ドラッカーなんて誰も読まない!? ポーターはもう通用しない!? ―― 学問としての経営学

経営学と聞いて経営者名言集や列伝をイメージする人も少なくないだろう。いったい経営学とはどのような研究を行っているのか。『世界の経営学者はいま何を考えているのか』の著者でありアメリカで経営学を研究する入山章栄氏と経済学者・飯田泰之が、世界の経営学について、学問のあり方について繰り広げる、太平洋をはさんだスカイプ通話による日米間対談。(構成/金子昂)

 

 

国際化が遅れている日本の経営学

 

飯田 経営学については経済学以上に誤解が多い学問かもしれません。その意味で、入山さんにアカデミックな経営学の最前線を紹介いただけるというので楽しみにしています。

 

入山 じつは、ぼくは飯田さんが博士課程の頃から、飯田さんのことを知っていたんですよね。ぼくが日本で経済学の勉強をしていた頃の友人が、飯田さんと同じセミナーにいたんですよ。

 

飯田 そうだったんですか!

 

入山 ええ、経営学はアメリカで勉強し始めました。

 

飯田 ぼくは修士までは経済政策というより実証分析の技法といったマニアックな研究をしていたんです。

 

いまの専門は、2000年頃のゼロ金利解除論争の際に、当時メジャーだった経済学者が教科書に書いてある内容と違う話ばかりしていることに驚いて調べているうちに本職みたいになっていた(笑)。

 

今日、入山さんにお伺いしたいと思っている内容にも関係するのですが、経済学の場合、比較的、制度化が進んでいるため、よほど実証的な裏づけが強くない限りは教科書通りの発言をすべきだとぼくは思っています。それに比べると経営学って、正直言ってどんな学問なのかよくわからないんですよね。

 

入山 はは、そうかもしれませんね。

 

飯田 ハーバード大学の教授であるマイケル・ポーター(Michael Porter)の「競争戦略論」はすごく腑に落ちるんです。それは経済学の博士号を持つ彼の理論がミクロ経済学に近いからかもしれませんが。でも日本の経営学って経営者の名言や列伝ばかり語っているような気がして。「いいこと言っているなあ」とは思うのですが、学問のように思えないんですよね。

 

入山 たしかに経営学は床屋談義に近いイメージを持たれる方もいるのかもしれません。そういうこともあって、ぼくは本書で、アメリカで行われている経営学の研究について書こうと思ったんですよ。

 

とはいえ本の最初に断っているように、経営者の名言も大切だと思っています。実際にすごく勉強になるんですよ。彼らは経営の最前線で、死ぬ気で努力して、厳しい意思決定を20年30年繰り返している。その中で生まれた言葉には非常に重みがあるんです。もしかしたら真理に近いことを言っているかもしれません。

 

ただ、その言葉が本当に真理なのかどうかを科学的な手法を使って解き明かさなくては社会科学の学問とは言えません。そして日本では知られていませんが、経営学の世界はいま、アメリカだけでなくヨーロッパもアジアも同じように科学的な手法を使った研究が進みつつあります。そういった研究を日本に紹介したいと思い、本書を執筆しました。

 

飯田 日本の経済学もかつて似た状況だったと思います。70年代以降、海外でPh.D.を習得された先生方が帰国されて、世界で行われている研究を紹介してくださるまでは「ケインズのあの発言は云々」と、まさに経済学者伝を語っていた。ある意味、経営学が70年代後半の経済学のようなフェーズにあるということでしょうか?

 

入山 海外に比べて学問として遅れているという言い方はしたくないんですよね。ぼくはアメリカで経営学を勉強し始めたので、日本の経営学のことがよくわかっていないんです。おそらく日本の経営学は、独自の発展を遂げているだけだと思うんですよ。ただ現象として、国際化が遅れているとは言えます。

 

飯田 ちなみに海外の研究動向を追っている日本の経営学者はどのくらいいるのでしょうか?

 

入山 アメリカでもっとも大きな経営学会「Academy of Management」の年次総会には世界中から1万人が参加しています。半分はアメリカの経営学者で、ヨーロッパからは1000人以上、中国などアジアからも数百人が参加しているのですが、日本は30~40人くらい。海外の研究動向を追っている人はかなり少ないと思いますね。

 

飯田 やはり他の国に比べても国際化は進んでいないんですね。

 

 

経営学の3つのディシプリン

 

飯田 本書では、経営学のディシプリンを3つにわけてお話をされていて、非常にわかりやすかったです。それぞれのディシプリンと研究内容について簡単にお話いただけないでしょうか。

 

入山 世界レベルで進んでいるマクロ分野の経営学は、経済学、認知心理学、社会学の3つのディシプリンから構成されています。

 

順番にお話をさせていただきます。

 

まず経済学のディシプリンを使った研究で有名な人は、先ほど飯田さんが名前をあげられたマイケル・ポーターですね。MBA(経営管理修士)課程で使われる教科書、とくに戦略論に関するものは、彼の影響をかなり受けています。他にも2009年にノーベル経済学賞を受賞したオリバー・ウィリアムソン(Oliver Williamson)の「取引費用理論」を使った研究も経済学ディシプリンによる研究でしょう。

 

ちなみにウィリアムソンがノーベル賞を受賞したとき、「おれたちのウィリアムソンがノーベル賞を受賞した!」と経営学者は喜んでいたんですよね。「え、それは違うんじゃない?」ってぼくは思ったんだけど(笑)。

 

飯田 ノーベル経済学賞って、「自分は経済学者じゃない」と思っている人が受賞することもありますよね(笑)。

 

入山 ありますね。2002年に受賞したダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)もたぶん経済学者じゃなくて心理学者だと思っているでしょう。

 

次に認知心理学ディシプリンですが、このディシプリンを使って研究を行うグループは、経済学ディシプリンのグループが想定するほどは人や組織が合理的ではないと考えて研究を行っています。認知心理学的なアプローチで有名なのは、やはりノーベル経済学賞を受賞しているハーバード・サイモン(Herbert Simon)。彼はこの流派の始祖とも言えますね。あとペンシルバニア大学のダニエル・レビンサール(Daniel Levinthal)、スタンフォード大学のジェームス・マーチ(James March)もこのグループの大御所です。

 

経営学における認知心理学的なアプローチは、とくにイノベーション経営の分析に貢献しています。第七章「イノベーションに求められる「両利きの経営」とは」では、企業はイノベーションのために「知の探索」と「知の深化」のどちらをすべきかといった問題に関する研究を紹介しています。

 

飯田 最後の社会学ディシプリンは、ぼくが一番知らない分野です

 

入山 ええ、ぼくの認識では、アメリカでも社会学の方は「反経済学」っぽいスタンスを取られている方が結構多いんですよね。「経済学は市場がすべてを決定していると考えていて、人間をぞんざいに扱っているんじゃないか」といった批判はよく耳にします。勉強不足なだけじゃないのか、と思うときもあるんですけど……。

 

飯田 社会学の方に限らず、一般的にイメージされる経済学ってゲーム理論以前の経済学なんですよね。それは経済学者が他分野の方と話をするとき、インナーサークルでは時代遅れになっている新自由主義的なわかりやすい話をしてしまうせいかもしれませんが。

 

入山 面白いですね。それは経済学者がそういうポジションを取ろうとしているのでしょうか?

 

飯田 論理が単線なので話すのが楽なんだと思います。

 

たとえば日本ではここ数年、TPPが繰り返し話題にあがるのですが、ごちゃごちゃと複雑な話をするより「自由な取引はお互いの効用を改善する」と話すほうがすっきりするので、ついそういう話し方になってしまう。

 

入山 なるほど。たしかにそんな気がしますね。

 

とにかく社会学は、古典的な経済学の仮定を崩すことを意識しているように思います。合理性ばかり考えるのではなく、人間と人間の信頼関係について考えることで、経済学ディシプリンでは分析できない部分を分析しようとしている。経営学においては、企業や組織が社会的にどのような相互作用を及ぼしているか研究しています。本書では、第八章、第九章の二章にわたって「ネットワーク理論」や「ソーシャル・キャピタル」を紹介しました。【次ページにつづく】

 

 

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