2013.04.16

2013年3月11日、日本弁護士連合会は『東日本大震災無料法律相談事例集』を発刊した。震災直後から避難所等で実施してきた4万件超の相談事例から1000件を厳選し、被災者の『生の声』を伝えることを目指した。東日本大震災から2年が経過。未来へ向けてふたたび叡智を結集し、残された課題の克服に挑む。

法律家による無料法律相談活動の開始

東日本大震災直後から、さまざまな情報提供の窓口を専門士業が担った。そのひとつが弁護士らによる無料法律相談活動である。被災自治体、国、企業、NPO、他士業と連携し、災害直後から相談活動を展開した。

ある弁護士は、自ら被災しながらも、震災から数日もたたないうちに、被災行政や地元企業の訪問、そして無料法律相談活動を開始した。地元の避難所を初めて訪れたときには、満場の拍手で迎えられたという。避難所で不安を抱える被災者は、明日への希望の糧となる「情報」を求め、そして伝えたい「思い」や「悩み」があった。(*1)

その後、日弁連、各地弁護士会、日本司法支援センターは、避難所等で無料法律相談活動を本格的に開始した。日本全国から多くの弁護士が被災地へ向かい、また電話相談を担った。相談の都度、「相談票」が作成される。今まで誰も遭遇したことがない相談内容で溢れ返った。それでも、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震等の経験を頼りに、問題の解決に取り組んでいった。開始から1か月で、青森、岩手、宮城、福島などで3000件以上の無料相談が実施され、相談票が作成された。

(*1)小口幸人「司法過疎地で被災者として、法律家として」(法学セミナー、2011年8・9月号)

無料法律相談ビッグデータの構築を

しかし、ここで大きな課題に直面する。相談があまりにも多種多様であり、また被害もあまりに甚大で、既存の法律で対応できないものばかりだったからだ。

法律相談の現場で、弁護士たちが感覚的に掴んでいる未解決の課題を、より客観的かつ正確に把握する必要があった。いかにして正確なニーズを把握するか。筆者の提案は、各地の弁護士会などに何百、何千件と積み上がって、分析できないでいた無料法律相談の「相談票」のすべてを、弁護士の手で再精査し、データ・ベース化することだった。

紆余曲折を辿り、震災から1か月経過したところで、日弁連災害対策本部にて無料法律相談情報を分析するプロジェクトが開始された。無料法律相談事例が次々と災害対策本部に集められ、全国の有志弁護士らとともに内容の精査とデータ・ベース構築を進めた。

データ・ベース構築と並行して、専門の研究員とともに、この「ビッグデータ」を分析する作業に入った。分析の成果は「東日本大震災無料法律相談情報分析結果」(*2)として随時発表した。これにより、被災地域ごと、時間経過ごとのリーガル・ニーズ視覚化が実現し、さまざまな復興・生活再建政策を裏付ける資料となった(*3)。

(*2)「東日本大震災無料法律相談情報分析結果」(第1次分析~第5次分析)

http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/shinsai/proposal.html#bunseki

(*3)岡本正・小山治「東日本大震災におけるリーガル・ニーズと法律家の役割-無料法律相談結果からみえる被害の実像」(3.11大震災暮らしの再生と法律家の仕事、日本評論社発刊、2012)」を参照。

4万件超の相談事例から1000件を厳選「東日本大震災無料法律相談事例集」

過去5回公表してきた「分析結果」は、累計4万件の被災者の生の声を集めた統計資料のビッグデータとなった。一方で、具体的な個別の相談内容については、モデル事例の掲載しかない。そこで、具体的な相談内容、すなわち、東日本大震災の被災者の「生の声」を記録に残すべく、「東日本大震災無料法律相談事例集」作成を企画することになった。

東日本大震災から2年が経過する今、すべての活動の原点である、被災者の声に改めて注目することが必要と考え、有志弁護士によるプロジェクトチームが結成された。4万件の事例の中から、同種の相談が多い代表的な事例、解決のための新規立法や法改正の裏付けとなった事例、過去にだれも遭遇したことのない課題を浮き彫りにした事例、言葉を失う悲惨な事例、いまだ現行法では解決することができない事例など、1000件が抽出された。

事例集にみる立法活動の実績

1000件の事例の中には、それをきっかけとして、震災後の新規立法や制度構築につながった事例も数多く含んでいる。わかりやすい代表例を紹介すると以下のとおりである(事例集を参考に作成)。

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ふたたび叡智を結集、残された課題の解決へ

残された課題も多い。「東日本大震災無料法律相談事例集」の記載を頼りに、行政相談と被災ローン相談の例を紹介する。

(1)行政給付や支援に関する相談

『現在離婚調停中だが、義捐金や仮払金は世帯主である夫に支給されるのか。』『父母と相談者の3人暮らし。世帯主は父。世帯主である父親に支給された被災者生活再建支援金を勝手に使われてしまう。』(事例集より抜粋)

被災者を救済するための制度が、さらなる紛争を招いてしまっているケースである。事例集の解説欄には、『生活再建支援金、義援金及び災害弔慰金を通じて、支給されたお金の分配をめぐる紛争や、世帯主に支給されたところ家族や別居中の妻などに行きわたらないといった問題が生じている。』『(被災者個人単位ではなく)世帯毎に支給されることに問題点が浮き彫りとなったといえよう。』という提言が記載されている。

『自宅が大規模半壊状態だが、居住市区町村で10世帯以上の全壊被害が発生しておらず、被災者生活再建支援制度の適用が受けられない。何とかならないか。』(事例集より抜粋)

被災者生活再建支援制度の適用要件それ自体の課題に気づかされる相談である。災害復興支援とは、地域や行政区といった形式的なものを保護するのではなく、「人」の復興と生活再建支援に本質があることを忘れてはいけないだろう。

(2)被災ローンに関する相談

『私的整理ガイドラインについて聞きたい。家は全壊、車ローンあり。銀行から地震保険を細かく聞かれ、私的整理は無理だと言われた。』『住宅ローンが1000万円残っている。震災より建物は流され土地だけが残っている。銀行には地震保険金950万円から800万円を震災後に返済した。』『住宅ローン引き落とし口座に、このたび、失業給付が送金された。その後、住宅ローンの支払いに充てられてしまった。どうにかできないか。』『…リース料金支払いを震災以来ストップしていたが、最近になって、貸主から「義援金出たんでしょ」などと、請求されている。…』(事例集より抜粋)

せっかく作られた救済制度が利用されない。地震保険金や生活再建支援金など、仮設住宅などを出た後のために備えておくべき現金資産が守られない。法律家だけでなく、エコノミストらも、まずもって被災者個人の生活再建が、被災地の経済活性化のために不可欠であるという提言をし、「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」が作られた。画期的な制度として1万件の利用を見込んだはずだった。

しかし、利用率はきわめて低調である。まちづくりにおける住民合意形成を促進するために、生業を再生するために、被災地の経済産業の復興を成し遂げるために、まず一番身近な住宅ローンなどの債務問題を整理しなければ、担い手の思いも「復興」に向かないだろう。被災ローンからの解放のためには、制度や運用主体そのものの抜本的改善が求められるのではないだろうか。

「Q&A集」でないことの意味

本事例集は、法律家に託された相談者の声だけを掲載した。法律相談と回答(Q&A)という構成でないことには理由がある。相談事例に対する回答例をつけると、回答がしやすいように事例を無意識のうちに抽象化してしまう。掲載数も大幅に削減しなければならない。また、そもそも大災害直後の専門家への相談には、分野を特定した法律相談というより、「よろず情報相談」「行政窓口相談」の側面が強い。そのような特質も考慮し、声をそのまま伝えることにした。典型的な相談事例への回答は、日弁連や各弁護士会のHPなどに掲載されているため、別途ご参照いただきたい。

声は届く、ともに歩んでいこう

無料法律相談を実施したことでさまざまな法改正を実現してきた。声は決して無駄になっていない。そういうメッセージもこの事例集には込められている。未解決の課題も非常に多い。法律家に思いを託して頂いた方々の期待に応えられているか。生業再生、相続問題、不動産登記問題、賠償問題など、まさにこれからが正念場である。「東日本大震災無料法律相談事例集」発刊を契機として、再び全国民の叡智を結集したい。

●東日本大震災無料法律相談事例集(2013年3月11日発刊):

http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/shinsai/proposal.html#case

日弁連でデータ・ベース化された無料法律相談事例4万件から1000件を厳選した。

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プロフィール

岡本正弁護士

弁護士。医療経営士。マンション管理士。防災士。防災介助士。中小企業庁認定経営革新等支援機関。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。1979年生。神奈川県鎌倉市出身。2001年慶應義塾大学卒業、司法試験合格。2003年弁護士登録。企業、個人、行政、政策など幅広い法律分野を扱う。2009年10月から2011年10月まで内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。2011年4月から12月まで日弁連災害対策本部嘱託室長兼務。東日本大震災の4万件のリーガルニーズと復興政策の軌跡をとりまとめ、法学と政策学を融合した「災害復興法学」を大学に創設。講義などの取り組みは、『危機管理デザイン賞2013』『第6回若者力大賞ユースリーダー支援賞』などを受賞。公益財団法人東日本大震災復興支援財団理事、日本組織内弁護士協会理事、各大学非常勤講師ほか公職多数。関連書籍に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)、『非常時対応の社会科学 法学と経済学の共同の試み』(有斐閣)、『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・ジャパン)、『自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援』(ぎょうせい)などがある。

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