ロシアの世界戦略はどうなっているのか?

北方領土問題における強硬姿勢、ウクライナ問題やシリア情勢をめぐり欧米とは異なる独自方針……。ロシアは今、世界とどう関わっていこうとしているのか。6年ぶりに改訂されたロシアの「国家安全保障戦略」を読み解き、今後の日露関係を考える。2016年05月09日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「『国家安全保障戦略』から読み解くロシアの世界戦略」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

死せざる連隊

 

荻上 今日のゲストをご紹介します。『軍事大国ロシア』(作品社)の著者で、未来工学研究所客員研究員・軍事アナリストの小泉悠さんです。よろしくお願いします。

 

小泉 よろしくお願いします。

 

荻上 5月9日は第二次世界大戦の戦勝記念日ということで、ロシアではパレードが行われていたようですね。

 

小泉 最近では毎年行われています。ドイツに勝利し、ナチズムから人類を解放した国民的な記憶の日なのです。モスクワだけでなく、いろいろな大都市で開催され、今年はシリアのアル・フメイミム航空基地というロシア軍の基地でもパレードが行われました。

 

荻上 独裁に対抗したことを誇るパレードが、シリアの基地でも行われているというのは皮肉が感じられますね。

 

小泉 そうですね。最近は国内のみならず、北極圏から北方領土まで、ロシアの影響力が及ぶあらゆる地域でパレードが開かれています。

 

荻上 パレードはどのような形式で開かれるのですか?

 

小泉 モスクワのパレードでは、まず赤の広場に兵士たちが並び、国防大臣が「戦勝記念日おめでとう」と挨拶をします。次にプーチン大統領が演説をして、兵隊が行進をして、戦車や飛行機が登場します。ぴったり1時間で終わるのです。

 

荻上 軍事力をアピールする意味もあるわけですか。

 

小泉 はい。とくに去年のパレードでは、ちょうど戦勝70周年の節目でもあり、いろいろな新型兵器が登場しました。また、去年からパレードの後半の部として、「死せざる連隊」という行進が行われました。プーチン大統領が市民と一緒に、従軍した自分の祖父の写真を掲げてモスクワの街の中をパレードするというものです。

 

荻上 死なない軍隊ということですか。ゾンビ軍隊?

 

小泉 そうではなくて、亡くなっても第二次世界大戦で従軍した栄光は消えないという意味です。この「死せざる連隊」行進は非常に多くの市民が参加します。10万人ほどでしょうか。私も去年その場に行きましたが、人々が通りにあふれ返っていました。参加者はみな、自分の親族の写真を掲げて行進します。今までは広場で戦車が行進するのを見ているだけでしたが、そこに自分たちも参加できる場所ができたということで、愛国心の高揚装置として機能していると思います。

 

また、参加者たちはみな、ゲオルギーのリボンというオレンジと黒のリボンをつけています。これは、もともとロシア帝国時代に勲章をぶら下げていたリボンです。みんなで共通のシンボルをつけて第二次世界大戦の記憶を偲びましょうと、2000年代半ばからプーチン政権が街で配り始めました。

 

荻上 パレードを行うことでプーチン大統領の支持率が上がったり、国威が高揚される効果もあるのでしょうね。

 

 

強いロシアを取り戻してくれた

 

荻上 リスナーからこんな質問がきています。

 

「ロシアの戦略や外交方針について、ロシアの世論はどのように評価しているのでしょうか。」

 

小泉 ロシアには主な世論調査機関が二つあります。一つは政権寄り、一つはリベラル寄りで多少は数字に差が出ますが、世論の支持率が上がった・下がったという動きはほぼ一致します。最近、支持率が急激に上昇したのは2014年2月のクリミア併合の時です。また、シリアへの軍事介入など、主張する対外関係を取ることに対してポジティブな反応が強いです。一方、ロシアにもリベラル派と言われる都市の知的階層の人々もいて、強硬な外交を批判する声もありますが、今のところメインストリームにはなっていないと思います。

 

荻上 国民にとっては、主に経済などよりも軍事や外交の面で強く出てくれる方が響くのですね。

 

小泉 はい。もし90年代のように国民の生活が困窮してくるとどうなるかはわかりませんが、今は「強いロシアを取り戻してくれた」ということが大きく響いているようです。

 

荻上 こんな質問も来ています。

 

「これといった産業はないのに、あれだけの軍事大国が成立する、その資金はどこから来るのでしょうか。オイルマネーも原油価格の下落で厳しいでしょうし、若者は職がなく軍隊に入るしかないというテレビを見たこともあります。アメリカのように軍事産業を輸出しているのではないでしょうか。あるいは、自給自足の農業で国民は生活に困っていないということでしょうか。」

 

小泉 オイルマネーに頼っていることは間違いありません。ロシアの国家歳入の半分は原油・天然ガス関連です。去年の国家予算は、前提としてロシア産の「ウラル」という輸出原油ブランドが1バレル100ドルになる計算で予算を組んでいました。ところが、一時期30ドルを割り込むところまで下落してしまったので、いま非常に苦しくなっていることは事実です。これまではオイルマネーのおかげでほぼ黒字財政でしたが、最近はGDPの数%程度の赤字が出てきています。

 

実際にいろいろな面で緊縮財政になっており、予算も軒並みカットです。最初はプーチン大統領も国防費は絶対に削らないと言っていましたが、やはりカットせざるを得なくなっている。また、本当は今年から新しい軍備近代化プログラムを始めるはずだったのですが、2018年まで先送りになりました。武器輸出の売上もせいぜい年間1兆5000億円くらいで、それだけで食っていけるほど儲かっているわけではありません。

 

とはいえ、やはり自国でエネルギーを生産できることは非常に強くて、少なくともエネルギー不足で困ることはありません。また、これまで「安定化基金」という形で原油価格の儲けの一部を貯蓄してきたお金があります。ですから、簡単にロシア経済が潰れるわけではありません。

 

荻上 しかし、じわじわと効いてきてはいると。そうした中で、どういった部門から緊縮を進めているのですか。

 

小泉 公共事業や教育などの予算もバッサリ削減されており、軍事にはお金を出すのに教育には出さないのかという批判も多いです。国家予算の最大の支出項目は福祉関連ですが、ここを削ると国民も困窮しますし、支持率にも響くので削れません。軍事予算も多少は削っていますが、せいぜい全体の5%くらいです。財務省などは早く軍事費を削って財政をまともにしろと言っていますが、昨今の状況下では軍の影響力も強いのでなかなか難しい状態です。

 

荻上 ロシア政権にとって軍の力は大きいのですか?

 

小泉 そうですね。「強いロシア」としてやっていく上では軍の協力を得ないわけにはいかない。もちろん軍はプーチン大統領に公然と楯つくような存在ではありませんが、これから議会選挙と大統領選挙が続くこともあり、軍と軍事産業は大票田ですので、あまり正面から軍の機嫌を損ねることはやりたくないわけです。

 

 

小泉氏

小泉氏

 

 

本当は「臆病な国」

 

荻上 こんなメールも届いています。

 

「私にとってロシアはソ連の時代からアフガニスタン侵攻、チェチェン紛争、クリミア併合、そしてウクライナ侵略など、常に納得できない戦争を仕掛けている国に見えます。どうすればロシアは軍事的な挑発をせずにすむ国になってくれるのでしょうか。ロシアにとって、平和で戦争をしなくて良い状態とは国際関係からみてどのような均衡状態でしょうか。」

 

小泉 たしかに我々から見ると納得できないことが多いと思います。しかし、ロシア側から見ると、一般的なイメージに反してものすごく「臆病な国」だと思うのです。

 

荻上 臆病な国?

 

小泉 よくロシアの人々は、「我々は包囲された要塞に住んでいる」という観念を持っていると言われます。ロシア側から見ると、広大なユーラシア大陸の真ん中にあり、周りはアメリカの同盟国ばかりです。その上、自分たちがワルシャワ条約機構を解体したのに、NATOはますます拡大してくるではないか。あるいはロシアが拒否権を持っている国連をバイパスして、勝手に軍事力を行使するではないか。そう考えると、自分たちにとって平和である、安心できると感じられるためには、単に友好的なだけでは不十分だ。常に力を行使することで、どうにか均衡がとれているんだ、くらいに考えているのだと思います。

 

というのは、ロシアは外交力など非軍事的な面で西側には劣るから、軍事力に頼るわけです。これからお話する「国家安全保障戦略」の中でも、一番の安全保障は国力をつけて強くて豊かな大国になることなのだと書かれています。

 

荻上 なるほど。しかし、たとえば経済に大きな打撃を受けたとすると、軍事力を保つことになるのか、それとも弱めることになるのか、どちらの路線が考えられそうですか。

 

小泉 プーチン大統領はブレジネフ政権時代のソ連のことをよく覚えています。あのとき、原油マネーに乗っかって大軍拡を進めましたが、結果的に経済はつぶれてしまいました。同じ轍は踏みたくないと思っていることは間違いありません。ただ、限られた経済力の中で可能な限りの軍事力は持とうとし続けるのだと思います。

 

荻上 逆に、経済が厳しいからといって軍事力に頼って暴走することは考えられないのでしょうか。

 

小泉 いわゆる冷戦のような状態を再来させることは望ましくないと考えているはずです。さまざまな政策文書の中でも、NATOと大規模戦争をすることはもう考えられないとずっと言っています。

 

荻上 それでも緊張感が続いている状態を「第二の冷戦」と呼ぶ人もいますよね。次の戦争に繋がるのではないかと懸念している人も多いと思います。けれども、ロシアからするとむしろ揺り戻すための必死の抵抗になるわけですか。

 

小泉 はい。能力面から言って、もう一度ソ連のような冷戦をやることはほぼ不可能です。プーチン大統領も冷戦を再来させてはいけない、新たな軍拡競争を始めてはいけないと繰り返し発言しています。ただ、できてしまった緊張状況に引きずられて、コントロールされずに冷戦的なものが生じてしまうことは十分ありうる話です。今のロシアが国際的に安定した状況でないことは間違いないと思います。

 

 

大国ロシアの復活

 

荻上 そうした中で、ロシアのこれからを読み解くために大事なのが、去年12月に改訂された「国家安全保障戦略」です。これはどういうものなのですか?

 

小泉 「安全保障」と聞くと軍事の話かなと思うのですが、実際に見てみると軍事だけでなく外交や経済、環境問題に関しても書いてあります。非常に広い観点からロシアの安全保障に関する政策全体を規定してある文章となっています。前半の部分ではロシアが現在こうなっているという現状分析が書かれており、後半ではそれに対してどういう対処をしていくかが抽象的に規定されています。

 

前回の2009年のバージョンを見てみると、「ロシアは20世紀末のシステム的な危機を乗り越えた」という一文から始まっています。つまり、ソ連崩壊で国がめちゃくちゃになり、ロシアもさらに分裂してしまうのではないかという危機感があった中で、2000年代に高度経済成長を遂げた。危機を脱却し、大国として復活していく下地が整ったと言っています。それに対して今回の2015年バージョンでは、もう大国に復活したと。ロシアが国際的な影響力をまた強め始めているが、それがために西側との対立が生じているという言い方をしているのです。

 

荻上 なるほど。国内の現状についてはどのように書かれているのですか。

 

小泉 一つには、さきほど申し上げたような経済情勢について書かれています。2009年のバージョンでは、「GDPを世界トップ5入りさせる」と非常に強気なことが書かれていましたが、昨今の経済危機でとてもそういう状況ではなくなってしまいました。今回のバージョンでは「GDP世界上位」くらいの後退した表現になっています。

 

そしてもう一つは、現状の原油依存経済はあまりに危ないので、「イノベーションを起こしてものづくり国家に転換しなければいけない」ということです。これはプーチン大統領もたびたび言っていることですが、実際にはあまりうまくいっていません。メドベージェフ大統領の時代にはナノテクをやるとかITをやるとか色々言われていましたが、それで食べていけるまでにはなっていません。

 

さらに、軍の影響力も強くなっているため、今回のバージョンでは旧来型のエネルギー産業や軍事産業が再び中心に据えられています。面白いのが、「軍事産業が経済のエンジンである」と書かれているんですね。これは手馴れた産業でやっていくという表明でもあるのでしょうし、軍事産業へのリップサービスでもあるのでしょう。

 

ただ、昨今のハイテク戦への対応も求められますし、今までの重厚長大産業を続けるだけでは軍事産業さえ競争力を失っていくことは間違いないです。やはり製造方法などの面でなんらかのイノベーションを起こさなくてはいけませんが、今のロシアの技術力・資金力ではなかなか難しいのが現状だと思います。【次ページにつづく】

 

 

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