文系? それとも理系? いや真ん中系。 ―― 「科学史」とは何か

「科学史」という学問を知っている高校生はどのくらいいるのでしょうか? 「科学」の「歴史」を扱う科学史は、決して知名度の高い分野ではないと思います。「いったい科学史ってどんな研究をしているんですか?」「科学だから理系科目? それとも歴史だから文系科目?」そんな疑問を、大学に入るまで「科学史」をご存じなく、また「理系と文系がわかれていること」に苦しめられてきたという科学史家・隠岐さや香先生にぶつけてきました。(聞き手・構成/金子昂)

 

 

理論の中身を直接研究する「学説の歴史」

 

―― 最初に隠岐先生のご専門である科学史はどのような研究をしているのかをお教えください。

 

社会学者の筒井淳也さんが「社会学はなにか」という質問に対して、「どう答えても他の社会学者から違うと言われてしまう」とお話になっていましたが(*)、科学史も同様で、ひとによって言うことが違うんですよね。例えば、わたしはフランス語圏の研究を行っていますが、英語圏とフランス語圏の研究者でも言うことが違います。ただ、おおまかに「学説の歴史」「思想の歴史」「制度の歴史」「文化の歴史」の4つにわけてお話をしたいと思います。

 

(*)わたしたちが生きる社会はどのように生まれたのか 計量社会学者・筒井淳也氏インタビュー https://synodos.jp/intro/352

 

もっとも基本的で、理系の方でもやられることの多い「学説の歴史」は、科学の内部の歴史とも言われていて、「万有引力の法則はどのように発見されたか」「ある理論は、他の理論をどのように生み出したのか」といった研究をします。

 

具体的なお話をするとわかりやすいと思うのですが、例えば地球の周りを太陽が周っていると考える天動説と太陽の周りを地球が周っていると考える地動説の歴史を知るために、コペルニクスやケプラー、ニュートンといった人物が、いつ、どんな発見をしていたのか、誰と誰がどんな論争をしていたのかなどを、さまざまな資料、それこそ手紙のやりとりレベルまでこと細かにみていくのが、学説の歴史です。

 

学説史は、次にお話する思想史と違って、当時の人々の宗教観や価値観をさほど考えずに、理論の中身を直接研究することができるので、理系の人にとっては一番わかりやすいようです。

 

 

宗教観や価値観を調べる「思想の歴史」

 

二つ目の「思想の歴史」は、科学の思想や哲学の歴史を研究する分野です。

 

コペルニクスが書いた『天体の回転について』には、「この本は、宇宙の本当の姿を語っているのではなく、計算の道具としてつじつまのあう理論を提示している」という趣旨の言い訳が書かれています。これはコペルニクスの友人である神学者のオジアンダーが書き足したと言われているのですが、どうしてオジアンダーがこのような文章を付け加えたのかというと、当時はキリスト教の考え方と違う地動説について書いた『天体の回転について』は、それだけで出版を禁止される恐れがあったために、「決して聖書に書かれている内容を否定するものではないよ」と言い訳しなくてはいけなかったんですね。

 

言い訳を書き足したオジアンダーはどんな思想をもっていたのか。当時はどんな宗教観があったのか。そしてコペルニクスは本当にオジアンダーが書いたように考えていたのかを知るために、史料を調べていく。そんな分野です。

 

 

社会のルールと科学の歴史「制度の歴史」

 

三つ目は「制度の歴史」。これは、科学についての制度や教育の歴史を研究する分野です。わたしの主な研究テーマでもあります。

 

「制度」と言われてもピンとこない高校生もいるでしょうから、最初に制度についてお話します。イメージしやすいように簡単に説明をすると、制度とは皆さんの社会生活を形作っている共通のルールだと思ってください。いまみなさんが通っている高校は、いったいいつからあったのでしょうか? またどうして高校はあるのか、なぜ科学や数学や世界史が教えられているのか。理系と文系にわけられているのはなぜか? どこかの時代で作られたルールがあり、それにあわせていろいろな組織や文化が出来ているわけです。そう考えると、「制度」をイメージしやすいと思います。

 

400年前には「科学者」という言葉はありませんでした。細かな話をすると、言語ごとの分析になりいろいろあるのですが、複雑なので割愛します(笑)。科学者がいなかったとなると、いまでいう「研究所」では、いったいどんな人が働いていたのでしょうか? またいつから科学者が職業になったのか。いまのように大学や国の機関が研究を行うようになったのはなぜか。制度の歴史ではこういった研究を行うんですね。

 

それからジェンダーの問題もこの分野ではよく扱います。昔は女の人が入れない学校も多くありました。少し科学史からズレて、当時の結婚制度やライフスタイルの問題など、別の問題に触れなければならないこともあります。女性に関する史料は集めるのが難しいために、他の領域も視野に入れながら研究をしなくてはいけないんですね。

 

 

―― 制度の歴史って、国が「この研究をしろ」「危険な研究はしてはいけない」といって設けたルールの歴史を研究するのかと思いました。

 

確かに研究内容へのコントロールもこの分野に入りますね。

 

例えば、ロシアやプロイセンにあったアカデミーは、王様が研究内容にかなり介入した例があるようです。アカデミーについてはあとでお話をしますが、いまでいう研究機関だと思ってください。とにかく当時のアカデミーは、誰を呼ぶかを王様が決めていたり、禁止されている研究もあり、必ずしも自由に研究できたわけではないんです。

 

実験の規制もありました。気球の開発が行われた18世紀のフランスでは、気球を飛ばすために許可を申請しなくてはいけませんでした。街中で勝手に気球を飛ばされてしまったら、いつ引火して落ちてくるかわからないので怖いですよね。

 

学説史についてお話したときに、科学の内部の歴史と言いましたが、制度の歴史は、科学の外部の歴史と言えると思います。「科学の社会史」と言った方がイメージしやすいかもしれません。ただ「社会史」という言葉は広すぎるので、「制度」という言葉を使っています。また、「外部」といっても先ほど言いましたように、制度が研究内容に影響を与えることもあるので、そういう場合は学説の歴史や思想の歴史ともつながってきます。

 

 

科学が巻き起こしたムーブメントの歴史「文化の歴史」

 

―― 最後が文化の歴史ですね。

 

はい、この分野は、集団の暗黙の決まりごとのようなものや、文学や映画、社会現象、場合によってはニセ科学・疑似科学の歴史も含めた、科学が巻き起こしたムーブメントの全体を扱います。「文化の歴史」は面白いのでわたしは好きなのですが、日本ではあまり研究者が多くないんですよね。

 

以前、戦前・戦時中の日本人が科学兵器にどんなイメージを持っていたか、少年雑誌に出てくる空想的な科学兵器などから調べた研究発表を聞いたことがあります。民衆のもつ科学のイメージは、当時行われていた科学者による研究をみるだけではわかりませんよね。学問的な意味では科学と言えないかもしれないけれど、「科学」と呼ばれるようなものをすくい取ることが科学の文化史の一つの側面だと思います。

 

あとはニセ科学・疑似科学と呼ばれる歴史研究も面白いんですよね。頭蓋骨の形で人格の傾向がわかるという、いまでは占いにしか見えないようなものが、「骨相学」という学問として大流行した時代があります。いまでもイギリスの床屋さんに、頭に地図のようなものが描かれた白い彫像が置かれていることもあるくらい流行していたんです。なぜこういった、ニセ科学・疑似科学が流行ったのかを研究するものこの分野ですね。それから、いまだとライトノベルにでてくる科学を研究するのも科学の文化史でしょう。まだ始まったばかりですが、今高校生の方が大学に入る頃には面白い結果が出てくるのではないかと期待してます。

 

 

―― 科学に関する歴史研究ならなんでもできるんですね。

 

そうですね。ただ科学史はつねにバラバラになる危険と隣り合わせなんです。

 

科学の思想の歴史は、当時の宗教観について考えるので、それは宗教学の領域だともいえるでしょう。先ほどもお話しましたが、制度の歴史も社会史と考えることができます。

 

科学史を研究しているわたしも、物理学の研究者より、18世紀の貴族文化を研究している人の方が話が通じやすいんです。科学史はそれだけ、文化研究や歴史、哲学などに吸い寄せられる危険がある学問なんですね。

 

 

okisayaka

 

 

「科学史」は真ん中系

 

―― なるほど、お話を聞いていると、科学史は理系というよりは文系よりの学問なのかな? と思ったのですが、実際はどうなんでしょうか?

 

大学によって文系っぽい授業をしているところも理系っぽい授業をしているところもあるので、真ん中系なんだと思います(笑)。一般教養と言えるかもしれません。

 

だから「好奇心をもったら、気軽に勉強できるよ」と高校生には伝えたいです。ただ先生によって教える内容はだいぶ違うので気をつけてください。例えば理工系の大学では、さまざまな定理であったり、電磁誘導の歴史であったり、数学の方程式がさらっと展開されるような授業のほうが好まれるでしょうから、わたしのように制度の歴史を研究している者は授業がやりづらいかもしれませんね。

 

あと電気通信大学で授業をされている佐藤賢一さんは、江戸時代の数学を研究されているので、試験に江戸時代の図形問題を出されると聞きました(笑)。文系の方はきっと、そんな問題をみたら「ぎゃーっ!」ってなると思いますが、電通大ならそれが面白いんだって学生もたくさんいるんでしょう。

 

一方で、数式なんてみるのも嫌だけど、「科学ってなんだろう」、「科学と文化ってどんな繋がりがあるんだろう」、「宗教とどんな関係があるんだろう」といった疑問を持っている人にも科学史は面白いと思います。「ダーウィンの進化論が、人種差別や女性差別に影響があった可能性がある。ダーウィンの追随者が普及させた説が、文明の発展段階の話に繋がり、植民地主義を正当化した」といった話をすると、目をキラキラ輝かせる学生もいるんですよね。そんなのどうでもいいって人もいますが(笑)。

 

このように、文系理系のどちらからでも勉強ができるのが科学史なんです。【次ページにつづく】

 

 

 

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