5月に刊行された『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』(扶桑社)は、経済学者の飯田泰之と時代劇研究家の春日太一が「江戸経済」と「時代劇」から今を読み解くヒントを照らし出す新しい歴史本。刊行記念として、あとがきにかえて行われた対談の模様を特別掲載! ふたりが本書で提案しようとしたものとは?
あとがきにかえて
春日 飯田さんといちばん最初に出会ったのは、高校1年生の2学期の終わり頃でしょうか。
飯田 そうだね。それにしてもなんで、春日君が俺のグループに来たのかは今でも不思議。
春日 中高一貫の男子校で、僕だけ高校からの入学でしたからね。高校から入るのはそれなりに難しい学校なんですが、入学した段階でやる気をなくしていて、全然、勉強しなくなってしまった。「高校デビューしよう!」と決めていたので、バレー部やアメフト部にも行ってみたんですが、それも全然ダメで。
飯田 リア充、無理だったんだ(笑)。
春日 スポーツをやって女のコにキャーキャー言われるような人生はムリだということがわかり(笑)、開き直って、逆に振れちゃったんですよね。これが俺だ、文句あるか、って。文化の世界にかぶれていって、そこで同じように、ガリ勉にもリア充にもなれない同級生らと出会って。そんな奴らが心酔していたのが、ふたつ上の飯田さんだった。
飯田 当時の僕は、高校生主催のイベントやったり、学園祭でワンフロア占拠してお金儲けしたりと、なんだかエンジョイしてたからなぁ。
春日 『涼宮ハルヒの憂鬱』にある「SOS団」みたいなのも作ってましたよね。「KHK」でしたっけ?
飯田 そう。海城放送研究会の頭文字をとって「KHK」。何がよかったって、放送研究会だから部室にはテレビとビデオデッキがあって。普段は、部室に入り浸ってテレビ見放題。
春日 自民党本部に行ったりもしませんでしたっけ?
飯田 行った、行った。なんの計画性もなく、「自民党の本部に行こう!」って。
春日 飯田さんが卒業したあとは、徳川埋蔵金を探しに群馬に行った奴らもいました(笑)。とにかく学校がつまらなかったので、何か面白いことをしようと必死だった記憶があります。飯田さんは高校を卒業し、東大入学を機に桜台で一人暮らしを始めて、私塾というか、僕らに勉強を教えてくれるようになって。
飯田 関東出身でひとり暮らしって珍しかったからね。そりゃたまり場になるわな。
春日 その飯田さんの桜台のアパートに行っていたのが、毎週水曜日の夜でした。当時、水曜夜8時から、フジテレビで時代劇をやっていて、飯田さんの家で『鬼平犯科帳』とか『御家人斬九郎』(1995年〜)を見たのが印象に残ってます。
飯田 あの頃のフジテレビ8時台の時代劇は、ものすごく出来がよかったよね。
春日 学生の目でも丁寧な作りがわかりました。当時、僕は親からもらった予備校の授業料を映画代にしたりして、年500本くらいの映画見ていたし、他の奴らも高校生のクセにウルサ方でしたが、『鬼平』や『斬九郎』はそんな僕らもつい黙って見入ってしまうほど、面白かった。
飯田 1990年代に高校生だと時代劇のイメージって、もう『水戸黄門』や『大岡越前』で固まっちゃってたからね。
春日 当時の『水戸黄門』は視聴率が毎週20%を超えていました。
飯田 フジの水曜8時に、水戸黄門的なのとは全然違う時代劇がやっている!というのは、やっぱり大きかった。『水戸黄門』は読売ジャイアンツのようなものだから、とりあえず、一回、アンチにならなくてはいけないんだよ。








