「いい質問」を考えない藤井誠二のインタビュー術

質問なんて重要じゃない!? 11人の半生を切り取った『「壁」を越えていく力』(講談社)著者であり、ノンフィクションライターの藤井誠二氏に聞く、インタビュー術とは。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

「境界線」を走る

 

―― 『「壁」を越えていく力』では、11人の方を取材されています。この方達に共通する部分はどこなのでしょうか。

 

この本は10年間のぼくの取材の集大成で、インタビューをした11人はそれぞれ、医者であったり、俳優であったり、猿回し芸人であったり、映画監督であったりと、様々な職業についています。それぞれを繋ぐような共通点はありませんが、10年間の中で惹きつけられた人たちであることは間違いありません。

 

こうやって一冊の本になって、11人を並べて気がついたことは、ぼくは「境界線」を走っている人に惹かれているということです。たとえば、村崎太郎さんは猿回し芸人をしながら部落出身であることをカミングアウトしていますし、元朝鮮総聯幹部である洪敬義さんも愛国心ゆえに裁判を起こしました。性犯罪被害者である小林美佳さんも多くの人が寝泣き入りする中、名前と顔をさらして被害体験を語っています。自分の領域や場所から離れ、境界線上に生きて姿に、ぼくは引力を感じるんですよね。呼ばれている気がします。

 

 

―― 取材先を選ぶ際に、意識していたことはありますか。

 

ぼくが聞きたいとおもった人に行っているので、必ずしもタイムリーさを重視してはいませんでした。たとえば、「ナビィの恋」(1999)や「ホテル・ハイビスカス」(2002)で知られる映画監督の中江祐司さんを取材したのは2007年です。いわゆる「沖縄ブーム」よりも少し遅いので、あまり時事的とはいえないのかもしれません。

 

ぼくが中江さんに興味を持ったのは、彼と沖縄の距離感だったんです。当時の中江さんのインタビューを読むと沖縄賛美しかしていない。けれども好きの反面、警戒しているところがあって、それを聞くならこのタイミングだとおもったんです。

 

実は、ぼくは1ヶ月のうち10日は沖縄に住んでいます。沖縄というのは「人々はとても親切で、楽園のようだ」というメディアのイメージがありますが、一筋縄ではいかない強烈な共同体です。血縁を重視するところがあるというか。本土の人に対する風当たりが強い部分がある。

 

10日住んでいるだけでも大変なのに、中江さんは大学から沖縄に移住し活動を続けています。中江さんは沖縄を舞台にした映画を撮り、全国的に有名ですが「本土の人が撮っているから」とあんまり評価しない人もいるんです。閉館した桜坂劇場を復活させたりと、沖縄文化に大きく寄与しているともおもうのですが、これも評価されない。そんな中江さんが沖縄をどう見ているのか、ぼくは強く興味を持ちました。あまりタイムリーではなかったかもしれませんが、本人が封印していたものを少しずつ解き放ち語ってくれたとなぁと感じています。

 

 

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カメレオンのように

 

―― インタビューはどんな方法でされているのでしょうか。

 

いろんな取材の方法があるけど、ぼくは取材相手と頻繁に会うことを大事にしています。ぼくの場合、相手を好きになりすぎるところがあって、夢にも出てくるくらいです(笑)。何度も会いにったり、ご飯を食べたり、お酒を飲んだり、旅に同行したりと、濃密にコミュニケーションをとります。でも、最初の二ヶ月くらいで、不思議なことに書きたいという気分が一気に落ちるんですよ。

 

相手のことをわかっちゃったから、もう書かなくてもいいかと、勝手に完結してしまう(笑)。でも、またしばらく経つと「やっぱり惹かれるなぁ」と思いなおしてくる。一度どん底に手をついてから、戻ってくるような感覚はあります。どんな人も同じようなプロセスを繰り返しながら、取材を続けています。だいたい、アポイントメントから含めると、媒体に掲載するまでに半年ほどかかります。

 

 

―― この本では、とてもナイーブな内容についても触れています。相手との信頼関係が大事だったとおもうのですが、どのように距離を詰めていったのでしょうか。

 

今回の場合は、相手にギャラを一切払っていません。ですから、ぼくのインタビューを受けることが面倒なのではなく、楽しいとおもってもらわないといけません。

 

ぼくと話すことで発見があったり、新たな自分に気づいてもらえるような関係性をつくることが重要です。そうなると、相手もぼくに聞いてくるんです「今こんなことを考えているんだけど、どうおもう?」と。その答えがぼくの中にあるとおもうから聞いてくるわけで、それは信頼されている証です。

 

こいつといると自分にとってプラスになり、自分でも知らなかった部分を引き出してくれる、どんなことでも受け止めてくれる、どこにも書かれていなかった自分の像を書いてくれる。そういう信頼関係を醸成していくために、11人それぞれに異なる仕掛けをしました。

 

職業や立場が違うので、どのようにアプローチしていくのか考えるのが一番大変だし、楽しいところでもあります。産婦人科医の宋美玄さんであれば、宋さんの本を手がけている編集者が長年の知り合いでしたので、そこから紹介してもらいました。やはり、信頼関係のある人から紹介してもらうのは重要です。それと、宋さんの場合は母方のおじいさんが韓皙曦(ハン・ソッキ)という、朝鮮史・キリスト教史研究者として有名な方なんです。

 

でも、宋さんはおじいさんの本を一冊も読んだことがない。だから、ぼくは韓さんの本を全部読みました。絶版のものも古本でそろえました。それを全部頭に入れていったので、孫よりもおじいさんに詳しくなってしまいました(笑)。「おじいさんのことはなんでも聞いてください」と自信を持って言え、宋さんの相談役になることもしばしばでした。

 

 

―― 知りたい情報を提供して、相談に乗ったということですね。

 

宋さんの場合はそうですね。海堂尊さんの場合は、Ai(Autopsy imaging、死後画像診断)の普及に取り組んでいたので、取材者という枠を超えて協力しました。当時の民主党政権時代の厚生労働省財務官だった足立信也議員の秘書が、仲のいい友人だったので、海堂さんを紹介したんです。その結果、足立議員と海堂さんがAiについて対談することになりました。その対談はぼくのブログだけにしか載っていません(*1)。足立議員はもともと問題意識が高かった方なので、その後、積極的にAiについて議会で発言して下さったようです。このように取り計らうことで、がっちり関係を組むことができます。

 

(*1)海堂尊氏と足立厚生労働大臣政務官との対話(2010.5.19) その1海堂尊氏と足立厚生労働大臣政務官との対話(2010.5.19) その2

 

 

―― 取材すると共に協力して、関係性を築いていったんですね。

 

ぼく自身もAiの必要性を感じていたので、協力したんです。

 

俳優の宇梶剛士さんの場合は、インタビューをするまでにすごい時間がかかったんですよ。最初にやったのは彼と旅をすることと、酒を飲むことです。しかも、とことこんまで付き合う。周りにいる人が酔いつぶれても付き合う。朝まで付き合う。「行こう」という場所にはどこでも付き合いました。時には、飲み明かして朝8時になることもありました(笑)。

 

するとある日、宇梶さんにホテルのカフェに呼ばれて、「今日一日、時間があるからなんでも聞いてくれ」と言われたんです。やっぱり、ぼくが宇梶さんを観察しているように、聞く方も観られているんです。どのくらい自分に興味があるのか試されている。だからこそ徹底して付き合ってきました。

 

 

―― 宇梶さんの章は特に印象に残りました。身体に恵まれていて、「強い」からこその辛さがあるんだと、目から鱗が落ちましたね。

 

そうですね。強いから弱い、苦しいという気持ちと、その故に彼が背負っている自負も書くことができたとおもいます。そういう意味ではインタビュアーがよき理解者になれた瞬間でしたね。

 

このように、相手との距離を詰めていく方法は一人一人違いますし、毎回変えていきます。普遍的な技術はなく、いかにカメレオンのように色を変えられるのかという対応力が必要いなってくるんです。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

・仲村清司氏インタビュー「変わる沖縄——失われる心と『沖縄問題』」

・宮城大蔵「静かに深まる危機——沖縄基地問題の二〇年」

・北村毅「戦争の『犠牲』のリアリティー:当事者不在の政治の行く末にあるもの」

・神戸和佳子「『わからなさ』の中でいかに語り考えるのか——沖縄をめぐる哲学対話の実践から」

・山本ぽてと「沖縄トイレットペーパー産業史」
・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」