2019.08.29

「留学生ビジネス」の実態――“オールジャパン”で密かに進む「人身売買」

出井康博 ジャーナリスト

経済

今年3月、東京福祉大学の留学生が数多く「所在不明」となっていることが発覚し、「消えた留学生」問題としてニュースになった。2018年度に同大に入学した留学生だけで、約700人もが退学や除籍となって大学から姿を消していたのだ。

東京福祉大では、非正規の「研究生」として留学生を大量に受け入れていた。研究生は日本語学校の卒業者が対象で、学力や日本語能力を問われず入学できる。そうして集められた3000人以上の研究生から「消えた留学生」が生まれた。大学に在籍していれば学費がかかる。学費の支払いを逃れようと大学を離れ、不法就労に走った者も少なくない。

新聞・テレビはそろって東京福祉大を批判し、国会でも野党議員が取り上げた。問題を調査した文部科学省は、同大へ支給してきた私学助成金の減額も検討している。

しかし、留学生の受け入れに関する問題は、決して東京福祉大に限ったことではない。留学生の急増で“バブル”に沸く日本語学校、日本人学生にそっぽを向かれ、留学生の受け入れで生き残りを図る専門学校や大学の多くが、東京福祉大と同じ問題を抱えている。さらには、留学生を底辺労働者として都合よく利用している産業界、そして何より、本来「留学ビザ」の発給対象にならない外国人にまでもビザを発給している政府の政策があって、今回の事件は起きた。「消えた留学生」問題の背後には、まさに“オールジャパン”で密かに進む「人身売買」と呼べる現実が存在している。

留学生の数は第2次安倍晋三政権が誕生した2012年末から16万人近く増加し、18年末までに33万7000人を数えるまでになった。「留学生」と聞けば、「勉強」が目的だと思われることだろう。しかし実際には、勉強よりも出稼ぎを目的に「留学」してくる外国人が多い。留学生には「週28時間以内」のアルバイトが認められる。そこに目をつけ、留学を装い来日するのだ。12年末以降に急増した留学生の大半は、そうした出稼ぎ目的の“偽装留学生”だと見て間違いない。

夜明け前に新聞配達するベトナム人留学生。東京など都会の新聞配達現場は、留学生アルバイトなしではもはや成り立たない。

偽装留学生を送り出しているのが、ベトナムなどアジアの新興国だ。12年末からの6年間で、ベトナム出身の留学生は9倍以上の8万1009人、ネパール出身者は約6倍の2万8987人まで急増している。

こうした新興国出身の留学生のほとんどは、日本への留学費用を借金に頼る。その額は、留学先となる日本語学校への初年度の学費や寮費、留学斡旋ブローカーへの手数料などで150万円前後に上る。新興国の外国人にとっては莫大な金額だが、日本で働けば簡単に返済できると彼らは考える。

出稼ぎが目的なら、留学以外にも「実習」という道がある。実習生は中小企業の工場や農家、建設現場など約80の職種で受け入れられ、最長5年まで働ける。実習生となれば、留学ほどの借金を背負う必要もない。ではなぜ、彼らは留学を選ぶのか。

実習生は手取り賃金が月10万円少々に過ぎず、職場も変われない。その点、留学生はアルバイトをかけ持ちすれば月20万円以上稼げ、しかも仕事は自由に選べる。うまくいけば、日本で就職できるかもしれない。そんな思いで実習よりも留学を選ぶ外国人が後を絶たない。

政府は留学費用を借金に頼るような外国人に対し、「留学ビザ」の発給を認めていない。だが、このような規定を守っていれば、安倍政権が成長戦略に掲げる「留学生30万人計画」は達成できなかった。そのため規定に反し、借金漬けの留学生にもビザを発給し続けてきた。送り出し国側に責任を転嫁してのことである。カラクリはこうだ。

ベトナムなど新興国出身者が留学ビザを申請する際には、親の年収や銀行預金残高の証明書などを法務省入管当局(今年4月から出入国在留管理庁)に提出しなければならない。ビザ発給の基準となる金額は明らかになっていないが、最低でもそれぞれ日本円で200万円程度は必要だ。新興国の庶民には、到底クリアできないハードルである。

そこで留学希望者は斡旋ブローカーを頼る。そしてブローカー経由で行政機関や金融機関の担当者に賄賂を払い、ビザ取得に十分な年収や預金残高の記された書類を手に入れる。数字はでっち上げだが、正式に発給された“本物”の書類だ。新興国では、賄賂さえ払えばたいていの書類は捏造できる。その書類を入管や在外公館が受け入れ、ビザを発給する。でっち上げとわかってのことである。結果、30万人計画も2020年の目標を待たず達成された。

そうしてビザを得た偽装留学生は、日本で様々なかたちで食い物になっていく。

まず、日本語学校である。日本語学校の数は過去10年で約2倍の約750校に増えている。偽装留学生が急増した結果である。学校側は彼らの目的が出稼ぎで、母国のブローカー経由で届く書類のでっち上げであることも、入管当局と同様に気づいている。それでも問題にせず受け入れる。留学生の数を増やし、自らの利益を上げるためだ。

東京都内にある日本語学校の寮。学校が4畳半程度の民間アパートを寮として借り上げ、4人もの留学生を詰め込む。学校による相場以上の寮費ボッタクリも横行している。

日本語学校は大学などに比べて設立が容易で、学校法人でなくても株式会社なども運営できる。一部の“識者”からは「学校法人以外の日本語学校に問題がある」との指摘も聞かれるが、それはまったく違う。たとえ学校法人のつくった日本語学校であろうと、悪質な学校は数多い。学費徴収のためパスポートや在留カードを取り上げたり、学費の払えなくなった留学生を母国へと強制送還するような人権侵害も、当たり前のように横行している。冒頭で取り上げた東京福祉大にしろ、歴とした学校法人が運営する大学なのだ。

偽装留学生は留学費用の借金返済に加え、翌年の学費も貯める必要がある。母国からの仕送りなどあるはずもなく、「週28時間以内」のアルバイトでは日本での留学生活は続けられない。そのためアルバイトをかけ持ちして働く。これは企業側にもメリットがある。留学生の採用によって人手不足が凌げ、しかもたとえ違法就労がバレても罪に問われるのは留学生だけだ。アルバイト先の企業は留学生を「週28時間以内」で働かせている限り、問題にはならない。企業側には実に都合のよいシステムである。

留学生アルバイトは、コンビニや飲食チェーンの店頭などでよく見かける。しかし、コンビニで働けるような留学生は、ある程度の日本語を身につけた「エリート」だ。偽装留学生が働く現場は、私たちが普通に生活してくれば気づかない場所にある。コンビニやスーパーで売られる弁当や惣菜の工場、宅配便の仕分け現場、ホテルの掃除など、いずれも日本人が嫌う夜勤の肉体労働である。日本語がまったくできなくても働け、実習生の受け入れが認められないという共通点もある。

留学生たちが日本語学校に在籍できるのは最長2年までだ。2年間では、母国で背負った借金を返済しきれない者も多い。借金を抱えて母国に戻れば、一家は丸ごと破産してしまう。そのため偽装留学生は専門学校や大学に“進学”して留学ビザを更新し、出稼ぎを続ける。少子化で経営難に陥った学校には、日本語能力すら問わず、偽装留学生を受け入れるところは簡単に見つかる。そんな学校の1つが、東京福祉大だったのだ。

『読売新聞』(2018年10月8日朝刊)によれば、学生の9割以上が留学生という専門学校は全国で少なくとも72校、学生全員が留学生という学校も35校に上っている。こうした学校は、経営維持のため偽装留学生の受け入れに走っている可能性がきわめて高い。一方、偽装留学生は専門学校や大学を卒業すれば、日本で「移民」となる権利を得ることになる。

安倍政権は「留学生30万人計画」と並び、留学生の就職率アップも成長戦略に掲げている。日本の専門学校や大学を卒業した留学生の就職率は4割に満たない。それを5割以上に引き上げようというのだ。

その方針のもと、日本で就職する留学生は増え続けている。2017年には過去最高の2万2419人が就職し、前年から約15パーセント、12年の2倍以上に増えた。さらに今後は、近年急増した留学生が就職時期を迎える。

そのなかには、相当数の偽装留学生が含まれる。彼らはアルバイト漬けの日々を送っているため、大学などを卒業しても専門的な知識や日本語能力が身についていない。そんな留学生でも日本で就職するケースが増加中だ。ホワイトカラー向けの在留資格「技術・人文知識・国際業務」(技人国ビザ)を得てのことである。

技人国ビザは日本で就職する留学生の9割以上が取得する。在留期間は1〜5年まで幅があるが、ひとたび取得すれば更新は難しくない。つまり、ビザ取得によって日本で「移民」となる資格を得るに等しい。だが、ここにもカラクリがある。

技人国ビザを保有する在留外国人は2018年末時点で22万5724人に上り、1年で20パーセント近く急増した。12年時点と比べれば約2倍の伸びである。その裏では、同ビザでの就労が認められた専門職に就くと見せかけ、実際には工場などで単純労働する“偽装就職”が増えている。

人手不足が深刻化しているのは単純労働の現場だが、留学生は単純労働目的に就職はできない。そこで「通訳」などホワイトカラーの仕事に就くと偽って技人国ビザを取得した後、実際には弁当工場などで働く。

ビザの取得は留学生自らでは無理だ。そんな彼らにつけ込み、「留学生サポート」と称して”偽装就職”を斡旋する業者が暗躍している。留学生たちから1人につき数十万円もの手数料を徴収するような業者もある。こうして偽装留学生たちは母国での留学斡旋ブローカーに始まり、来日後には日本語学校や専門学校、人手不足の企業、さらには就職斡旋業者にまでも都合よく利用され続ける。それが「留学生ビジネス」の偽らざる実態だ。

たとえ日本で就職しても、日本語能力を身につけていない偽装留学生はキャリアアップが望めず、底辺労働に固定されることになる。人手不足がもっとも進んでいるのは、日本人の嫌がる低賃金・重労働の職場だ。「留学生30万人計画」と同様、留学生の就職率アップという政策の“裏テーマ”もまた、底辺労働者の確保策なのである。

産業界にとっては、低賃金を厭わない底辺労働者が確保できれば大助かりだ。偽装留学生の労働力に依存してきた企業としては、彼らを長く日本へ引き留め、「移民」となった後も利用し続けたい。その声に応え、政府は今後も底辺労働を担う外国人の受け入れを拡大していくことだろう。

しかし、それは半世紀前、欧州が移民の受け入れで辿った失敗の道に他ならない。外国人労働者が増える職種では、日本人の賃金が確実に抑えられていく。また、ひとたび不況に陥れば、従順に働く外国人より先に日本人が職を失う可能性もある。そのとき、日本人の怒りが外国人に向かい、対立と排斥の動きにつながる危険はないのかどうか。

政府がビザを発給し続ける限り、日本語学校などは偽装留学生であろうと受け入れる。また、産業界が底辺労働者を求めるのも当然だ。ただし政府には長期的な国益の観点から、受け入れに伴う負の側面まで検証する義務がある。しかし、現実にはまったくなされていない。そして大手メディアも、東京福祉大のような大学を「特殊な存在」として取り上げるだけで、「人身売買」同然の「留学生ビジネス」が抱える闇の全体像には切り込まない。政府もメディアも検証機能を果たせていないのだ。

日本が「移民国家」へ向けて歩み始めたその陰には、日本人が目を背け続けている醜悪な現実がある。外国人たちは何を求めて日本にやってきて、どんな暮らしを強いられているのか。実習生が直面する問題については頻繁に報じる大手メディアは、実習生よりもさらに厳しい状況に置かれた留学生たちについて、なぜ知らんぷりを続けているのか。日本はいったいどんな国になっていこうとしているのか――。詳しくは、今年4月に上梓した拙著『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)をお読みいただきたい。

プロフィール

出井康博ジャーナリスト

1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て独立。著書に、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)などがある。

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