2015.10.07

象牙密猟は生息地でどう受けとめられているか?――二重に苦しめられるタンザニアの地域住民

岩井雪乃 環境社会学

国際 #等身大のアフリカ/最前線のアフリカ#象牙密猟#アフリカゾウ

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「等身大のアフリカ」(協力:NPO法人アフリック・アフリカ)です。

はじめに

象牙は、装飾品や印章として、古今東西を問わず人類を魅了してきた素材である。残念ながら現代でもそれは続いており、一時期は沈静化していた象牙目的の密猟が、近年、再び増加している。しかし、その一方で、アフリカゾウの生息地では、これまでの保護政策によってゾウと住民の共存が困難になっている地域も多い。ゾウが害獣化して農作物を荒らし、ときには人を襲っているのだ。

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ゾウの密猟を、生息地の住民はどう受けとめているだろうか? 私が20年前からかかわっているタンザニアのセレンゲティ国立公園の状況を報告する。

急増するアフリカゾウの密猟

アフリカゾウは、過剰な利用によって絶滅が危惧されるようになったため、1989年にワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)で国際取引が禁止され、厳しく保護されるようになった。その甲斐あって、個体数が回復する地域も増えてきていた。しかし国連環境計画(UNEP)の報告書『消えゆくゾウたち:アフリカゾウの危機』 によると、2007年ごろからの密猟の増加によって、アフリカ西部・中部では個体数が激減しており、絶滅する危険性が高まっているという。そして、アフリカ東部・南部でも危機的状況が進行している。

密猟増加の背景には、中国とタイの経済成長がある。他の多くの国々と同様にこれらの国でも、象牙は高級装飾品であり、ステータスシンボルとして位置づけられてきた。かつては象牙を購入できる富裕層はごくわずかだったが、経済成長とともに購入が可能な層が増えている。そして、象牙の密輸を取り締まる機能が政府にないことも、事態を増長している。ちなみに私たち日本は、かつては象牙消費大国だったが、近年では消費は縮小している。

中国で売られている象牙の彫刻(引用:国連環境計画2013)
中国で売られている象牙の彫刻(引用:国連環境計画2013)

現在、アフリカゾウの推定総個体数は42万〜65万頭とされ、そのうち半数以上がボツワナ、タンザニア、ジンバブエのわずか3カ国に生息している。したがって、主要な生息国であるタンザニアの密猟取り締まりの動向は、ゾウの保護において重要な鍵となるが、残念ながら状況は思わしくない。

米ワシントン大学などの研究チームの報告では、押収された密猟象牙のDNAを解析したところ、アフリカ大陸の中で二カ所の密猟エリアが特定され、そのうちの一カ所にタンザニア南部が含まれていたのだ。つまりタンザニアは、象牙の主要な密輸出国となってしまっている。最近のタンザニア政府発表では、過去5年間に国内のゾウは約6割減っており、2009年の約11万頭から2014年には43,000頭に激減してしまっている。

アフリカゾウ国別個体数(引用:国連環境計画2013)
アフリカゾウ国別個体数(引用:国連環境計画2013)

 

ゾウの密猟を取り締まることができていないタンザニア政府に対しては、国際機関やNGOからの批判が相次いでいる。読者のみなさんも「もっと密猟を取り締まるべきだ」とお考えかもしれない。しかし、「ゾウを守れ」という世界中からの大合唱の中で、不当に苦しめられている人びとがいることをご存知だろうか? それが、ゾウ生息地周辺の地域住民である。

国際的に強く要請されるタンザニア政府の密猟対策が、住民に対して二重の苦しみを与えている。そのひとつは、暴力的に実施される密猟取り締まり活動から受ける苦しみであり、もうひとつは、ゾウを保護した結果として生じる苦しみである。ゾウと日常的に接して暮らしている人びとは、密猟からも保護からも恩恵を受けることはなく、生命を脅かされながらゾウとの「共生」を強いられている。以下ではその実情を紹介する。

第一の苦:タンザニア政府による密猟一掃作戦

ゾウの密猟や象牙違法取引が発生している国の政府は、しばしば国際社会に向けて「問題に対処している」ことをアピールするためのパフォーマンスを実施する。最近では、ケニアタイでの象牙焼却がニュースになった。これと同様にタンザニア政府が実施したのは、2013年の「密猟一掃作戦」(Operation Tokomeza)であった。これは、警察・軍・国立公園レンジャーで構成されたパトロール隊が、国中の保護区の周辺村落を捜査し、密猟者をかたっぱしから逮捕する、場合によっては射殺も認める、という大規模かつ強硬なものであった。

保護区をパトロールするレンジャーたち
保護区をパトロールするレンジャーたち

しかし、この「作戦」に対しては、「重大な人権侵害」と国民から非難が殺到し、たった1ヶ月で中止になってしまった。パトロール隊の捜査は極めて暴力的で、不当逮捕はもちろん、傷害・家畜の押収・家の放火にもおよび、さらには容疑者の男性が行方不明になり、その妻が殺害される事件まで発生した。結局、殺された者13名、逮捕された容疑者1030名という結果で、「作戦」は無期限停止に追い込まれた(この詳細は、根本の報告に詳しい)。

タンザニアの新聞報道では、「作戦」は「政府高官の密猟への関与」を隠すもので、「地域住民に罪を押しつけてカモフラージュしている」と批判された。環境調査団体Environmental Investigation Agency (EIA)の報告からも、象牙の違法取引への大統領や与党幹部の関与が指摘されている。

冷静に考えれば、象牙の違法取引という国際的なブラックビジネスにおいて、英語を話せないタンザニアの僻地の村人が主導者になることは、ほぼ不可能だと想像できるだろう。密輸出先の外国人と連絡を取り、港のある都市まで警察に見つからずに移送し、さらに港では税関の手続きをすり抜けなければならない。それは、政府高官の協力と輸出先のグローバルなネットワークがなければ実行できない。

このような巨悪を隠すための「作戦」によって、13人の地域住民が命を失い、数千人が捜査による何らかの被害を受けたことになる。私が20年来調査を続けているセレンゲティ国立公園に隣接する人口3千人の村でも、数十人が家宅捜索を受けて連行され、そのうち1人が逮捕された。その1人が密猟にかかわっていたのは、おそらく事実だろう。銃器をもった密猟団や買い付け人は、地元の地理や社会関係に精通した協力者を必要とする。食糧さえ足りていない貧しい村人が、現金をちらつかされて密猟に協力してしまうことは起こりうるだろう。しかし、それを取り締まることが本当に密猟防止につながるのか? いや、決してそうとは思えない。単なるトカゲのしっぽ切りで、次の村人が雇われるだけの話である。

このように、国際社会に対する政府のパフォーマンスの結果として、地域住民は「密猟者」に仕立てあげられ、暴力を受けて苦しめられることになる。そして、その陰で密猟の利益を得ているのは、一部の政府高官であり中国系のシンジケートなのである。

第二の苦:減らない農作物被害

「食糧さえ足りていない村人」と先述したが、これは、住民が受ける第二の苦の結果として生じている。近年、ゾウが生息する保護区の周辺では、ゾウによる農作物被害が拡大して深刻な問題になっているのだ。

ゾウに荒らされた畑
ゾウに荒らされた畑

 セレンゲティの私の調査村では、2000年頃からゾウが村の畑の作物を食い荒らすようになった。はじめは1~2頭だったが、年を追うごとに来襲する群れは大きくなり、近年では百頭以上もの大群で押し寄せてくる。村の畑の80~90%がゾウの被害を受けるようになってしまい、農産物を売ることはもちろん、自給食糧を確保することさえ難しくなってしまった。住民は、不足した食糧を購入によって賄わなければないが、それはすなわち、子どもの教育費や医療費に充てられる資金が削られることを意味しており、深刻な生活の質の低下を招いている。

「ゾウの餌を作っているようなものだ」と嘆きながらも、他に産業のないこの地域で生きていくには畑を作り続けるしかない。人びとは生活を守るために、畑からゾウを何とか追い払おうと、できる限りの努力をしている。住民は保護動物であるゾウを殺すことはできないし、もともと銃器や車ももっていない。そんな彼らが使うのは、バケツをたたいて音を出す、懐中電灯の光を当てる、というささやかな対抗策である。このような脅しですぐにゾウが逃げてくれるわけではないが、それ以上畑に近づくのを止めることはできる。

懐中電灯と護身用の弓矢を携えて追い払い
懐中電灯と護身用の弓矢を携えて追い払い

 

このような武器とも呼べない道具のみで、体高4メートル、体重10トンにもなるゾウと対峙するのだから命がけだ。ゾウの反撃にあって命を落とす人が、残念ながら毎年出てしまっている。

バケツをたたいて必死の脅かし
バケツをたたいて必死の脅かし

このようにゾウ被害に遭っていては、住民が積極的に密猟に協力してしまうのではないかと心配になるが、前述したように、村で密猟にかかわっていたのは1名だけだった。「ゾウが憎い、殺してほしい」「保護しろと言う白人がまったく理解できない」といった言説は、被害と関連して住民によってよく語られるが、実際に密猟に加担することは稀だと考えられる(これは、ゾウを信仰する文化的な背景や暴力的な取り締まりの歴史など、この地域の事情が関係していると考えられる。住民の背景についてはSYNODOS記事「創られた「野生の王国」セレンゲティ」を参照)。

そして意外なことに、密猟でゾウが殺されても農作物被害が減ることはなかった。セレンゲティ地域では、この数年間に密猟によって数十頭のゾウが殺されたと言われているが、村にやってくるゾウが減る様子はなく、むしろ増える一方である。なんと2014年のセンサスでは、セレンゲティのゾウ個体数は7千頭を記録して、2006年の3400頭から2倍に増えたと報告された。密猟があるにもかかわらず順調に増加しているのである(自然増加だけでなく、ケニアを含めた周辺地域から密猟を恐れたゾウが集まってきているという説もある)。こうしてゾウは増え、農作物被害も増加し、ゾウが住民を苦しめる状況が続いている。

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このような被害に対して、政府からの解決策の提示は何もない。それどころか今年の7月には、「2030年にはタンザニアのゾウを現在の43,000頭から10万頭に回復させる」という方針が打ち出された。これを聞いた村人たちは、「今でさえ、こんなに被害がひどいのに、これ以上ゾウが増えたら我々の生活はどうなるんだ?飢え死にしろというのか?」と、口々に不安と不満をもらしていた。

現地NGOが作成したポスター。「2030年にゾウが10万頭に増えたとき、畑と住民の生活は?」と問いかけている
現地NGOが作成したポスター。「2030年にゾウが10万頭に増えたとき、畑と住民の生活は?」と問いかけている

住民との恊働によるゾウ対策

本稿では、アフリカゾウ生息地の住民が、政府のパフォーマンスとしての密猟取り締まりによる暴力被害を受けており、その上さらにゾウそのものからも農作物被害を受けているという、二重苦の現状を報告した。住民は、ゾウを密猟することからも保護することからも恩恵を受けることはなく、むしろ二つの行為から生まれる被害を被っているのである。「ゾウ保護から生まれる観光利益を住民に還元するべきだ」という議論は、象牙取引が禁止された25年前からなされているが、遅遅として進まない。住民の不満は募るばかりだ。

私は、住民によるゾウ追い払いを支援するべく、車の寄贈、懐中電灯の購入、ミツバチを使った追い払いの試みなどをしているが、慣れてしまう賢いゾウとの知恵くらべが続いている。最近では、ゾウは何十頭もの群れでやってきて、車のホーンにも動じなくなってしまっている。私がパトロールに同行した時には、車を襲ってこようとする個体もいて、群れを追い払うことができなかった。

ワイヤーフェンス、わかりやすいようにペットボトルを吊るしている
ワイヤーフェンス、わかりやすいようにペットボトルを吊るしている

現在、私たちのプロジェクトで力を入れているのは、ワイヤーフェンスを張る対策である。ある農民が試しにワイヤーを畑の周囲に張り巡らせたところ、ゾウが入らなかったのだ。獣害対策でよく使われている電気柵ではなく、単なる1本のワイヤーである。「こんな頼りないワイヤーを、ゾウが恐れるの?」と、私とパートナー現地NGOは半信半疑だったが、とりあえず二つの村で設置してみた。すると効果はてきめんで、ゾウはワイヤーに触れるときびすを返して保護区に戻っていき、畑に入らないのである。

ワイヤーフェンスの説明会に集まる住民
ワイヤーフェンスの説明会に集まる住民

そこで現在は、このワイヤーフェンスを普及する活動を展開している。ワイヤーのみを提供して、設置と管理は住民自身が実施する仕組みにしている。事前説明会には、どの村でも100人近い人びとが集まる。深刻な被害に遭っているため、人びとの対策への意欲は高い。とはいえ、このワイヤーも車のように、いつかゾウが慣れてしまう日が来るだろう。何年もつか? いつゾウが壊して入ってくるようになるか? 効果の持続性が不透明であることをきちんと説明しているが、「それでも数年はしのげるなら、我々は喜んで設置する!」と人びとは切実に訴える。

セレンゲティのゾウが増えているという報告は、住民のみならず私にとっても暗いニュースでしかない。この原稿を書いているまさに今日も、訃報が入ってきた。夜、家へ帰ろうと歩いていた村の男性が、ゾウに遭遇して殺されてしまったそうだ。ゾウは畑のみならず、臆することなく村の中の人家のそばまでやってくるようになっている。

それでもセレンゲティの人びとには、「農業を続けたい」「何か対策を試したい」「この土地で生きていきたい」という強い意志がある。そんな人びとの想いに私もつき動かされて、生活を守るための試行錯誤を彼らとともに続けていく。

注1:本稿は、拙著「象牙密猟は生息地でどう受けとめられているか?—二重に苦しめられるタンザニアの地域住民」(ワイルドライフフォーラム、「野生生物と社会」学会、20巻1号、2014年)を加筆修正したものである。

注2:ワイヤーフェンスによる被害対策は、W-BRIDGE の支援を受けている。

 

プロフィール

岩井雪乃環境社会学

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター准教授。京都大学大学院人間・環境学研究科 アフリカ地域研究専攻 博士課程単位取得退学。博士(人間・環境学)。専門は環境社会学、アフリカ地域研究、ボランティア教育。青年海外協力隊(JICA)、特定非営利活動法人 アフリック・アフリカ代表理事(現在も併任)などを経て、現職。アフリカの人々のしたたかさとしなやかさに魅了されている。

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