2013.05.25
昆虫食への眼差し ―― ナミビアの昆虫食と資源活用への展望
いま、昆虫食に熱い視線が注がれています。2013年5月13~15日にローマで開催されたFAO(国連食糧農業機関)の国際会議「食料安全保障・栄養のための森林に関する国際会議」では、森林産物のひとつである昆虫の活用が話題になりました。また、その会議に合わせて発表された200ページにわたるFAOの調査報告書「Edible Insects: Future Prospects for Food and Feed Security」では、昆虫の食料や飼料資源としての可能性について議論されています。2050年には全世界で90億人に達すると試算される人口を養う潜在的な食料源として、これまで産業として活用が「未発達」であった昆虫に注目が集まっているのです。
しかし、昆虫食という言葉をそもそも聞いたことがない人も多いのではないでしょうか。日本では、イナゴやハチノコをはじめ、ザザムシやカイコの幼虫、セミ、ゲンゴロウなど、地域によって異なる昆虫が食材として用いられ、現在でも一部のものは根強い人気があります。しかし、日本で昆虫食といったときに多くの人が想像されるものと、世界で広くみられる昆虫食のあいだには、そのニュアンスに少し隔たりがあるように思われます。ここでは、わたしが長年調査を行ってきた、アフリカのナミビア共和国の事例から、昆虫食の現状の一端を紹介したいと思います。
食文化としての昆虫食
アフリカでは熱帯雨林から砂漠まで、多種多様な昆虫が食用にされています。なかでも、アフリカではシロアリ類とイモムシ類が広範囲で食用にされていることが知られています。わたしの調査地であるナミビア北部に暮らす人々はシロアリやイモムシ(5種類)・コガネムシ(幼虫)・カメムシ(成虫と若虫)・タマムシを食用にしています。ナミブ砂漠が広がり、国土の大部分が乾燥気候下に位置するナミビアでは、熱帯雨林に比べると食用とする昆虫の数は少ないのですが、それは現地に生息するとみられる数百種類に及ぶ昆虫のなかから、食用に適したものを選び抜いた結果であるともいえるでしょう。
ナミビア北部の地域には、農業と牧畜を営むオヴァンボという民族が暮らしています。彼らは乾燥した土地で、トウジンビエというヒエの一種を栽培し、それを主食にしています。昆虫はそのおかずの一品として用いられます。おかずは現地語で、“オムウェレロ”とよばれ、肉や魚、酸乳、野草などが含まれます。ある村に住んでいる人たちに「おいしいオムウェレロは何?」と尋ねると、鶏肉やヤギ肉、魚がよくあげられますが、イラガの幼虫の“オカナンゴレ”は、それらを抑えて一番おいしいという人が半数以上いました。昆虫は日々の「おいしいおかず」の代表格でもあるのです。
これらの昆虫は、採集をした後に下処理を行い、種ごとに異なる調理の仕方がされます。たとえば、“オマヘンコエ”と現地語でよばれるヤママユガ(の一種)の幼虫は、内臓を取り出したのち、沸騰させた少量のお湯のなかに塩とともに入れて水が蒸発するまで火を通し、その後乾燥させます。そして、ふたたびお湯にスープの素などと一緒にいれて煮込み、「イモムシスープ」にします。一方、先に紹介した“オカナンゴレ”は、内臓を取り出さずに沸騰させた少量のお湯に塩とともに入れて火を通し、乾燥した状態で食べます。コガネムシの幼虫は少量の油とともに炒めて食べます。それぞれ、昆虫ごとにもっともおいしい食べ方があり、それは各家々によっても少しずつ変わっています。
わたしの一番のお勧めは、カメムシです。カメムシというと、「臭いが気になるのでは?」と日本の友人からは言われますが、不思議なことにナミビアのカメムシはむしろ香ばしい匂いがします。このカメムシは、煎ってそのまま食べたり、またご飯にのせて食べたりします。最初、この「カメムシご飯」をみたときは、ぎょっとしましたが、食べてみると意外とおいしいのに驚きました! 昆虫食も他の食材と変わらない、洗練された食文化であるといえます。
昆虫食を支える幅広い知識と技術
野生/半野生の昆虫を自分で採って利用するためには、地域の自然環境や昆虫の生態に関する幅広い知識が必要となります。ナミビア北部では、コガネムシの幼虫は餌となる有機物が豊富な家畜囲いのなかに発生します。それぞれの家ではたいてい家畜を飼っているので、自分の敷地にある家畜囲いのなかで勝手に育っているコガネムシの幼虫を、クワを片手に掘りに行きます。「ちょっとおかずをとってくるわね」という様子です。家畜の横で土を掘って探すだけなので、難なく手に入ります。また、カメムシも畑に生えているスイカの葉の裏にたくさんいるので、駆除のついでに、たくさん採ることができます。
一方、イモムシ類は、発生の時期や場所を予想することが困難です。発生の時期になると、「今年はどこの地域でたくさんでている」という情報が毎日のように村のなかを駆けめぐり、本当だということがわかると人々は連れだって採集に行きます。不思議なもので、イモムシは局所的に大発生する傾向があります。そうした場所に行くと1時間も採れば袋にいっぱいのイモムシを集めることができます。しかし、大量の昆虫を入手するためには時期や場所などの知識が必要で、住んでいる人でないとそうした採集を行うのはなかなか難しいようです。
こうして集めたイモムシは、先に紹介したような下処理を行い、乾季のための非常食にされます。乾燥気候下にあるナミビアでは、乾季に食料が少なくなるため、その時期に備えた保存食でもあるのです。昆虫食は、採集や調理、保存などに関する幅広い知識や技術のなかに成立しているといえます。
虫に対する好き嫌い
ナミビアの昆虫食は昔からさまざまな試行錯誤のもとでつづけられてきたようですが、他の食文化と同じく、流行り廃りがあるようです。先に紹介した食用昆虫のなかでも、タマムシや“オマナンパロ”とよばれるイモムシなどは、昔はたくさん食べられていたけれどもいまではほとんど食べなくなっているようです。一方、“オマヘンコエ”は、昔はあまり食べられなかったけれども、いまではたくさん食べられるようになったといわれます。
発生する場所が遠方であるため、昔は移動に時間がかかり、あまり採ることができなかったのですが、道路網が整備され、車が行き来するようになり、手に入れやすくなったことから利用量が増えたそうです。また、“オカナンゴレ”は、1980年代にたくさん発生したそうですが、ここ数十年は発生することがほとんどなく、まったく食べられることがありませんでした。しかし、ちょうど今年、まれにみる大発生が起き、懐かしいイモムシを食べる人がたくさん現れました。
ナミビアでは昆虫が日常の食材として利用されているわけですが、しかしこれらの昆虫を誰もが大歓迎で食べているわけではありません。面白いのは、肉や魚も同様におかずのひとつなのですが、それらが大部分の人に好まれる傾向がある一方で、昆虫に関しては好き嫌いの差が比較的分かれる傾向がみられます。また、シロアリやタマムシなどの一部の昆虫については、「そんなのを食べるのは●●(別の民族)だ」というような、他の民族を馬鹿にしたような表現がとられることもあります。同じおかずのなかでも、昆虫は少し特別なのかもしれません。
販売と流通
昆虫は自家消費されるのみでなく、ローカル・マーケットなどを中心に販売され、人々の現金収入という意味でも重要な資源となっています。とくに、地方都市の発達やインフラの整備がすすむなかで、ローカル・マーケットには昆虫をはじめ、かつては売買がされなかった自然の産品が並ぶようになっているのです。
ナミビアは、長く南アフリカの統治下にあり、人種隔離政策(アパルトヘイト)の影響下で、現地の人々は自由な商業活動を抑制されていました。しかし、1990年に独立をはたすと、急速に民主化が進み、首都や都市部で就労をする人も増加してきました。そうした人々にとっては、マーケットで手に入る昆虫など、田舎からの産物は「懐かしい食材」であり、自分でとりにいけないため、購入して食すのです。
もともと、乾燥させた昆虫(とくにイモムシ)は、地域のなかで物々交換をするときの交換材として使用され、袋一杯の乾燥イモムシと同量のササゲ(マメの一種)などが交換されていました。とくに、モパネというマメ科の木を食べるイモムシ、モパネワーム(オマヘンコエもこの一種)は、この地域で物々交換に用いられる代表的なイモムシです。旱魃などで食料に困った世帯のなかには、雨季の終わりに遠方にこのイモムシをとりにいくことで乾季の食料を賄おうとする人もいます。
このように利用されていたイモムシは、最近ではむしろ現金に換えられる傾向があります。その販売額は、おかず1食あたりに使用する額で比較すると、肉よりも若干高価な値になっています。乾燥状態で保存できるため、人によっては、テントや食料をロバの車に乗せて、数週間採集の旅にでて数百kgにもおよぶイモムシを集めて帰る人もでてきています。
おわりに ―― 資源利用に向けて
このように、ナミビアをはじめ、アフリカやアジア・南米の多くの国々では、昆虫食は地域の豊かな食文化の一角を占め、現在でも日々の食事のなかに登場しています。ときに、食文化はその地域の外の人には奇異なものとして映り、「食料がないからそんなものを食べているのではないか?」と誤解されることもありますが、味に対して高い評価がされるものもあり、また多様な調理方法がみられるなど、地域の文化として洗練されている様子が見受けられます。
しかし同時に、地域の人々のなかでも、「あんなものを食べる人がいる」というような表現がされることもあり、地域の食事のなかで「変わった食材」として扱われる昆虫もあります。これは、食用昆虫と一概にいってもそのなかには多様なものが含まれ、種類によって異なる文化的な意味合いが付与されているとみることができます。一概に「アフリカの人にとっては昆虫が日常の食事だ」と言えないような様子もみてとれ、こうしたところから文化としての昆虫食の深い一面が垣間見られます。
昆虫を利用した産業はアフリカではまだまだ発達の途中ではありますが、(ある特定の)昆虫の需要は都市部を中心に増大しており、その昆虫が発生する時期になると、狂喜して採集を行い、マーケットで販売を行う人が現れます。モパネワームについてはナミビアだけでなく、南アフリカ、ボツワナ、ジンバブウェでも同様の傾向があることが確認されており、アフリカでも広範囲でこうした動きがみられるようです。
将来的に、産業として昆虫が食用、あるいは家畜の飼料として活用されるポテンシャルは十分にあると思いますが、その際、現地の人々の営み、自然環境と調和したかたちで事業が展開されることが肝要な点です。これまで紹介したように、各地域で独特の文化として築かれてきた昆虫食は、企業などが収奪型の開発を行うことによって大きな影響を受ける可能性もあります。また、利用に関する知識に対する権利、法の整備など、さまざまな課題があることも指摘されています。
現在アフリカでは、多国籍企業や“開発”と称する多くのプロジェクトにより、土地や資源の搾取が行われている現状があります。食用昆虫のような、現地の人々の食料源として活用されている資源が、その対象にならないよう注視し、技術的・経済的な議論に終始されることなく、新たな資源活用が進められていくことが重要だと考えます。
プロフィール
藤岡悠一郎
1979年生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。現在、近畿大学、博士研究員(PD)。専門は地理学、アフリカ地域研究。乾燥地の資源利用、生業変容、開発のあり方に関心をもっている。著書に、『アフリカ自然学』(共著)、『乾燥地の資源とその利用・保全』(共著)、などがある。