2014.04.14

インドの代理出産にみるジェンダーと格差――なぜ子宮を「貸す」のか?

松尾瑞穂 文化人類学/医療人類学/南アジア研究

国際 #synodos#シノドス#インド#代理母#代理出産#生殖ツーリズム#ベビーM事件#メアリーベス・ホワイトヘッド#サロゲート・マザーフッド#体外受精

インドの代理出産は、2004年にイギリス在住のインド系女性が娘のために代理出産をしたことで一躍知られるようになった。政府機関が把握している数だけみても、2004年には50数件だった代理出産件数が、翌年には158件、さらにその翌年には290件へと増加している(Jaiswal2012:2)。

2004年の代理出産を成功させたグジャラート州アーナンドのクリニックは、2012年6月には同クリニックで代理出産によって生まれた子は500人を超えたと発表している。このクリニックだけでも年間100人以上の子どもが代理出産で生まれているため、インド全国でみるといまやその数は軽く1000人を超えると考えてよいだろう。

その依頼人の半数以上は、在外インド人(Non Residential India; NRI)を含む海外居住者であり、インドは国境を越えた生殖ツーリズムの一大拠点として知られている。自国で代理出産などの技術や卵子の購入が禁止されていたとしても、患者は治療や配偶子を求めて容易に国境を移動していく。例えば、フランスでは未婚の女性がドナー精子を用いて人工授精をすることは禁止されているが、その近隣のベルギーやデンマーク、スペインでは可能である。日本では代理出産は産科婦人科学会の規制により事実上禁止されているが、アメリカ合衆国、タイ、インド、イスラエル、ウクライナなどでは合法行為である。

求める技術が確実に手に入るのであれば、それを受けたいと思うことは自然なことでもあるだろう。まして、インドのような途上国では、同じ技術が先進国の半分から三分の一という値段で可能とあればなおさらである。

しかし、急速に広がる生殖ツーリズムは多くの問題点をはらんでいる。本稿では、インドの商業的代理出産を事例として、身体の商品化を与え手である代理母の視点から考えてみたい。

若い母親が代理母や卵子提供の中心である。
若い母親が代理母や卵子提供の中心である。

ベビーM事件がもたらしたもの

代理出産の歴史において忘れてはならない出来事に、ベビーM事件がある。それは、1985年にスターン夫婦と代理出産契約を結んだメアリーベス・ホワイトヘッドが、人工授精[*1]によって子どもを妊娠、出産するも、出産後子どもの引き渡しを拒否して逃亡し、依頼人夫婦に訴えられた事件である。

出産すれば一万ドルの報酬を与えるという契約の内容には、羊水検査を受け、胎児に異常が見られた場合は中絶することや、出産後すぐに養子契約を結び親権は放棄する、などが定められていた。依頼人の精子を代理母の子宮に注入する人工授精型代理出産(サロゲート・マザーフッド)では、生まれてくる子どもは代理母と遺伝的つながりを持った子ということになる。子どもへの愛情を感じ、引き渡しを拒否したホワイトヘッドは報酬を受け取らず、代理契約自体の無効を訴えた。

1986年に開かれたニュージャージー州上位裁判所では、代理母契約は有効であるとして、代理母であるホワイトヘッドには親権も養育権も認めない判決を出したが、1988年には、州最高裁判所が代理母契約を無効とする判決を下し、子の父親はスターン、母親はホワイトヘッドであると認められた。判決だけをみると代理母の勝利のようにも思われるが、実際には経済的に裕福な父親に養育権が与えられたため、ホワイトヘッドは子どもと暮らすことは出来ず、訪問権が認められただけとなった(大野2009)。

その後、体外受精(in Vitro Fertilization:IVF)[*2]の技術が一般化すると、代理母の卵子を用いる人工授精型代理出産ではなく、依頼人の妻、または第三者から提供された卵子と夫の精子を受精させた胚を代理母の子宮へ移植する、体外受精型代理出産(ホスト・マザーフッド)が主流となっていく。

体外受精型の場合は、依頼人は自分たちと遺伝的につながった子どもを持つことが出来る上に、代理母は子との遺伝的つながりがないため、引き渡し拒否などのトラブルが起こりにくいと考えられている。現在では、代理出産のほとんどは体外受精型となっている。だが、ベビーM事件は、代理出産が広まりつつあった80年代後半のアメリカにおいて、本当の親はいったい誰なのか、という問題を改めて突き付けて高い社会的関心を喚起し、その後の各国の法整備に与えた影響は大きい。

[*1]男性の精子を注射器などの器具を用いて女性の子宮内に直接注入し、妊娠可能性を高める技術。

[*2]体外受精は、体外に取り出した卵子と精子を人工的に受精させ、胚分裂させてから子宮へ戻す技術。イギリスの生物学者ロバート・ジェフリー・エドワーズらによって確立され、1978年7月25日に世界初の「試験管ベビー」と呼ばれるルイーズ・ブラウンが誕生した。

もう一つの「ベビーM事件」

実は、この有名なベビーM事件のほかに、国境を越えた生殖ツーリズムによる代理出産の問題点を白日にさらした、もうひとつの「ベビーM事件」がある。それが、日本人がかかわった2008年のベビーマンジ事件である。

ある日本人夫婦はインド・グジャラート州のクリニックで代理出産を依頼し、インドの第三者の卵子と夫の精子を受精させ、インド人代理母に移植した。代理母は2008年7月25日、無事女児(マンジ)を出産した。だが、女児が出産する一か月前にこの依頼人夫婦は離婚し、遺伝的にも法的にも子とつながりのない妻は女児の引き取りを拒否する。

日本政府は「分娩主義」の原則から、代理出産では民法で認められる親子関係が認定できないとして、女児に日本のパスポートは与えられないとの判断を下した[*3]。父親は女児と国際養子縁組を結ぼうとしたが、インドの保護者及び後見人法は独身男性が女児と養子縁組を結ぶことを禁じており、養子縁組は不可能であった。

一方、インド医学研究審議会(Indian Council of Medical Research: ICMR)を中心にまとめられたガイドラインや補助生殖医療規制法案(Assisted Reproductive Technologies (Regulation) 2010)でも、インドでは代理出産で生まれた子どもは依頼人の子となり、代理母との親子関係は成立しないとしているため、インド政府は日本人男性の子どもである女児にインドのパスポートを発行することを拒否した。結果として女児は無国籍状態となり、出生後、何か月もインドを出国できないという事態となったのである。

最終的には、インド最高裁判決を受けて、ラージャスターン州のパスポートセンターが日本までの一次有効の通行許可書を発行し、ようやく女児はインドを出国することが出来た(Jaiswal2012)。

マンジ事件は、各国の法律の相違により、国境を越えた生殖ツーリズムで生まれた子どもの法的地位がきわめて不安定な状態に置かれているという問題を明らかにした。それとともに、代理出産はもはや依頼人と代理母という二者関係だけでとらえられるものではなく、国家をも巻き込む問題となりうるということを示している。

こうした頻出する代理出産児の国籍問題を受けて、インド医学研究審議会は、規制法案に「代理母は子に対して一切の親権を持たないこと」、「外国居住者で代理出産を依頼できるのは、居住国が法律で代理出産を認可している場合に限ること」、また「インド国内に身元引受人をたて、万一子どもの引き取り拒否があった場合は、引受人が責任を持ってその子を引き取るか、児童福祉施設へ入居させること」といった条項を追加した。このように、代理出産に関係するアクターが複数化、複雑化するなかで、代理母は子とのかかわりにおいて、より周縁的な立場に置かれるようになっている。

生活の場における代理出産

それでは、実際に代理母を行っている女性たちは、いかなるプロセスの中で代理出産を行っているのだろうか。

インドにおける代理出産は多様な形態で行われており、代理母が妊娠後「代理母の家」と呼ばれる施設に9か月間滞在し、病院が代理母の健康状態や栄養状態まで管理する組織型の代理出産から、個別で依頼を引き受け、ほとんど病院の干渉を受けずに妊娠、出産期を自宅で過ごす草の根的な代理出産までじつに多様である(松尾2013a)。だが、程度の差はあれども、いずれの実践もこの両者の間のどこかに位置づけられる。

ここでは、筆者が「自生的代理出産」と呼ぶ、大都市圏で広範囲に広まっている代理出産の形態について見ていきたい。この形態は、メディアなどを通してよく知られている組織型代理出産とは異なり、把握することが困難であるため、実際にどれだけの代理母が、どれだけ妊娠、出産を行っているのかはまったく分からないのが現状である[*4]。

マハーラーシュトラ州ムンバイ(人口約1600万人)の郊外に広がるW地区は、小規模な工場や工房が密集し、労働者や貧困層が多く居住する広大な地区である。そのなかのダリット(元不可触民)の人々が集住するコミュニティには、「ケアテイカー」と呼ばれる代理出産の斡旋や世話を行う女性が3~4人存在する。

そのうちの一人で、2008年からケアテイカーをしているというAさんを起点として、彼女から紹介されて代理母を引き受けたり、卵子提供を行ったりしている集落の女性たちに調査を行った。女性たちは体外受精の移植前や採卵の前には、毎日排卵誘発剤などの注射をしてもらいに毎日Aさん宅にやってくる。それ以外にも、Aさんは何か問題があればすぐに代理母たちをクリニックに連れて行ったり、月に一度の定期検診の際には病院に付き添ったりしている。

40代のAさんは、もともとはケアテイカーとして働いていた同じ地区の親族女性から卵子ドナーとなることを勧められて、何度か卵子を提供してきた。その過程で、不妊症クリニックの医師や斡旋業者(エージェント)らと知り合いになり、自らもケアテイカーとして地区の女性たちをスカウトするようになったという。A家は、ケアテイカーとして働くAさんの収入により、家を新築したり長女をカレッジに通わせたりしており、集落のなかでは比較的羽振りの良い世帯である。

以下では、卵子提供や代理母となった女性たちについて、その背景を紹介しよう。

[*3]現行民法では実親子関係の決定は、まず分娩の事実にもとづく母子関係を確立したあとに、その妻が婚姻中に生んだ子を夫の子とする嫡出推定や、父母が婚姻していない場合は認知によって父子関係を成立させている(梅澤2013)。

[*4]組織型代理出産について詳しく知りたい場合は拙著(松尾2013b)を参照されたい。

卵子提供者の語り

(1)Bさん(23歳、4歳と2歳半の子どもが2人)

自身は小学校卒業程度の教育を受けているが、夫は障害者で、道端でワダパオ(揚げたジャガイモをパンに挟む軽食)を売っている。つい先月、卵子提供をして1万5千ルピー[*5]をもらったばかりであり、これから代理出産もやるつもりである。

夫が医師のところに行き、代理母についての話を聞いてきて決めた。代理母になれば妊娠中は毎月3千ルピーもらえ、出産したら15万ルピーだと言われた。卵子は提供してから2~3日後に小切手でお金をもらい、そのお金で次男の出産のために質入れしていたマンガラスートラ(既婚女性が身につけるネックレス)を取り返した。

(2)Cさん(22歳、1歳半の子どもが1人)

恋愛結婚の夫とは4年前に結婚した。実家はムンバイから400キロほど離れたファンダルプールで、そこの工事現場に塗装工の夫が働いているとき知り合い、駆け落ちした。

夫が同僚から代理出産について聞いてきて、「家のセメントを買うのにお金が必要だからどうか?」と言ってきた。それでAさんのところへ行き、いろいろと説明を受けた。どれくらい痛いのかと心配したが、一緒に採卵に行く女性たちがいたこともあって決めた。夫は代理母もしたらどうか、と言っているが、いまのところ代理母はするつもりはない。

(3)Dさん(41歳、22歳、18歳、12歳の子どもが3人)

夫は小型トラックの運転手。4年前から半年毎に3~4回卵子提供を行っている。2008年に初めて代理母について聞いたが、そのときは夫が許可しなかったので、代理母はしていない。

最初の卵子提供の時は夫には黙ってやった。今でもただ「行ってくる」とだけ言って採卵に行く。夫は知っているだろうが、実際にどこに行っているか、何をしているのかは詳しくは知らなかったと思う。一回で30~35個くらい採卵でき、副作用もなかった。採卵後2時間くらいで退院して家に戻る。

一回で1万5千ルピーもらったが、4回目のセンターでは4万5千ルピーもらえた。クリニックによって値段が違うので、情報を知るようになると、複数のセンターへ行って値段の高い方を選ぶようになった。卵子提供者は毎月6~7人くらいいて、いまは自分もエージェントとして働いている。卵子提供者を紹介すると一人につき5千ルピーもらえる。

(4)Eさん(20歳)

未婚でAさん宅に同居している遠縁の女性。父親が病気のため失業し、治療費を稼ぐためにこれまで2度卵子提供を行った。一回で1万5千ルピーをもらえた。毎日600ルピー程度治療費が必要なので、今後は代理母もやろうと思っている。

卵子提供をしたときは、中絶手術を受けたような気持ちだった。採卵のときはAさんがついてきてくれて、代理母のときは「姉」としてついて来る予定である。エージェントは「健康そうだ」と言って、代理母になることを許可した。お金が欲しいので、出来れば今すぐにやりたいと思っている。ただ、結婚は将来できるとは思わない。女性が結婚に際して支払うダウリ-(持参財)は、まったく教育のない男性の場合でも最低2~3トラ[*6]の金や4~5万ルピーが必要になるので、そんなお金が用意できるとは思えない。

代理母経験者の語り

(1)Fさん(30歳、12歳と10歳の子どもが2人)

2009年にはじめて代理母とならないかとケアテイカーのAさんに誘われた。その前から知人に聞いて知ってはいたが、こんなに大きな子どもがいるのにまた子どもが出来たらおかしいと思われると思って、半年くらい返事をしなかった。その後、また話を聞いて引き受けることにした。

自分は4人出産し2人が亡くなった。自分の子どものときは薬など一切飲んでいなかったが、代理出産のときは、ミルク粉を強制的に摂取して、沢山の薬も飲んで、毎月検診にも行き、超音波検査もときどき2回続けて受けなければならなかったりして、本当に大きな違いがあった。

依頼人はビハールから来たインド人だった。でも依頼人とはあまり会っていない。妊娠中は、「(赤ちゃんは)私たちのものだ」と思って世話したが、帝王切開で産んだので、目が覚めたらもう赤ん坊はいなかった、一目も会わなかった。出産後は数日間、母乳を止めるための薬を飲んだ。

(2)Gさん(22歳、2歳半と11ヶ月の子どもが2人)

夫とは恋愛結婚をした。自身はシンディー[*7]、夫は仏教に改宗したダリット(元不可触民)で、結婚に反対している実家の援助は期待できない。今は賃貸住居なので自分たちの家が欲しいので代理母となることを決めた。最初に3万5千ルピーもらったが、胚を4つ戻しても着床せず失敗した。今でもまた挑戦したいと思っている。代理母は、家にいて出来ることでかつ沢山のお金がもらえる仕事だと思う。

(3)Hさん(30歳、15歳と13歳の息子が2人)

夫が亡くなって10年経つ寡婦。生活のために代理母となることを決めた。妊娠中の9ヶ月間、息子たちには食堂に通わせて、ムンバイの代理母の家で生活した。

2~3年前に代理出産について初めて聞いたときは、どうやってやるのか不思議に思ったが、代理母となった人が周りにも何人か出てきた。依頼人は外国人で、3回くらい会ったことがある。現金で5万ルピーと金をくれた。子どもがお腹で動いたとき、自分は母親だと思ったし、お腹の子どもは私たちのものだと思った。子どもが生まれる前は緊張して、もうすぐ子どもと私は離れ離れになってしまうと思って少し悲しかった。

帝王切開手術をして、2ヶ月後に病院で会った。子どもはとても白くて髪の毛も黒くて、大きく見えた。産まれた時の体重も3150グラムもあった。自分の子どもたちとは全然違っていたので、もう私たちのものだとは思わなかった。

お金でテレビや家具を買って、残りは子どもの教育費のためにAさんのところで貯金している。代理出産は自分の仕事でもあり、他の誰かのためでもある。両方の意味を持っていて、他人のためにもいいことをしたし、自分のためにもいいことをした。家が欲しいのでもう一度したいが、もし夫がいたら二回目はしないだろうと思う。

(4)Iさん(29歳、15歳と12歳の子どもが2人)

夫を数年前に亡くした寡婦。家政婦として働いていたが、代理出産を契機にいまはAさんのようなケアテイカーとしても働いている。最初は知人のケアテイカーに誘われて、エージェントのところに連れて行かれた。

「こうやって9ヶ月間(子どもを)保持して、それから渡せばいいの」と言われた。お金はこれくらいもらえるから、それを自分の子どものために使いなさい、とエージェントには説得された。それで自分の子どもは母親のところに預けて、9ヶ月間ムルンドにある代理母の家に住み、出産した。依頼人はアメリカに住むインド人で、ほとんど会わなかった。妊娠中は預かりもののように感じていたが、いよいよ出産というときになって私が子どもの母親なのだと強く感じた。

[*5]2014年3月1日現在、1ルピーは約1.64円である。

[*6]トラ(tola)はインド世界で用いられている測量単位で、1トラは約11グラム。

[*7]現在はパキスタン領にあたるインダス川流域のシンド州出身の民族。

卵子提供者および代理母への調査からは、大都市の中で生活を維持するために、ときに「主体的に」、ときに選択の余地なく自らの身体を商品とせざるを得ない貧困女性の姿が浮かび上がってくる。そして、代理出産契約がいかに金銭を目的とするものであったとしても、妊娠と出産、そして子との別離が代理母にもたらす精神的、身体的負担は無視しえないものである。

一般に、組織化された代理出産クリニックで支払われる代理母への報酬は20万~25万ルピー程度であるが、ムンバイでは、代理母への報酬はかなり低く抑えられている。

ムンバイで代理母の競争が激しくなった2009年以降、代理母への報酬は低下傾向にあり、代理主産が始まったばかりの2005年時に比べて6割程度だという。さらに、ケアテイカーやエージェント、クリニックなど複数の仲介者が介入する代理出産のプロセスでは、代理母が搾取される恐れがあるうえに、子どもの引き取り拒否や人工妊娠中絶の強要、無理な採卵など、不利な立場に置かれる可能性も高い。代理母が訴えようと思っても海外に居住する依頼人とは連絡は取れず、また、クリニックの医師たちからも相手にされず、泣き寝入りしなければならないこともある。

それでも、数万から10万ルピーの金額は、収入がほとんど得られない貧困女性にとっては大きな金額であり、多少の身体的リスクがあっても受け入れざるを得ないことが多い。また、代理母を引き受ける女性たちは、多くが家族の病気や失業、死亡などの事情を抱え、その女性への家族の依存度がかなり高いなかで、代理母となっていることも伺えられる。代理出産が一般にも知られるようになるにつれ、報酬を期待する夫からのプレッシャーも確実に存在している。

密集するムンバイの低所得者の住居
密集するムンバイの低所得者の住居

こうした途上国特有の構造格差のために不利な立場に置かれがちな代理母の権利を守るために、2013年10月には「第三者が関わる補助生殖のためのインド協会(Indian Society for Third-Party Assisted Reproduction:INSTAR)」が発足した。

この団体は、医師や弁護士、社会活動家から構成されており、代理母は最低でも22万5千ルピー以上を支払われるべきこと、万一代理出産により死去した場合は、家族に50万ルピー以上が支払われるべきだと定めている(Times of India 2013/10/22)。このように、依頼人の保護に偏りがちな代理出産契約を是正するための取り組みが一部では始まっているが、こうした団体も代理出産自体の禁止は求めていないという点に、潜在的な代理母予備軍である圧倒的な貧困層を抱えたインド社会の現実が浮き彫りになっているといえるだろう。

欲望をどこまで許容すべきか

2014年1月には、スウェーデンで子宮がもともとないか、がんによって切除した女性9人に生体子宮移植が行われ、そのうちの一人に受精卵が移植されたとのニュースが流れた(The Telegraph 2014/01/25)。

これまで子どもを産めない人たちは、代理母の子宮を「借りて」産んでもらってきたわけだが、今後はドナーから子宮を「もらって」自分で産むようになるかもしれない。それによって、卵子という遺伝的つながり以外にも、妊娠・出産という分娩のつながりをも満たすことができ、より「自然」で「完璧」な母に近づくことが可能となる。その代わり、生殖医療と臓器移植との境界はますます曖昧化するだろう。

スウェーデンでは、子宮は患者の母親など親族から提供されたというが、無償の贈与と商品化の境目は常にグレーゾーンとなり、多くの矛盾をはらんでいることは、代理出産と臓器移植の歴史からも明らかである。

インドは生体からの腎臓移植が世界一とされる臓器売買大国である(粟屋1999)。その提供者の多くは生活に苦しむ貧困者であり、購入者は西洋や中東から来る富裕層だ。このような経済構造のなかにあって、子宮だけは売買されないとは考えにくい。インドにおける代理出産の個別の現象は、たしかに不妊に悩む依頼人、経済的に困窮する代理母ともに、人生をより良くしたいと願う希望や期待に満ちた個人の選択や実践の積み重ねなのであるが、そうした実践がより広いグローバルな経済構造のなかで、身体の商品化と女性の搾取を加速させることにつながっている。また、金銭のために代理母を引き受けるインドの女性の母性は、代理出産のプロセスのなかで「存在しない」ものとして扱われるのに対して、子どもを望む依頼人の母性はより「本物」のようであることが望まれている。

生殖ツーリズムにおける、貧困女性の身体の商品化がはらむ多様な法的、倫理的問題と同時に問われなければならないのは、私たちの社会は欲望をどこまで許容するべきなのか、ということでもあるだろう。

参考文献

Jaiswal, Sreeja 2012 “Commercial Surrogacy in Indi: An Ethical Assessment of Existing Legal scenario from the Perspective of Women’s Autonomy and Reproductive Rights”, Gender, Technology and Development 16(1), pp.1-28.

Rao, Mohan 2012 “Why All Non-Altruistic Surrogacy Should Be Banned”, Economic and Political Weekly May 26, vol. XLVII, pp.15-17.

粟屋剛 1999「インド臓器売買調査報告」『徳島大学総研レヴュー』第4号、46-51頁。

松尾瑞穂2013a「インドにおける生殖ツーリズムと代理懐胎-ローカル社会とのかかわりを中心に」日比野由利編『グローバル化時代における生殖技術と家族形成』、日本評論社、33-52頁。

松尾瑞穂2013b『インドにおける代理出産の文化論―出産の商品化のゆくえ』、風響社。

大野和基2009『代理出産-生殖ビジネスと命の尊厳』集英社新書。

梅澤彩2013「生殖補助医療と親子法―生殖補助医療子の法的地位を中心に」日比野由利編『グローバル化時代における生殖技術と家族形成』、日本評論社、203-224頁。

プロフィール

松尾瑞穂文化人類学/医療人類学/南アジア研究

総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。日本学術振興会PD、新潟国際情報大学准教授を経て、国立民族学博物館先端人類科学研究部准教授。2000年からインドにてリプロダクションの実践と生殖医療技術に関する調査研究を行っている。著書に『ジェンダーとリプロダクションの人類学―インド農村社会における不妊を生きる女性たち』(昭和堂、2013年)、『インドにおける代理出産の文化論―出産の商品化のゆくえ』(風響社、2013年)、共著に『グローバル化時代における生殖技術と家族形成』(日比野由利編、日本評論社、2013年)などがある。

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