2016.04.26

緊急政策提言 :人口減少社会における“活断層法”を活用した国土計画の再考を

蛭間芳樹 日本政策投資銀行

社会 #震災復興#活断層法

平成28年熊本地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。お亡くなりになられた方々、ご遺族様に謹んでお悔やみ申し上げます。

東北の被災地がいまだ東日本大震災からの復興途上にあるなか、熊本県、大分県をはじめ九州地区広範に渡り大きな地震が起きている。ここ数年は、「次は、南海トラフか、いや首都直下地震だ」という“空気“があり、そのような情報を政府もマスコミも積極的に出してきた。常総市の豪雨災害、そして今回の震災を踏まえるに足元をすくわれた感じがあるだろう。

九州地域では、今もなお余震が続いているほか、直接的な関係は認められないとしながらも阿蘇山噴火のように火山活動が活発化している。海外に目を転じれば、エクアドルでも大きな地震が発生した。もはや、忘れた頃にやってくる、という様な頻度ではなく、巨大地震が連発することが状態化するニュー・ノーマルへと我が国の自然環境は常態変化したのかもしれない。

被災地で非日常下での生活を余儀なくされている被災者の皆様に対して、そして緊急対応や復旧活動にご尽力されている方々に対して最大の敬意を表しつつ、私はあえて問題提起をしたいと思う。防災政策上、タブーとされてきた「活断層法」についてだ。

この重要な防災上の論点について、残念ながら日本は特段の手を打ってこなかった。

本稿の目的は、悪者を探すのではなく、これからの中長期的な人口減少社会における国民の生命と財産を護るための重要論点として活断層との共存方法を提示することにある。国全体の防災戦略を考えた場合の、必要なリスク・コントロール施策として、議論をする必要があるのではないか。

諸外国の活断層対策――「活断層法」

2005年10月8日、パキスタン北部で発生したマグニチュード7.6の地震では、8万人を超える犠牲者を出した大震災となった。

この地震は逆断層タイプの地震で、震源域の北部に位置していたバラコット(Balakot)では、断層の盤に対して乗り上げるように動いた上盤に位置していた市街地が壊滅的な被害を受けすべての建物が倒壊し、住民の85%にあたる1661人が犠牲になった。これに対して、下盤では被害を免れた建物が多かったとの報告がある。

このように、活断層の位置によって、被害にかなりの違いがある。つまり、活断層に関する情報は、災害を軽減するためには欠くことができない重要な情報なのだ。活断層リスクを防災対策上の主要テーマとして政策議論することは世界の常識であり、具体的な対策事例もある。

たとえば、アメリカ合衆国カリフォルニア州では「Alquist-Priolo Special Studies Zones Act」、俗にいう「活断層法」ともいうべき法律が1972年に制定され、防災上の効果を発揮している。1971年に発生したサンフェ ルナンド地震では地表断層の上では建物の被害が80%近くに達したのに対し、断層からわずかに離れた場所では 被害は30%にも達しなかった。

そこから断層変位の危険性が再認識され、「活断層法」の制定に多大の影響を与えた。この法律のポイントは、リスク回避を促す法的なリスク・コントロールにある。

単純で合理的な都市計画における法規制、ゾーニングの一種と言っても良い。手続きは、まず、州の地質調査所が、断層被害が生ずる可能性のある幅約300mの特別調査地帯(Special Studies Zone)を設定する。ゾーン幅は1/4マイル(0.4km)程度。この特別地帯に対して、自治体は活断層地表痕跡の直上での新築・大規模改築に対して建設許可を与えてはならならず、また、域内での居住や構造物建設の際には、地質調査報告書の提出が義務づけられている。

さらに、調査によって活断層が発見された場合、断層から50フィート(15m)ほど建物をセットバックして建設することが義務づけている(ただし適用外物件もある)。さらに、特別地帯内に存在する不動産売買にも規制があり、不動産販売者は購入者に対し、物件が断層ゾーン内に立地している旨を伝えることが義務づけられており、これは不動産価格に当然に影響する。リスク情報を告知する義務が法的に課せられている。

このように、活断層法は都市計画や建物安全基準法の中の重要な一つの要素として活用されているのだ。

日本での「活断層法」の適用の必要性と課題

では、日本において、住宅やマンションの購入の際、活断層情報の提供を不動産事業者から受けた方はいるのだろうか。建築基準未達で大騒ぎしたような関心が近年散見されるが、積極的に資産保有者として活断層リスクを確認した人はどれだけいるだろうか。

今回の地震は活断層(布田川(ふたがわ)断層帯と日奈久(ひなぐ)断層帯)の活動による横ずれ断層型であり、2011年の東日本大震災のようなプレートの境界で発生する海溝型地震とは異なる。

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九州地区の活断層図 国立開発法人産業技術総合研究所 活断層データベースより(著者作成) https://gbank.gsj.jp/activefault/cgi-bin/search.cgi?search_no=j024&version_no=1&search_mode=2
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日本全国の活断層マップと過去の災害履歴(著者作成)

日本の国土は、まるで活断層におおわれているような状況にあることが分かるだろう。1995年の兵庫県南部地震、2004年新潟県中越地震、2003年宮城県北部地震はいずれも、今回と同様の内陸での活断層型地震であった。国内では2,000とも、いや数万とも言われるような活断層、断層が存在していると言われているのだ。

このような状況にも関わらず、日本では活断層法は導入されていない。第132回国会(常会)平成7年5月1日に、活断層対策に関する討議がなされているが、当時の結論は、活断層の観測強化に留まっている。法整備まで踏み込めない理由は、学会からは以下の点が主に指摘されているが、その後、特段の社会的な議論もなく、放置されているようにも思える。

<日本で活断層法が適用されない理由>

・断層特性が日米で異なる(カリフォルニアは主として横ずれ、日本は複数パターン)

・日本の断層パターンは複雑で、地表面に断層痕跡が出現しておらず、断層の位置情報が不確実である

・すでに活断層直上に居住している人口が多く、変更による社会的影響が大きい

・活断層情報が公開され、不動産取引にこれを適用すれば不動産市場の混乱を一気に招く

 

などである。我々はそこで思考停止していないだろうか。たとえば、今後、50年で人口の3割(3000万人)が減少する我が国の中長期な社会変化に対して、私たちはどのような国家の危機管理戦略を持つべきか、という時間的・空間的に俯瞰した視点を持つことが必要だと思う。

先行研究(目黒・大原 2008)によれば、現時点で断層ゾーンに該当する対象日本人は、総人口のうち2.3%(約289.3万人)、最も多い京都府で10%(約26万人)未満とされている。さらに、学校施設の200校に一校が活断層上に位置(注)している。

(注)中田高「アメリカの『活断層法』日本でも必要か」(1992)

もちろん単純比較ができないのは全くの承知だが、活断層法導入によって影響を受ける人口と、人口減少のインパクトとでは桁が違う。前者を対象に、彼らの生活満足度を下げない程度の、人口誘導策は検討できないものであろうか。いま盛んに叫ばれている地方創生の文脈における地方への移住に際して、危険地域への人口流出インセンティブあるいは規制と、安全地域への流入インセンティブとを検討することはできないか。ただし、活断層リスク以外のリスクも当然に踏まえる必要があることを付記しておく。

次に、既存マーケットへの影響であるが、これは情報基盤整備と割り切って、あとは市場メカニズムに任せるくらいで良いのではないか。むしろ活断層に対する現在の科学的なエビデンスベースに基づく適正な情報を市場に提供しないと、そもそも適正な価格形成ができないばかりか、歪な需給関係に基づくマーケットが形成されてしまい、誰かが過剰にリスクを負わされてしまいかねない。現状、負担しているのはアセットオーナーだろう。

あとは、活断層研究の高度化もあわせて必要である。活断層のリスク評価については、いまだ不確実性が多分に存在することが指摘されているが、原発事故の例を出すまでもなく、ゼロかイチかの安全議論ではない、リスクベースの対話ができるための素材が必要である。そのためには情報精度の高い断層のハザードマップの開示とそれを用いたリスクコミュニケーションを積極的に行っていくことも、学術界の課題であろう。

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活断層近傍に住む人口の割合(出典:目黒公郎、大原(吉村)美保 人口減少社会における活断層対策の展望 活断層研究28号 23-29 2008)

新たな自助・共助・公助へ

本稿は、活断層との共存方法を、海外の先行事例と国内の学術研究を踏まえて論点提示した。これからの中長期的な人口減少社会を踏まえ、国全体の防災戦略を考えた場合に、必要なリスク・コントロール施策として検討する必要があるのではないかと私は考える。

すでに始まった人口減少社会において、安全な国土形成を積極的に進めるためには、活断層法は新たな意味を持つのではないか。そして、中長期の国土の安全確保に向けて、活断層法を導入すべきかの議論を国民全体で行うべきだ。人命など、代替の聞かない社会資本は、可能な限り抑止力を事前に高めて護りきるしか方法はないのである。これがないと、いかに立派な災害対応計画、強靭化計画、BCP(代替戦略ではない現地早期復旧戦略タイプ)を持とうが、肝心な人的資源が確保できなくなる。

まさに、防災政策のパラダイムシフトと言ってもいい。高度経済成長期に爆発する人口に、ある種無秩序で形成された都市や地方を、もう一度アップデートする都市や地域のデザインが必要だ。活断層等による都市や地域のトリアージを実施すること、その際には、建物容積率の緩和、土地利用規制、都市計画規制などによって、活断層近傍の危険性の高いエリアに住む人々と、そこに流入してくる人たちを、より長期的な視野に立って安全なエリアに移り住んでもらうしなやかさが欲しい。災害を契機としたイノベーション、包括的な対応力を「災害レジリエンス」というが、まず法的なアプローチとして活断層法は、非常に有用な手段ではないだろうか。

最後に

東日本大震災からの復興がいまだ難航を極めているのは周知の事実である。東北の復興で見えてきた現実は、ある一定規模の被害量を超えた場合、復興はもとより原状回復の復旧も困難であるということだ。そして、それは特定の地域や被災地に限った話ではなく、時間とともに脆弱性が増していく日本全体の課題でもある。

巨大地震の発生が相次げば、多くの国民の命が危険にさらされるのはもちろんのこと、社会総体としての危機管理資源が衰退化、そこからの立ち直る災害レジリエンス力が弱まる中、人的、資金的な不足によって復興どころか国家デフォルトのシナリオさえ導きかねない(参考文献「日本最悪のシナリオ」)。

防災では「自助・共助・公助」が重要だが、少子高齢化と財政難から公助は今後減っていく。これを補う自助と共助の確保が大事になるが、そのためには「良心」に訴え掛けるだけの防災には限界があることに、そろそろ気がついたほうが良い。復興債を無尽蔵に発行できるはずもないのだ。今回紹介した活断層法は、一つの強力なリスク・コントロール手段として重要な役割をもつ。導入の是非を大いに議論してほしい。日本が最悪の事態を避けるために、そして、次世代の日本人のために、全うな防災政策が展開されることを切に願う。

補足1:九州エリアはシリコンアイランドと称されるように、半導体産業の集積地でもある。内外サプライチェーンへの影響も相当に出ている。

補足2:熊本地震発生前後に、フィリピン海プレート周辺、インド・オーストラリアプレート周辺、太平洋プレート周辺でも大規模地震が起きている。これが何を意味するのか。不気味である。

免責:本発表内容は報告者個人の見解に基づくものであり、報告者が所属する組織の立場、戦略、意見を代表する公式見解ではありません。

■文献

・気象庁 平成28年4月14日21時26分頃の熊本県熊本地方の地震について

・一般財団法人日本再建イニシアティブ「日本最悪のシナリオ 9つの死角」新潮社

プロフィール

蛭間芳樹日本政策投資銀行

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部 BCM格付主幹。1983年、埼玉県生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業(修士)、同年(株)日本政策投資銀行入行。企業金融第3部を経て2011年6月より現職。専門は社会基盤学と金融。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダー2015選出、フィリピン国「災害レジリエンス強化にむけた国家戦略策定(電力セクター)」アドバイザー、内閣府「事業継続ガイドライン第3版」委員、国交省「広域バックアップ専門部会」委員、経産省「サプライチェーンリスクを踏まえた危機対応」委員、一般社団法人日本再建イニシアティブ「日本再建にむけた危機管理」コアメンバーなど、内外の政府関係、民間、大学の公職多数。日本元気塾第一期卒業生「個の確立とイノベーション」。また、2009年よりホームレスが選手の世界大会「ホームレスワールドカップ」の日本代表チーム「野武士ジャパン」のコーチ・監督をボランティアで務め、2015年からはホームレス状態の当事者・生活困窮者・障がい者・うつ病・性的マイノリティ(LGBT)などが参加する「ダイバーシティ・フットサル」の実行員も務める。NHK-Eテレ2016年元日特番『ニッポンのジレンマ ―競争と共生―』に出演。著書は『責任ある金融』(きんざいバリュー叢書/共著)、『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社/共著)、『気候変動リスクとどう向き合うか(きんざい/共著)』、『ホームレスワールドカップ日本代表のあきらめない力(PHP研究所)』などがある。

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