特別永住資格は「在日特権」か?

否定された「在日特権」デマと特別永住資格

 

「在日特権」というデマがある。《在日コリアンは日本人にはない特権を享受している》と誣告するもので、例えば「申請するだけで生活保護を受給できる」「税金は納めなくてよい」「医療、水道、いろいろ無料」といったたぐいの流言群のことである。

 

この種のデマは、その原型を1990年代末ごろに右派メディアが報じるようになり、山野車輪『マンガ嫌韓流』(普遊社、2005年)などの影響もあって2000年代半ばごろからネットで尾ひれを付けながら普及したものだ。

 

その間15年余りに渡って一貫して勢力を拡大し、《在日コリアンは弱者を装いながら不当に利益をむさぼる悪徳民族だ》といった差別的な認識を増幅させることに一役買ってきた。加えて、真実に誠実であろうとする人にも、「そんなバカげた話はないと思うけど、でも『ない』と言い切るほど知識があるわけじゃないから……」と差別への反論を沈黙させる効果を生み出してきた[*1]。

 

[*1] 明戸隆浩「”在日特権”のデマに乗せられないために」- Togetterまとめ

 

このデマは今も収束してはいない。例えば、今年8月、藤岡信勝は「在日特権」デマをまとめたウェブサイトを引用しながら、「在日特権について、大変わかりやすい解説に出合いました。ありがとうございました」とFacebookに投稿し、529人から賛同を受けている[*2]。

 

[*2] https://www.facebook.com/nobukatsu.fujioka/posts/691304340955343

 

その一方で、近年になって安田浩一『ネットと愛国』(講談社、2012年)、野間易通『「在日特権」の虚構』(河出書房、2013年)など地道にこれらデマの非現実性を指摘する試みが奏功し、ようやく「在日特権」デマの勢力拡大に歯止めがかかるようになってきたようにも思われる。

 

「在日特権」反対の旗を振ってきた人々が「在日特権」をデマだと主張しはじめたのは、その趨勢を敏感に察知してのことだろう。例えば、『ザ・在日特権』(宝島社文庫)でこの言葉を創り出したともいわれる野村旗守は、2013年に入ってから、「まるで在日はすべての公共料金を免除されているかのような流言飛語がネット上に飛び交ったが、これらは憶測に基づくただのデマ情報であった」と述べるようになっている[*3]。また、「在日特権を許さない市民の会」(以下、在特会)の広報局長ですら、2013年10月末には「在日特権リストってありましたよね? ……これ全部デマです」と断言せざるをえなくなっている[*4]。

 

[*3] ヘイトスピーチ考① 「在特会の何に危惧するのか?」 – 野村旗守ブログ  なお、2013年5月7日に開かれた「差別主義・排外主義に反対する院内集会」でも同種の発言をしている。[ご本人としては「在日特権という言葉の生みの親」と称されるのを迷惑に感じているとのこと。事実、野村氏としては「在日特権リスト」のようなデマを流してはいない。-2015.3.4追記]

 

[*4] 在特会広報部が「在日特権リストはすべてデマ」と表明 – NAVER まとめ

 

表1はGoogleにてツイッターに限定して”在日特権”と”デマ”を期間ごとにアンド検索した結果である。この種の統計は必ずしも実態を正確に反映しているとはかぎらないが[*5]、それでも、ツイートの内容にも注目しながら読んでいくと、「在日特権」をデマだと断定する主張は2013年後半から漸増し、2014年以降は急速に増えていることは否定できない傾向だといってよさそうである。

 

[*5] Googleのデータベース作成プロトコルはしばしば変更されるため、検索語のヒット件数が必ずしも時期的な変化をそのまま表しているとはかぎらない。また、ツイッターのユーザー数自体が増加を続けている以上、この種の統計が必ずしも関心の増加を意味するとはいえない。また、この両検索語が含まれるツイートの中には「在日特権を否定する在日のデマ」のようなものも存在するため、あくまで一つの参考資料にとどまる。

 

表1 「在日特権」「デマ」のツイート数

表1 「在日特権」「デマ」のツイート数

とはいえ、在特会が自らの組織名に冠した「在日特権」の存在を完全に否定したということではない。彼らが「デマです」と断定したのは、事実でないことが暴露され、在日コリアンの《悪徳》を印象付けるためのツールとして効力が低下したものに限られる。逆にいえば、事実であることが間違いない特別永住資格(詳しくは後述)については、不当な「特権」であるとの主張を強めてすらいる。

 

在特会らの特別永住資格に対する攻勢は一定の訴求力を持っているらしく、例えば、橋下徹大阪市長は今年9月25日の会見で次のように述べている[*6]。市長は必ずしも特別永住資格が「特権」だとの主張を全面的に支持しているわけではないが、在特会に一定の共感を示した格好である[*7]。

 

 

確かに特別、僕、特別永住者制度っていうのは、もうそろそろやっぱり終息に向かわなきゃいけないと思ってる……どういう場合に一般永住の資格は取り消しになるかとか、きちっと定められている中でね、特別永住者制度っていうもので別物を設けてるからいろいろ問題があるっていうのは確かにそのとおり

 

[*6] http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000280392.html

 

[*7] 橋下徹大阪市長は、10月20日の会見で「特別扱いというのは、逆に差別を生むんです」と述べ、特別永住資格を同和対策事業にたとえてみせた。長年にわたって差別と格差を放置し続けた行政の不作為を清算するための政策のことを優遇措置と表現するのはおかしいが、そもそも「特別永住資格」は同対事業のようなアファーマティブ・アクションですらないということは強調しておくべき点である。同対事業では、地区環境の整備、社会福祉施設の設置、公営住宅の設置などのいわゆる「箱物」行政が実施されたが、特別永住資格を持つ在日コリアンは被差別部落に混住していてもそれらのサービスの対象外とされた。特別永住資格に、その種の「優遇措置」は一切与えられなかったのである。http://blogos.com/article/96895/

 

加えて、「特別永住資格」は「アファーマティブ・アクション」ですらないということは強調しておくべき点である。同和対策事業では、地区環境の整備、社会福祉施設の設置、公営住宅の設置などのいわゆる「箱物」行政が実施されたが、特別永住資格を持つ在日コリアンは被差別部落に混住していてもそれらのサービスの対象外とされた。特別永住資格に、その種の「優遇措置」は一切与えられなかったのである。

 

さらに今年9月28日には、池田信夫がブログ記事の中で「在特会が在日の特別永住資格を『在日特権』と呼ぶのは、それなりに理由がある」などと記述した[*8]。この記事はあまりにも虚偽記載が多いということで批判が起こったが[*9]、池田氏は虚偽記載を改めることもせず、翌9月29日にはわざわざ在特会とは別のロジックを仕立てあげて「戦後しばらくの経過措置として彼らの事実上の権利を認めたのはしょうがないが、そういう特別扱いはもうやめるべき」だとの主張を繰り返した[*10]。

 

[*8] 在日はなぜ帰化しないのか – 池田信夫 blog

 

[*9] 池田信夫さんのブログ:在日はなぜ帰化しないのか の嘘 – Togetterまとめ

 

[*10] 在日って何? — 池田 信夫(アゴラ) – Y!ニュース

 

以上の状況を整理すると、一部の荒唐無稽な「在日特権」デマは収束に向かいつつあるようだが、特別永住資格が「在日特権」であるという在特会の主張は、逆に、一部の政治家とメディアのお墨付きを受けて[*11]、一定の支持を得はじめているようにも見えるのである。

 

[*11] これに関連して、埼玉新聞が今年9月24日、在特会のデモの様子を報じた記事を紹介したい。「「入管特例法廃止を」 在特会が大宮で会合、主張に反対の声も」と題した記事は、「私たちの最終目的は入管特例法の廃止。さまざまな在日特権を認めるべきではない。反日の韓国とは付き合うべきでない」など在特会の主張をそのまま掲載し、かつ、見出しにも利用したことで、あたかも在特会の主張が「価値のある、何らかの正当性をもったものと読者に捉えられてしまう」との危惧が寄せられた(明戸隆浩 前掲URL)。事実、この記事は【サヨク悲報】と題して、ネット右翼系のメディアで好意的に紹介された。

 

 

特別永住資格は「特権」なのか

 

在特会会長は、京都朝鮮学校への人種差別的行為を問われた民事訴訟で、「一番許せないのは、入管特例法によって在日朝鮮人は殺人、強姦しても国外退去されないこと。他の外国人ならば万引きしただけで国外退去だ」「入管特例法を廃止して一般の外国人と同じにして、温かい祖国に帰してあげる」と陳述したそうだ[*12]。

 

[*12] 「万引きしただけで国外退去」というのはまったく事実に反することで、実際の退去強制事由は、刑法犯でいえば「無期又は1年を超える懲役若しくは禁錮に処せられた者」である。

 

しかし、旧植民地出身者に与えられた特別永住資格とは、はたして《日本人にはない特権》というべきものなのだろうか。そのことを考えるため、少々長くなるが、在日コリアンの国籍と特別永住資格について、できるだけ細かい法理論に立ち入ることなく、歴史的経緯を解説しておきたい。

 

なお、戦後の在日コリアンの歴史を正確に理解するには、(1)日本政府、(2)在日コリアンの代表組織、(3)GHQ、(4)朝鮮半島の政体の少なくとも4者をプレイヤーとして視野に入れなければならないが、そのことがこの問題を分かりにくくしている原因でもあるため、本稿では議論を単純化するため日本政府の政策に論点を集約する。

 

 

(1)在日コリアン一世は不法入国者か?

 

ネット右翼の中で流通しているデマの一つに、在日コリアン一世はそのほとんどが密航してきた不法入国者だ、というものがある。だがこれほど荒唐無稽な話はないだろう。なぜなら、一世が日本本土に渡来した植民地時代、朝鮮人は日本臣民だったからである。たとえるなら、政府が推奨する就職先を選ばずに自力で九州から東京の企業に就職した日本人大学生を「密航してきた不法入国者」と呼ぶようなものだ。

 

なるほど、三一独立運動後の治安対策や内地の雇用過剰感等から、大正14年(1925年)から昭和19年(1944年)まで、植民地朝鮮から内地へ渡航しようとする者には許可制による制限が加えられた[*13]。そして、行政上は許可を得ずに渡航する者を「密航者」と呼んだようである[*14]。しかし、同じ国民の地域移動を法で規制できるわけもなく、あくまで「朝鮮人を保護するため」を名目としたものにすぎなかった。制限外での渡航が「密航」と呼ばれようとも、それは決して「不法入国」などではなかったのである。

 

[*13] むしろ、この渡航制限に関しては、それをかいくぐって渡航した「密航」を非難するよりも、日本人には適用されない明らかな民族差別的制度が存在したことをこそ批判されるべきであろう。

 

[*14] 昭和2年(1927年)時点の統計によると、許可を得ずに本土に「密航」した者の比率はわずか0.7%にすぎず(南滿洲鐵道株式會社經濟調査會著『朝鮮人勞働者一般事情』南滿洲鐵道、昭和8年、42頁)、大多数は適切に許可を得て移動していた。

 

むしろ、植民地期の渡航制限に関して留意すべきことは、それが朝鮮人を《形式的には日本国民、しかし実質的には外国人扱い》した差別処遇であったということだ。

 

 

(2)在日コリアンはいつまで日本国籍を保持していたのか

 

上述の渡航制限のほか、植民地時代にはさまざまな差別政策があったものの、少なくとも国籍という点では朝鮮人も同じ日本国民であった。では、日本に居住するコリアンはいつまで日本国民だったのか。

 

一般には、「終戦(ポツダム宣言受諾)」(1945年9月2日)によって日本国籍を失ったと考える人が多いようだが、そうではない。ポツダム宣言の受諾によって日本の朝鮮支配は終結したが、それによって実質的に日本国籍が意味を失ったのは朝鮮半島に居住するコリアンだけであった。日本本土に居住していたコリアンが日本国籍を失うのは、もっと先の話である。

 

では、「朝鮮民主主義人民共和国や大韓民国の樹立」(1948年8~9月)かというと、それも違う。国家の樹立により、国際法的効果を持つ国籍を手に入れたのは、やはり朝鮮半島に居住するコリアンだけであった。

 

日本本土に居住していたコリアンが日本国籍を失ったのは、「朝鮮の独立を承認して……朝鮮に対するすべての権利、権原および請求権を放棄する」と定めたサンフランシスコ講和条約が発効した瞬間(1952年4月28日)である――というのが日本の政府および裁判所の見解である。

 

ただし、法理論上、在日コリアンが1952年時点までは日本国籍を保持していたといっても、実質的には日本国籍に伴う諸権利の行使を制限されていった。【次ページにつづく】

 

 

 

■■「シノドス」へのご寄付のお願い■■

 

 

困ってるズ300×250

 

 

α-synodos03-2

1 2

vol.202+203 特集:リベラルとはなにか

 

・飯田泰之×仁平典宏「これからのリベラルになにが必要か?」

・稲葉振一郎「『存在の自由』?」

・宮城大蔵「冷戦後日本外交にリベラルの水脈を探る」

・辻由希「女性政策の『使い方』」

・前嶋和弘「アメリカのメディアにおける『リベラル・バイアス』」

・戸村サキ「ニートいろいろ:就労支援機関での体験 <2>」