特集:ネット時代の政治

高史明氏インタビュー「日本社会は本当に右傾化しているのか?――”ネットとレイシズム”から読み解く」

 

近年、日本社会の右傾化が懸念されている。インターネット上では急進的な右派からマイノリティの排除が繰り返し叫ばれ、ヘイトスピーチなどの社会問題にもなっている。果たして、日本社会は本当に右傾化しているのか。インターネット空間における右傾化とレイシズムの関係について、社会心理学者の高史明氏に伺った。(取材・構成/増田穂)

 

◇日本は右傾化しているのか?

 

――最近、日本社会の右傾化を懸念する声が度々聞かれますが、実際に社会は右傾化しているのでしょうか。

 

その質問に答えるには、まず、どの領域での右傾化を論じるかをはっきりさせなければなりません。一言に「日本社会の右傾化」といっても、それが有権者、つまり市民のレベルで起こっているのか、政治家のレベルで起こっているのか、もしくは制度の面で右傾化しているのか、さまざまなレイヤーがあります。「日本社会が右傾化している」というと市民の意識レベルでも右傾化が起こっているかのような印象を受けますが、この点に関しては最近出版された『徹底検証 日本の右傾化』という本で、私も含め3名の計量研究者は「否」で一致しています。

 

 

――少し意外に感じます。なんとなく、社会は右傾化していると思っていました。

 

政治家のレイヤーでの右傾化は事実ですので、そう感じるかもしれません。この点に関しては、同書に寄稿されている政治学者の中北浩爾先生が自民党の右傾化を指摘しています。ただし、その支持基盤である有権者は必ずしも右傾化しているわけではありません。同じく政治学者の竹中佳彦先生も、有権者の意識が右傾化していると断定できる証拠はないとしています。その意味では、日本の右傾化は根が浅いと言えるでしょう。

 

私自身は、日本社会は右傾化している部分と、そうでない部分があると考えています。池田謙一という有名な社会心理学、政治心理学の先生がいて、彼が2016年に『日本人の考え方 世界の人の考え方』という編著で、世界価値観調査をもとに日本人の政治的態度について実証的に検討しています。世界価値観調査というのは、何年かおきに世界各国で人々の価値観を調査してデータ化しているものです。その国が保守的な傾向があるのか、リベラルな傾向があるのか、過去からどのように変化しているのか、比較が可能になっています

 

同書の様々な分析からは、そもそも日本は世界各国と比較した時、概して右翼的な価値観が弱い、比較的リベラルな国であることが伺えます。この調査は世界の様々な国々で行われており、民主主義的とは言い難い国々も含まれているので、その点は考慮しなければなりませんが。しかし、世界全体で見たとき、日本人が比較的リベラルな態度を持っていることは事実です。

 

一方で、異質な他者に対する寛容性という点では、日本人は他国の人々と比べてリベラルとはいえないことも示されています。自分の家の隣に国籍や宗教が異なる人が住むことに警戒心を抱く人が多いようです。

 

また、わずかながら右傾化の兆候と取れる変化も見受けられました。2005年と2010年の比較では、若い世代において、権威や権力がより尊重される社会になることを望む傾向が増加しています。とはいえ、こうした変化も日本社会が著しく右傾化していると言えるほどの変化ではありません。

 

 

――多少の懸念材料こそあれ、世界各国と比較すれば日本は十分リベラルといえるわけですね。

 

ええ。同時に、国内での変化を分析しても、近年著しく右傾化が進行した事実は見て取れません。NHK放送文化研究所は、1973年から5年ごとに同じ質問項目を用いた調査をして日本人の価値観の変化を追っていますが、一連の調査で、結婚することや子どもを持つことといった個人のライフスタイルに関する質問では、個人の選択を尊重するような回答が増えてきたことが伺えます。

 

ただ、アンケートの中には、右傾化の兆候とも受け取れる回答もありました。「日本人は他の国民に比べて、きわめてすぐれた素質をもっている」「日本は一流国だ」といった、日本に対する自信に関する質問の回答です。こうした日本に対する自信は、バブル前の1973年から1983年にかけて上昇したのち、下降に転じます。上昇傾向にあった時期は、高度経済成長期を終えた後の安定成長期にあたり、日本が世界でも特異な国だと言う言説が流行った時期でした。この自信は83年より低下しますが、2000年頃から再び上昇に転じます。最新の2013年の調査では、過去最高であった83年とほぼ同水準です。「失われた20年」の最中で、日本の経済的地位が低下していく時代だったにもかかわらずです。ただ、NHK放送文化研究所の分析によれば、こうした自信を支えている要因は、経済に対する自信ではなないようです。

 

 

――と、いいますと。

 

日本の文化に対する評価が高まっているようです。例えばノーベル賞を連続して日本人が受賞したことや、サッカーや野球などの国際試合で日本チームが活躍していること、あるいはファッションやアニメなどの輸出が盛んになったこと、東日本大震災で日本人が非常に冷静に振舞い、助け合いの精神を発揮したことなどが理由にあげられています。ただ個人的には、こうした出来事を国民性や国民文化に帰属し自信の根拠とすること自体が、ナルシシスティックな反応ではないかと感じています。

 

たとえば、東日本大震災の時に日本人が冷静に振舞ったというのは、国民性でなく社会的な環境要因で十分に説明できます。ハイチやスマトラなど、近年大地震が起こった他のさまざまな土地と比較して、日本で略奪行為などが少なかったのは事実かもしれません。しかしハイチやスマトラでは、おそらく政府や行政機関に対する不信感が強かった。災害が起きても警察や軍がすぐに助けに来てくれるとは思っていないのです。日本では、災害で被害を受けても、1日2日耐え抜けば自衛隊が救援に来ること、犯罪の取り締まりのような警察の体制も回復するだろうという、行政機関や制度に対する信頼感があります。そうすると、1日2日物資がないからといって略奪を行って犯罪者になってしまうのは割りに合わないわけです。それよりも数日耐えて救援を待ったほうがいい。そして実際救援活動は比較的速やかになされ、略奪をしなければならないような、物資の欠乏が生命にかかわるような事態には陥りませんでした。そう考えると、震災後の日本人の振る舞いを国民性に帰属すること自体がナルシシスティックではないでしょうか。

 

 

◇限定的な市民の右傾化

 

憲法についても安保法制などをはじめ右派的な改憲を求める声が高まっていると指摘されることがありますが、こちらはどうですか?

 

改憲についても、近年の日本人が特別右傾的な態度をとっているわけではありません。こちらに関しては中北浩爾先生が読売新聞による意識調査を用いて、有権者の改憲に対する意識を分析しています。1993年から2016年までの統計がグラフ化されていますが、それを見ると、改憲に賛成する人が反対する人を最も大きく上回ったのは2004年ごろ、小泉内閣の時です。この時は改憲支持が60%強、反対が20%強で支持派が大きく差をつけていました(塚田 穂高編『徹底検証 日本の右傾化』筑摩選書より)。

 

その後第一次安倍内閣、麻生内閣などの時期にはこの差はかなり縮小して、両者の割合は一時拮抗します。民主党政権期に再び改憲派が勢力を伸ばしますが、2003年に比べるとその差は小さく、また、第二次安倍政権への政権交代後は再び改憲に反対する層が割合を伸ばし、2016年の時点では両者の間にほとんど差は見受けられません。改憲反対派の増加は読売以外の新聞社の世論調査でも指摘されています。したがって、改憲に対する世論としても、特別右傾化しているとはいえません。

 

 

――というと、市民レベルでは、兆候こそあれど世論で騒がれているほど極端な右傾化は実証されていないと。

 

そういうことになります。自分の政治的なイデオロギーをどう認識しているかという統計でも、日本人の多くは自分を中道的な思想の持ち主だと自認しています。先ほども出た竹中佳彦先生が、東大と朝日新聞が共同で実施している世論調査を図表にまとめているのですが、自分の政治的イデオロギーを0(左派的)から10(右派的)の10段階で回答してもらうと、56.7%の人が5、つまり自分は右でも左でもないと自認していることが示されています(前掲書)。

 

尺度の中点を外れると、「わずかに左」から「すごく左」と考えている人が19.6%、「わずかに右」から「すごく右」と考えている人が25.9%です。右派的なイデオロギーを自認する人がわずかに多いことは事実ですが、極端な右傾化が指摘できるほどの差ではありません。

 

ただ、日本人は「わからない」「どちらでもない」といった中間の選択肢を用意すると、それを選びやすい傾向があります。自認するイデオロギーと客観的な傾向が異なる場合もあるので、その点も注意が必要です。しかし少なくとも、右派の立場に共感する人が特段に増えているわけではないと言えるでしょう。……つづきはα-Synodos vol.223で!

 

 

荻上チキ責任編集“α-Synodos”vol.223

 

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2017.07.01 vol.223 特集:ネット時代の政治

 

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