2014.10.20

大人が「子どもの貧困」を隠してきた

『チャイルド・プア』著者・新井直之氏インタビュー

情報 #子どもの貧困#チャイルド・プア#新刊インタビュー

6人に1人の子どもが、貧困に陥っている――8月29日に「子供の貧困対策大綱」が出されるなど、近年注目を集めている「子どもの貧困」。支援者だけでなく、当事者である子ども、そしてその親への取材を重ね、「子どもの貧困」の実態に迫った『チャイルド・プア~社会を蝕む子どもの貧困~』(TOブックス)が出版された。なぜ「子どもの貧困」は放置されてきたのか。そして今後の支援はどう考えるべきなのか。著者の新井直之氏にお話を伺った。(聞き手・構成/金子昂)

子どもの貧困の行き着く先

―― 「子供の貧困対策大綱」が出され、「子どもの貧困」への注目が集まっています。子どもの相対的貧困率は16.3%、つまり「6人に1人」が貧困という衝撃的なデータがありますが、本書に収録されている4人の当事者の話は、データからは見えにくい、「子どもの貧困」の問題の根深さを感じさせるものでした。

特に深刻なのは、ひとり親家庭です。貧困率は54.6%。先進国で最悪の水準です。本書では紹介していませんが、取材の過程で、経済的に厳しい母子家庭で育つ中学生の姉と小学生の弟にも出会いました。母親は、夫の暴力が原因で離婚し、強いストレスと精神疾患を抱えてギリギリの生活をしていました。収入は、パートで月に13万円。家賃と食費を除くとほとんどお金が残らない生活です。母親は以前、複数のパートを掛け持ちしていましたが、身体を壊して救急車で運ばれてからは、体調が優れません。次第にアルコールに逃げるようになり、うつ病も悪化して、子育てを放棄するようになったんです。

その結果、子どもたちには、まともな食事が与えられず、学校の給食がほとんど唯一の食事になりました。中学生の姉は、母親との関係が悪化して学校にも行かなくなり、リストカットを繰り返す……。小学生の弟は、友達と同じように学用品や衣類を買ってもらえないことが原因で、友達にいじめられるようになり、やがて不登校になりました。

このように、子どもの貧困は、経済的な厳しさを背景に、家庭内の複合的な要因とともに深刻化します。親は、非正規雇用による低賃金、精神疾患、家庭内暴力、障害、虐待、ネグレクトなど複雑な問題を抱えていて、人との関わりを拒絶したり、助けを求めることもできない状態に追いつめられていたりします。

周囲の人は、たとえ子どもの異変に気づいたとしても、家庭の経済的な問題なので、どこまで踏み込んで親に事情を訊いてもいいのか、戸惑いますよね。

ですから、子どもの貧困は、大人の貧困以上に根が深く、解決の難しい問題だと感じています。これからの日本社会を担う子どもたちから、自立して生きていくために必要なあらゆる機会を奪うだけでなく、生きる意欲さえ失わせるんですから。子どもの貧困の行き着く先は、10年後、20年後の日本社会の崩壊かもしれません。

―― お金を支援したらそれですべてが解決するような話ではないですね。

ええ、先ほどの小学生の弟は、家でほとんどご飯を食べられないので、いじめに遭っても給食だけは学校に食べに行っていました。見るに見かねた担任の先生が、おにぎりや下着を買ってきて、そっと手渡すことも少なくなかったそうです。こうしたことが積み重なれば、自己肯定感や自尊心も深く傷つくでしょう。子どもの貧困は、経済的な貧困に留まらない、「心の貧困」でもあるんです。

しかも取材を重ねてわかったのですが、同じような経験をしている子どもは他にもたくさんいました。「まさか、豊かなはずの現代の日本に……」と、これまでの価値観が大きく揺らぎました。

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大人が隠してきた「子どもの貧困」

―― 本書は「特報首都圏」という番組での取材がもとになっています。「子どもの貧困」を取りあげるにあたって、苦労したことはなんでしょうか?

まずは企画を通すことですね(苦笑)。5年ほど前から上司に「子どもの貧困」を取りあげたいと提案はしていたのですが、なかなか通らなかったんです。まだまだ「子どもの貧困」の深刻さが知られていなくて、「本当にそんなことあるの?」といった反応が多かったです。

もっとも苦労したのは、当事者である子どもの声を直接聞くことです。企画を通すために、学校の先生や支援をしているNPOの職員、自治体の福祉の担当者など、実態を知る周囲の大人たちに取材をしていました。子どもの貧困の深刻さを確信した反面、これはそうとう踏ん張って本人たちを取材しないと本当の実態は見えてこないと感じました。

―― 踏んばらないと見えてこないとは?

どれだけ深刻な状況なのか、どんな家庭環境に置かれているのか、同じ当事者を見ていても、人によって見え方が違ってきます。周囲の大人の話だけを聞いていても本当のところはわからない。当事者が何を思っているのかを聞きたいんですね。でも、「取材」となると子どもの本音を引き出すのは本当に難しいんです。

子どもとの信頼関係を作るために何度も足を運んで打ち解ければ、悩みを打ち明けてくれる程度には仲良くなれる子もいます。でもカメラを入れた「取材」となると、ハードルが上がる。子どもたちも身構えますし、何より保護者の許可をとる必要があります。しかも保護者に辿り着けるケースの方が稀なんです。連絡が付かなかったり、事前に断られてしまったりすることがほとんどで。

一方、学校や支援団体を頼りにしようとしても、やはりテレビの取材だと断られることがほとんどです。

―― 子どものプライバシーを守るためですか?

そうですね。たとえ顔をぼかしてプライバシーに配慮したとしても、絶対に個人を特定されないという保証はありません。不安になるのは当然です。マスコミに紹介したことによって、当事者の子どもや家族にトラブルが降りかかるようなことがあれば一大事ですから。

でも、中には、取材に協力することで、面倒なことに巻き込まれたくない、責任は負いたくないという大人のエゴが透けて見えることも少なくありませんでした。こうした場面に直面するたび、「だから子どもの貧困問題が世の中に伝わらないんだ」と強い憤りを感じました。しかし、それと同時に、子どものプライバシーを考えると、取材を続けていく自信を失いかけることもあって、まさにジレンマですね。

さらに、私たち報道機関もまた、プライバシーを言い訳に、この実態を十分に伝える努力を怠ってきたのかもしれないと感じることもあります。

子どもの貧困を隠してきたのは、私たち大人ではないか。言い換えれば、私たち大人が作り上げた社会、あるいは1人ひとりの大人によって子どもの貧困が見えづらくなっているのではないかとさえ思います。

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子どもと過ごす時間を考える

―― 出版の際には、テレビでは伝えきれなかったものもお書きになっていると思います。

そうですね。テレビは映像があってこそのメディアですし、限られた時間でわかりやすく伝えるためには、ストーリーをシンプルにしなくてはいけません。そのため、描ききれない要素が必ず出てきます。

例えば、すでにお話したように、経済的に困窮する家庭では、非常に複雑な事情が絡み合っていて映像化するのが非常に難しい。さらに、貧困に至る経緯も、様々なルートがあって、ひとつひとつの分かれ道で、救われる道もあったのかもしれないけれど、結果的にどんどん悪い方へ進んでしまったということもあると思います。そうした子どもの貧困の複雑さについては、文章できちんと個別のケースを丁寧に描くほうが、より伝わると思いました。

―― 本書ではいろいろな親がでてきますね。例えば第一章で取り上げられている、パートをしながら生活保護と児童手当で2人の子どもを育てているシングルマザーの朋美さんをみると、簡単に「親が悪い」「フルタイムで働けばいい」なんて言えないんだと改めて思いました。

ええ、朋美さんと正樹くんのケースでは、子どもの貧困を解決するために必要な支援を考える上での大切な視点が浮かびあがってきます。

正樹くんがいじめられていたときに、忙しい母親を心配させないように「自分が我慢すればいい」と思っていたのだと気づいた朋美さんは、子どもとの時間をとることを大切にされています。「貧乏なんだからとにかく働け」と思う方もいるかもしれません。24時間子どもを預かってくれる託児サービスがあればいいと考える人もいると思います。でも、多感な時期の子どもと一緒に過ごす時間は、かけがえのないものだと思います。

子どもの貧困は、ただ親の雇用の問題を考えるだけでは解決しません。子どもとの時間を確保することを視野に入れながら、労働環境や現金給付、サービスによる支援がどうあるべきなのかも一緒に考えていかないといけないと思います。

―― 正樹くんが、いつもおにぎりだけのお弁当に、からあげがついていて喜ぶ描写や、ときおり周りの子をみて、自分と違うことに傷ついている様子は、胸に刺さるものがありました。

そうですね。「親は恨んでいない」といいながら「普通に暮らしたい」とも話すような子どもの機微も、番組では伝えきれなかったものです。

いろいろな親、いろいろな子ども

―― 第二章で取り上げられている、約2年間、車上生活で全国を転々としていた中学2年生の聡くん(仮名)のことですね。取材された中でも、印象に残っている子ですか?

第二章を書けたらそれでいいと思っていたくらい印象に残っています。「現代の日本に車上生活をしている子どもがいるなんて!」という驚きもありましたし、あまりに純粋な聡くんをみていると、子どもに罪はないとあらためて思いました。

―― 聡くんは、「自分と同じようにつらい子の助けになるなら」といって取材を受けていたり、新井さんがお礼に「コンビニでなんでも買っていいよ」と言ったら、飴玉とペットボトルしか手にせず、学習支援教室でお世話になっているみんなのために配りたい、と話していたり、とてもいい子だと思いました。

あのとき、お金で子どもの心を救おうとした自分のあさましさに気づいて、心から恥ずかしくなりました。同時に、聡くんの心のたくましさに、希望を感じました。

本書にも書きましたが、聡くんに中学校の制服が夏服一着しかないので、「上着はどうしたの?」と聞いたところ「これから買ってくれると思う」と親をかばっていました。でも、その後も買ってもらえないんです。それでもこうした生活に対して「これでいいんだ」って言っていました。

―― 本当に「これでいい」と思っているかもしれないですよね。やはりつらそうなときがあるのでしょうか?

ええ、「やっぱりつらいんだな」と思わせるときは多々あります。車上生活を送る前の小学校時代のことを話してもらうと表情が曇りますし、みんなと同じような生活を送っていたのは遠い過去の話で、いまはまったく別の世界で生きているような話し方をするんです。

小学六年生の二学期初めから中学二年生の一学期まで学校に通えていなかったので、同級生とのあいだに大きな学力の差があります。当然、学校に馴染めていない。聡くんは、学校に行かなくなってからは、町の中で同級生とすれ違わないよう、放課後ではなく日中に出歩くようにしていますし、すれ違ってしまったときは身を隠すように歩くんですよ。

―― なにも悪いことなんてしていないのに。

だけど「前みたいに戻りたい」とは言いません。親をかばっているんですね。

―― 聡くんのお父さんの剛志さん(仮名)は、先ほども朋美さんと同様に子ども思いのいいお父さんですが、愛情の表現方法に違いがありますね。

そうですね。剛志さんは、学校で聡くんが同級生とトラブルを起こしたあと、学校に怒鳴り込んでいってしまうような感情的な性格です。家庭訪問に来た先生も怒鳴り帰して、聡くんに「学校なんてもういかなくていい」と言う。その判断が正しいのか間違っているのか私には何とも言えませんが、一方でローマ字や計算はちゃんとできないといけないんだと聡くんに勉強を一生懸命教えるようなお父さんでもあります。

貧困世帯の親の責任を語るとき、それぞれがいろいろな親を想像して議論をします。貧困に苦しむ親をこの社会の犠牲者だと考える人がいる一方、努力が足りないとか、離婚してひとり親になった自分が悪いのではないかとか、親の自己責任だと考え人もいる。この本では、一面的に「みんなかわいそうだから、なんでもかんでも支援しないといけない」という書き方も、「貧困世帯の親はみんな酷い親だ」という書き方もしていません。同じ親でも、共感できるところもあれば、反論したくなるところもある。そうした人間の複雑さも含めて書いたつもりです。

すべての大人が関心を持つこと

―― 本書を出版された後、どんな反応がありましたか?

勉強会や講演会で全国各地に呼ばれるようになりました。女性起業家が中心のお母さんグループの勉強会では、母親と経営者の視点から子どもの貧困問題をどう解決して行くかを考えるきっかけにしていただくことができましたし、市役所での講演会では、市長や市議会議員、教育や福祉の担当者の方に直接、子どもの貧困の実態を伝える機会を得ることができました。

本書を教材に、子どもの貧困問題を学んでいるという高校から講師に呼ばれたこともありました。授業で子どもたちに直接話す機会を得られたことは、私にとっても非常によい経験になりました。NHKの番組の主な視聴者は高齢の方々なので、本を出版して講演をさせていただくことによって、これまで伝えきれなかった年齢層や職業の方々にもアプローチできていると感じています。

―― 高校生の反応はどうでしたか?

「同世代にこんな子たちがいるなんて知らなかった」「お父さんが失業したらどうなるんだろう」「自分が将来、ひとりで子どもを育てることになった場合のことを想像した」など、私が伝えたかったことを敏感に感じ取ってもらえました。

一番つらかったのは、生徒から「これだけ子どもの貧困がたいへんなことになっているのに、どうして国の予算が十分に割り当てられないんですか」とストレートに聞かれたときですね。きちんと答えることができませんでした。大人としての責任を痛感しました。

―― いまでも取材を続けられていらっしゃるそうですが、出版後に見えてきた新たな視点はありますか?

子どもの貧困は、当事者や支援者といった限られた人だけの問題ではなく、すべての大人が考えるべき問題だと伝えたくてこの本を書きました。出版後に閣議決定された「大綱」ではスクールソーシャルワーカーという教育と福祉の架け橋となる人材を増やしていく方針も打ち出されていますが、もっと地域でできることもあるのではないかと思っています。

東京都北区には、子どもの貧困に日々向き合う銭湯のおじさんがいます。虐待を受けたり家出をしたりした子どもたちを家に泊まらせたり、ご飯を食べさせたりと、駆け込み寺のような役割を果たしています。さらに、自分の子どものPTA活動をきっかけに、学校と深く関わるようになり、最近では、学校内で不登校の子どもを対象とした教室の運営を任されるようになりました。学校から依頼を受けて、問題を抱えた子どもの家を訪問し、必要に応じて、担任の先生や児童相談所の職員、ケースワーカー、カウンセラー、保健師などを集めて話し合い、最善の方法を探ります。地域で顔が広く、多くの保護者や生徒から信頼されているからこそできることなのかもしれません。

この方ほど立派なことでなくても、子どもの貧困を解決するために、私たちが地域でできることはきっとたくさんあるはずだと感じています。こういう人が地域に増えることで、子どもの孤立を防ぐ。それが始めの一歩ではないかと思います。

―― 最後に、今後「子どもの貧困」をどのように考えていくべきとお思いかお教えください。

子どもの貧困対策法が成立し、それに基づく「大綱」が閣議決定されたのは、大きな前進です。しかし、具体的な数値目標が乏しいことや、対策が努力義務に留まっていることなどが課題と言われています。法律が単なるかけ声で終わらないように、すべての大人が、この問題に絶えず関心を持ち続けることが大切だと思います。

その一助となるよう、私は今後も子どもの貧困問題についての取材に力を入れていきたいと思っています。

プロフィール

新井直之NHK報道番組ディレクター

NHK報道番組ディレクター。1982年、埼玉県生まれ。2005年、NHK入局。仙台放送局を経て、2010年から「おはよう日本」でニュース企画や震災関連の特集を担当。2012年から「特報首都圏」でドキュメンタリーを始めとする報道番組を企画制作。2014年から報道局社会番組部にて「NHKスペシャル」などを制作。

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