観光はアフリカを救うのか? 「ブッシュマン観光」をめぐる矛盾と希望

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「等身大のアフリカ」(協力:NPO法人アフリック・アフリカ)です。

 

 

万能薬としての観光

 

「2016年に訪れるべき国」として、旅行ガイドブックのロンリー・プラネット社が発表したランキングによれば、2 位の日本をおさえてトップになったのは、ボツワナである(Lonely Planet 2016)。「人生を変える経験にあふれた」「比類なき旅先」だというボツワナ。どこにある国だろう。日本ではあまり知られていないかもしれないが、南アフリカ共和国の北隣に位置する。「砂漠と湿地が特異に組み合わさった野生動物の宝庫」と謳われるとおり、まさにアフリカの大自然が満喫できる地だ。

 

紛争や貧困のイメージで語られがちなアフリカを旅行先に選ぶことに躊躇を覚えるだろうか。しかしアフリカのなかでも政情が多少なりとも安定し、経済成長とともにインフラが整い始めた地域を旅行する人々は、近年、確実に増えている。1985年にアフリカ諸国の国際観光客到着数の合計は1000万人を切っていたが、2010年代にはその5倍、5000万人前後を維持するようになった。そのなかでも、サハラ以南アフリカの占める割合は増加している。

 

 

アフリカ諸国の国際観光客到着数の変化  *世界観光機構の資料に基づき筆者作成

アフリカ諸国の国際観光客到着数の変化 
*世界観光機構の資料に基づき筆者作成

 

 

世界規模で急成長する観光業に対する期待は、アフリカでも高まるばかりである。国連の一機関である世界観光機構が、2002年のヨハネスブルグ・サミットを契機に「観光開発を通じた貧困削減プロジェクト」を開始して以来(World Travel Organization 2016)、アフリカ諸国を含むいわゆる途上国において、観光が経済を潤わせ、社会の安定を導くという考え方が定着するようになった。

 

世界銀行がまとめたアフリカの観光に関する論集は、アフリカで観光業が盛んになれば、雇用促進、インフラ整備、国内消費の増加や輸出産品の多角化のみならず、国家イメージの向上、行政改革の促進、エンパワーメント、文化や自然の保護に至るまで、大きな効果があがると述べている(Christie et.al 2014)。一石二鳥どころの話ではない。観光は、アフリカが抱えるあらゆる問題を一挙に解決してくれる「万能薬」だという。

 

そのなかでも注目を集めているのが、住民参加型観光(community-based tourism)とよばれる観光形態である。アフリカでは長らく、観光といえば、外国資本の企業が進める野生動物観光がメインで、その地域に暮らす人々は「自然」の一部として鑑賞対象になる以外は、鑑賞用に囲われた「自然」から排除されてきた。しかし、近年、このような観光形態に対する批判が世界的に高まり、地域住民が主体的に関与する新たな観光形態を求める動きがみられるようになってきた。

 

一方、広くアフリカの政治経済状況を見渡せば、民主化や地方分権化が進み、住民の「参加」が地域開発において重視されると同時に、新自由主義的な経済が浸透するなかで、従来は注目されなかった自然や文化でさえ商品化される土壌も整った。

 

こうして、政治や経済の主流から排除されてきた遠隔地の少数民族であっても、彼らの文化や居住地域の自然を観光資源としてとらえなおし、住民参加型観光を主体的に担うことができるようになってきた。そしてそのことによって、国内の不平等の解消、少数民族の貧困削減やエンパワーメント、自然資源や文化遺産の持続的な保全などが進むことに、大きな期待が寄せられるようになったのである。

 

雄大な景色と野生動物。私たちにはなじみのないエキゾチックな文化をもつ人々。一度くらいは、そんな光景に身を置いて、未知の人々と交流してみたい。そんな旅を経験したら、まさに「人生が変わる」何かを得られるかもしれない。そう思う人も多いだろう。そのうえ、そんな旅行を楽しむことによって、アフリカの抱える多くの問題が解決するのなら、素晴らしいことだろう。それは、一方向的な資金援助やボランティアによる支援だけでなく、ビジネスを通じた問題解決を評価する昨今のアフリカ開発の潮流とも共鳴する。果たして観光はアフリカを救うのだろうか。

 

 

ブッシュマン観光ロッジの成立

 

「今日も、来たわね。」ハーケが、甘ったるい紅茶を注ぎながら、つぶやく。耳を澄ますと、トラックの低い音が、鳥の声に混じって、確かに聞こえた。アカシアのつくる木陰で過ごすのんびりした昼下がり。雨季が来る前にしあげなきゃと、ハーケたちの手で新しい草に葺き替えられたばかりの伝統的な家屋が十数個ほど立ち並ぶ。その向こうには、南部アフリカで「ブッシュ(藪)」と呼び習わされる原野が広がっている。ボツワナの地方によくあるブッシュマンの小集落のように見えるけれど、実はここ、「ブッシュマン観光」を目玉とするロッジに勤める従業員用の居住地である。

 

 

ブッシュマンの伝統的な家屋は、丸く組んだ木を乾いた草で覆ってつくられる。

ブッシュマンの伝統的な家屋は、丸く組んだ木を乾いた草で覆ってつくられる。

 

 

ブッシュマンとは、コイサン系の言語を話し、南部アフリカ一帯で狩猟採集生活を営んできた人々の総称である(注1)。総人口は10万人程度といわれており、その約半数がボツワナに、残りが隣国ナミビアや南アフリカに暮らす。いずれの国においても、もっとも周辺化されたマイノリティであり、最貧困層を形成している。彼らが使える土地や資源は、古くは近隣農牧民の侵入やヨーロッパによる植民地化、最近では自然保護区の設立や商業農場の拡大、鉱山開発などによって、どんどん縮小してきた。同時に、開発政策のもとで、定住化が推進され、狩猟採集から農耕や牧畜、あるいは賃金労働への移行も推奨されている。もはや年間を通して狩猟採集だけで暮らしているブッシュマンは皆無といってよい。

 

(注1)もともとヨーロッパ系入植者が見下した態度で名付けた蔑称だが、数十の言語グループに分かれる彼らに共通する自称がないこと、そして近年では、歴史的経緯を踏まえたうえでこの名称を積極的に使用する動きもあることから、さしあたってここでもブッシュマンという言葉を使うことにしたい。

 

ハーケたちの両親や祖父母もかつては、このロッジの位置する県都ハンツィから200キロメートルほど西方に広がるカラハリ砂漠で遊動的な狩猟採集生活を営んでいた。しかし、1990年代後半になって、その地域が自然保護区であることを理由に、保護区の外に設けられた再定住地への移転を余儀なくされた。当時、小学生だったハーケは、それ以来、故郷には帰れないままだ。

 

その再定住地で2000年から人類学的なフィールドワークを続けてきた私は、最近になって彼女たちがしばしば「ロッジ」という言葉を口にし、そこに出かけていく様子を目にするようになった。ロッジでは何が行われているのだろう、彼女たちは何を求めて行くのだろうか。そんなことが知りたくて、2015年から、私はここで住み込み調査をさせてもらうことにしたのだった。

 

トラックの音はさらに大きくなった。出勤時間だ。着慣れたTシャツを脱ぎ、野生動物の皮でつくった昔ながらの衣服に着替えたハーケたちが歩き出す。10分もしないうちに、トラックが見えてきた。最後の仕上げのときだ。帽子と靴を脱いだハーケがにやりと笑う。「さ、これでブッシュマンの完成よ!」トラックからは観光客がぞろぞろと降りてきた。

 

このロッジを訪れる観光客の大半は、荷台を座席に改造した大型トラックでやってくる。オーバーランドとよばれるこのツアーでは、20人前後の観光客が同じトラックに乗り、南アフリカのケープタウンからザンビアのビクトリアの滝までを結ぶ南部アフリカ観光の黄金ルートを旅する。比較的手ごろな値段で、野生動物や自然景観、さらには民族文化なども効率よく楽しめることが人気の理由らしい。

 

実は、このロッジの位置するハンツィが観光ルートに入るようになったのは、ごく最近のことだ。ボツワナには多くの国立公園があるが、1966年の独立後長らく、観光客はほとんど訪れなかった。20世紀の終わりも近くなり、急成長したダイアモンド産業に支えられて国内のインフラが整うとともに、近隣諸国の政情が落ち着いたことで、ようやく黄金ルートが完成したのだ。

 

隣国ナミビアの首都から、ボツワナ最大の観光地となったオカバンゴ湿原を結ぶ道のりの中間地点にあたるハンツィは、観光客が一泊するには、ちょうどいい。そしてハンツィの周辺地域には、映画や写真を通じて欧米社会によく知られていたブッシュマンが生活していた。こうして、安定的に観光客が見込めるようになって以降、この地に「ブッシュマン観光」に携わるロッジが誕生し、2015年の時点で少なくとも9軒が営業している。ハーケたちの働くロッジは、オーバーランドツアーを積極的に受け入れることで、ハイシーズンにはほぼ連日20~60人の観光客が見込めるようになった。【次ページにつづく】

 

 

オーバーランドツアー用の改造トラック。テントや調理道具なども積み込める。

オーバーランドツアー用の改造トラック。テントや調理道具なども積み込める。


 

 

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