「移民大国アメリカ」はどこへ向かうのか?

イスラム過激派の入国防止を目的に、トランプ大統領が難民や移民の入国を制限する大統領令に署名した。政情不安やテロ支援国家と懸念される7ヶ国の国民と、全ての難民の入国がそれぞれ90日間と120日間停止された。この動きに対し、アメリカ各地で抗議デモが行われ、司法長官や州知事、企業のトップからも批判の声があがっている。世界最大の移民大国として、各地からの移民を国力の源泉としてきたアメリカ。今後の行方を専門家に伺った。2017年1月30日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「移民大国アメリカはどこへ向かうのか?」より抄録。(構成/増田穂)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

アメリカの国是が問われる大統領令

 

荻上 本日のゲストをご紹介します。アメリカの移民問題に詳しい成蹊大学の西山隆行さんです。よろしくお願いいたします。

 

西山 よろしくお願いします。

 

荻上 トランプ大統領が移民、難民の受け入れを制限する大統領令に署名しましたが、どのように感じていらっしゃいますか。

 

西山 アメリカは移民の国としてアイデンティティを築いてきました。移民の入国を制限することは、そのアメリカの国是、つまり国家の基本的な理念を否定する動きと考えることもできます。難民の受け入れも、「人権を重視するアメリカ」という国是のメッセージを発するために積極的に行われていました。今回の制限はこうした理念に疑問を呈する行動だと思います。

 

今回指定を受けた7カ国は、トランプ氏が反米的と考える国家です。しかし、こうした国からアメリカにやって来る人々は、そもそも親米的で、もといた国に対して批判的な人たちが多いです。入国を阻止し、半ば強制的に送還することは、今後の彼らの生活を無視した人道的な問題であると同時に、親米的な人を送り返すことでアメリカの利益を損なう行為だと思います。

 

荻上 政策の意図とは裏腹に、むしろアメリカに対する反感が増す結果になるのではと懸念する声もありますね。

 

西山 移民や難民に関する政策をはじめ、これまでトランプ氏が行ってきた全ての行動にそうしたことが言えると思います。

 

 

西山氏

西山氏

 

荻上 一方メキシコには壁を建設し、不法移民対策を行うと言っています。効果はあるのでしょうか。

 

西山 トランプ氏が強調している不法移民対策は2種類あります。ひとつは現在アメリカにいる不法移民を取り締まること。もうひとつは新たに流入する不法移民を阻止することです。壁の建設は後者の対策になりますが、効果があるとは思えません。

 

まず第一に、不法移民が比較的安全にアメリカに入国できるところ、例えばサンディエゴとメキシコの間には、既に壁やフェンスが建設されています。それ以外の場所は砂漠や大河、ネイティブアメリカンの居住地であったりと、そもそも越境が難しい場所です。そこに新たに壁を建設しても、公共事業としてはさておき、不法移民対策として効果はないでしょう。

 

また、既にアメリカ国内にいる不法移民も、もとはビザを取得して入国してオーバーステイしている場合や、コヨーテと呼ばれる密輸斡旋業者にお金を払いトラックの荷台に忍ばせてもらって入国したり地下通路を通って入国したりするといった事例がほとんどです。入国に際してこうした方法が主流になっていることを考えると、壁の建設にほとんど効果はないと思います。

 

荻上 既に国内にいる不法移民対策についてはいかがでしょうか。

 

西山 アメリカには「サンクチュアリシティ(聖域都市)」と呼ばれる都市があります。これらの都市は不法移民がいたとしても、あえて積極的にその特定を行わず、そのまま生活することを許容しています。トランプ氏はこうした都市への補助金の削減などを通じて国内の不法移民対策を進める意向を示していますが、これもあまり効果はないと思います。

 

現在アメリカ国内には約1100万人の不法移民が存在し、既に収容されている人も多くいます。しかし、彼らを強制的に送還する費用がないため、アメリカ国内に留め置いている状況なのです。不法移民の摘発には、警察の人員や、収容施設での生活費、法的判断のための経費などかなりのコストがかかり、それを税金をまかなうことになります。ですから財政負担をしたくない州政府や都市政府は、あえて不法移民対策を徹底してこなかったのです。こうした中で補助金を削減し、取り締まりを強化させ不法移民を一掃するといっても、積極的な賛同は得られず、効果も期待できないと思います。

 

荻上 州によって取り締まりに差があるのは、地域によっては不法移民をさほど大きな問題としていない州があるということでしょうか。

 

西山 そういうことだと思います。不法移民の人たち、つまり行政法上不法にアメリカに滞在する人々は法的に守られていません。就労に関しても、合法移民やアメリカ国籍保持者の最低賃金を下回る金額でも働きます。大手企業が不法移民を雇用することはなくとも、そこで働く社員が、家事手伝いやベビーシッターとして彼らを雇うのはよくある話です。取り締まりが厳格化され、不法移民がいなくなると困る人は少なくないでしょう。

 

荻上 トランプ氏は不法移民によって犯罪が増加していることを強調していますが、これは必ずしも事実ではないようですね。

 

西山 その通りです。トランプ氏の議論にはトリッキーなところがあります。不法移民が存在することで刑事司法関係の予算が増えているのは事実です。不法滞在者は強制送還することができない以上、留置所に入れておかなければなりません。そのための予算がかかりますし、裁判で不法滞在なのか判断したり処遇を決定するため、不法移民関連の裁判は増加します。それはむしろ、不法移民取締り厳格化によってもたらされた帰結だともいえます。

 

しかし「犯罪」と聞いて多くの人がイメージする、治安を悪化させるような行為に関して言えば、不法移民はあまり犯罪を犯しません。彼らはアメリカで犯罪を犯し逮捕されれば、強制送還されてしまいます。不法移民の多くはお金を稼ぐために来ているので、送還されてしまっては元も子もないのです。犯罪との関連で議論するなら、むしろ送還されることを恐れた不法移民が、犯罪の被害にあっても訴え出ることが出来ず、泣き寝入りになってしまうことの方が問題です。不法移民が存在することで犯罪率が増えている、治安が悪化している、というのはかなり怪しい議論ですね。

 

 

見えづらい「移民」の全体像

 

荻上 移民と難民は異なるのでしょうか。

 

西山 一般的に、移民は自由意思で出身国以外での生活を望み、移住先の国民になろうとしている人たちだとされています。対して難民は、自分の国で暮らすことを望みつつも、宗教や政治など何らかの理由で迫害を受け、逃亡するために他国に移った人々です。ただ、両者を明確に区別するのは大変難しい。

 

経済難民と移民の違いなどはその典型です。また、アメリカを「移民の国だ」という人がいますが、そこで想起される移民たちはヨーロッパの絶対王政下で政治的、宗教的弾圧を受け逃げてきた人々です。今日の一般的な定義では難民になります。区別が全く出来ないわけではありませんが、両者の明確な区別はしにくいですね。

 

荻上 現在アメリカの人口は約3億人ですが、このうち移民の占める割合はどの程度なのですか。

 

西山 そもそも誰を移民とするかによりますが、アメリカの法的定義に従えば移民の割合ゼロとなっています。

 

荻上 ゼロですか。

 

西山 というのは法律上、アメリカ国籍保持者は移民ではなくアメリカ人なのです。ただ、アメリカ国内で暮らす外国生まれの人の割合は、大体13%程度とされています。18歳未満の子どもの内、4人に1人は片方、もしくは両方の親が外国生まれという統計もあります。

 

荻上 アフリカ系や中東系など、いわゆる人種ごとの人口構成のデータはあるのでしょうか。

 

西山 アメリカの国勢調査では、白人・黒人・アメリカインディアンおよびアラスカ先住民・アジア系・ハワイ先住民という5つの区分で調査を行っています。この統計では白人72.4%、黒人12.6%、アメリカ・アラスカ先住民0.9%、アジア系4.8%、ハワイ先住民0.2%となっています。しかしこの統計ではトランプ政権で問題になっている中南米系や中東系についてはカテゴリがありません。一応、中南米系に関しては別の調査で、2010年時点で16.3%存在すると報告があります。

 

しかし中東、つまりアラブ系の人口に関しては、関連する研究書でもその予測値に大きな差があり、全くわからないのが正直なところです。というのも、たとえば電話調査で人種を聞かれると、アラブ系の人びとは自分が白人だと答えるのです。この傾向は9.11テロ事件以降特に顕著になりました。公的機関を装った白人至上主義者が、アラブ人を見つけ出すために掛けてきているのかもしれないと恐れた人々が、出身を正確に答えないのです。宗教に関しても曖昧に答える人が多く、こうした点に関して正確な数字がありません。

 

荻上 リスナーからはこんな質問がきています。

 

「アメリカの大統領令では、大統領が署名しただけでどんな内容でも実行されてしまうのですか。議会や裁判所は大統領令を阻止する権限を持っていないのでしょうか」

 

西山 三権分立では、議会が作った法律を、大統領を中心とした行政府のメンバーが実行するのが基本です。大統領令、つまり行政命令もそのためにあるので、基本的な役割としては、議会が作った法律に曖昧な点があった時や、予算が十分になかった時、どういった基準、または優先順位で行政を行っていくのか、命令で明確にするためのものなのです。従って、大統領令で何でもできるわけではありません。逆に、大統領が命令を出しても、連邦議会があえてその命令に予算をつけず、大統領令の施行を阻止することも可能になっています。

 

しかし今回の移民、難民受け入れに関する行政命令のようなものは、基本的に予算を必要としていません。従って議会が歯止めをかけるのが難しくなります。こうした議会が十分に対応できない時は、裁判所が判決などで対応することになります。今回も連邦裁判所がトランプ氏の大統領命令は違憲の疑いがある決定し、実行の阻止を試みました。このように、少なくとも仕組みとしては大統領命令に歯止めをかけることが可能です。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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