<悪魔の代弁人>を立てるかどうか、クライアントこそ問われている

慰安婦問題、竹島領有権紛争、在日コリアンに向けたヘイト・スピーチなど、さまざまな問題が浮上している韓国と日本。政治学者の浅羽祐樹氏は初めての単著である『したたかな韓国:朴槿恵時代の戦略を探る』(NHK出版新書、2013年)において、これからの日韓関係を考えるためには戦略とインテリジェンスが必要だと説いている。そのなかでもとくに重要と思われる<悪魔の代弁人>を中心に、本書についてのインタビューをおこなった。(聞き手・構成/金子昂)

 

 

<悪魔の代弁人>を立てて主張を鍛える

 

―― 本書は政治における戦略に注目して韓国や日韓関係について論じていらっしゃいます。とくに<悪魔の代弁人>という思考法は、政治だけでなくあらゆる局面で重要なものだと思いました。そもそも<悪魔の代弁人>とはなにかをお話しいただけますか?

 

<悪魔の代弁人(devil’s advocate)>とは、もともとカトリック教会において、ある人物を聖人と認めるに値するか否かを審問するさいに、あえて疑問や反論、批判だけを提示する役回りのことです。勝負事や交渉にのぞむ前に、みずからの論理や証拠の弱みをあらかじめ徹底して洗いだすことで主張を鍛え上げる。そんなアプローチです。

 

昨年、わたしが山口県立大学で受けもっている「国際関係論」という授業に、外務省で海賊対策の仕事をしている外交官の友人をまねいて講義をしてもらったことがあります。一年生にこんな話をしてくれました(詳しくは「『航行の自由』と陸での『船』造り」をご覧ください)。

 

海洋国家の日本にとって「航行の自由(freedom of navigation)」は死活的に重要です。「navigate」とは「行き先を定める」ことです。船長としては、まずは、海賊がでそうな場所をしっかりと見定めることで、かなり難をのがれることができるそうです。とはいえ、それでも、まったく遭遇しないというわけではありません。

 

そのとき、海賊にでくわしてから対応しようとしているようでは、積荷を奪われたり、拿捕されたりと、一大事になってしまいます。どれだけ避けようとしても、リスクをゼロにはできないのだから、大海原にでる前、陸にいるあいだに、船に簡単にのぼってこられないようにしておくとか、武装した警備員を常駐させられるように法改正をするといった準備をしておく必要があります。そもそも、海賊がでないようにするには、陸での治安回復やガバナンスがもっとも重要だそうです。

 

この心構えは実際の海だけでなくて、学生一人ひとり、わたしたちの人生もまったく一緒です。瀬戸内は鏡のように静かで穏やかな海ですが、かつては倭寇がいきかっていましたし、今日でも太平洋とつながっていて、いつ荒れるかわかりません。大学をでて今後ずっと安定した仕事があるとはかぎりません。港にいるあいだに、みずから行き先を見定めつつ、自分の船を造ってください。そのとき、べつの港では自分とは違うタイプの船造りをしている船長がいるということも知っておいてください。こんなアドバイスをしてくれたんです。

 

これは竹島の領有権紛争についても一緒です。「いざハーグ(国際司法裁判所)」となってから準備を始めていては手遅れになってしまうかもしれません。交渉事にのぞむ前に、相手側がどのようにでてくるか、トコトン考えなくてはいけませんし、プレゼンをするときはあらかじめみずからの弱みを徹底的に潰し終えてから、本番にいどまないといけません。「戦場」にでる前に、みずからが<悪魔の代弁人>となって備えをつねにしておこう、ということです。

 

本書ではわたしが、日本にとっての<悪魔の代弁人>になっているわけですが、<悪魔の代弁人>を悪魔と短絡すると、まるでわたしが韓国を礼賛しているようにみえてしまうでしょう。そうではなくて、「ああ、韓国がこんなに戦略を練っているなら、それに応じて日本も考えなくては」と思っていただけると嬉しいですね。

 

 

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わかりやすい一本調子の論理より、複数の論理を

 

―― <悪魔の代弁人>を立てるとき、どんなことに気を付けなくてはいけないでしょうか?

 

当代最高の代弁人が相手側にもついているとみなすことが大切です。自分だけでなく、相手側も<悪魔の代弁人>を立てて弱みを潰しているのだと見立てなくては、傲慢で不誠実な態度になってしまいます。

 

クライアントの姿勢こそが、じつは、一番問われているんです。一本の筋道だけ考えて「これで必ず勝てる!」とみょうに強気な弁護士と、それでかりに負けてしまった場合にも対応できるように第二、第三の複数のシナリオを想定している弁護士のどちらが優秀でしょうか。

 

ややもすれば、前者の弁護士はわかりやすく、威勢がいい話をするので、つい頼れる人だと思ってしまいがちなのですが、冷静に考えれば、「この立論だけで竹島も尖閣も勝てるんですよ!」といっている弁護士なんて危なっかしくて、とてもじゃないけど雇わないと思うんです。

 

「主位的主張」と「予備的主張」という法律の用語があります。主たる主張が崩れてしまっても、それとはべつに予備的に準備しておいた主張で巻き返すことのできる人、あるいはたとえ負け戦になることが必至でも、ダメージを小さくするためにディフェンスするチャンスをひろげる弁護士のほうがいい。一つ目の堤防が決壊しても、次の堤防、さらにその次の堤防が用意されている方がいいわけです。

 

ちなみに、主位的主張と予備的主張のあいだには論理的な食い違いがあっても問題ないんです。同時には成立しない立論をして全然構いません。だから複雑にならざるをえず、わかりやすい主張が好きなクライアントからすると優秀な弁護士にみえないのかもしれないけれど、本当に頼りになるのは誰なのか、しっかりと見極めないといけないわけです。

 

 

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