「ただ祈る、ということを肯定したい」――美術家・椛田ちひろが描く世界

ただ祈る、ということを肯定したかった

 

荒井 震災や津波をテーマに作品を作るというのは、すみません、ありきたりな言い回しですが、苦しくはなかったですか? しかもオープンスタジオですよね?

 

椛田 苦しかったかどうかと聞かれると、ちょっとわからないです……。ただ、こういうふうに言うことはできます。有効かどうかを問うと謳ったオープンスタジオを開こうとしたあの3月、私は自分自身を有効ではない、無価値な人間なのだと世界に宣言したはずだ、ということです。なんにも出来ないことが辛かったし、私の存在はちっとも有効ではなかった。でも、それは否定的な意味だけでそう宣言するのではありません。

 

あの時、有効で価値がある様々なことより、自分が無価値であると思い知ることが、重要に思えたんです。自分自身を「無価値である」と宣言することが、「有効ではない」と宣言することが、生き延びるためのある種の有効さを証明できるのではないかと思ったんです。ただ祈る、ということを肯定したかった。それが、「大震災に死ぬ人々の前で美術は有効か」に対する私なりの回答でした。

 

荒井 以前、震災をテーマにした作品は、制作中に涙をながすことさえあったとお聞きしました。当時はどのような心境だったのでしょうか?

 

椛田 ただ祈りたかっただけなのだと思います。いまは何も出来ないかもしれない。でも、芸術の役割は、現在ではなく未来に向けてのメッセージというところにもあると思うんです。

 

荒井 「表現」について考える者として、「ただ祈る、ということを肯定したかった」という言葉は、深く心にしみますね。

 

震災後、多くのアーティストが「アートの社会的責任」を模索して、被災地に入ってワークショップなどの活動をしたり、人によってはボランティアに参加したり、また各地でチャリティーイベントを開催したりしましたよね。また一方で、椛田さんのように「アートの根源的意味」を模索して、ご自身の内側で「震災」や「死」と向き合って作品を作り続けた方もいる。

 

ぼくはどちらも等しく重要なことだと思っていますが、後者のような方の言葉というのは、今までなかなか表にでてこなかったような気がします。そのような方の言葉を聞きたいと思っていました。「聞きたかった言葉」を、いま、やっと聞けたような気がしています。

 

 

「目をあけたまま閉じる」会場風景(2011年) 光沢のある画面に指の跡が残る油彩画と、墨のインスタレーション 写真:長塚秀人 提供:アートフロントギャラリー アートフロントギャラリー「目をあけたまま閉じる」より

「目をあけたまま閉じる」会場風景(2011年)
光沢のある画面に指の跡が残る油彩画と、墨のインスタレーション
写真:長塚秀人 提供:アートフロントギャラリー
アートフロントギャラリー「目をあけたまま閉じる」より

 

 

生きるために描く

 

荒井 冒頭でもお話ししましたけど、この対談企画も、3.11の後にアートや文学にどんな意味や役割があるのか、ぼく自身が悩んでいたことから始まりました。もっとざっくばらんに言うと、「アートや文学は何かの役に立つのか?」って、ずっと悩んでいたんです。

 

ただ、ぼくの中にも矛盾があって、アートや文学に意味や役割を求めすぎるのもよくないと思っているんです。というのは、人は生きているだけで何かしら自己表現していますよね。そこに意味や役割を求めてしまうと、「人が生きることに、意味や役割がなければならないのか」という話になりかねない。

 

自己表現って、人によって、状況によって、その重みはまったく異なります。場合によっては、「表現すること」がすなわち「生きること」になることさえある。先ほどお話ししたハンセン病患者の一枚の紙切れは、そういった重みがあったと思うんです。そこには「何かの役に立つ」とかいった発想はなかったと思うんですよね。意味や役割や、あるいは費用対効果とか啓発効果とか、そういったことを超えた次元での表現というものがあるんだと思うんですけど、でもそれを言葉にして説明するのはとても難しい。

 

椛田 人間が宇宙にロケットを飛ばすのって、どうしてだと思いますか? アポロとか、スプートニクとか、国の威信をかけて宇宙開発でもなんでもやらなきゃいけなかったっていうのもあるかもしれない。でも、きっとそれだけじゃないんです。乗り込むために訓練を積んだ飛行士達は、宇宙にきっと行きたかった。すごいお金と時間をかけて、死ぬかもしれないのに、それでもなお暗黒の、星の海に行きたいと願うんです。人間ってそういう生き物なんじゃないかなって。

 

アートもロケットも、この社会のいろんな出来事がそうやってできているんじゃないかなって思うんです。役に立たなければいけない、なんていうのは、社会を守るための方便なのかもしれません。方便も大切ですけど、方便だけでは生きられない。

 

そういえば、ある時、妹に「もう絵を描くのやめようかな」って言ったことがありました。そしたら「あなたから絵をとったら何も残らなくない? ただのろくでなしじゃない?」って言われてしまって(笑)。

 

荒井 いやあ、それは愛ですね(笑)。

 

椛田 愛ですねえ、可愛いです(笑)。

 

荒井 先日、DPI(障害者インターナショナル)日本会議の尾上浩二さんと対談させてもらって、とても興味深いお話を聞かせていただきました(現代書館発行、季刊『福祉労働』144号に掲載予定)。尾上さんがおっしゃるには、日本の障害者運動の特徴や強みというのは、一部のリーダーだけではなく、人としてごく当たり前で自然な欲求をもった普通の人たちが担ってきたところにあるんだそうです。高邁な理念や崇高な決意に身を固めた人たちだけがやる運動というのは面白くないし、長続きしないのだと。これはとても勉強になりました。

 

例えば、いまは車椅子のまま電車やバスに乗れますよね。駅にもだいたいエレベーターがついてます。これって70~80年代の障害者運動にあずかるところが大きいんです。でも、その運動も「万人に交通アクセスの権利を保証する」という崇高な理念が先にあったのではなくて、「行きたいところがある→車椅子だと電車に乗れない→車椅子でも乗りたいからバリアを取り除こう」という流れが、結果的に多くの人のアクセス権を守る運動になっていったんです。

 

アートというのも、それに似ているのかもしれないと思いました。ぼくらはアートというと、「特別な才能や感性を持っていて、高度な訓練を積んだ人だけができる、とても高尚で凡人には手が届かないこと」というイメージを抱きがちです。でも椛田さんや、前回対談に出てくれた齋藤陽道さんを見ていると、どうもそのイメージはしっくりこない。むしろ「絵を描いたり、写真を撮ったりしないと生きていけない」という、ものすごく素朴な必要性が先にあるように思います。「描いたり、撮ったり」しないと生きていけない人が、結果的に歩いている道のり自体が「アート」なのかもしれませんね。

 

椛田 そうですね。歴史に名を残すあの巨匠も、あの名匠も、生きるために必死の思いで描いた筈なんです。そのすごい必死さが、すごい才能や感性や技術でかたちになっている。でも、だからこそ高尚にもなり得るのだと思います。

 

 

「私の物語」が「あなたの物語」に

 

荒井 最後に、一つ質問させてください。「椛田ちひろ」だからこそ描けるもの、「椛田ちひろ」にしか描けないものって何ですか?

 

椛田 「私」の絵。「私」の物語。そこに意味を見いだしているからです。

 

無意味であることに、人間は耐えられないんじゃないかって思いますね。それは、椛田ちひろにしか描けないものって何ですか?っていう質問自体もそうですし、作品をつくっている私自身もです。

 

私はいま、ここに生きていますが、いずれは死んでしまいます。作品はたぶん、私にとって一番身近な他者です。私は作品に、自分自身の人生を物語ります。私の作品は、私が死んだ後もかたちとして残るでしょう? 運良く観てくれる人がいれば、「私の物語」は「あなたの物語」となって続いていくわけです。うまくいけばね。それって素敵じゃないですか?

 

荒井 はい。間違いなく、素敵なことだと思います(笑)

 

 

 

生きていく絵

著者/訳者:荒井裕樹

出版社:亜紀書房( 2013-09-24 )

定価:

Amazon価格:¥ 2,376

単行本 ( 290 ページ )

ISBN-10 : 475051330X

ISBN-13 : 9784750513300


 

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