最高裁判事の国民審査では何を判断すべきなのか?

衆議院議員選挙と同時に、最高裁判所の国民審査が行われます。

 

「最高裁判所の国民審査」といわれても、なんだか難しくてつまらなそうです。この原稿も、タイトルだけでやめてしまう方も多いのではないかと危惧しております。この行までたどり着いていただいたことをうれしく思います。

 

ということで、最高裁判所の国民審査についてお話しましょう。

 

 

なぜ国民審査なのか?

 

日本国憲法には、次のような規定があります。

 

【日本国憲法第79条2項】

最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。

 

つまり、国民の意思によって、最高裁判所判事がやめさせられる可能性がある、ということです。日本国内では、任命された公務員を国民投票や住民投票で解職する制度はほとんどありません。他に解職制度があるのは、住民によって直接選挙で選ばれる知事や首長だけです。また諸外国を見渡しても、裁判官を国民が審査する制度は珍しく、アメリカ・ミズーリ州の憲法※を参考にしながら作られた制度だと言われています。

 

※アメリカには、各州に「州憲法」や「州最高裁判所」があり、それぞれの州が、独自の司法システムを持っています。

 

最高裁の裁判官は、司法の最終判断を担当します。市民の間の紛争はもちろん、市民と国家の間の紛争についても、公正・公平に判断することが司法には求められます。国家の権力が、不当に国民の権利を侵害した場合には、裁判の場で、そのようなことをしてはいけない、と宣言するのが司法権をつかさどる裁判所です。司法権は国民の権利を護るための最後のよりどころですから、裁判所が公平・公正な判断を行っているか、見張っておく必要があるでしょう。

 

さて、国民が権力を監視するには、幾つかの方法がありますが、まず、権力に関する情報を公開することが必要です。立法を担当する国会は公開の討議が原則ですし、行政機関のレベルでも情報公開法があります。憲法は、民事・刑事の裁判も「公開」(37条1項、82条)するよう求めています。

 

次に、国民が、公務員の選定に関与できなくてはいけません。国会議員は選挙されますし、行政の中心を担う内閣総理大臣は、国会で選挙されます。では、なぜ憲法は、最高裁の裁判官を選挙するようにしなかったのでしょうか。

 

ここには、司法の独立という理念が関係しています。

 

例えばもし、「こいつは、〇×党員だから」という理由で、やってもいない無実の犯罪を認定されてしまったら、あるいは、明らかな憲法違反の拷問を、「時の政権が望んでいるから」との理由で、「合憲だ」といってしまったら、国民の自由は失われてしまいます。

 

ですから、裁判官は、「法」と良心のみに従い、それ以外の政治的圧力や経済的利害関係や宗教などから「独立」して、司法を運営しなければなりません。選挙は、司法を政治の中に巻き込んでしまうもので、裁判官の選び方としては、あまりよい方法ではないと考えられています。

 

また、裁判官の能力は、ある程度の法律知識や法曹の世界を知らないと測定できないので、選挙しろと言われても、多くの国民は困ってしまうでしょう。

 

そこで憲法は、専門知識を持った人に裁判官の選定をゆだねる一方、国民には、その選抜過程に問題がないかチェックしてもらう方式を考えたのです。

 

したがって、国民審査では、「どの裁判官にやってほしいか」を考えるのではなく、「その裁判官の選ばれ方に問題がないか」、「選ばれた後の裁判官の仕事に問題はないか」、ということを中心に判断をすることになります。

 

 

そもそも最高裁判事はどうやって選ばれるのか?

 

では、そもそも、最高裁判事はどうやって選ばれるのでしょうか。憲法は、内閣が最高裁判事を選ぶと決めています(6条2項、79条2項)。これだけを聞くと、時の内閣が自分に都合のよい人物を選んでいそうな印象を受けますが、実態は、それほど単純ではありません。

 

現在、最高裁判事の定員は長官含めて15名。この15名には「枠」があると言われていて、裁判官出身が6、弁護士が4、行政官僚が2、検察官が2、法学者が1と言われています。

 

例えば、現在の寺田逸郎長官は、東大法学部卒業後、判事任官。法務省勤務などを経て、東京高裁判事、広島高裁長官などを歴任し、平成22年に最高裁入り。平成26年4月1日から現職で、いわゆる「裁判官枠」の1人です。その他の裁判官は、以下のようになります。

 

【現職の最高裁判事一覧】

※岡部判事は、平成5年に退官し、東洋大、慶應大の教員を歴任している。

 

 

千葉判事から大貫判事までの7名が民主党内閣、鬼丸かおる判事から池上政幸判事までの5名が自民党内閣によって任命されています。一覧表にしてみると、6:4:2:2:1の割合は維持されており、民主党内閣と自民党内閣の指名に、大きな傾向の違いはありません。

 

なぜ、でしょうか。

 

内閣が、最高裁の意向を尊重する慣行があるからです。最高裁は、「判事枠」・「学者枠」は自ら選び、「検察官枠」・「行政官枠」は検察庁や法務省・内閣法制局・外務省などの意向を尊重して人選します。また、「弁護士枠」は日本弁護士連合会の推薦で人選します。最高裁は、それらを取りまとめて内閣と懇談し、人選が行われるわけです。

 

もちろん、時の内閣が全く働かないというわけではなく、例えば、「法学者」枠の岡部喜代子判事の任命には、鳩山由紀夫首相の女性に活躍してほしいという意向が働いたと言われています。

 

実際、岡部判事の学問的業績は、これまでの「法学者」枠の判事、藤田宙靖先生や奥田昌道先生に比べると見劣りすると評価する法律家は多いと思いますし、判事の経験が長く、どちらかというと「判事枠」の人選ではないかと評価する人もいます。

 

また、山本庸幸判事の前職は、内閣法制局長官です。内閣法制局から最高裁判事に任命される例は、これまでも多数ありましたが、安倍首相の強引な長官人事と絡んでの任命だったので、注目を浴びました。

 

こうした人選は密室で行われ、内部でどのような議論があったのかは、ほとんどわかりません。公正確保のためには、選考過程の透明化が必要だろうと指摘されています。【次ページにつづく】

 

 

 

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