進む円高をどう考えるか

円高基調がつづいている。8月1日のニューヨーク市場では、円ドルレートが一時76円29銭をつけ、震災後に記録した戦後最高値である76円25銭に肉薄する動きをみせた。その後、東京外国為替市場の取引がはじまった8月2日の時点では77円台で取引されている。以下では進む円高をどう考えるかという点について、いくつかポイントを絞って論じてみることにしたい。

 

 

円高の原因は何か

 

円ドルレートは日本円と米国ドルの通貨の比率である。よって円高・ドル安や円安・ドル高といった場合には、日本側に起因する要因と米国側に起因する要因とを整理して考える必要がある。これらの点を念頭におくと、報道で指摘されている原因は米国側の要因に過度に偏っているのではないかと筆者は考える。以下この点についてみよう。

 

まず報道で指摘されている米国側の要因についてみよう。最近の円高の理由は、連邦債務上限の引き上げをめぐっての政治的な混乱にあるとされていた。報道でも明らかなように、連邦債務上限の引き上げについては、7月31日(米国時間)にホワイトハウスと民主・協和両党指導部のあいだで合意がなされた。仮に円高が進んだ理由が連邦債務上限引き上げ問題にあるのならば、その後は円安へと振れていくはずだろう。

 

だが円ドルレートはいったん78円台をうかがう動きをみせたものの、ふたたび円高が進んでいる。債務上限引き上げ問題が収束した後の円高の理由としては、米国債の格下げ懸念の高まりや米国経済の脆弱さが取りざたされている。あたかも報道を参照するかぎりでは、対外的要因にもとづく深刻な苦境がゾンビのように絶え間なく日本経済に襲いかかっているために、円高という足枷を甘受せざるをえないかのように筆者には思えてしまう。

 

つまり、このような報道で指摘される「円高の原因」なる認識は、実際にマーケットで取引をしているプレイヤーにとっては「材料」として重要な意味をもつのかもしれないが、円高が進むことで影響をこうむる一国民の目線でいえば、大した意味をもたないのではないか。

 

たとえば米国債務上限引き上げ問題の本質は、民主党と共和党の政争によって債務上限の引き上げの法改正が困難であったという政治的な問題、つまりカネはあるのだが上限規制という枠組みのお陰でカネを出せないという話であって、ギリシャのように財政の悪化が即デフォルトにつながるという類の話ではない。

 

米国債の格下げ懸念についても、現状のトリプルAからダブルAへと格下げが生じたとして、それが米国債の急騰に結びつくかは自明ではない。なぜかといえば、格下げの懸念がささやかれるようになっても米国債の金利や各国債とのスプレッドは急騰の動きをみせていないし、格下げとなったとしても米国債市場がいつでも売買可能な世界で最大の債券市場であるという事実は変わらないためだ。日本との比較で考えれば、米国よりも財政赤字が深刻でかつダブルAの格付けである日本国債の金利は1%台を推移している。たしかに各国固有の要因はあるだろう。だが日本において格下げが生じた結果、長期金利が急騰しているという事実はみあたらない。

 

そして、米国経済の脆弱さについては、たとえば最近公表された2011年第2四半期(4月~6月期)のSNAでは実質GDP成長率が前期比年率1.3%増となり、市場見通しよりも低い水準にとどまった。たしかに消費の停滞が鮮明になった状況は懸念すべき事態ではある。しかしながら、ことに日本との比較でいえば、わが国の実質GDP成長率は2010年第4四半期、2011年第1四半期と前期比マイナス成長であり、東日本大震災の影響もあいまって2011年第2四半期もマイナス成長が見込まれている状況である。実質GDP成長率の落ち込みが予想される米国経済と、3四半期連続のマイナスの実質GDP成長率が見通されている日本経済を比較すれば、日本経済の方が深刻な状況だろう。

 

以上のように、米国債務上限問題、米国債格下げ、米国経済の脆弱さといった要因は、「材料」として市況を短期的に変化させる要因にはなりえるかもしれない。だが冷静な眼で財政悪化や経済成長の動向をみれば、米国よりも日本の方が深刻である。結局円高の「材料」ではあったとしても、リーマン・ショック、東日本大震災を経て進む円高トレンドを説明する「原因」にはなりえていないと考えられる。

 

先程、円ドルレートは日本円と米国ドルの通貨の比率であると述べた。報道で指摘されている米国側の要因が材料以上の域を出ないとすれば、では、円高の原因は何だといえるのだろうか。

 

為替レートが何によって決まるのかを考える際の理論には様々なものがあるが、リーマン・ショック以降に進む円高を左右しているのは中央銀行のバランスシートの拡大ペースの差といった、日本銀行とFRBとの金融政策スタンスの違いの影響が大きい。

 

図表1は、日米中央銀行のバランスシートの比(米国FRBバランスシート(2007年1月を100とした指数)を日本銀行バランスシート(2007年1月を100とした指数)で割り、100を乗じた値)と円ドルレートをみている。2008年9月のリーマン・ショック以降の局面では、日本銀行のバランスシートに対して米FRBのバランスシートの方が大きく増加すると円高が進み、日本銀行のバランスシートの方が米FRBのバランスシートと比べて大きく増加すると為替レートは円安にふれていることがわかる。

 

 

図表1 日米中央銀行バランスシート比と為替レートの関係 (資料)日本銀行・FRB統計より筆者作成

図表1 日米中央銀行バランスシート比と為替レートの関係
(資料)日本銀行・FRB統計より筆者作成

 

 

東日本大震災が生じた2011年3月はシステミックリスクの高まりにより日本銀行が当座預金残高を拡大させたことで、日米バランスシート比は低下し、為替レートが円安に振れた。しかし2011年4月以降の動きをみると、QE2(量的緩和第2弾)によりバランスシートの規模を拡大させた米国FRBに対して、日本銀行は震災によるシステミックリスク後退の判断から資金吸収、つまりバランスシートの規模を縮小させた。このことが円高につながっていると考えられる。

 

 

 

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