インドの代理出産にみるジェンダーと格差――なぜ子宮を「貸す」のか?

インドの代理出産は、2004年にイギリス在住のインド系女性が娘のために代理出産をしたことで一躍知られるようになった。政府機関が把握している数だけみても、2004年には50数件だった代理出産件数が、翌年には158件、さらにその翌年には290件へと増加している(Jaiswal2012:2)。

 

2004年の代理出産を成功させたグジャラート州アーナンドのクリニックは、2012年6月には同クリニックで代理出産によって生まれた子は500人を超えたと発表している。このクリニックだけでも年間100人以上の子どもが代理出産で生まれているため、インド全国でみるといまやその数は軽く1000人を超えると考えてよいだろう。

 

その依頼人の半数以上は、在外インド人(Non Residential India; NRI)を含む海外居住者であり、インドは国境を越えた生殖ツーリズムの一大拠点として知られている。自国で代理出産などの技術や卵子の購入が禁止されていたとしても、患者は治療や配偶子を求めて容易に国境を移動していく。例えば、フランスでは未婚の女性がドナー精子を用いて人工授精をすることは禁止されているが、その近隣のベルギーやデンマーク、スペインでは可能である。日本では代理出産は産科婦人科学会の規制により事実上禁止されているが、アメリカ合衆国、タイ、インド、イスラエル、ウクライナなどでは合法行為である。

 

求める技術が確実に手に入るのであれば、それを受けたいと思うことは自然なことでもあるだろう。まして、インドのような途上国では、同じ技術が先進国の半分から三分の一という値段で可能とあればなおさらである。

 

しかし、急速に広がる生殖ツーリズムは多くの問題点をはらんでいる。本稿では、インドの商業的代理出産を事例として、身体の商品化を与え手である代理母の視点から考えてみたい。

 

 

若い母親が代理母や卵子提供の中心である。

若い母親が代理母や卵子提供の中心である。

 

ベビーM事件がもたらしたもの

 

代理出産の歴史において忘れてはならない出来事に、ベビーM事件がある。それは、1985年にスターン夫婦と代理出産契約を結んだメアリーベス・ホワイトヘッドが、人工授精[*1]によって子どもを妊娠、出産するも、出産後子どもの引き渡しを拒否して逃亡し、依頼人夫婦に訴えられた事件である。

 

出産すれば一万ドルの報酬を与えるという契約の内容には、羊水検査を受け、胎児に異常が見られた場合は中絶することや、出産後すぐに養子契約を結び親権は放棄する、などが定められていた。依頼人の精子を代理母の子宮に注入する人工授精型代理出産(サロゲート・マザーフッド)では、生まれてくる子どもは代理母と遺伝的つながりを持った子ということになる。子どもへの愛情を感じ、引き渡しを拒否したホワイトヘッドは報酬を受け取らず、代理契約自体の無効を訴えた。

 

1986年に開かれたニュージャージー州上位裁判所では、代理母契約は有効であるとして、代理母であるホワイトヘッドには親権も養育権も認めない判決を出したが、1988年には、州最高裁判所が代理母契約を無効とする判決を下し、子の父親はスターン、母親はホワイトヘッドであると認められた。判決だけをみると代理母の勝利のようにも思われるが、実際には経済的に裕福な父親に養育権が与えられたため、ホワイトヘッドは子どもと暮らすことは出来ず、訪問権が認められただけとなった(大野2009)。

 

その後、体外受精(in Vitro Fertilization:IVF)[*2]の技術が一般化すると、代理母の卵子を用いる人工授精型代理出産ではなく、依頼人の妻、または第三者から提供された卵子と夫の精子を受精させた胚を代理母の子宮へ移植する、体外受精型代理出産(ホスト・マザーフッド)が主流となっていく。

 

体外受精型の場合は、依頼人は自分たちと遺伝的につながった子どもを持つことが出来る上に、代理母は子との遺伝的つながりがないため、引き渡し拒否などのトラブルが起こりにくいと考えられている。現在では、代理出産のほとんどは体外受精型となっている。だが、ベビーM事件は、代理出産が広まりつつあった80年代後半のアメリカにおいて、本当の親はいったい誰なのか、という問題を改めて突き付けて高い社会的関心を喚起し、その後の各国の法整備に与えた影響は大きい。

 

[*1]男性の精子を注射器などの器具を用いて女性の子宮内に直接注入し、妊娠可能性を高める技術。

 

[*2]体外受精は、体外に取り出した卵子と精子を人工的に受精させ、胚分裂させてから子宮へ戻す技術。イギリスの生物学者ロバート・ジェフリー・エドワーズらによって確立され、1978年7月25日に世界初の「試験管ベビー」と呼ばれるルイーズ・ブラウンが誕生した。

 

 

 

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