母親を子宮に沈める社会 ――大阪二児遺棄事件をもう一度考えるために

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2010年7月末に発覚した大阪二児放棄事件がきっかけとなって撮影された映画『子宮に沈める』が2013年11月9日に公開される。当時、「風俗で働いていたこと」「ホスト通いをしていたこと」ばかりが報道されていたことに疑問を抱いていた緒方貴臣監督は、本作品を、すでに風化しつつある事件を「改めて考えるきっかけになれば」と語る。本事件が活動開始の大きなキッカケのひとつであったと話す一般社団法人GrowAsPeople代表・角間惇一郎氏と、作品について、事件について語り合った。(構成/金子昂)

 

 

「子宮」に沈められている母親

 

角間 最初にお聞きしたいのですが、この映画のタイトルである『子宮に沈める』だけをみて批判をされる方もいらっしゃると思うんですね。なぜこのタイトルにされたのでしょうか?

 

緒方 この映画は2010年に起きた大阪二児遺棄事件(*1)――ぼくは大阪二児放置死事件と呼んでいます――がひとつのきっかけとなって撮った映画です。おそらくタイトルをみて、子宮を擁する女性が起こした悲惨な事件として安易に描いているんじゃないか、と不快に感じる方もいると思いますが、ぼくはそういう作品ではないと思っています。

 

(*1)編集部註:3歳の女の子と1歳9か月の男の子が母親の育児放棄によって餓死した事件。2010年7月末、通報を受けた警察によって発覚。部屋に置き去りにした二児の遺体を確認した後も通報しなかったこと、母親の風俗勤務などの生い立ちが注目され、当時は連日報道されていた。

 

社会って、母性というものを神話化していると思うんですよね。そして神話化された母性によってお母さんたちが苦しみ、結果的に、幼い命が失われるような事件が引き起こされている気がするんです。だからお母さんが幼い子供を子宮に沈めたという意味ではなく、女性にしかない子宮を、母性の象徴として考えてつけられたタイトルだと思って欲しいです。

 

角間 母親が子供を沈めたのではなくて、社会が女性を母性の象徴である子宮に沈めこんでいるということですね。

 

緒方 ええ、作品もタイトルと同じ構造にして撮りました。カメラは一切外に出ていなくて、部屋の出来事しか写していないんですね。お母さんは「自分の家」という小さな世界に閉じ込められてしまっているんです。

 

 

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緒方貴臣氏

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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