なぜ「ニセ医学」に騙されてしまうのか?

医学の形態をとりながら、実は医学ではない「ニセ医学」というものがある。テレビや雑誌、書籍でもたびたび見かける、標準医療を否定する人びとやなんだか怪しい健康法。なかには、高額なお金を要求するものや、患者が命の危険に晒されると、病院に丸投げするようなものまである。『「ニセ医学」に騙されないために』(メタモル出版)には、そうした「ニセ医学」の中でも特に酷い事例が羅列されており、「ニセ医学」の基本的な手口を知るのにうってつけの一冊だ。著者・NATROM氏に、人びとが「ニセ医学」に騙されてしまう背景についてお話を伺った。(聞き手・構成/金子昂)

 

 

定義ではなく、「ニセ医学」の事例を並べた

 

―― 数多くの「ニセ医学」事例を取りあげられている本書ですが、まずは「ニセ医学」とは何かをお教えください。

 

「ニセ医学」というのは、医学の形態をとっているけれども、実は医学的な根拠がないもののことを言います。大雑把にくくれば、「ニセ医学」は、「ニセ科学」に含まれるでしょう。ニセ科学というのは、科学的のように見せかけているけれど、科学的な根拠のないもののことです。

 

―― ……もう少し詳細な定義をお教えいただけないでしょうか?

 

なかなか難しい質問ですね。

 

ぼくが「ニセ医学」について話すときは意識して「」(カギカッコ)を付けるようにしています。それは「ニセ医学」を厳密に定義付けすることが難しいからなんですね。医学と「ニセ医学」ははっきりと境界線を引けるわけではなく、グレーゾーンのものも多々あります。一方の端に十分に根拠(エビデンス)のある正統な医学があり、もう一方の端に根拠がまったくない明らかな「ニセ医学」があって、その間にはグレーゾーンが広がっています。科学とニセ科学の間以上に、医学の分野においてグレーゾーンは広大です。

 

「ニセ科学」議論の際にも、「『ニセ科学』の話をするなら、まずは科学というものを定義しろ」という話がありました。しかし、「ニセ科学」あるいは「科学」をはっきりと定義しなくても、少なくとも「ニセ科学」と言える数々の事例はあります。『もうダマされないための「科学」講義』(光文社新書)で、菊池誠先生[*1]も似たようなことをおっしゃっていましたね。

 

[*1] 大阪大学サイバーメディアセンター教授。専門は学際計算統計物理学。主な著書に「科学と神秘のあいだ」「いちから聞きたい放射線のほんとう」。弊誌に複数寄稿あり。http://synodos.jp/authorcategory/kikuchimakoto

 

本書では、グレーゾーンにあるような「ニセ医学」ではなく、医学的根拠がまったくない荒唐無稽なもの、もしくは効果がないことが証明された事例を取りあげました。そうしたものを羅列して、「こういうものが『ニセ医学』なんですよ」といって通じればそれでいいじゃないか、というのがぼくの意見です。

 

 

―― 本書では「ニセ医学」を見分けるための方法論を紹介するというよりは、数々の事例を紹介されていらっしゃいますね。

 

きっとストレートに「症例報告はされているか」「論文が認められているか」といった「ニセ医学」を見分ける方法論を記した本がお好きな方もいらっしゃるでしょう。でも、この本は一般の方でも気軽に手に取ってもらえるように、わかりやすくすることを狙って書いた本です。いくつもの事例を読んでいく中で、「ニセ医学」を見分けるための方法や考え方を知ってもらえたらと思って書きました。

 

 

―― いまのところどんな反響がありますか?

 

褒めてくださる方が9割くらい。強く非難される方が1割くらいですかね。出版する前から、極端に評価が分かれるのは予想していました。非難される方の多くは、本書で取り上げているような「ニセ医学」を信じていらっしゃるのですが、なかには「正しいことが書いてあるけど、それでいったいなにになるの?」という方もいらっしゃいましたね。

 

 

―― 9割もの方が賛同されるということは、皆さんそれだけ「ニセ医学」に問題意識をお持ちだったということなのでしょうか?

 

うーん、最初はぼくの名前を知っている方が手に取ってくださっていると思うので、やはり賛同してくれる方が多いんだと思います。より多くの方が手に取ってくださって、どういう反応を示されるかはこれからでしょうね。

 

 

niseigaku

 

 

「ニセ医学」を信じる患者

 

―― 本書で紹介されている事例については、実際にご著書を手に取っていただくとして、今日は主に、なぜ人は「ニセ医学」を信じてしまうのか、その原因はどこにあるのかなどのお話を伺いたいと思っています。まずNATROMさんが臨床医として患者さんを診られていて、実際に「ニセ医学」の被害に遭われた方についてお話いただけますか?

 

本にも書きましたが、ある病院の当直中に「腰が痛い」と訴える患者さんが来られたことがありました。その方は「多発性骨髄腫」というガンを患っていらしたのですが、標準医療をやめて気功師にかかっていたんですね。その気功師が酷かった。「家の中に薬を置いていると悪い波動が出るから、痛み止めも捨てなさい。気功をすればそれでいい」といったことを話していたそうなんです。

 

結局、「多発性骨髄腫」は治るわけもなく、あまりの痛みに耐えきれなくなった患者さんが助けを求めて気功師に連絡したら「病院に行きなさい」と言われ、私が当直していた病院に飛び込んでこられたんです。

 

 

―― 読んでいて本当に酷い話だと思いました。

 

ええ。でも、「ニセ医学」を信じている方は、亡くなる寸前まで病院に来られないこともあるんです……。

 

昔、肝硬変で病院に運ばれてきた50歳くらいの男性がいました。その方は、それまで症状が悪化しても、かたくなに病院に行くことを拒否されていた。一度ご家族が救急車を呼ばれたことがあったのですが、ご本人の同意が得られないため、救急隊員も病院に運べなかったそうです。

 

そのとき病院に運ばれたのは、ご本人が意識をなくされたからなんですね。結局、亡くなられました。あとから家族の方にお話を聞いたところ、健康食品は摂られていたそうですが、「ニセ医学」にハマっていたかどうかはわかりませんでした。もしかしたら医者嫌いだったのかもしれません。

 

 

―― 「ニセ医学」を信じている患者さんは多くいるものですか?

 

病気によっては多いです。一番多いのはガンの終末期の方ですね。

 

ガンの終末期になると、ホスピスをすすめられることになります。ホスピスをすすめられた患者さんは、基本的にはガンを治すための治療は必要ない方なんですね。本当に簡潔な言い方をしてしまえば「もうガンの治療方法はありません。いまは元気かもしれませんが、いずれ症状は悪化して、いつか亡くなります。だからホスピスで準備をしてください」ということです。もちろん医師はこんな言い方はしません。もっと丁寧に説明します。でも言われた側は、そのように受け取ってしまうこともありますよね。

 

ホスピスを紹介された時点では、まだ入院もしません。というのも、入院が必要になってからホスピスにいきなり来られても、部屋も空いていないし、受け入れ態勢も整っていないし、患者と医師の信頼関係もないと困ることになる。

 

それでも、「治らない」なんて言われた患者さんは、ホスピスに入る前に、あるいは入院後も、いろんなことを試すわけです。本当にいろいろなことを。周りの方も、なんとかならないかってとにかくなんでもかんでもすすめる。そのうち、なにかしらの「ニセ医学」に手を伸ばしてしまうわけです。その気持ちはわかります。

 

特に多いのは健康食品です。ガンを治す効果はなくても心の支えにはなりますので一概には否定しませんが、まれに肝障害などの副作用を起こすことがあります。食事療法を試す患者さんもいらっしゃいます。少しでも健康によいものをという思いからですが、残された時間は限られているのですから、患者さんには好きなものを食べてもらいたいです。

 

 

「ニセ医学」と医者-患者間の信頼関係

 

―― 「ニセ医学」の中には「陰謀論」のようなものも多くありますね。「この薬が認可されないのは、利権のせいだ」といった。あるいはさきほどのように、医者嫌いの方もいる。医学への不信感が「ニセ医学」に手を出してしまう原因のひとつなのかな、と思いました。

 

そういう面はあります。いろいろな医師がいますし、相性のよしあしもありますから。とても丁寧に説明をしたら、「結局なにが言いたいんだよ。単刀直入に言ってくれよ。責任回避か?」と思う方もいる。だからといって簡潔に説明すると、「冷たい」「偉そうだ」と不満を持つ方だっています。

 

「ニセ医学」をやっているような医師って、信頼関係を作るのがうまいんですよ。「そうだね、そうだね、辛かったね、うんうん」と患者さんの話を聞いているわけです。一方で、医学的にはしっかりしているんだけど、患者さんの話をあまり聞かない医師もいる。本人は深刻に思っているのに、「この薬を飲んで寝たら治ります。お大事に」と言って終わりだと、患者さんは不信感を募らせてしまいますよね。

 

ただ、現状の日本の医療制度では、すべての患者さんに対して十分にお話をする時間をとることは困難です。ガンを患っているような患者さんに時間をとられて、症状の軽い患者さんには十分な時間をとれないという場合もあります。

 

また、どうしても治療にはお金がかかります。そして、どんなに手厚い治療を施しても治らない患者さんもいらっしゃいます。現代医療の限界です。抗がん剤を打って、辛い副作用を我慢しても、治らないものは治りません。最初に、「これは治癒を目的としているのではなくて、延命のためなんですよ」と説明したって、「治るかもしれない」と期待して、辛い思いを我慢する患者さんはいます。本当は、抗がん剤の効果で生存期間が1、2年延びていても、やっぱり症状が進行すれば、「あんなに辛かったのに、治療費もたくさん払ったのに、どうして!」と思われる。

 

そんなときに「治りますよ」と声をかけてくれる「ニセ医学」の人が現れたら、藁をもすがる気持ちで、そっちに流れてしまう方だっていらっしゃるでしょう。

 

 

―― 抗がん剤の場合、打たなくなれば副作用がなくなって、一時的に気持ち悪さなどがなくなりますね。

 

そうなんですね。だから、「ニセ医学」に手を出してしまう方が、特別におかしいというわけじゃないんです。

 

 

―― 「ニセ医学」を信じている方に対して、NATROMさんはどのような対応をされるのでしょうか?

 

診察室での対応と情報発信は完全に別ですね。

 

「ニセ医学」の中で、例えばホメオパシー[*2]を信じている患者さんがぼくの外来にいらっしゃったとします。その場合、こちらからホメオパシーを否定することはありません。もちろん「ホメオパシーの効果について先生の意見を聞かせてください」と尋ねられたら、専門家として自分の考えをお話しますが、なにも聞かれなかった場合は、「そんなの駄目ですよ!いますぐやめなさい!」なんてことは言いません。とはいえ、ぼくからお話をして考えが変わりそうな方の場合は別ですが。

 

[*2] ある症状を引き起こす物質を希釈して投与するとその症状が治ると称する代替医療。ホメオパシーには特異的効果がないことが複数の研究で明らかにされている。

 

患者さんが信じているものを無下に否定して、信頼関係が構築できなくなるよりは、「ホメオパシーもいいけど、ぼくの治療も受けてくださいね」と言った方がよっぽど患者さんのためになる。ぼくはそう考えています。【次ページにつづく】

 

 

 

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