2014.04.01

検証! 財務省のメディア戦略と消費税増税ロジック

片岡剛士×荻上チキ

経済 #財務省#ご説明

2014年4月1日、消費税が5%から8%に引き上げられた。アベノミクスの金融政策によって徐々に景気が上向きになってきた矢先の増税は、本当にこのタイミングで適切なのだろうか。そもそもなぜ消費税を増税するのか。2013年11月に財務省から「消費税についてお話したい」とコンタクトがあり「ご説明」を受けてきた荻上チキが、エコノミストの片岡剛士氏と、財務省による「ご説明」の影響力と消費税増税について語り合う。(構成/金子昂)

政府と一気通貫なメディア

荻上 そういえば去年の11月頃、「ご著書を拝読しました。消費税についてぜひ一度お話をしたいです」と財務省の方からコンタクトがありました。面白そうな機会だと思って一度会ってみたんです。

片岡 「ご説明」ってやつですね。

荻上 そうそう。財務省の人に加え、電通から任期付きで官民交流採用された広報担当が話にきたんですけれど、説明の内容が典型的なマーケティングだったんですよ。

最初のコンタクトは、これまで政府は、「マスメディア、政党、経済団体、ジャーナリスト、学者など影響力ある団体や個人に、幅広くご説明」してきたけれど、それだけだと不十分だと。だから「省内で検討しまして、新たな広報が開始されました。その主軸は、発信力の高い個人や、大学、NPO、地方の経済団体などの組織を、職員が直接お訪ねし、「ご説明」しているので会いたい」というメールでした。各業態のオピニオンリーダーに「くしゃみ」をさせて、より広く感染してもらうバイラルマーケティングみたいなのを財務省が試みています、っていう。

片岡 ラジオに毎日出るようになって、チキさんの影響力を財務省が認めてくれた、と(笑)。

荻上 からかわないでください(笑)。あまりに聞いていた話まんまだったんで、本当にそういうものなんだなあと改めて思いました。今回の「ご説明」では、増税の必要性を訴える資料のほか、今回のような広報戦略のアピール資料みたいなのも渡されたので、そっちはそっちで面白かったんですが。

「ご説明」の際に渡された資料の数々
「ご説明」の際に渡された資料の数々

おそらく官僚も、多くの場合は「騙してやろう」と思っているわけではなくて、自らの研究に自信を持って、正しいことをやろうとして、あるいは足を引っ張られないように「ご説明」に歩いているんだろうなと思います。片岡さんもきっといろいろ情報は耳にしていると思っているんですけど、そもそも「ご説明」ってどうですか?

片岡 そうですね。シンクタンクで働いているので、政府がクライアントになることはありますし、噂はいろいろ聞きます。

それに官庁が掲げている政策を通すために、その政策に賛成している学者を巻き込んでメディアに働きかけ、国民の政策の認知度を高めようとするという戦略は伝統的に使われているものですよね。これは必ずしも悪いことではなくて、結局、世論がどういう反応をするか次第だと思っています。

 

ただ最近はメディアが、特に経済関係については、どういう報道をすればいいのか判断ができていないと思うんですよね。僕も新聞社から「明日発表されるこの政策についてコメントしてください」って依頼がくるんですけど、その時点ではまだどういう中身なのか知らないから依頼してきた新聞社から大量の資料をもらって判断するわけです。その資料って結局官庁が提供しているものなんですよね。

荻上 白書に関する報道でも、記者へのレクでは、白書だけでなくて数十ページにまとめた概要資料とか、場合によってはさらに数ページに要約したペーパーが配られますよね。白書なんてまともに読まず、概要だけで書いたんだろうなと思う記事は多いですよね。

片岡 そうそう。それをみてよく考えるわけです。

いまはネットメディアもあるので、資料が配られてから報道までの一呼吸が非常に短い。そのせいで要約されたペーパーをそのまま報道していることが多いんです。結果的に、政府と一気通貫になってしまう。

荻上 分厚い白書についての報道でも、翌日の朝刊の内容がどの新聞社も横並びで一緒。たまに意地を見せる記事もありますけれど。でも、元データまでアクセスして、内容があっているかどうかまで検証するような報道はほぼない。

片岡 概要資料やペーパーはざっと読むことが難しい内容の要点をまとめているという意味では利点がありますが、うがった見方をすると官庁がアピールしたい内容がまとまっているともいえるわけです。だから鵜呑みにしてしまうと、メディアはただ宣伝しているだけになってしまう。100パーセント悪いことだとは思いませんが、やっぱり一呼吸おいてちゃんと考えるのが大事でしょう。

そもそも、例えば経済メディアの場合、経済理論を知っていて、さらにデータを使って記事を書ける記者って非常に少ないんです。記事に載っているグラフをみると、財務省や経産省が作っているものを使用していることが多い。あるいはエコノミストに「レポートに載っているグラフを使いたいので、データを下さい」と依頼したりする。記事に名前が載って宣伝になるからエコノミストも嫌がらないと思いますが、そのデータって大抵ネット上にアップされているので誰でも使用できるんですよね。

荻上 草の根的な取材で光をあてる力に比べると、データを使って分析するような力は、新聞・テレビの報道はまだ弱いですよね。だいぶでたらめな話もありますし。

議論の質を高める

片岡 そうですね。あと「これは僕がコメントできる話じゃないよなあ」って思うことありませんか?

荻上 よくありますね。比較的若いというだけで「若者としてどう思うか」みたいな依頼もあれば、得意分野に近いんだけどそれは答えられないよな、というものも。僕は取材の9割は断っていますが、後者については、いい人を紹介したりもしますけど。

片岡 専門分野はいろいろあるから、誰に何を聞くのかちゃんと考えないといけないと思うんですよ。でも記者は、知り合いの学者や、メディアによくでる学者にコメントをお願いしてしまっている。記者から提供された官庁の資料を読んでいるうちに、そっちに考えが寄せられてしまう人もいるんじゃないですかね。

荻上 「あ、これ僕が断ったやつだ。この人、詳しくもないのによくこの仕事受けたなあ」ってこともありますね。でも、記者や制作も、限られた時間で、決められた紙面・時間を埋めないといけない、ルーティンワーカーなんですよね。適任の専門家に「いま論文書いているから無理」「メディア嫌いだからヤダ」と断られてしまうよりは、すでに繋がりのある人にお願いしたほうが効率いい、という状況もある。

片岡 あとは両論併記していても、記者の考え方で記事の見せ方が変わるんですよね。アベノミクスについて、まずは僕が金融政策についてコメントしたら、次に「円安株高になっても実体経済に影響はない」と批判的な人のコメントを載せて、最後に記者が一言二言締めの言葉を書く。僕は前座でしかないわけです。

荻上 先にどちらの話を書くのかで印象が変わるのは確かですね。締めの言葉の方の識者に本音を言わせたりとか。でもこういうのは程度問題として、どの記事でもやられている。だから意識しないといけないのは、べたですが、議論の質を高めることでしょうね。無理筋な議論を時間をかけて淘汰することで、さすがに筋悪過ぎる議論を「両論」扱いさせにくい状況を作るとか。

「陰謀論vs真実の言葉」から抜け出す

荻上 話は戻りますが、官僚の「ご説明」の影響力って、馬鹿にできないんでしょうね。

片岡 そうですね、強調しすぎると陰謀論みたいになってしまうけれど、やはり否定はできないです。

荻上 「マインドコントロールだ!」みたいに強い言葉を使ってしまうと、対抗言説として「これが真実の言葉だ!」みたいなものが出てきて、それはそれで秘密結社的になることにも注意が必要ですけれど。

片岡 ええ、そうするとファンにしか届かなくなりますね。それは意味がない。僕も「リフレ派」と言われていますが、別に党派的な意識を持っているわけではありません。大切なのは、ファンに言葉を届けるのではなくて、疑問を感じている人に、実際のデータや経済状況とあわせて考えを伝えることです。

荻上 一般論として、情報接触の反復が、ひとの考えに与える影響は大きいですよね。メディア経由でコンタクトした論点を繰り返し反復して習得していくことで価値観を築いていく。そういうものの連鎖の中で、検証されずに築き上げられていく空気ってあるわけですね。

でも、いまネットなどで流通しているメディア批判の中には、「上流にいる誰かが指令を出している」とか、「悪意によって誤情報を拡散している」みたいに、わかりやすい意図があるのだというストーリーに還元してしまう。本当にそうなら「倒しやすい」のかもしれない。でも、空気で作られた言説は、人々のリアリティにマッチしたからこそ拡散しているわけで、繰り返し反復されていく。

片岡 そう思いますね。

荻上 それに対抗するには、反対の言説を同じ頻度で頒布して、どちらがいいのかを選んでもらえる状況にもっていくことです。難しいですけどね。「財務省の裏側を暴く!」みたいな記事は注目を集めるけれど、わかりやすく中身のある丁寧な検証が可能になるように議論していくしかない。長期的な判断材料を作るには、専門家の人による丁寧な研究は欠かせないんですけど。

片岡 いまチキさんがおっしゃったことに同意した上で、ある人が裏側を暴いていくような、外に伝播させていく流れも必要だと思います。

例えば高橋洋一さんは、「こんな問題があるよね」と極めて説得的に、財務省の問題を提示したことに功績があると思います。一方で、高橋さんの存在自体が陰謀だという噂がささやかれてしまいかねないという側面もある。高橋さんの考えが正しいとしても、残念ながら社会全体の状況ってあまり変わらないのかもしれない。すでに人々が常識と捉えているものを覆すのは非常に難しいんですね。だからこそチキさんの言うように、数字などを使った対抗言説が必要になってくるんでしょうね。そう考えると、財政の問題は根深いなあ……。

ご説明1:「よいデフレ論」

荻上 というわけで、今回は消費税増税に関して僕が受けた「ご説明」の内容を伝えるので、そちらを議論できれば。簡単に言えば、「消費税はいま増税すべき。さもなければ大変なことになる」って話なんですけど、受けた順番に再現してみますね。ちなみに、「増税に賛同してほしいのではなく、私たちの悩みを吐露しに来たんです」とは言っていましたけれど。

最初は、「よいデフレ論」ですね。デフレデフレというが、産業別GDPデフレーターの推移をみると、電気機械が顕著に下がっている。これはイノベーションが起き、生産が効率化したことで、パソコンなどの価格が安くなったためだ。それはいいことではないか、と。ちょっと懐かしい議論でした。

片岡 専門家は別ですけど、価格と物価の区別がついていない人は結構いますね。

15万円のテレビが1、2か月で5万円まで値下がりしたら、その時点でテレビを買った人は10万円分得したことになりますよね。浮いたお金で別の商品を買うと考えられるので、その商品の価格は上がります。需要が増えるということですから。でもそうはならない。なぜかというと、例えば電機メーカーが値下がりした商品を輸出して儲けようと思ってもうまくいかなくて、結局国内で安く売るしかなくなってしまい、働いている人の賃金が下がり、消費ができなくなり、巡り巡って物価が下がっていく。こういう悪循環があるわけです。そこに還元できない人はたくさんいる。

荻上 価格と物価の違いとか、あとは「貿易赤字」の意味とかって、言葉そのものが持つ「解釈誘導性」ってあると思うわけです。それこそテレビで「みなさん、パソコンが安くなるっていいことですよね?」って説明されたら納得するのは仕方ないよなと思います。誰かが言ったからとかではなく、語彙などの印象とかが築き上げる論調への共感性は、根強そうだなと思います。

ご説明2:増税するならいまでしょ!

荻上 次は消費税増税のタイミング論について。先に僕のスタンスをお話しておくと、いずれ増税は必要だと思っています。福祉を維持あるいは向上させるためにも、安定的な税収の確保、一定以上の経済成長、弱者への再分配への合意形成は欠かせない。でも、いまこのタイミングでなくてもよかったのではないか、という温度感ですね。

タイミングについて論点になっているのが、景気に対してどれだけ影響を与えるのか、ですね。そこで先方が持ち出してきたのは、消費者態度指数の表。見てください、と。89年の消費税3%導入、それから5%に引き上げた97年。増税が景気に悪影響って言いますけど、それは増税直後だけで、すぐに回復していますよね。むしろアジア通貨危機のほうが、明らかに影響力が大きいですよ。景気が上向きつつあるいま、同じような危機が生じる前に、増税したほうがいいでしょう。そんなロジックでした。

片岡 消費者態度指数って、消費者の意識調査なんですよね。「暮らし向きはどうですか?」ってアンケートで、よくなったと感じている人はプラスに、悪くなったと思う人はマイナスに評価しているだけなんです。だから増税直後は「たいへんだ!」と思ってマイナスをつけるでしょうし、慣れてきたら元の数値に戻っていく。

消費税が景気にどれだけの影響を与えているのかを実証的に把握するのは難しいんです。消費税を3%から5%に引き上げた97年は、アジア通貨危機が顕在化した年ですし、あのときは歳出カットや特別減税の廃止も同時に行っているので、増税が影響を与えていないとはいえないのですが、どれだけの影響があったのかを把握するのは容易ではない。

96年度の実質GDP成長率は2.7%だったのですが、民間消費の寄与は1.3%でした。それが増税後の97年度に民間消費の寄与は-0.6%まで下がっている。住宅投資の寄与も96年度は0.6%だったのですが97年度には-1.0%になっています。消費税増税は民間消費と住宅投資に影響を与えるという事を念頭におけば、消費税増税の影響がなかったとは言えないことは確かなんですね。そのかわり当時は、設備投資と輸出が盛んだったので、実質GDP成長率がかろうじてマイナスにならず、0.1%で留まった。ごちゃごちゃしていてわかりにくいんですけど、つまりリスクはあるけど、どのくらいのリスクなのかが把握しづらいんです。

あと「同じような危機が来る前に」と言っても、サブプライムローンもリーマンショックも、欧州債務危機だっていつくるかわからなかった。しかも大したことないって言われていたのに、すごい悪影響がありました。つまりいつでも危機が起こりうる可能性はあるとも言えるわけです。

荻上 なぜ、あえて「消費者態度指数」をもってきたんでしょう。

片岡 よくわからないです。それこそ10月に増税することを決めたら消費者態度指数はドカンと下がっているんですよね。いまちょっと戻ったところです。それを持ち出して、「いまでしょ!」は、説得力がないと思います。

荻上 確かに。

片岡 財務省も消費税増税による悪影響は否定していません。それは増税が決まったとき、経済対策をセットでやると決まったことからも如実ですよね。

荻上 そもそも、消費税は景気に悪影響を与えるのかと議論していたはずが、いつの間にか増税の悪影響を考慮した経済対策の話になっていましたね。結局、税率も上げられ、予算枠も増やせた。完全勝利なんじゃないかしら。

片岡 そういうことなんですよ。まだまだおかしいところがあります。政府って増税の際に「国民の皆様にお願いして」とか「貴重なお金で大切な事業を」とか言いますよね。でも予算をみると使いきれなかったお金が繰越金という形で数兆円規模である。予定していた事業が実施できなかったために発生したものです。財政赤字がたいへんだから増税するというなら、まず無駄遣いしないのが普通でしょう。

今回は経済対策として5.5兆円の補正予算がでました。これは国債を発行したのではなく、使い切れなかったお金と景気が良くなったことで増えた税収でまかなわれます。つまり増税をお願いしておきながら、国債を発行せずに工面できたお金で経済対策をしている。財政赤字がたいへんならば、国債を発行せずに工面できたお金をなぜ財政再建に回さないんでしょうか。変な話です。

荻上 僕自身もそうですが、最初に触れた議論への愛着というのはどうしてもある。一番最初に感染した議論に忠誠を誓う、みたいな。時間が経つにつれ、見比べられたり、悪い評判を聞いて距離をとったりするんですが、逆に意地になってより強化されることもある。「ご説明」が最初の情報接触だった政治家とかは、よほど事前から専門化されていない限り、鵜呑みにしないまでも、やはり頭の片隅には保存しておくんだろうなと思います。

ご説明3:増税するなら消費税

荻上 あとは、「なぜ消費税なのか」という説明ですね。所得税は現役世代が限られているから限界がある。相続税も同様だ。高所得者層はすでに多く負担しているし、これ以上を求めると海外に逃げてしまう。一方で消費税は安定的な税である。

それから所得分布をみてほしい。日本人の平均所得は408万円。世帯収入で最も層が厚いのは、200~299万、300~399万。ボリュームゾーンから取る手段は重要だ。控除を検討しつつも、どう理解を得ていくかが課題だ、と。こんな感じですかね。

片岡 酷い説明ですね。

荻上 さすがにびっくりしました。

片岡 日本人の平均所得はずっと下がり続けています。森永卓郎さんは2003年に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(知恵の森文庫)という本を出版していますが、4年後の2007年には『年収120万円時代』(あ・うん)って本を出している(笑)。

荻上 めっちゃ下がってますね(笑)。

片岡 そうなんです。この状況で、非課税世帯と呼ばれている年収200万円世帯はともかく、300~499万円の層から税金をとったら、いずれ200万円未満の層に侵食してしまうと思います。本末転倒です。だったら全体の所得をあげて、所得税で税収を確保すればいいのに、経済成長のことは頭にない。

荻上 成長率とは別に、8%から10%に消費税をあげたら、さらにその次、となるでしょうね。

片岡 ええ、中期財政フレームによると、2020年までにプライマリーバランスの黒字化は達成できないって出ていました。ストーリーとしては「だからこそもっと増税しないといけない」でしょう。

200~700万円世帯の課税が薄いのは事実なんです。この20年間、所得税の累進構造を変えて、その世帯の税負担を減らしてきたんですね。だからデフレ脱却が確実になった段階で徐々に90年代のバブル崩壊前の累進構造に戻して行くという発想があってもいいと思います。また個人所得課税の実効税率をみると、高所得者層は他の国と同じくらいなのに、給与収入1000万円の人の実効税率は比較的低いんですよね。

荻上 基本的には、消費税増税ありきではなく、他の政策オプションも検討したうえで、トータルパッケージで税制を考えることが大事ですよね。

片岡 そうそう。社会保障の問題も財政の問題もあるなかで、消費税というオプションをどう使うかを議論すべきなのに、先ほども言ったように、増税すべきか否かの話に還元されている。「経済成長か低成長か」という考え方の違いが根底にあると思いますが、なにをどう使うかという認識の違いも原因のひとつだと思います。

ご説明4:消費税は景気に左右されない

荻上 最後は「所得税と法人税は景気に左右されるけど、消費税はそんなことないんですよ」という話でした。これは普通ですね。そのうえで、貧困層には軽減税率や給付のオプションを検討すべきかどうか、と。

片岡 消費税にそういう特徴をもつ税制です。消費しないと生きていけませんから。だからといって軽減税率を導入して、その特徴をなくすことは反対です。利点はうまく活用しないといけない。

そもそも所得税が下がっているのは経済停滞が原因です。ある意味、普通の国の経済に、つまり名目成長率3%以上を安定的に達成できればいい。リーマンショック前は増税せず、成長しかしていなかったのに、プライマリーバランスは黒字化の一歩手前までいきました。これから経済成長して、デフレ脱却ができて、安定的なインフレを保ちながら、税収を確保できるような努力をするインセンティブを与えることも必要なのかもしれません。

経済学者の飯田泰之さんが言うように、プライマリーバランスの赤字の話と、社会保障の話はわけて考えないといけないと思います。プライマリーバランスの赤字は、名目成長率を高めれば、おのずと税収も増えて黒字化に向けて軌道にのるでしょう。でも社会保障については、そこから考えていかないといけない。そのときに、消費税を増税するという選択肢を選ぶ必要があるのかもしれない。そういうことだと思いますよ。

荻上 そもそも消費税を社会保障に紐づけしているのも謎なんですよね。「消費税は全額社会保障に」でなく「社会保障は基本的に消費税で」とも読める法文になっていたのは問題でしょう。

可能なる成長と、適切な再分配をセットで議論すること

荻上 といった「ご説明」を受けたよ、という報告ではあるんですが、これから10%に引き上げられる消費税も、「これから」の議論がまた控えているはずなんですよね。

 

片岡 財政再建には、経済成長か、歳出カットか、増税しか選択肢はありません。いままでのように経済成長なんてできないという前提だと、後者のふたつしか選択肢がなくなってしまう。でもそれで財政再建はできなかったわけです。アベノミクスでインフレになりつつありますが、まだデフレからは脱却していない。この状況を続けていたら、より財政赤字が溜まっていくのは明らかです。

欧米ではいま、経済成長しているのに所得再分配が進まないという状況が観察されています。日本ではそうした状況をみて、「やっぱり成長しても意味ないじゃん」と考えられてしまいがちですが、少なくとも欧米は日本より成長しています。「欧米はもっと成長しないといけないのでは」という議論もありますが、僕は再分配して所得の偏りをなくしながら成長していくモデルを考えないといけないと思う。どちらか片方ではなくて、両輪が大事なんですね。日本はアベノミクスで世界を驚かせたんだから、その成果で上手に分配していく、そういう話が当たり前になっていかないといけないと思います。

荻上 いろいろな「反省」から経済成長を吟味するなら、経済成長のあり方を論議するのがよくて、「そもそもしなくていいんじゃ」というのは筋が悪いと思います。いままでは成長しても分配のことが考えられてこなかったのは事実です。そこをちゃんと批判したうえで、可能なる成長と、適切な再分配をセットで議論することがもっと盛り上がってほしい。まだまだ長い時間が必要かもしれませんけれど。

(2014年1月31日 虎の門にて)

プロフィール

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

この執筆者の記事

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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