の記載がないように注意していかなければならないですね。

 

佐々木 やっぱり嘘を記載した時はしっかりペナルティを課さないといけないでしょうね。実は企業同士のM&Aでも、労働者の労働時間というのは必ずチェックされる項目なんです。万一過労死で従業員が亡くなるようなことがあれば、1億円近い損害賠償債務を負うことになりますし、企業イメージも下がって、企業価値も急落しますからね。その意味では企業にとっても労働時間を正確に記録し、過労死が起きないように労務管理をすることはメリットがあることなのです。このように重要な情報になる労働時間を公表するのであれば、やはり嘘の記載がないように監督する必要あります。そうなると監督官の人員をしっかり整えなければならないと思います。

 

常見 みなさんのお話を聞いて改めて思うのが、やはり記録と開示の重要性ですね。ホワイトカラー労働は把握できないなどという声が聞こえますが、そんなことはありません。1990年ごろ、優秀と言われた営業部の人たちは、営業マンの行動パターンをそれぞれ何件訪問したのか、訪問に対する受注率だとか、全部記録していたんですよ。そういうことができるんですよ。その上で、坂口さんの言うようにサービスのレベルと考え直すことも必要だと思います。顧客からの要望だからといって、無茶を引き受けない。

 

極端な例ですが、改革のインセンティブを上げるという点で、長時間労働の是正が進んでいる企業は法人税を減額するといった対応もあるかもしれません。みんな労働時間を減らせと言うけれど、株主から求められるパフォーマンスは変わらないわけです。実際、人件費を増やそうという話がでると株主から批判がきたりする。そういう中で理解を得るためにも、税金の優遇措置などは一考に値すると思います。

 

上西 実は労働時間の見える化の話は、徐々にですが進んでいます。女性活躍推進企業データベースというものがあるのですが、そこにはコース別の残業時間を開示する項目もあるんです。現在は若者と女性関係のデータベースのみですが、さらに拡大し統一したデータベース(仮称:総合的職場情報提供サイト)を2017年度内につくる予定もあると聞いています。情報開示にメリットがあるようになれば、見える化もどんどん進み、自己改革にもつながるのではないかと思います。

 

荻上 こうした論点を踏まえて、今後の働き方改革がどう進んでいくのか、動向に注目していきたいですね。みなさんありがとうございました!

 

 

【参考記事】

「働かせ方改革」ならぬ「働き方改革」のためには、「残業代ゼロ法案」の撤廃と「休息時間確保権」の保障を(上西充子) – Y!ニュース (2017年4月2日)

 

【SYNODOS】なぜ、残業はなくならないのか?/労働社会学・常見陽平 氏インタビュー

 

 

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