2017.04.03

なぜ、残業はなくならないのか?

労働社会学・常見陽平 氏インタビュー

経済 #長時間労働#働き方改革#常見陽平#残業

政府が成長戦略の一環として掲げる「働き方改革」。主に焦点が当てられている“長時間労働の是正”については、罰則付きの時間外労働の上限規制の導入がとりまとめられた。この問題に、私たちはどう向き合っていくべきなのか。4月1日に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)を上梓された、千葉商科大学国際教養学部専任講師の常見陽平氏に伺った。(取材・構成/大谷佳名)

「日本人は勤勉」?

――「日本人は勤勉だ」とよく言われますが、長時間労働による過労死など働きすぎが問題になっていますね。

そもそも日本人は勤勉かどうかを疑うべきです。日本人が勤勉にみえるのは、職場の共同体化、あるいは後述する“雇用契約の曖昧さ”などの副産物だと私は見ています。社会の構造が変わらない限り、「長時間労働は仕方がないものだ」という風潮を変えるのは難しいと思うのです。勤勉さをいかに換金化するかの発想の方が大事だと思います。

 

――そもそも、なぜこれほど長時間労働が発生しているのでしょうか。

長時間労働に関してはアカデミズムでも、ジャーナリズムでも研究、考察が積み重ねられてきました。グローバル化による、経営上の不確実性の増大と競争の激化が残業の増加に貢献している説、産業構造の変化、ホワイトカラーの増加、長期雇用における昇進・昇格インセンティブ、柔軟な働き方がかえって長時間労働を増やしている説、仕事中毒、金銭インセンティブ、プロフェッショナリズム、労働市場の失敗、雇用調整のためのバッファー確保、自発的長時間労働者からの負の影響など、様々な説が提唱されてきました。

データをみて考えてみましょう。厚生労働省の『平成28年版過労死等防止対策白書』で紹介されている、「平成27年度過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業」の調査結果は、我が国における長時間労働の発生原因を知るために有益です。これは、企業と労働者に対するアンケート調査です。

図01(常見さん)

「所定外労働が必要となる理由(企業調査)」

出所:厚生労働省『平成28年版過労死等防止対策白書』

まずは、企業側について確認しましょう。業種を問わず全体をみると、企業側の「所定外労働が必要となる理由」においては、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」がもっとも多く44.5%となっています。次に「業務量が多いため」が続き43.3%となっている。「仕事の繁閑の差が大きいため」の39.6%、「人員が不足しているため」の30.6%が続いています。

なお、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」に関しては、関連する選択肢として「顧客(消費者)の提示する期限・納期が短いため」というものがあり、全体では13.3%となっています。「人員が不足しているため」に関しては、「増員を抑制視しているため」という選択肢があり、6.1%となっています。これらは同じ類型の選択肢だと捉えることもできなくはありません。

企業側の回答であるにも関わらず、個々人の能力・資質に起因する回答が少ないのも特徴です。「スケジュール管理スキルが低いため」が6.3%、「マネジメントスキルが低いため」4.9%、「労働生産性が低いため」4.4%と、上位の選択肢と比較すると、明らかに低い値を示しています。長時間労働は、労働者に責任があるわけではなく、企業の側に起因するものだということが浮き彫りになります。

次に労働者側の調査結果を見てみましょう。

図02(常見さん)

「所定外労働が必要となる理由(正社員(フルタイム))(労働者調査)」

出所:厚生労働省『平成28年版過労死等防止対策白書』

業界を問わず全体のデータを追ってみると「人員が足りないため(仕事量が多いため)」が41.3%と最も多いです。「予定外の仕事が突発的に発生するため」が続き、32.2%となっています。「業務の繁閑が激しいため」30.6%、「仕事の締め切りや納期が短いため」17.1%と続いております。それ以外の選択肢はすべて10%を切っています。

企業向け調査同様、個々人の能力・資質に関する選択肢は低い値を示しています。メディアがよく日本の残業に関して取り上げる、会議や付き合い残業に関する項目も低い結果となっています。

経営者側、従業員側、双方に対して行われたこの調査で明らかになった点を今一度まとめてみましょう。残業が発生する理由として、企業側では「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」「業務量が多いため」「仕事の繁閑の差が大きいため」が、従業員側では「人員が足りないため(仕事量が多いため)」「予定外の仕事が突発的に発生するため」「業務の繁閑が激しいため」が上位に入りました。順位の差、選択肢の表現の違いはあるものの、トップ3の顔ぶれが同様のものであったことに注目したいです。さらには、個々人の能力に関する原因というよりは、仕事のあり方や量によるものだということにも注目です。

もちろん、これは企業や従業員の「回答」をもとにしたものであり、業務分析をおこなったものではありません。とはいえ、いかにも日本人はダラダラと残業しているというメディアが煽る像とは随分違いますね。

仕事の絶対量が多く、しかも労働者が少ない中、やりくりしている。これが残業の発生原因です。

なぜ残業はなくならないのか

――では、長時間労働の是正にはどのような改革が求められるのでしょうか。

日本において長時間労働の根本的な原因は、雇用システム、および労働市場の問題です。この根本的な問題に踏み込まない限り、いかなる「改革」なるものも「改善」にすぎないものになるのではないかと私は捉えています。

前者においては、メンバーシップ型雇用のもと、労働契約時も、その後も任される業務の範囲が必ずしも明確ではなく、どんどん書き換えられていきます。仕事に人を就けるのではなく、人に仕事をつけるシステムです。さらには異動や昇進・昇格も存在します。新しいことを覚え続けなくてはなりません。管理職を目指して誰もが競争させられるシステムになっています。

後者については、一部はこの雇用システムと関係するのですが、そもそも労働市場が機能不全に陥っており、より良い労働条件の企業への移動が実現しにくい点があげられます。さらには、労働力人口の不足をITで補えきれていないのも問題と言えます。

これらの背景を捉えた上で、やや暴論のような正論を言うならば、長時間労働がなくならない理由は「合理的だから」という結論が出てきます。良い悪い、好き嫌いは別として、そこには憎らしいまでの合理性が存在するのです。長時間労働是正とは、実はこの合理性への挑戦なのです。

――合理的というのは、どういうことでしょうか?

つまり、残業というバッファがあれば、新しく人を雇わなくても一人に任せることができるということです。個々人が複数の仕事をこなし、どんどん新しいことに取り組んでいく。すると、誰か辞めた際も玉突き異動で柔軟に対応できます。また、企業側は好況期には残業手当と賞与を増やして対応し、不況期にはそれらを減らせば良いので、必ずしも人を減らす必要はありません。労働者にとっても、もし勤務先の事業部が撤退、売却などで無くなったとしても同じ企業の別の部署に勤めることができるというメリットがあります。これらの合理性をどう考えるかが大事な論点ですね。

“残業の上限規制”は効果があるのか

――「働き方改革」ではさまざまな項目が議論されていますが、この内容をどう見ればよいでしょうか。

<「働き方改革」で議論されてきた主な項目>
・ 非正規雇用の処遇改善
・ 長時間労働の是正
・ 同一労働同一賃金の導入
・ 賃金引き上げ
・ 在宅勤務や兼業など柔軟な働き方
・ 病気の治療・子育て・介護等と仕事の両立
・ 障害者や高齢者の就業促進
・ 女性・若者が活躍しやすい環境作り
・ 転職・再就職支援、外国人材の受入れ

まず私の疑問点は、“誰のための、何のための働き方改革なのか?”ということです。どんな国家像を目指していくのか、あるいは国としてどの産業で儲けていくのかというビジョンが見えない限り、実効性の伴った改革を実現するのは難しいでしょう。

また、そもそも論点も対策も、新しいようで古い。労働時間に規制をかけるだけでは、現場に丸投げしているだけの「気合と根性の取り組み」と何も変わりません。その根深さを認識しているのか、疑問に思います。

さらに、「日本的雇用」の外にいる者、たとえば中堅・中小企業に勤務する者、非正規雇用の者、フリーランスの者などに対する配慮は十分と言えるでしょうか。大企業と中堅・中小企業の下請け構造の中、仕事の量を自らコントロールできない企業は存在するわけです。また、非正規雇用やフリーランスは仕事の掛け持ちが可能なので、労働時間の管理は自分でするほかありません。長時間労働の是正を掲げつつも、柔軟な働き方や、副業なども推進するがゆえに、労働時間がますます見えないものになる可能性もあります。

特に現在、焦点となっているのは長時間労働に関する是正であり、そのための規制の話です。私は総論では、長時間労働を法律で規制すること、罰則を設けることは賛成です。ただ、導入は慎重にしなくてはなりません。

前述したように、仕事の絶対量、仕事の任せ方、人手不足などが長時間労働に関わる根本的な問題です。これに対する対策が不十分だと、単なる労働強化、サービス残業誘発になります。その副作用を認識し、この施策が何に効くのか意識した上で導入すべきと考えます。

 

――仕事の量そのものが変わらなければ、会社を回していくためには定時でタイムカードを切って、その後にサービス残業をせざるをえないという人もたくさん出てきそうですね。

はい。長時間労働の規制をめぐって経団連会長と連合会長による話し合いが行われましたが、そこでの議論の内容も、日本の労働社会の根本的な課題を物語っているように思います。具体的には、残業時間の上限をめぐる攻防です。多い月でも100時間未満とし、一部の業界は適応を見送ることで決着しそうですが、このやり取り自体が、長時間労働が現状、問題となっているにもかかわらず、政労使ともに長時間労働にお墨付きを与えるような、逆説を含んでいます。もちろん、労働時間の上限規制が行われることは大きな変化と言っていいですが、この議論をみていると、サービス残業が誘発されることをみんなで認めているかのようにも見えます。

規制が実効性を伴うために、段階的な実施の検討、周辺の対策が必要かと思います。

図5(常見さん)

(参照)時間外労働の上限規制(平成29年3月17日)

出所:首相官邸「時間外労働の上限規制等に関する政労使提案」

長時間労働を是正するために、各社ではノー残業デーを設ける、会議の時間を決めるなど、様々な創意工夫が行われていますが、それは改善レベルの話です。そもそもの仕事の絶対量や、依頼の仕方、こなし方に問題がある点に踏み込まなくてはなりません。綺麗事、タテマエをこえて、サービス残業が行われている実態も含めて、労働の現実をみなくては対策が打てません。仕事の絶対量を減らす、仕事をみんなでやりくりする発想がなくては、改革にはなりません。

自分らしい働き方ができる社会へ

――冒頭で、「日本は人に仕事をつけるシステム」とおっしゃいましたが、「仕事に人をつけるシステム」と、どちらが良いのでしょうか。

一概にはいえません。仕事の熟練度を増していく意味でも、出産・育児・介護などとの両立との意味でも後者に注目が集まりますが、労働社会が先行き不透明な中ではむしろ前者の方が柔軟に対応できるメリットはあるかと思います。

 

――働いているうちに、「キャリアになるから、好きな業界だから」「自分の仕事が遅いだけだから」といって、サービス残業が仕方ないと思ってしまいがちですが、「自分が働いている時間が適切かどうか」を客観的に示してくれる指標はありますか。

前出の白書では、業界ごとの多忙度がある程度把握できます。これらと比較することが第一歩です。

図3(常見さん)

図4(常見さん)

「月末1週間の商業時間が60時間以上の雇用者の割合(業種別・職業別)」

出所:厚生労働省『平成28年版過労死等防止対策白書』

ただ、その前にそもそも論として、サービス残業はいかなる理由においても悪であるという前提に立つべきです。

――キャリア意識の高い人と、なるべく残業せず余暇を重視したい人、両方が幸せに働ける社会を実現するために、国や企業はどんな施策ができるでしょうか。

各企業がフェアな人事制度をつくること、それを政府が促すこと、さらには一生懸命働かない人でも生きていくことができる社会保障の設計が必要だと思います。

企業においては、仕事の量や範囲が決まっており、異動や転勤もないかわりに給料も安い働き方と、今の正社員のように誰でも異動や転勤があり、昇進・昇格もあり、バリバリと働き、そのかわりに見合った給料をもらえる働き方を両方もうけるべきです。

もっとも、これを実現するためには、より転職しやすい社会にする必要がありますし、あまり稼ぐことができない人、転職が上手くいかない人をどう支えるかという視点が必要となります。

――長時間労働の根本的な原因に向き合い、一人一人が自分らしく働ける社会に変えていきたいと思いました。常見さん、ありがとうございました。

 

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『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)

プロフィール

常見陽平労働社会学

千葉商科大学国際教養学部専任講師/いしかわUIターン応援団長。北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学、スポーツ社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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