2020.03.23

消費減税か現金給付か――制度と経緯に即して考える

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

新型肺炎(コロナウイルス感染症)の影響で景気が急速に悪化しつつある。2月の景気ウォッチャー調査では、足元の景況が東日本大震災の直後の水準に近づきつつあることが示されたが、こうした中、経済対策の柱として消費減税や現金給付の提案が数多くなされるようになった。

もっとも、このような提案については「バラマキ」ではないかとの批判がみられる。この点についてはどのように考えたらよいのだろう? もし仮にこのような措置を実施するとした場合、その具体的なスキームはどのようなものとすべきだろうか? 本稿ではこれらの点について考えてみたい。

1.「被災者の特定できない災害」への対応

バラマキは悪いことか?

一般論からすると、減税や給付などの財政措置については、範囲を限定し対象者を絞ったうえで実施することが望ましい。そのようにしないと、減税や給付などの措置の有効性(ターゲット効率性)が低下してしまうからだ。対象者を特定しない一律の減税や給付を「バラマキ」と定義するなら、景気対策のためになされる全般的な減税はまさにバラマキということになるだろう。

だが、このようなバラマキが悪いことかとなると、話はそう単純ではない。経済学の多くの教科書には、景気が悪くなった時の対応策のひとつとして減税が掲げられているが、もし仮にバラマキが一見して明らかに悪いことだとしたら、書店に並んでいる教科書のほとんどは「トンデモ本」ということになってしまうだろう。

つまり、バラマキが悪いことかどうかは、時と場合によるということになる。では、今回の新型コロナウイルス感染症の感染拡大については、はたしてどうなのだろうか。

被災者の特定できない災害

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下「新型肺炎」という)の感染拡大には特徴的なことがある。それは、この感染症の拡大に伴う影響が広範囲にわたり、新型肺炎が「被災者の特定できない災害」になっているということだ。

もちろん、「被災者」を感染者(検査で陽性が確定した人)に限れば、日本での被災者は950人(3月20日正午現在)と特定できるが、小中学校などの休校やイベントの自粛要請などで休業を余儀なくされた人も、人為的な要因(政府の要請)のために経済的な影響(収入の減少など)を被ったという意味では被災者ということになる。海外からの入国制限で訪日客が減少し宿泊客や来店者が減ったことから、旅館・ホテル、百貨店などを中心に業況の大幅な悪化が生じているが、そのために就業時間の調整(削減)を余儀なくされ収入が減少した人も広義の被災者ということになるだろう。

こうした中、現金給付については子育て世帯に限るといった提案もなされているようだ。だが、そうなると独身でフリーランスで仕事をしている人は除外してよいのかという反応が予想される。もちろん、雇用保険(失業保険)に加入していないのだから、このようなまさかの時のために一定の貯蓄をしておくべきとの意見はあるかもしれないが、そうなると子育て世帯も、子供の面倒を見るために仕事を休まないといけなくなる事態に備えて一定の貯えをしておくべきとなって、子育て世帯に限って現金給付をすることの合理的な理由もなくなってしまうことになる(当然のことながら、この給付は少子化対策とは別の視点からなされるべきものだ)。

では、フリーランスで仕事をしていた人を給付の対象に含めるとなると、今度は休校になった学校にパンを納入しているパン屋さんや、さまざまな行事に合わせて花を売っている花屋さんの店主は給付の対象に含めなくてよいのかということになるだろう。

このようにみてくると、新型肺炎の感染拡大の影響に対する対策として現金給付を行う場合には、業種、就業形態、世帯類型などによって給付の対象とするか否かを線引きすることは困難であり、一律給付を基本とすることが適切ということになる(所得制限をかけて一定以上の所得の人には給付を行わないとすることについては考慮の余地がある)。ハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授は、3月13日付のブログ記事(Thoughts on the Pandemic)において、本当に困っている人を識別(特定)することには困難が伴うから、すべての米国民に1000ドルの小切手をできる限り早期に届けることから始めるとよいとの提案を行っているが、今回の新型肺炎の問題については、このような観点からの対応が適切ということになるだろう。

(もちろん、「真に支援が必要な人」や「本当に困っている人」とそうでない人の線引きが実務にも堪える形で明確に定義できれば、対象者を限って減税や給付を実施することができるようになるから、「バラマキはよくない」との見解を示されている識者からは、この点について実情に即した現実的かつ具体的な提案が速やかになされることが望まれる)。

寄付や商品購入を通じた支援

「真に支援が必要な人」や「本当に困っている人」に対象を絞って給付をするほうがよいという識者の主張の背後には、ひとつの重要な前提が隠れている。それは「政府には支援が必要な人や困っている人を適切に見出す能力があるが、一般の人にはそのような能力はない」というものだ。だが、この前提は正しいものだろうか。もしそれぞれの人に「真に支援が必要な人」や「本当に困っている人」を見出す能力があれば、受け取った給付金を支援が必要な人のために寄付したり、困っている人のお店から商品やサービスを購入することで、生きたお金の使い方ができることになる。

もちろん、このような対応をすべての人が実行することは担保できないが、政府による集権的な資金配分ではなく民間による分権的な資金配分を通じても、「真に支援が必要な人」や「本当に困っている人」に対する事実上の給付は実現可能であるということに留意が必要だ。

時間軸についての考慮

減税や給付措置による家計支援については、何を目的にどのようなタイミングで支援を行うのかというという時間軸の問題を明確にしておくことが必要となる。たとえば、感染の拡大がまだ収束していない局面で消費の拡大を促すような対策を実施しても、家計が外出などを控えて実際の消費の喚起につながらないか、あるいは逆に、買い物や食事のための外出が増えて感染の拡大が生じてしまうおそれがあるからだ。

一方、休業などを余儀なくされて収入が減り、家計が急変した世帯への対応については急いで実施する必要がある。現金給付については、定額給付金ではなく定額減税の形で行えば3か月程度で実施が可能となるが(この点については後述)、非課税世帯への給付措置についてはそれより長い準備期間を要する可能性がある。こうしたもとでは、本来真っ先に支援をすべき世帯が後回しになってしまうおそれがあるから、現に生活の困窮が生じている世帯については、生活福祉資金貸付制度の拡充などによって家計を支える措置も併せて講じていくことが必要となる。

2.現金給付(定額給付金あるいは所得税の定額減税)

減税や給付措置を通じた家計への支援は、どのような形で進めていくのがよいのだろうか。以下ではこの点について論点整理を行ってみたい。

定額給付金

現金給付を文字通り給付措置として行ったものとしては、麻生内閣のもとで実施された定額給付金がある。この措置は1人当たり原則1万2千円を市町村を通じて給付するというもので、給付に際して所得制限を付すか否かは各自治体の判断に委ねられていた。

定額給付金は、所得税・住民税を支払っていない世帯(非課税世帯)にもきちんと支援の手を差し伸べることができるという点ではメリットがあるが、給付が自治体を通じて行われ、しかも各世帯の申請を待って行われることから、実際の給付までに時間がかかるというデメリットもある(2009年に実施された措置では、経済対策の策定から自治体で実際に給付が開始されるまでに5か月程度の期間を要している)。

定額減税

現金給付というと定額給付金などの給付措置がすぐに想起されるが、所得税を支払っている世帯については、所得税の定額減税を通じて同じことを行うことができる。源泉徴収、年末調整、あるいは確定申告の際に減税分だけ徴収税額を減らす(あるいは減税分を還付する)ことで、現金を給付したのと同じことができるからだ。

この措置は所得税の徴収のために整備されている現行のスキームを利用して行われる措置であるため、減税法案が成立すればすぐに実施に移すことができる。橋本内閣のもとで1998年に実施された定額減税については、97年12月17日に橋本総理から特別減税実施の意向が表明され、98年1月30日には法案が可決成立、98年2月から実際に減税が行われており、発案から実施までの期間が2か月足らずというすばやい対応が実現している。

定額減税のデメリットは所得税・住民税を支払っていない世帯(非課税世帯)には支援の手を差し伸べることができないということだ。これでは最も配慮されるべき世帯が抜け落ちてしまうことになるから、現金給付を定額減税の枠組みによって行う場合には、必ず非課税世帯への給付措置とセットで行うことが必要となる。

景気対策としての効果は? 

定額給付金や定額減税(非課税世帯への給付措置を含む)を通じた措置は、被災者が誰かが特定できない現在の状況のもとで、速やかに家計所得の補填を行うという点では一定の意義のある措置だ。だが、このような現金給付については、はたして景気対策として効果があるのか(給付分が貯蓄に回ってしまい、消費は増加しないのではないか)という批判もある。たしかに内閣府が2012年に行った分析によれば、定額給付金の給付によって誘発された消費は、世帯類型などによって差はあるものの、総じてみると給付額の25%程度にとどまり 、給付額の4分の3は貯蓄に回ってしまうことになる(内閣府政策統括官(経済財政分析担当)「定額給付金は家計消費にどのような影響を及ぼしたか」,2012年4月)。

現金給付には、個人が予見しえないショックに対して政府が保険者として機能する(家計の急変というリスクの顕現化に対して給付などの形で収入の補填を行う)役割を果たすための措置という性格もあるから、この点を併せて考慮する必要があるが、景気対策としては力不足かもしれないという点は十分に考慮する必要があるだろう(なお、給付金のうち貯蓄に回された分は、将来の生産や消費を拡大させることに使われることになるから、資源が浪費されてしまうという意味で無駄ということにはならないという点にも留意が必要である)。

地域振興券やプレミアム商品券のほうが効果的では?

給付措置については、現金よりも地域振興券やプレミアム商品券のほうが直接消費を喚起することができ、景気対策として効果が高いのではないかという見解もある。たしかに地域振興券やプレミアム商品券は使用期限付きで発行されることが一般的であり、一定期間のうちに商品の購入に充てられることが確保できるから、一見すると現金給付よりも家計消費を増やす効果が高いように思われる。

だが、これは錯覚によるものだ。地域振興券やプレミアム商品券を利用して買い物をすれば、その分だけ現金(キャッシュレス決済を含む)の支出を抑えることができるから、節約した現金支出の分だけ貯金をすれば、現金給付の場合と同じように給付額のうち相当程度が貯蓄に回ることになる。

しかも、地域振興券やプレミアム商品券は商品券の印刷や管理などの事務コストがかかるため、現金給付の場合よりも事務費が増大してしまう。プレミアム商品券については4,000円の支払いで5,000円分の商品券を購入するといった形であらかじめ支出を伴うことから、低所得の世帯などでは利用を避けるケースがあることも報じられている。このような負担や購入申請の煩雑さのために利用が低調なものにとどまり、自治体によっては5割を超える商品券が売れ残ってしまうケースも生じている。

こうしたもとで費用対効果を総合的に勘案すると、地域振興券やプレミアム商品券よりも現金給付による対応のほうが、家計に対する支援策としてはより望ましいということになるだろう。

3.消費税の減税

消費活動の活発化は、人の移動や交流の拡大を伴うから、感染の拡大防止が求められる現時点では生活の困窮への対応を中心に家計支援がなされるべきであるが、感染拡大の収束を見込むことができるようになった段階では、どのようにして消費を増やし景気を刺激するかということが経済対策の重要なポイントということになる。倒産や事業の縮小が生じて雇用が大幅に損なわれることがないうちに新型肺炎の感染拡大が収束すれば、経済活動は3か月ないし6か月程度でほぼ元の水準に復帰するものと見込まれるが、復帰する先は消費増税後の停滞した経済という可能性が相当程度あるからだ。本格的に雇用調整が行われた場合には、状況はさらに厳しいものとなるだろう。

消費減税をめぐる提言

こうした中、消費税率の引き下げ(消費減税)についての提案が数多くなされるようになった。たとえば、内閣官房参与の浜田宏一氏(エール大名誉教授)は産経新聞のインタビューで「2年程度、消費税増税を撤回してよい」との提案を行っている(3月14日付産経新聞)。また、自民党の石破茂衆議院議員(元自民党幹事長)はロイター通信のインタビューで、期間を限って消費税率の引き下げを行うことも検討に値するとの見解を示している(3月12日付け配信記事)。

自民党の有志議員(安藤裕衆議院議員をはじめ41人)からは、消費税の適用を事実上停止する減税措置などを柱とする提言書が3月11日に西村康稔経済再生担当相に提出された。自民党の青山繁晴参議院議員を中心とするグループからも、消費税率を5%に引き下げるべきとの提案が3月17日になされている。

消費減税を求める動きは野党にも広がっている。れいわ新選組の山本太郎代表や、野党共同会派で無所属の馬淵澄夫衆議院議員などからなる「消費税減税研究会」からは、向こう1年程度消費税率を5%以下に引き下げることを求める提言が3月16日に公表された。この他、国民民主党と立憲民主党の所属議員からも、消費減税を求める指摘が相次いでいる。

消費減税のメリットとデメリット

消費税率の一時的な引き下げについては、消費を増加させる効果が期待される。これは税率の引き下げがちょうどバーゲンセールと同じ効果をもつことになるためだ。もっとも、その反作用で、税率の引き下げ前には消費の手控えが、減税の終了後には反動減が生じてしまうことになる。したがって、一時期に消費支出を集中させることで消費を増やし、景気を刺激することのメリットが、その前後も含めた期間に消費の振幅が生じてしまうことのデメリットを上回るかどうかが、消費減税の是非を考えるうえでのひとつのポイントということになるだろう。税率の変更には各事業者においてシステム改修などのコストが生じることになるから、この点についても併せて考慮することが必要となる。

一般論からいうと、家計の消費支出はできるだけなだらかに(大きな振れが生じない形で)推移するほうが家計の満足度が高まるから(消費の平準化)、このような消費の振れを利用して景気を刺激することについては一定の慎重さが求められる。一方、景気の押し上げのために需要を集中的に増やす必要がある局面では、このような政策対応が是認されることとなるだろう。

なお、経済に生じた大きなショックに対する対応としては、イギリスにおいてリーマンショック後の2008 年 12 月から 09 年 12 月まで付加価値税率の引き下げ(標準税率を17.5% から 15% に変更)が実施されたことがある。

租税特別措置による対応

消費減税については消費税の課税対象となる全商品・サービスを軽減税率対象品目にするといった提案もなされているが、景気刺激策としての効果は消費税率を一時的に引き下げる(そのうえで、一定期間経過後に元に戻す)ことでより大きな効果が得られることを踏まえると、租税特別措置による対応が適切と考えられる。具体的には、消費税法(国税分の消費税)と地方税法(地方消費税分)に規定されている税率を租税特別措置法の規定によって時限的に変更するというのが、実際の作業の流れということになる。

このことはガソリン税(揮発油税)の暫定税率の枠組みとの類推で考えるとわかりやすい。ガソリンの税金は本来であれば1リットル当たり28.7円であるが、現在は25.1円の上乗せ(暫定税率)がなされて1リットル当たり53.8円となっている。消費減税においてはこれとは逆に、消費税法と地方税法で規定されている税率(本則税率)を租税特別措置法で引き下げることで、減税を簡単に実施することができる。

消費減税については、いったん税率を引き下げると元に戻すことができなくなるのではないかとの指摘もみられるが、租税特別措置を利用すれば、期限を区切って税率の変更を行うことが可能となる。

キャッシュレス決済時のポイント還元

家計消費の刺激策としてはキャッシュレス決済時のポイント還元を拡充するという案もある。ポイント還元を対策の柱とすることについては、消費減税よりも政策効果が高いからという説明もある。だが、これは明らかに誤った見方だ。もし仮にポイント還元に消費減税よりも大きな政策効果があるとすれば、還元の対象となる事業者の範囲を大企業にまで拡大し、消費税の課税対象となる商品・サービスのすべてをポイント還元の対象としたうえで、現金払いの場合も含めてポイント還元(即時還元、すなわち購入時の値引き)を行うことにすれば、より大きな政策効果が得られることになるが、すぐにわかるようにこれはポイント還元による値引きに相当する分だけ消費税率を下げたのと同じだ。したがって、ポイント還元のほうが消費減税よりも大きな政策効果があるということはあり得ないということになる。

ポイント還元を通じた経済対策の問題点は、流通のチャネルに大きな歪みをもたらしてしまうおそれがあるということだ。現行のポイント還元は中小事業者を対象とする措置であることから、オーナー経営者(中小事業者)によって運営されているコンビニエンスストアは対象となりやすく、大手の直営店が多いドラッグストアは対象になりにくいといった差がある。したがって、ポイント還元の拡充が還元率の引き上げという形でなされた場合には、還元の対象となる事業者(コンビニエンスストアや一部の外食チェーンなど)と対象となりにくい事業者(ドラッグストア、総合スーパーなど)の間の競争条件にさらに大きな影響が生じてしまうおそれがある。

対象事業者を大手の事業者まで拡充する場合には、総合スーパーやドラッグストアとコンビニの間の競争条件はそろえることができるが、今度はキャッシュレス決済に未対応の事業者が相対的に多い個人商店が競争上不利な立場に立たされるという問題が生じることとなる。これらの点を踏まえると、ポイント還元の拡充は、このような歪みが生じるという点でデメリットの多い措置ということになる。

ここまでみてきたことをまとめると、地域振興券・プレミアム商品券の発行とポイント還元の拡充については、事務コストや流通のチャネルなどに与える悪影響があることから避けられるべきであり、家計に対する支援策は消費減税か現金給付のいずれかによることが望ましいということになる。

消費減税と現金給付のいずれがより望ましいかは実施の目的とタイミングによるから、この点についての判断も含めた今後の調整に委ねられるということになるだろう。現金給付による場合は、すべてを給付措置(定額給付金)の形で行うのではなく、定額減税と非課税世帯への給付措置の組み合わせによって行うほうが、より迅速に低コストで家計支援の実施が可能となる。

緊急経済対策の策定に当たっては、減税や給付措置による家計支援の実現に向けて、適切な判断と調整が確保されていくことが望まれる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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