患者の人生の伴走者になる「家庭医」の仕事とは?

今回の「高校生からの教養入門」では、「家庭医」として地域の医療に携わり、一般社団法人「みんくるプロデュース」で市民と医療者との対話の場づくりをされている、東京大学・医学教育国際研究センター講師、孫大輔さんのインタビューをお届けします。地域の人々のかかりつけ医として、患者と家族の健康を管理する家庭医のお仕事、そして医者・患者間のコミュニケーションに関する研究、医学生への教育としてどのような取り組みをされているのか伺いました。(聞き手・構成/大谷佳名)

 

 

人間全体をみる「家庭医」という仕事

 

――孫先生は家庭医として勤務しながら、医療・健康に関わる研究や教育などにも携わっています。まず、家庭医とはどのようなお仕事なのでしょうか。

 

家庭医は、地域に住む人々のかかりつけ医として、患者さん本人だけでなく家族の健康までも管理する医者です。一般的に医者の仕事は「体の中の壊れている部分を修理する」というイメージですが、家庭医の場合、特定の疾患だけをみるのではなく「人間全体をみる」という視点が大きいのが特徴です。これは「総合診療」と呼ばれます。

 

また、内科のみならず精神科、小児科、整形外科などあらゆる病気やけがを扱うのも家庭医の役割です。また欧米など、家庭医・総合診療医の育成が進んでいる国々では、お産を担当する場合もあります。

 

 

――海外では家庭医や総合診療医の数も多いのですか?

 

はい。欧米の先進国を中心に、1970年代ごろから研修システムが整備されてきました。特にイギリス、フランス、オランダなどでは、国民一人一人に登録されたかかりつけ医がいます。「GP制度」といって(総合診療医[General Practitioner])、病気になれば初めに担当のGPに診療してもらい、専門医が必要だと判断すれば紹介を受けて専門医に診てもらえる、という制度になっています。

 

日本にはこのような制度はありませんが、家庭医は症状が重い患者さんの場合、必要に応じて他の専門医療機関につなぐ役割を担っています。

 

 

――日本では、何科に行くべきかを患者自身が選んで受診するのが一般的ですよね。家庭医の数もまだまだ少ないと思います。

 

はい。2010年に、ちょうど僕が家庭医の研修をやっていた頃ですが、家庭医を専門医として認定する学会の制度が本格的に準備されました。専門医というのは学会が認める医師の資格のことで、家庭医の場合は「日本プライマリ・ケア連合学会」というところが認定をしています。家庭医と専門医の役割分担に関しては、どこまでが家庭医の診療できる範囲で、どこからが他の専門医の領域なのか、ある程度指針を示すガイドラインが整備されてきた段階です。

 

僕は医者の仕事を始めて今年で17年目ですが、はじめは腎臓内科医をしていました。だんだん自分のやりたいことと違うな、という気がしてきて、9年目にして家庭医にシフトしたんです。

 

 

――医師のような専門職だと、途中でご自分の専門分野を変えるというのはかなり思い切った転換だったのではないですか。

 

確かに大きな決断でした。専門が変われば知識から実践的な技術まで全てが違いますし、とくに内科では16歳以上しか診療しません。家庭医になって自分は子どもが診れるのかなど、不安はありました。

 

でも、やはり患者さんを全人的に診たいという思いはあったので、3年間の研修プログラムを終えて家庭医になった時は、「やっぱりこういう医療がしたかったんだ」と思いましたね。全人的、と言いましたが、例えば体の病気だけを治しても、実は心の問題が絡んでいたりします。あるいは、家族との関係が上手くいっていない、一人暮らしで孤独な生活を送っているために、病気が悪化してしまうケースもある。このような精神的、社会的な側面も含めて、人間を全体的に診ていこうというのが全人的な医療と言われます。

 

孫氏

孫氏

 

 

10年、20年、30年先も患者の人生に寄り添う

 

――そうした家庭医療・総合診療への関心は、医学生のころからお持ちだったのですか。

 

そうですね。ただ、当時は「人間全体をみる医者」というカテゴリすらなかったです。大学でも学ぶことができませんでしたし、言葉すら聞かない。総合的な診療はもっと昔の地域の開業医ならできたけど、医療が高度専門化していくにつれて難しくなっているわけです。当時の大学の先生にも「そんな医者はいない」と言われました。

 

そうなんだ、残念だなと思って、結局、内科の中のどこかの臓器(心臓、脳、腎臓、消化器官など)を専門に選ぶことになりました。医学生は、大学5〜6年の時期に病院実習を経験するのですが、いろいろな科を回るうちに自分の専門を考えます。今の学生もそうですが、循環器内科(心臓や大動脈を診る専門科)に行けば「心臓こそが内科の王道だよ」とか、神経内科に行けば「神経が一番推理的で面白いんだ」とか、まるでサークルの勧誘みたいに、行った先々で口説かれるんですね。そのうち、家庭医を目指していた学生も「ぼんやりと総合的にみるよりは、ある分野に特化したエキスパートの方がかっこいいかもしれない」と、気持ちが揺らいでしまうわけです。

 

 

――そんな中で、家庭医の魅力と言える部分や、孫さんがやりがいを感じるところは何ですか。

 

全人的にみるという視点があるので、体だけ治せばいい、薬だけ出していれば良い、というわけではありません。例えば、僕は認知症の方もよくみるのですが、認知症の場合、大変なのは患者さんご本人だけでなく、介護しているご家族もなんですね。だから、認知症の方とそのご家族を一緒にケアしていかなければいけない。

 

認知症の薬というのもありますが、治る薬ではありません。重要なのは、医者だけでなく看護師やリハビリ専門職、ご家族の状況を細かいところまで把握してくれるケアマネージャーなど、さまざまな職種の人と連携しながら、患者さんの心も診て、家族のこともみる。このようなチーム医療における「協働」が大変でもあり、やりがいもあるところです。とくに最近ニーズが高まっている在宅医療・地域医療においては、いろいろな分野の医療従事者の方と連携が必要になってきます。

 

また、精神の病気をみることもありますが、その場合も患者さんを支えてくれるご家族、あるいはサポーターの方を巻き込んでケアをしていきます。そうしないと、患者さん一人では薬を出しても飲んでくれないかもしれないし、ふさぎこんで病院に来なくなってしまうかもしれない。一ヶ月に一回とか、時間をかけて継続的に診ていきますが、必ずサポーターの方も一緒に病院に来てもらいます。

 

僕は長い方だともう6、7年くらいずっと診ているうつ病の患者さんもいますし、中には不安障害だった方が2、3年診ていくうちに薬も飲まなくていいくらい回復したこともありました。たとえ完治はしなくても、治療を続けていくにつれて患者さんとの信頼関係が出来上がっていきます。症状が良くなっていって患者さんに感謝された時などは、やっぱり嬉しいですね。

 

10年、20年、30年という長いスパンで健康を支えていくというのは、その患者さんとご家族の人生の一部を見させてもらうということです。その人の人生観や価値観、家族との関係性や、その中で大事にされていることまでを見つめ、時には人生の最後にも立ち会ってきちんとケアをさせていただく。家庭医の仕事は、患者さんの人生に寄り添って、マラソンで横について走るような「伴走」をするというイメージですね。

 

 

ブラック・ジャックのような医者に

 

――孫先生はいつから医者を目指されていたんですか? 

 

医者を目指す人にもいろいろなパターンがありますが、僕は中学校一年生の時には医者になろうと思っていました。

 

 

――それは早いですね!中高生のころは、どのように過ごされていたのですか。

 

中学時代はいくつかの部活に入っていたのですが、高校一年生になってからは、何を思ったか東大医学部を目指そうという壮大な野望を立ててしまい……。それからは帰宅部になり、勉強していましたね。中高一貫校の男子校で、見た目もさえないし、スポーツもできない、全然イケてない暗い6年間を過ごしました。

 

医者になりたいと思ったきっかけは、中学の時に読んだ手塚治虫の 『ブラック・ジャック』という漫画です。主人公のブラック・ジャックは、医師免許を持っていないもぐりの医者なのですが、一見、患者に対して冷たいようで、実はハートが熱くて正義感のある人物なんですよね。そうしたアンチヒーロー的な魅力もありますが、ストーリーを読んでいくと純粋に医療の素晴らしさを感じられるような作品です。今思えば、医療の科学的な面白さと、人間の命を扱うヒューマニスティックな側面というバランス感覚に惹かれたのだと思います。

 

 

――総合的に患者を診たいという思いも、ブラック・ジャックの影響があるのでしょうか。

 

そうですね。単に体を治せばいいのではなくて、精神的な面、社会的な面も健康に関わっているんだな、というのは『ブラック・ジャック』を読んでなんとなく思っていました。また、ブラック・ジャックは基本的には外科医ということになっていますが、実は内科や他の専門についても詳しいんです。甲状腺の病気を治療する際に、他の内科医たちにブラック・ジャックが的確に指示をするという印象的なシーンもあります。医者としての自分の原点となった漫画です。【次ページにつづく】

 

 

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