デジタルネイティブを取り巻くコミュニケーションの姿とは?――ネット時代の文化人類学

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あなたはいつから、デジタル技術に触れましたか? 今回の「高校生のための教養入門」は、文化人類学者・木村忠正先生のインタビューをお届けします。サイバースペースを文化人類学の立場から研究している木村先生。新しいデバイス、新しいサービスが続々と登場する現代で、それらを扱う人びとの、新しいコミュニケーションのあり方をお聞きしました。(聞き手・構成/倉住亮多)

 

 

人間を「物語る」学問

 

―― 文化人類学とはどんな学問なのでしょうか?

 

一言で言えば、人類の多様性の限界を調査する学問だと言えると思います。それは別の言い方をすれば、人間の可能性を探るということでもあるでしょう。自分たちが思いもよらない生活のあり方や物の考え方など、「人の可能性」に対する一種のイマジネーションや好奇心が、人類学を支えている一番のポイントだと思います。

 

また、方法として重要なのは、長期にわたるフィールドワーク(現地調査)にもとづくことです。フィールドワークを通して、ある社会文化に生きる人々のあり方をなるべく包括的に捉えようとします。そして、その眼差しには、社会構造において優位よりも劣位にある人々、マジョリティ(多数派)よりもマイノリティ(少数派)の人々を重視し、多声性を尊重しようとする方向性があることも重要な点だと思います。

 

 

―― フィールドワークなど文化人類学の研究はどのように進められていくのでしょうか?

 

実際に現地に赴き、現地の人々、調査協力者(インフォーマント)と長期間生活をともにして、聞き取りをしながら、そこでの人の生活のあり方や物の考え方、行動の規範や習慣などを観察します。単純に外から観察するだけではなく、その社会・集団の一員となって参加しながら観察する「参与観察」という手法で研究していきます。

 

研究をしていてよく感じるのですが、文化人類学は多変数を多変数のまま、多次元を多次元のまま、多元的要因が複雑に絡まりあう社会文化的動態を丁寧に記述する「厚い記述」(*1)を志向していると思います。

 

(*1)アメリカ文化人類学におけるもっとも影響力の強い研究者の一人ギアーツ(Geertz)が、1973年の著作で人類学的記述のあり方として提示した概念。その後、人類学的アプローチの中核的特性の一つとして、広汎な学術領域で用いられている。

 

多くの社会科学や人間科学では、たとえば10個の変数があったら情報を縮約しようとしたり、因果関係を措定して、どれがもっとも影響力が強いかを探ろうとします。それに対して人類学の場合は、10個あれば10個すべてがどういうふうに働いているのか、お互いがどう関係しているのかをなるべく多元的に、複合的に記述したいわけです。

 

そこで、仮説検証型の社会科学や人間科学の場合、調査結果は、仮説を立て、実験あるいは調査して、得られたデータを分析し、解釈・議論するという定型化されたパターンで表現されますが、文化人類学では、その社会文化に関して、生態学的環境、生業形態、政治組織、経済行為、社会組織、家族、宗教・信仰、知識、技術、慣習、行動規範、日常生活における行動や思考、感情などさまざまな要素とその絡み合いを「物語る」かたちで調査結果を表現することになります。

 

もちろん、こうした要素すべてを等しく見ることはできません。調査目的や研究主題によって焦点となる要素は限られてきますが、それでも、目的、主題に関わる多元的要素をできる限り広く、深く掘り下げようと人類学者は苦闘し、専門化した他の研究領域では結びつけることのない異なる次元にある要素間に結びつきを見いだし、複雑に入り組んだ人々、社会、文化のあり方を解釈し、理解し、記述しようと努めるのです。

 

たとえば、ジャマイカの携帯電話利用を研究しようとして、シングルマザーがショートメッセージを多用していることに気づきます。それが一方でジャマイカ携帯電話会社のビジネスモデルと結びつき、他方で、シングルマザーの社会における位置づけ、その背景にある男性、女性、家族のあり方、シングルマザーを支える親族の紐帯から、携帯電話のショートメッセージ普及による男友達との弱い紐帯への移行へと次々と結びついていきます。人類学は、丹念なフィールドワークを介して、こうした一見結びつかない要素の結びつきを見いだし、それを解きほぐしながら、新たに言葉を紡ぎ、織り上げていくのです。

 

こうして書き著された物語る成果物は「エスノグラフィー(民族誌)」と呼ばれます。もともと「民族(ethnos)について記述したもの(graphy)」という意味でエスノグラフィーという語が作られたわけですが、エスノグラフィーは、ここまでお話したようなフィールドリサーチや参与観察といった方法論と切り離すことができません。そこで、最終的な著作物だけではなく、こうした方法論も含めて、一連の研究過程そのものもエスノグラフィーといわれます。

 

 

―― 文化人類学におけるエスノグラフィーという手法への社会的な関心はどれほどのものなのでしょう?

 

ものすごく高まっていますね。90年代前半以前にはほとんど関心を持たれていなかったんですが、90年代後半から、「エスノグラフィー」がキーワードとなる関連書籍の数や科学研究費での採択課題数はずっと増えているんです。心理学、教育科学、健康保健科学、経営学、防災科学など、様々な分野からの関心も集めています。

 

文化人類学、エスノグラフィーは産業分野でも関心が高まっていて、エスノグラフィーを調査の中心に据えるコンサルティング会社も随分出てきています。たとえば日本の家電企業がインドネシアで冷蔵庫を売りたいと考えたときに、現地ではどういうふうに冷蔵庫が使われているのかということを調査しなくてはいけない。あるいは、鉄道・車両を中東に売り込んだ企業が、運行業務を円滑に進めるために、その社会の組織のあり方や保守点検業務への規範意識などを深く理解し、その社会に合わせた納入を求められることになります。こうしたマーケティングや組織運営の観点からも、エスノグラフィーへの関心は高まっています。

 

 

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vol.266 

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