わたしたちが生きる社会はどのように生まれたのか

大学も学部もたくさんあるけれど、いったいなにをやっているのかわからない! そんな高校生のためにスタートした『高校生のための教養入門』。今回は、計量社会学者の筒井淳也氏にお話をうかがいました。

 

社会学ってどんな学問? 計量社会学はなにをやっているの? なにが面白いんだろう? 「社会の背景を知らなくても生きていける。でも理解できたら納得して進むことができる」。社会学の魅力に触れていただけたら幸いです。(聞き手・構成/小島瑳莉)

 

 

社会学ってなんだろう

 

―― 社会学ってどんな学問なのでしょうか?

 

どのように答えても他の社会学者から「違う!」と言われてしまうと思いますが(笑)、ぼくの考えをお話しましょう。ぼくは社会学を、長期的な観点から社会の変化を説明したり、空間的に広い視野で社会について説明したりする学問だと考えています。

 

社会学と呼ばれる学問は、西ヨーロッパで産業革命と市民革命を経て社会が近代化したときに生まれました。そういった変化によって社会や人びとの生活がどのように変化するのか、ということが、社会学にとって出発点の問いになっています。

 

市民革命によって身分制が廃止されると、農家の子どもは必ずしも家を継ぐ必要がなくなります。さらに産業革命を発端に社会が産業化し、農業や自営業中心の社会から、工業社会へと移り変わる。企業が経済の主体になったことで、無数の職業が存在する社会へと変化します。

 

そうすると、たくさんの職業ができたことで、自分とは異なる仕事についている人がどんなことをしているのかがわからなくなってしまいます。それによって社会的な集合意識(連帯感)が生まれにくくなり、社会は機能しなくなってしまうのではないか、という懸念が生まれます。フランスの有名な社会学者、エミール・デュルケムの問題関心ですね。

 

デュルケム自身は、職業の分化、つまり社会分業こそが連帯感の基礎になるのだ、と主張しました。分業社会というのは個々人がバラバラに行動している社会というよりは、お互いが専門的な職業に従事することで助け合っているという側面を持っているはずだ、と考えたのですね。

 

ただし職業分化を基盤に連帯を構築しようとするこの考え方は、失業や障害など、なんらかの正当な理由で「働く」ことができない人を連帯の輪のなかに包摂しにくいものなので、その意味では現代社会の福祉制度の理念にはなりにくいかもしれません。とはいえ、「職業爆発」が起こった当時の社会変化に対応しようという思想のひとつではあります。

 

このように社会が変化したことでなにが起きたのか、あるいは起こりつつあるのかを見極めようとするのが社会学のひとつの特徴でしょう。

 

 

公平な社会になっているか

 

―― 社会学にはどのような分野があるのでしょうか?

 

それこそ無数にあるのですが、具体的な例をあげながら、メジャーな分野についてのお話をしましょう。

 

ひとつめは階層社会学です。産業化によって経済の主体は企業へと移っていきます。企業は利益を追求する主体ですから、能力の高い人を雇って活躍してもらい利益を伸ばそうとします。そのとき、もしスタートラインの時点ですでに差がつけられていたら、やる気が起きないですよね? スタートラインというのは、自分の能力や努力とは無関係に決まっている自分の立ち位置のことです。性別、民族、親の社会的地位などですね。こういった社会的属性による差別が存在すると、働く人のモチベーションを下げてしまうので、企業は公平な条件のもとに、競争をうながし利益を上げていこうとする動きに積極的になるはずです。少なくとも理屈上はそうなるはずです。

 

実際、一部の社会学者は、このような論理をもつ企業が産業化によって社会的な影響力を増すことで、社会もまたこのような変化をするだろうと考えました。しかし現実は必ずしもそうなっていません。

 

親が大企業に勤めていたり、いい大学を出ていると、子どもも高い社会的地位についている場合が多い。民族差別や性差別も根強く残っている。社会の生産性をあげたいのであれば、このようなスタートラインの格差はないほうがよいはずです。

 

これが階層社会学にとっての基本的な「パズル」になっています。「公平な社会で生産性を最大化する」という近代社会の論理が、どの程度見られるのか。この論理が完遂せずに頓挫しているとすれば、それはなぜなのか。こういったことを、長期的なデータをもとに考えていく分野です。

 

 

都市化はなにをもたらした?

 

ふたつめは都市社会学。産業化は、おのずと農村部から都市部への人口移動を伴います。このことの付随的な結果について、都市社会学者は研究しています。

 

都市化については、メディアなどでよく「失われた農村の絆」「都市の人間は冷たい」といった論調を耳にしますよね。社会学者は、本当に産業化して都市化が起きたときに、人間関係は薄れているのだろうか? と考えます。

 

たしかに農村部から都市部に人口が移動すれば、親族ネットワークはばらばらになるでしょう。しかしその他の絆についてはどうでしょう。たとえば趣味のサークルをつくりたいとき、人口5000人の村では同じ趣味を持っている人を集めにくいですよね。でも100万人いれば、「仲間」と遭遇する確率はぐんと高くなります。

 

つまり都市化が既存のネットワークや人間関係を破壊することはあるのかもしれませんが、新たな人間関係もつくっているわけです。こういったことを研究するのが都市社会学という分野です。

 

 

tsutsui

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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