ただの復興支援に留まらない物語のあるプロダクトを目指して

東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市。つむぎやは「地域に眠る物語に手を添えてカタチにし、それをさしだす人・うけとる人、双方の人生がより豊かになるような関係性を紡いでいく」という理念のもとに、震災で被害を受けた牡鹿半島の漁師のお母さんたちの仕事づくりをしている。

 

「マーマメイド」と「OCICA」というふたつのプロジェクトは開始から一年が経ち、継続的な見通しが立つビジネスモデルとなった。つむぎや代表である友廣裕一さんは、どんな思いでつむぎやのプロジェクトを始めたのだろうか。また、どんなビジョンを描いているのだろうか。(聞き手・構成/出口優夏)

 

 

物語をカタチにするプロジェクト

 

―― 最初に、つむぎやの理念や現在行っている活動をお教え下さい。

 

つむぎやは「地域に眠る物語に手を添えてカタチにし、それをさしだす人・うけとる人、双方の人生がより豊かになるような関係性を紡いでいく」という理念のもとで、石巻の牡鹿半島のお母さん方とふたつのプロジェクトを行っています。

 

ひとつは鮎川浜のお母さんたちによる「マーマメイド」です。漁網でミサンガをつくるというプロジェクトを一年間つづけたのちに、その販売収益とさまざまなところから頂いたお金をもとにして、今年の7月末から「ぼっぽら食堂」という地産の食材を使ったお弁当屋さんをやっています。

 

マーマメイド;http://mermamaid.com/

 

もうひとつは牧浜のお母さんたちによる「OCICA」というアクセサリーをつくるプロジェクトです。牡鹿半島に生息する鹿の角と漁網の補修糸という地元の素材をつかって、浜のお母さんたちが一つひとつ手づくりしています。デザイン事務所NOSIGNERによるデザインのもと、現在はピアスとネックレスを各三色ずつ販売しています。ぼくらつむぎやのスタッフは商品プロデュースにはじまり、制作現場の運営、生産管理、営業、PRなどを担っています。

 

OCICA;http://www.ocica.jp/

 

 

恩返しがしたいという思いのもとに

 

―― 震災復興活動に関わろうと思ったきっかけはなんでしょうか。

 

学生の頃から、いつか地域に携わる仕事がしたいという思いを抱いていました。そこで大学を卒業したあとに、「ムラアカリをゆく~限界集落・過疎地 日本一周プロジェクト」と題して全国の農山漁村をヒッチハイクなどで巡る旅に出ました。

 

限界集落や過疎地と呼ばれる地域で第一次産業に携わる人々というのは、どういう人なのか。そして、どんな想いでどういった仕事をして、どういった日常生活を送っているのか。そういったことを自分自身の身体でしっかり学びたいと思ったからです。それぞれの地域にある民家に泊めてもらい、そのお礼として仕事を手伝いながら、全国70以上の地域を訪ねました。その際にお世話になった人が東北にいたこともあり、震災発生後すぐに「現地に入って、恩返ししたい」という思いに駆られたんです。

 

なかなか現地に入る方法が見つからず考えあぐねていたときに、大学時代からお世話になっていたNPO法人ETIC.の方から、「宮城県内すべての避難所を回って、アセスメントをするプロジェクトの現地マネージャーをやってくれないか」という打診を受け、2011年3月17日に被災地入りしました。

 

 

浜のお母さん達との出会い

 

―― どういった経緯で「マーマメイド」と「OCICA」のプロジェクトが立ち上がったのでしょうか。

 

最初に始まったのは「マーマメイド」のプロジェクトでした。たまたま担当することになったエリアが石巻沿岸部で、いろいろと回っていくなかで牡鹿漁協の方と出会い、その方から鮎川浜のお母さんたちを紹介して頂くことになったんです。

 

話を聞いてみると、「震災前は漁師である旦那さんの手伝いをしながら、牡蠣の殻むきやわかめの加工などのパートをやって、そこで得られる現金収入を医療費や養育費に充てることで家計を回していた。でも震災で本業の漁業ができなくなってしまい、加工施設も流されてしまったのでパートもできなくなって、復活の道筋も立たない。どうにか自分たちで手を動かして、5万円くらいの収入を得られないか。」ということでした。

 

それならば、何かぼくたちが収入づくりのバックアップをできないか、と動き出したのがはじまりまでした。

 

まず、素材として何が使えるのかを考えるところから始まりました。そこでお母さんたちのうちのひとりが、昔から趣味でミサンガをつくっているという話を伺い、ミサンガを漁網でつくったら面白いんじゃないか、という話になったんです。試しにつくってきてもらったところ、とても綺麗だったので、これは商品化できるんじゃないかと盛り上がりました。

 

最初は「指が太いからできない」とか「目が悪いからできない」と弱気だったお母さんたちも、一か月ほど練習するとうまくつくれるようになってきました。そして、知り合いからの声かけで四国の音楽フェスティバルに出店させてもらったところ、2日間で500本くらい売れたんです。これで勢いづき、本格的に「マーマメイド」としてのミサンガづくりをスタートさせました。

 

 

tomohiro

 

 

 

バナーPC

α-synodos03-2

1 2 3

vol.218+219 特集:表現の自由とポリティカル・コレクトネス

<ポリコレのジレンマ―政治・芸術・憲法から見た政治的正しさと葛藤>

・第一部 テラケイ×荻野稔(大田区議会議員)

・第二部 テラケイ×柴田英里(アーティスト/フェミニスト)

・第三部 テラケイ×志田陽子(憲法学者)

<『裸足で逃げる』刊行記念トーク>

上間陽子×岸政彦「裸足で、いっしょに逃げる」

<連載エッセイ>

齋藤直子×岸政彦「Yeah! めっちゃ平日」

○シン・編集後記(山本ぽてと)