2016.01.21

誰が保育していくのか?――フランスの現金給付と保育ママから考える

千田航 比較政治学/福祉政治学

教育 #「新しいリベラル」を構想するために

多彩な子育て支援

フランスは様々な子育て支援が展開されていることで有名な国である。日本でも、安倍政権の新・三本の矢の一本に「夢をつむぐ子育て支援」が組み込まれ、今年度から子ども・子育て支援新制度が始まっている。今後の働きながら子どもを育てられる社会の実現に向けて、多彩な子育て支援の先輩であるフランスから学べることは少なからずあるだろう。

はじめにフランスで実施されている現金給付と保育サービスについて確認しておこう。日本の現金給付は児童手当と児童扶養手当が該当し、育児休業給付金を含めたとしても3種類しかない。対してフランスでは、様々な現金給付がおこなれている。

たとえば、第2子以降にすべての子どものいる家族に支給される「家族手当」や、第3子以降に家族手当よりも増額される「家族補足手当」、他国の育児休業給付にあたる「子ども教育共有給付」、保育ママやベビーシッターを雇用した親に対して支給される「保育方法自由選択補足手当」、ひとり親の家族や親の援助がない子どもを扶養する家族に支給される「家族援助手当」、障害のある子どもを扶養する家族に支給される「障害児教育手当」などがある。

保育サービスについても多様なサービスが実施されており、3歳未満の子どもをもつ親はクレシュと呼ばれる保育所や保育ママ、ベビーシッターなどを利用する。また、保育所のなかには10人未満の子どもを預かるミクロ保育所もある。近年では、一時的な保育や短時間の保育など多様な保育ニーズに沿った多機能施設が保育所の主流である。

3歳以降の子どもは日本の幼稚園にあたる保育学校にほぼ100%通学する。日本の幼稚園が1日4時間の教育時間を標準とするのに対し、フランスでは8時30分から16時30分まで、途中で2時間の昼休みをはさんで教育をおこなうのが一般的である。近年では2歳から保育学校に入学する子どもも増えている。

誰が保育をしているのか?

現金給付と保育サービスの両面から発展するフランスは、ノルウェーやスウェーデンとならんでワーク・ライフ・バランスの「パイオニア」とも呼ばれる(※1)。ただし、ノルウェーやスウェーデンほど整備が進んでいるわけではない。

(※1)Morgan, Kimberly J. (2012) “Promoting Social Investment through Work-Family Policies: Which Nations Do It and Why?,” Morel, Natalie, Palier, Bruno, and Palme, Joakim (eds.) Towards a Social Investment Welfare State?: Ideas, Policies and Challenges, Policy Press, pp.153-179.

モーガンによれば、フランスは3歳から6歳までの子育て支援は「パイオニア」であった。早い時期から保育学校の整備が進んでいたためだ。その一方で、3歳未満の早期教育や質の高い子育て支援の提供は不十分であり、ノルウェーやスウェーデンとは異なっていた。

実際、フランスで誰が保育しているのかを示したデータがある(※2)。2013年のアンケートによれば、3歳未満の子どもの61%はどちらか片方の親に保育されている。

(※2)Villaume, Sophie and Legendre, Émilie (2014) “Modes de garde et d’accueil des jeunes enfants en 2013,” Études et résultats, no.896.

親以外の保育方法を利用した場合、19%の子どもは後述する認定保育ママを利用し、保育所などの保育施設を利用するのは13%の子どもにとどまった。2002年時点で子どもの70%がどちらか片方の親に保育されていることを考えれば、徐々に保育所など他の保育サービスの利用が進んでいるものの、フランスでは未だに親が保育をしている。

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図1 3歳未満の子どもの主な保育方法(平日8時から19時まで)
出典:Villaume and Legendre (2014) より筆者作成。

ちなみに、平成25年国民生活基礎調査では母親の仕事の有無からみた2013年の日本における保育の状況を確認できる。母親が仕事をしている場合、子どもが0歳では父母が70.9%、認可保育所が24.5%、祖父母が15.5%、認可外保育施設が3.2%となっている。子どもが1歳になると認可保育所が61.0%、父母が34.0%、祖父母が13.3%、認可外保育施設が8.1%と認可保育所の利用が父母の保育を逆転する。2歳では、認可保育所が67.5%、父母が30.3%、祖父母が13.7%、認可外保育施設が8.2%となっている。

一方、母親が仕事をしていない場合、子どもが0歳では父母が89.1%、祖父母が9.7%、認可保育所が2.6%、認可外保育施設が0.4%となっている。子どもが1歳でも父親が85.6%、祖父母が9.5%、認可保育所が6.3%、認可外保育施設が0.8%とほとんど変化がない。2歳では、父母が84.5%、祖父母が7.8%、認可保育所が7.5%、認可外保育施設が1.1%となっている。

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図2 母の仕事の有無・末子の乳幼児の年齢別にみた日中の保育の状況の構成割合(複数回答)
出典:厚生労働省「平成25年 国民生活基礎調査の概況」。

日本の場合、複数回答が可能であることや母親の仕事の有無でわけているため、フランスのアンケートと比較することは難しい。それでも、日本で母親が仕事をしていても父母による保育が比較的高いことを含めて、日本でもフランスでも親が保育する比率の高さは指摘できるだろう。

フランスで親が保育する比率が高い背景には、手厚い現金給付がある。育児休業給付にあたる「子ども教育共有給付」は、1990年代には「育児親手当」という別の制度であった。育児親手当は1990年代前半まで第3子以降の子どもをもつ家族にしか適用されなかった。それが1994年の改革で受給資格を第3子から第2子へと拡大することになった。その結果生じたのは、女性の労働市場からの退出であった。

フランス国立統計経済研究所の調査によれば、3歳未満の子どもを2人以上もつ女性が労働市場で活動する割合は1994年から1997年までの間に69%から53%へと減少した(※3)。3歳未満の子どもを1人や3人以上もつ場合には変化がなかったため、この減少の原因は育児親手当の拡大にあった。

(※3)Afsa, Cédric (1998) “L’allocation parentale d’éducation: entre politique familiale et politique pour l’emploi,” INSEE Première, No. 569, p.2.

この現金給付で女性が労働市場から退出することを避けるため、2004年の改革で第1子へと拡大する際には受給期間を6ヶ月とした。第2子以上は最長で3年取得可能であった期間を第1子では早期に職場復帰できるよう短縮したのであった。

認定保育ママの急増

親が働きながら子どもを育てるためには保育サービスの拡充が重要な課題となる。フランスでも保育所など保育サービスの拡充に取り組んできたが、親以外の主要な保育サービスは保育所ではなく認定保育ママになっている。「認定保育ママ」とは何者なのだろうか。

認定保育ママは1977年から始まり、主に保育ママの自宅で子どもを預かる制度である。6歳までの子どもを4人まで預かることが可能であり、親との契約のもとで子どもを保育する。認定保育ママは女性だけではなく男性でもなることができる。

2007年以降、資格を取得するために120時間の研修が義務化された。子どもを保育するまでに60時間の研修は終えていなければならず、その後、2年以内に残りの研修を受ける。また、認定保育ママは5年ごとに資格の更新が必要である。

近年、日本でも保育方法を拡大する手段のひとつとして保育ママを考えている。2009年に児童福祉法が改正され、家庭的保育事業としての保育ママの資格要件を緩和した。この改正で、保育士資格をもたなくても市町村の研修を経て保育ママの資格を取得できるようになった。2010年から全国的に家庭的保育事業が開始されたものの、まだ保育ママの人数が少なく、この制度が主要な保育方法として定着するかはわからない。

フランスで他の保育方法よりも認定保育ママが利用される背景には、短期間の研修で資格を取得できること以外に、現金給付や税制による経済的な支援が挙げられる。

親が認定保育ママやベビーシッターなどを雇用して6歳未満の子どもを保育した場合、「保育方法自由選択補足手当」という現金給付が支給される。家族の所得状況や子どもの年齢に応じて給付額は異なり、現在、0歳から3歳までは174.37ユーロから460.93ユーロ、3歳から6歳までは87.19ユーロから230.47ユーロとなっている(※4)。

(※4)フランス全国家族手当金庫のサイトを参照。

親が認定保育ママを直接雇用すると、認定保育ママへの報酬だけではなく社会保険料も負担することになる。この社会保険料相当額が保育方法自由選択補足手当で補償され、認定保育ママの報酬の一部も経済的に支援される。認定保育ママを雇用した際の負担軽減は税制でも実施され、上限付きで保育費用の50%が税額控除される仕組みを導入している。

これらの経済的支援は1990年に保育方法自由選択補足手当の先駆けとなる現金給付が導入されてから徐々に拡大した。この結果、認定保育ママは保育サービスとして利用しやすいものとなり、その数は急増した。2012年までに認定された保育ママの数は45万8,000人を超える(※5)。1990年には13万2,000人だといわれており、20年で30万人以上増えたことになる。フランスでは認定保育ママの雇用を経済的に支援することで保育ニーズの拡大に対応してきたといえる。

(※5)Borderies, Françoise (2015) “L’offre d’accueil collectif des enfants de moins de 3 ans en 2010,”Document de travail, Série statistiques, No.194, p.65.

フランスの苦悩

それでは、今のフランスは何の課題もなく子育てができる環境にあるのだろうか。決してそのようなことはない。まず、親は必ずしも自分の希望した保育方法を選択できていない。家族政策の現金給付を管理、運営する全国家族手当金庫が2013年の新学期時点で6ヶ月から1歳の子どもをもつ親に対して実施したアンケートがある(※6)。このアンケートでは親が希望する保育方法と実際に利用した保育方法の違いがわかる。

(※6)CNAF (2013) “Baromètre du jeune enfant 2013,” l’e-ssentiel, No.140.

親が希望する保育方法は親が33%、保育所が25%、認定保育ママが26%である。それに対して、実際に利用した保育方法は、親が54%、保育所が14%、認定保育ママが29%となっている。当初から希望する保育方法がない親もいるが、希望する保育方法から実際に利用した保育方法が減少したのは保育所のみであった。保育所へ預けることを希望しても実際に利用できる親は少ないといえる。働いている親は妥協の結果として自分や認定保育ママによる保育方法を選択しているのかもしれないのである。

 図3 新学期時に希望した保育方法と利用した保育方法(2013年、%) 注:フランスで6ヶ月から1歳までの子どもをもつ親へのアンケート。 出典:CNAF (2013) より筆者作成。

図3 新学期時に希望した保育方法と利用した保育方法(2013年、%)
注:フランスで6ヶ月から1歳までの子どもをもつ親へのアンケート。
出典:CNAF (2013) より筆者作成。

認定保育ママは、より専門的な教育を受けた保育士の場合と比べて保育の質が十分ではない可能性がある。これは親が保育する場合にも同様の指摘ができる。保育所を希望しても利用できない状況は、教育施設である幼稚園でもなく、保育士がいる保育所でもない、親や認定保育ママによる1歳未満の保育を主流にさせ、早期教育や質の高い保育が行われない可能性を残す。この改善には認定保育ママの保育の質の向上や保育所の増設などが必要になる。

また、認定保育ママの急増が労働市場に安価な労働力を供給しているという課題もあろう。日本でも保育士の給与の低さが指摘されるが、フランスでも同様のことがいえる。

フランス国立統計経済研究所が出している職域ごとの月額給与をみると、保育サービスの職員を含むカテゴリー(Administration publique, enseignement, santé humaine et action sociale)の月額給与が2012年で1,778ユーロとなっており、宿泊業・レストラン業(Hébergement et restauration)に次いで低い。(※7)

(※7)フランス国立統計経済研究所のサイトを参照。

このカテゴリーには認定保育ママ以外も含まれるが、保育士などと比べて短期間の研修で資格を得られる認定保育ママは他の保育サービスの職員よりも月額給与が低いと予想できる。

フランスでは、育児休業が長期間であるために低い賃金で働いてきた女性労働者が労働市場から退出する一方で、高い賃金で働く女性労働者はベビーシッターや認定保育ママの雇用のために保育方法自由選択補足手当を利用する。この結果、労働市場から退出する女性と高い賃金で働き続ける女性の二極化を招いているという指摘がある。(※8)

(※8)Morel, Nathalie (2007) “From Subsidiarity to ‘Free Choice’: Child- and Elder-care Policy Reforms in France, Belgium, Germany and the Netherlands,” Social Policy & Administration, Vol.41, No.6, pp.635.

対して、認定保育ママが相対的に低い賃金で働くことは、労働市場から退出する女性と高い賃金で働き続ける女性だけではなく低い賃金で働く女性を労働市場に送り出すことになる。ここから、二極化とは異なる、賃金格差のもとで階層化した社会を作り出す可能性がでてくる。認定保育ママが労働市場でいかに活躍できるのかという点もフランスの課題となる。

以上のように、様々な子育て支援が提供されるフランスであっても日本とは異なる点で新たな対応が必要となっている。子育て支援の充実は日本にとって喫緊の課題のひとつだが、現金給付や保育サービスを増やせばすべての問題が解決するという単純な話でもなさそうである。

フランスでは、現金給付や保育サービスの拡大に伴って、誰が保育していくのかという問題が浮上している。誰もが働きながら子どもを育てられる社会の実現には、量的な拡充のみにとどまらず、保育方法の選択をめぐる永続的な問題に取り組む必要もあるだろう。

プロフィール

千田航比較政治学/福祉政治学

北海道大学法学研究科助教。2013年北海道大学法学研究科博士課程修了、博士(法学)。専攻は比較政治学、福祉政治学、フランス家族政策。主な著作に「ライフスタイル選択の政治学―家族政策の子育て支援と両立支援―」(宮本太郎編『福祉政治』、ミネルヴァ書房、2012年)、「家族を支える福祉国家―フランスにおける家族政策とジェンダー平等」(宮本太郎編『働く―雇用と社会保障の政治学―』、風行社、2011年)。

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