「分離独立」を問うスコットランド住民投票――「暮らし向き」か「アイデンティティ」か?

イギリスが、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの「国」から構成されている王国であることはよく知られているが、本年9月18日にスコットランドの「分離独立」を問う住民投票が行われることはあまり知られていないだろう。

 

現在、この住民投票に向けて、スコットランド内部だけではなく、イギリスや欧州連合(EU)でも、「スコットランドが独立したら……」という想定のもと、様々な議論が連日繰り広げられ、メディアでも取り上げられている。本稿では、何故、今、スコットランドの分離独立なのか、そして、これまでの独立賛成派・反対派のキャンペーンや世論の動向について考察してみたい。

 

 

分離独立の根拠

 

13世紀末のスコットランドを描いた映画『ブレイブハート』(1995年)やエリザベス1世を主人公とした映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007年)などを見れば、スコットランド人がイングランドとは異なる王国の「国民」として描かれていることがわかる。

 

そもそも、イングランド・スコットランド両王国の連合を規定したのは、1707年王位継承法 (Act of Settlement)である。しかし、連合成立によって議会が消滅した後も、スコットランドでは、法律体系、裁判制度、教会や教育制度など、イングランドと異なる独自の制度が維持された。

 

とくに、大学制度は先駆的で、1600年までにブリテン諸島(British Isles)で設立されたいわゆる「アンシャン・ユニヴァーシティ(Ancient Universities)」の7つの大学のうち、4つがスコットランドにある[*1]。連合後も、多くの思想家[*2]や発明家[*3]がスコットランドから輩出されたのはそのためだといわれる。バグパイプやキルト、ウィスキー[*4]、俳優ショーン・コネリー、映画『トレイン・スポッティング』(1996年)といった有形無形の文化的遺産、有名人や特産物だけでスコットランドの民族意識が駆り立てられてきたわけではない。

 

王位継承法の成立から100年を経た1801年には、連合法(Acts of Union)によってアイルランド王国も併合され、「グレート・ブリテンおよびアイルランド連合王国」が生まれた。世界に先駆けた産業革命により「世界の工場」となった「連合王国」は、多くの植民地を抱える大英帝国として、世界の覇権国となる。スコットランドは、こうした大英帝国の枠組みの中で繁栄し、第二次世界大戦後、大英帝国が崩壊していく過程で、独立・権限委譲(devolution)への気運を高めていくことになるのである。

 

スコットランドに自治議会を再設置しようという動きは、1997年のブレア労働党政権下で行われた住民投票によって結実した。しかし、この提案は、第一次世界大戦以前からすでに存在しており、長年の懸案であったことはあまり知られていないかもしれない。その意味からすると、1999年の議会再生は、実に1世紀近くの時間を要する運動の賜物であった。現在、スコットランド議会の多数派を占め、政権の座にあるスコットランド国民党(Scottish Nationalist Party, SNP)の原型は、1920年代末に結党された独立運動支持の政治グループ(National Party of Scotland)[*5]である。

 

2度の世界大戦やアイルランド自由国・北アイルランドの成立といった出来事によって、スコットランドの独立/権限委譲問題は幾度となく棚上げされたが、1960年に北海油田が発見されると、経済政策とも結びついて、ナショナリズムが再び活発化する。隣国のノルウェーのような小国を見れば、いよいよ独立国家スコットランドも夢ではない、と主張するものも出てきたからである。

 

1967年にはグラスゴー南東にあるハミルトン選挙区の補欠選挙で、SNP候補が労働党候補を破り議席を獲得したのを皮切りに、SNPは勢力を伸張する。その結果、1970年代に入ると、スコットランドの政党政治は、イギリスの他の地域とは異なり、全国をベースとする3つの主要政党(保守、労働、自民)とスコットランドのみをベースとするSNPとが争う4大政党制の様相を呈することとなった。それ以来40年間にわたり、スコットランドにおける分離独立の動きは、政党政治の中に位置づいてきた[*6]。

 

 

スコットランド議会開設への長い道のり

 

1970年代以降高まったSNPからの圧力やウェストミンスター議会内の不安定な政治状況を背景に、スコットランド議会の再設置をめぐる最初の住民投票[*7]が、1979年3月1日に実施された。結果は、賛成派が多数を占めたものの(賛成32.9%、反対派30.8%、投票率63.6%)、全有権者のうち40%を越える賛成票がなければならない、との「40%条項」ゆえに否決され、議会設置には至らなかった。

 

しかし、スコットランド・ナショナリズムは、その後約10年間、イギリスを統治したサッチャー保守党政権でさらに強まっていく。とりわけ、「小さい政府」「市場主義」を謳ったサッチャー政権で採り入れられたマネタリズムの導入で、1985年以降、スコットランドの重厚長大型企業の多くが倒産し、製造業の約3分の2もイングランド資本に買収された。地方自治体の権限縮小も、公共セクターへの依存度が高いスコットランドやイングランド北東部の経済・雇用に打撃を与えた。

 

これに追い討ちをかけるかのごとく、コミュニティ・チャージ(人頭税)が、他の地域よりも1年早くスコットランドに導入されたことで、保守党への批判は絶頂に達する。18歳以上の全国民に対して一律に税金を課すというこの税制は、逆累進性が高く、低所得者層や労働者階層から不評を買い、その結果、総選挙における保守党のスコットランド選出議員数(全72議席)は、1980年代初頭の20議席程度から半減し、87年、92年には10議席、1997年にトニー・ブレア率いる労働党が全国的地滑り的勝利を収めた選挙で、ついにゼロとなる[*8]。

 

1979年からほぼ20年を経た1997年9月11日、2度目の住民投票では、6割以上の有権者が課税権を持つ独自の議会および行政府を持つことを選択した[*9]。1999年5月6日には、スコットランド議会選挙(全129議席)が実施され、労働党のドナルド・デュアーを初代スコットランド主席大臣とした自治政府がスタートした。議会には、所得税率を上下3%の範囲内で調整する権限が付与され、教育・医療など特定の政策分野において一次的立法権がある[*10]。

 

[*1]7つの大学とは、オックスフォード(1249年)、ケンブリッジ(1284年)、セント・アンドルーズ(1411年)、グラスゴー(1451年)、アバディーン(1494年)、エディンバラ(1582年)、ダブリン(1592年)である。

 

[*2]アダム・スミス(経済学者、『諸国民の富』を著し、経済学の父と称される)、デイヴィッド・ヒューム(イギリス経験論を代表する政治哲学者、代表作は『人間本性論』)が有名である。

 

[*3]グラハム・ベル(世界初の実用的電話の発明で知られる)、アレクサンダー・フレミング(世界初の抗生物質ペニシリンの発見者)、ジェイムズ・クラーク・マクスウェル(物理学者、電磁気学のマクスウェルの方程式で知られる)が代表的な科学者である。ちなみに、明治初期に日本に導入された工学教育のモデルが、スコットランド(主にグラスゴー大学工学部)に求められたことも示唆に富む(吉見俊哉、『大学とは何か』、2011年、岩波新書、126頁)。

 

[*4]2014年9月29日から放送予定の連続テレビ小説(NHK大阪放送局)は、ニッカウヰスキー創業者(竹鶴政孝氏)を主人公に、スコットランドでのウィスキー造りの様子やグラスゴー出身の妻(朝の連続テレビ小説としては史上初の外国人ヒロイン)も登場するという。

 

[*5]さらに遡ると、1885年に結成されたスコットランド自治協会(Scottish Home Rule Association)がある。

 

[*6]小舘尚文、「スコットランド問題をめぐる政党政治―労働党と権限委譲」『国家学会雑誌』第114巻、第7・8号、2001年。

 

[*7]同日、ウェールズでも議会設置を問う住民投票が行われたが、スコットランドとは異なり、賛成30.2%、反対79.8%という圧倒的多数の反対で否決された。

 

[*8]その後、3回の総選挙(2001年、05年、10年)でも、保守党は1議席を保持するのみである(ただし、2005年からスコットランド選挙区への割り当て議席数は59議席に削減された)。

 

[*9]この住民投票では、2つの質問が書き込まれた。「スコットランド議会の設置に賛成・反対」(賛成74.3%、反対25.7%)、「課税権の付与に賛成・反対」(賛成63.5%、反対36.5%)。なお投票率は、60.2%であった。ウェールズでも1997年に住民投票が行われ、賛成派(50.3%)、反対派49.7%(投票率50.1%)という僅差の多数票で議会設置が可決された。さらに、1998年5月、北アイルランドでの議会設置をめぐる住民投票が南北アイルランドで実施され、多数の合意により開設が決定した。(2002年から5年間一時議会閉鎖となり、直接統治となったが、2007年からは再び自治が復活している)

 

[*10]スコットランド議会・行政に関しては、山崎幹根、『「領域」をめぐる分権と統合:スコットランドから考える』、2011年、岩波書店を参照されたい。

 

 

 

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