イラク軍によるモスル奪還。最大の拠点を失ったISの今後とは?

2014年イスラム過激派組織ISによって制圧され、指導者バグダディが国家樹立を宣言したイラク北部の都市モスル。そのモスルが7月10日、イラク軍などによって奪還された。イラクのアバディ首相は「偽りのテロ国家の終焉と失敗、そして崩壊を宣言する」などと述べ、勝利を宣言。市民からは歓喜の声が上がった。最大の拠点を失ったISの今後、そしてテロリズムへの影響とは。2017年7月11日放送TBSラジオ・荻上チキ・Session-22「イラク軍がモスルを奪還。 最大の拠点を失った『IS』の今後とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

これで平和になったとは言えない

 

荻上 今日のゲストを紹介します。日本エネルギー経済研究所・中東研究センター研究理事の保坂修司さん、中東政治やイラク地域研究がご専門の千葉大学教授の酒井啓子さんです。よろしくお願いします。

 

保坂酒井 よろしくお願いします。

 

荻上 昨年10月に始まったモスルの奪還作戦、お二人はどのようにご覧になっていましたか。

 

酒井 ずいぶん長くかかったなという印象です。昨年の6月ごろにはイラクのファルージャという地域を奪還し、あとはモスルを残すのみという状態だったのにもかかわらず、相当な時間がかかりましたし、住民に対する被害も拡大しました。勝利宣言というよりはかなり苦戦したという実情です。

 

保坂 これでISが完全にイラクからいなくなるわけではない、という点には注意したいです。あくまで奪還したのはモスルだけで、イラク国内にはいくつかISが抑えている領域が存在しますし、モスル市内にもまだ少人数のテロリストが残っている可能性はあります。奪還したからといってすぐにモスルあるいはイラクが平和になる、ということにはならないでしょう。

 

荻上 そもそもモスルとはどんな場所で、イラク、ISそれぞれにとってどのような意味のある場所なのでしょうか。

 

酒井 イラクにとってモスルは第二の都市です。重要なこととしては、モスルはスンニ派が多く住む街で、非常にナショナリズムが強い地域ということです。イラクのナショナリズムであると同時に、「自分たちはもともとここに暮らしてきたアラブ人なんだ」というナショナリズムが強いですね。

 

ですからイラク戦争後はナショナリズムを掲げて中央政府に反発し、アメリカにも反発しました。不幸なことに、そうした立場をISによって利用されたわけです。「反政府なんだから我々に協力するだろう」といって上手くつけ込まれてしまった。

 

保坂 モスルはISにとっても極めて象徴的な街でした。ISは2014年6月にモスルを占領し、翌7月にはISの指導者バグダディがモスルにあるヌーリーモスクという場所で初めてカリフとして公の場に登場しています。つまり、モスルはISのイスラム的統治の象徴とも考えられます。したがって、今回モスルが奪還されたことは、ISにとって「象徴を失った」という意味で大きなダメージだったと思います。

 

荻上 「これでISがいなくなるわけではない」というお話がありましたが、今後のISの展開はどのようになっていくのでしょうか。

 

保坂 モスルはIS統治の象徴でしたので、その求心力を失ったことで、ISはイラクから徐々に掃討されていくでしょう。ただ、シリアに関しては依然として混沌が続いています。シリア側の「首都」とされるラッカでも包囲作戦が進んでいますが、重要なのはラッカがISから奪還されても、イラクのモスルと同じ結果にはならない可能性が高いということです。モスルは解放後イラク政府がその統治を行うことになるはずです。しかし、ラッカは、たとえ解放されたとしても、誰が統治するのかすら分かりません。ラッカを誰が奪還するのか、アサド政権なのか、あるいは反体制勢力なのか、反体制勢力であるなら、そのなかのどのグループなのかによって話が大きく変わってしまいます。

 

荻上 イラクに関しては少しは良い方向に進んでいるが、その他の地域はそれほど状況は変わらない、と。

 

対ISという点ではロシア、アメリカなども一応連携ができているわけですが、アサド政権に対してはどう対応するのか。また、そもそもシリアの難民問題の背景には、アサド政権下による国民に対する軍事的暴力があったりする。そうした問題をどういったプロセスで解決するのかが注目されますね。

 

保坂 ロシアとイラクで一応連携ができたといっても、残念ながら、シリア国内におけるそれぞれの宗派・グループごとでコンセンサスができているわけではありません。現在はロシア主導で和平協議が進んでいますが、諸勢力間で反対意見も多く、これが最終的な解決策になるとは思えません。結局、そうした、あるべき未来のシリアの姿を多くのグループが共有できなていないことが、シリアでISがはびこる原因の一つになっていました。

 

荻上 一方でイラクの場合も、もともとの国内の統治上の課題があり、なおかつ奪還後もモスル内部では住民同士の疑心暗鬼などが残っていたりする。こうした状況で、奪還されても必ずしもモスルが安全になったとは言えないのでしょうか。

 

保坂 そうですね。今後はシーア派主体のアバディ政権が、スンニ派が多数派のモスルの住民に不信感や反感を抱かせないような統治ができるかどうかが鍵になります。

 

荻上 イラクの統治をめぐる課題は、ISとの関係性の中でより重要度を増してきたとも言えるかもしれませんね。

 

 

保坂氏

保坂氏

 

IS掃討作戦はクルド独立のチャンス?

 

荻上 今回の奪還作戦はクルド勢力が参加しましたが、奪還後にイラク政府とクルド人との関係はどうなっていくのでしょうか。

 

酒井 クルド側は奪還作戦の最中の今年6月、長年主張してきたクルディスタン地域(クルド自治区)の独立について是非を問う国民投票を行うと宣言しました。そのため、考えようによっては「モスルを奪還する上で手柄をあげて、より有利に独立の交渉を進めたい」というクルド側の思惑があるのかもしれません。

 

今後は、IS対策で成果を上げたクルド人の要望に中央政府がどう答えるのかが注目されます。現時点では「独立は認めない」という方向ですから、そのせめぎ合いが難しいところになるでしょう。

 

荻上 そもそも、クルド自治区の制度上の位置付けはどのようになっているのですか。

 

酒井 現在のイラクは連邦制ですので、正式には中央政府と地方政府であるクルド自治政府との連邦で成り立っています。ただ、どの範囲までがクルド自治政府の領域なのかは、まだ争点となっているところがある。たとえばキルクークなどの油田地域、モスル周辺のクルド人が多く住む地域などは、現在も中央政府とクルド自治政府との間で取り合いが続いている状況です。

 

荻上 クルド側は一つの「国家」として独立したいと主張しているんですね。

 

酒井 はい。現在の連邦制でも一定の自治権は持っているのですが、たとえば石油開発を行っていても「石油収入のうちクルドの所有は○%」と定められるなど、中央政府との取り決めに基づいて動かざるを得ない場合が多々あります。それに、クルド民族は中東地域の中で唯一、数千万の人数を持ちながらも独立した国家を持たない少数民族です。ですから国家を持つことは長年の夢でした。

 

しかし、クルド少数民族が住むトルコ、イラン、シリアなどの国々のうち、彼らの独立を大手を振って認めようという国はありません。ですから、仮に今回イラク政府がクルディスタンの独立を認めたとしても、他の地域ではクルド民族の独立を牽制しようとする動きが出るかもしれない。とくにトルコは徹底して阻止する方向で動いてくるはずです。そうした周辺国に包囲される事態になりかねないので、簡単には独立のステップは踏めないでしょう。

 

保坂 クルドの場合、イラクだけの問題ではないのが難しいところです。トルコのクルド、イラクのクルド、イランのクルド、シリアのクルドと、それぞれ思惑が違います。そこが問題を複雑にしている大きな要素ではないかと思います。

 

 

モスル奪還後も残る市民の心の傷跡

 

荻上 3年間にもわたるISの支配の中で、市民への影響はどのようなものであり、どういった改善策が考えられるのでしょうか。

 

酒井 今は街全体が徹底的に破壊されてしまったため、まずはゼロから建て直さなければならないという物理的な問題が第一にあります。それ以上に大きいのが、市民の心の傷跡ですよね。

 

さきほど言ったようにモスルはスンニ派が多数派で、その他にもクルド人やキリスト教徒、少数民族のヤズディ教徒などが暮らしています。とくにヤズディ教徒やキリスト教徒はISから「奴隷」として扱われ、虐殺の対象にもされていました。そのため、彼らは非常に強いトラウマを抱えています。

 

もちろん、スンニ派の人々もISから相当な弾圧を受けていたわけですが、より悲惨な目にあっていたヤズディ教徒やキリスト教徒からすると、「お前たちはまだましだった」という感情に繋がりかねない。あるいは、かつてISに協力した市民が、今度は同じ地元住民から攻撃の対象となってしまうことも考えられます。ISが去った後、こうした“恨み”が市民の中に残っていくことは、今後モスルを建て直していく上での最大の障害になるのではないかと考えています。

 

荻上 先日、この番組でヤズディ教徒について取り上げた際に、ISによる人身取引によって家族がバラバラにされてしまった人が大勢いると聞きました。そうした方々が本当に生まれた場所に帰ることができるのか。地域で戦闘が終わったからといって、まだまだ課題は山積みですね。

 

酒井 ヤズディ教徒はクルド地域にも転々と住んでいるので、他の地域から一時避難している人もいます。しかし、クルド地域の中でもあまり居心地の良い思いをしているわけではないでしょう。そうした意味でもヤズディのような少数民族の行く末は危惧されます。

 

一方、今回のモスル奪還作戦を含め、IS対策全体の主導権を取っているのはシーア派の義勇兵です。ISが侵攻したとき、シーア派の宗教界がこぞって祖国防衛を訴えたので、多くのシーア派住民が徴募に答えたからです。ですから、モスルがシーア派に乗っ取られてしまうのではないか、という懸念を市民が抱くことにもなりかねない。政府がどこまでシーア派の勢力を自制していくことができるのかが問題になってくると思います。いずれにせよ、これからのモスルの再建が、周辺国や国際社会から暖かく見守られているのだと示していくことが重要です。

 

荻上 シーア派によるスンニ派の抑圧、という形で受け取られることは当然あってはならない。一方で、スンニ派同士でも地元住民の間では疑心暗鬼が残り、ヤズディなどの少数民族との共生、そしてクルド自治区の独立の問題もあったりする。こうしたさまざまな課題にどう対処していくのかが注目ですね。

 

保坂 イラクの場合はとくに複雑な政治構成、宗教構成になっていますので再建の課題はなおさら大きい。多くの方がISから解放されたことで過大な期待をしていますが、その期待が裏切られたときの幻滅も非常に怖いような気がします(イラク戦争でサッダーム・フセイン政権が打倒されたあとに、一部のイラク人がもった期待とその後の幻滅が想起されるでしょう)。やはり一般市民の精神的・物質的のケアについては、国際社会からの支援が必須だと思います。【次ページにつづく】

 

 

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