2014.07.20

秘宝館と「言い訳」――『秘宝館という文化装置』(妙木忍)他

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #秘宝館という文化装置#妙木忍#カラフルなぼくら#スーザン・クークリン

『秘宝館という文化装置』(青弓社)/妙木忍

もちろん個人差はあるけれど、多くの人にとって性的なものを積極的に見るためには「言い訳」が必要だ。学問的価値がある、信仰的に尊いものである、芸術的な目で見ている……。言い訳なしに見ていると、「えろえろ大魔神」と言われかねない。おそろしいことだ。

全国の温泉地にあった秘宝館。性愛シーンを表現した等身大人形や、性に関する品々が展示されており、等身大人形の近くにあるボタンやハンドルを回すと、下から風が吹き、人形のスカートがめくれるなど、参加型の展示があることが特徴だ。全盛期には20館以上存在していたが、今や栃木県日光市の鬼怒川秘宝館と静岡県熱海市の熱海秘宝館の2館を残すのみである。

今回取り上げる『秘宝館という文化装置』は、そんな秘宝館を「複製身体の展示」という面からとらえながら、日本の社会的背景の中で秘宝館がどのように成立・興隆・衰退してきたのか考察している。

興味深いのは、性を扱う秘宝館が来場者に(もしくは自分自身に)「言い訳」を用意している点である。秘宝館の元祖である伊勢の秘宝館では、性的な等身大人形の一方で、医学模型を展示していた。大衆に医学を伝える役割も一緒に付随していたのだ。実際に、入り口には「社会に役立つ元祖国際秘宝館」の看板があった。

それ以降の秘宝館でも、遊園地技術を応用するなどアミューズメント性を強くする一方で、入口付近に日本古来の性信仰を展示するようになっていった。民間信仰に触れる場であることをアピールしているのである。秘宝館は性的なものを楽しむ言い訳をきちんと用意してくれているのだ。

本書には、そんな秘宝館の展示物の写真も充実している。「妖妃マーメイド」「飛び出すヒップ」「アラビアのエロレンス」「ハーレム エロチカ・ア・ラ・カルト」など、怪しく官能的でどこか滑稽な秘宝館の世界を味わうことができる。

まじめに秘宝館について研究されている本なので、学問的に重要なのであり、日本の民間信仰を学べるのであり、等身大人形の芸術性を確認できる。写真に性的な内容が含まれているからといって、「えろえろ大魔神」と呼ばれる心配はないので安心して手に取って欲しい。(評者・山本菜々子)

『カラフルなぼくら 6人のティーンが語る、LGBTの心と体の遍歴』(ポプラ社)/スーザン・クークリン著 浅尾敦則訳

「20人に1人がLGBTといわれるこの時代に、自分の「性」に向き合うということ。」

「いろんな人がいるように いろんな性別がある。そう、カラフルなんだ!」

著者による「はじめに」に、「これからみなさんによんでいただくのは、実在する性同一性障害の若者たちの物語で……」とあるように、本書は6人の若者への語り(インタビュー)で構成されている。しかし「性同一性障害」、あるいは邦題にある“LGBT”(原題は『BEYOND MAGENTA TRANSGENDER TEENS SPEAK OUT』)で、単純に6人を括ることはできない。

本書に出てくる性に関する言葉を、造語も含めていくつか羅列してみよう。まず性同一性障害、そしてよく耳にするLGBT、つまりレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー。クイア、ストレート、トランスセクシュアル、ダウンロー、ジェンダーファック・ファッション(ごちゃまぜ)、パンセクシャル、ホモ・フレキシブル、ヘテロ・フレキシブル、インターセックス……。

本書を読み通してわかることは、こうした言葉をもって、その人を理解することはできないということだ。もちろん、類型を知っていることで理解を助けることはあるだろう。そうした類型でもって、自分自身を理解する人もいる。反対に、自らを語る類型を見つけられずに苦しむ人もいる。

言うまでもなく、こうした類型で、その人の全てを語れるわけではない。本書に登場する6人だけでも、自分の身体に違和感を覚えていても不満だったことはないという人物から、いまの身体に満足いっていないという人物もいる。比較的理解のある家族の中で育った人もいれば、まったく理解を示さない家族もいる。過去の無理解を反省しいまは理解を示しているようで、いまだ言葉の隅々に無理解の残滓がある家族もいる。性格だってそれぞれ違う。当然だ。言うまでもない。

本書は「この一冊でLGBTのことが分かる!」といった本ではない。むしろあまりの性の複雑さに戸惑いはますばかりだ。しかし、だからこそ、本書は、人が人に向き合うための――特に「性」について――姿勢を教えてくれる。そして、性に対して否応なく向き合わされてきた人びとが、生活の中で直面してきた困難とその思いを教えてくれるたいへん貴重な一冊だろう。まずは書店で一度手に取ってもらい、気になった誰かの語りを読んで欲しい。(評者・金子昂)

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シノドス編集部

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