成長戦略としての「女性」――安倍政権の女性政策を読み解く

1.はじめに

 

安倍晋三政権は「女性の活躍」を成長戦略の柱に据え、安倍首相は「すべての女性が輝く社会」を連呼している。そのため、安倍が男女共同参画やジェンダー平等に熱心だと思っている読者もいるだろう。他方、安倍のいっていることはポーズに過ぎないという見方もある。特に、政権初期に「3歳まで抱っこし放題」を打ち出したためか、本音は「女性は家庭へ帰れ」だという見方もある。第一次政権発足前には、「ジェンダーフリー」を攻撃するバックラッシュ運動に関与し、男女共同参画社会基本法を根本的に考え直す必要を語っていた安倍が、まさか女性の活躍とは、というわけである。本稿では、安倍政権の女性関連政策の検討を通じ、こうした対極的な見方が生まれる背景を解き明かしていきたい。筆者は既に、安倍政権の女性政策について検討を行っているが(注1)、本稿ではその後に出た「1億総活躍」関連の文書についても検討を加える。

 

(注1)紙幅の関係で、本稿では先行研究や資料などからの引用を丁寧に行いきれないところがある。詳しくは堀江(2016)を参照されたい。

 

筆者の理解では、安倍政権が掲げる女性の活躍促進はポーズなどではなく、政権は少子高齢化の波を乗り切る上で必要な労働供給を賄い、GDPを増大させるために、女性の就労を拡大することを実際に目指している。ただ、安倍自身はバックラッシュの過去を反省し、ジェンダー平等派に変わったわけではない。成長戦略としての「女性の活躍」政策は、ジェンダー平等政策とは異なる、ということには注意が必要である。

 

以下では、まず2節で安倍政権の女性政策が成長戦略であることを資料から確認し、3節では安倍がそれを、自身が依拠する保守派の論理とどう折り合いをつけているのかを考察する。そして、4節では野党への「抱きつき」などとも評される昨今の社会政策化が、やはり成長戦略として理解できることを確認する。

 

 

2.なぜ安倍政権は「女性活躍」をうたっているのか

 

安倍政権はなぜ女性の活躍に積極的なのか。政党間競争、すなわち選挙対策だという面は確かにあるだろう(辻 2015)。第一次政権時は女性の支持率の方が高かったが、第二次・第三次安倍政権は男性に比べ女性の支持率がかなり低い。そのため、女性有権者にアピールしたい動機が、政権には確かにある。しかし、女性票を獲得するために、本当はやりたくもない女性活躍政策を安倍が無理に掲げているというわけでもない。選挙対策を抜きにしても、安倍には「女性の活躍」を推進する理由がある。

 

まず、少子高齢化と人口減少社会の下で、女性の労働供給が必要とされている。高齢者が増え現役世代が縮小する中で社会保障制度を維持するのは困難な課題である。支える側と支えられる側のアンバランスを緩和するには、労働力人口を増やす必要がある。「産めよ殖やせよ」の人口政策には批判もある上、歴代政権の「少子化対策」は効果を挙げておらず、出生率の劇的な向上は至難の業である。また仮に生まれる子どもが増えたとしても、彼らが労働市場に参入して支える側に回るのは20年ほど先のことになる。

 

2000年代には、政府の少子化文書に「出生率の反転」を目指すといった表現がしばしば用いられ、与党幹部らが合計特殊出生率の数値目標に言及することもあった。背景には、数が多い団塊ジュニア世代が30代であるのはあと数年との焦りがあった(堀江 2009)。実は合計特殊出生率は2005年の1.26を底に、その後、上昇傾向にあるが(2015年は1.46)、団塊ジュニア世代が40代に入り、出生児数は減っている(2005年:106万3千→2015年:100万6千)。

 

そこで現在、出生率以上に追及されているのは、潜在的労働力の掘り起こしである。移民政策はハードルが高いため、女性、高齢者、若者にいま以上に働いてもらうことが考えられてきた。こうした事情を、民主党政権の文書は明快に語っていた。「少子高齢化による『労働力人口の減少』は、我が国の潜在的な成長エンジンの出力を弱めるおそれがある。そのため、出生率回復を目指す『少子化対策』の推進が不可欠であるが、それが労働力人口増加に結びつくまでには20年以上かかる。したがって、今すぐ我が国が注力しなければならないのは、若者・女性・高齢者など潜在的能力を有する人々の労働市場への参加を促」すことだと(「新成長戦略について」2010年、31~32ページ)。

 

塩崎恭久自民党政調会長代理(肩書は当時。以下同)は人手不足について、「日本人の生産性を上げるのが最優先だ。…これまで活躍できていなかった女性、高齢者、若者の機会を増やす政策を総動員すべきだ」と述べた(『日本経済新聞』2014年5月10日付)。2015年9月、難民受け入れについて問われた安倍は、「人口問題として申し上げればですね、いわば我々は移民を受け入れるよりも前にやるべきことがある。それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくには、まだまだ打つべき手があるということでもあります」と答えた。聞かれているのは難民問題であって人口問題ではない。全く的外れだが、これは安倍がよく国会で、野党から聞かれたことに答えず別の話をしてはぐらかすのと同じ類というよりは、人口減少社会、少子高齢社会の乗り切り方について、日ごろ考えている優先順位がつい出たのかもしれない。

 

女性や高齢者の就労を増やし、労働人口減に歯止めをかけるというシナリオは、政府の諮問機関等から度々提示されている(雇用政策研究会「雇用政策研究会報告書」2014年、35~36ページ、『経済財政白書 2015』74ページなど)。例えば2014年の『経済財政白書』の試算は、子育て支援の充実で働く女性を100万人増加させることが可能だとしている(『経済財政白書 2014』170ページ)。子育て支援の狙いが女性の労働供給である点を確認しておきたい。

 

労働人口減は、社会保障制度の維持のみならず、経済成長の足かせともなる。先日、閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」は、少子高齢化が「成長の隘路」だとの認識から、「少子高齢化に死にもの狂いで取り組んでいかない限り、日本への持続的な投資は期待できない」とし、「多くのポテンシャルを秘めている女性や、元気で意欲にあふれ、豊かな経験と知恵を持っている高齢者など」の「潜在力とアベノミクスの果実を活かし…少子高齢化という日本の構造的問題」に立ち向かう必要があるという(2ページ)。

 

女性の労働供給を増やすのは経済成長のために必要であり、「女性の活躍」政策は、社会政策ではなく成長戦略だということや、これまで最も活かされてこなかった人材は女性だといったことが、繰り返し述べられている(安倍総理「成長戦略スピーチ」2013年4月19日; 「日本再興戦略2013」4~5ページ; 安倍 2014: 104; 幸田・安倍 2014: 63)。つまり、人口減少社会で経済成長を実現し社会の活力を維持していくためには、最大の潜在力である女性の力が不可欠だというのである(すべての女性が輝く社会づくり本部「女性活躍加速のための重点方針2015」1ページ)。

 

安倍の経済ブレーンである本田悦郎が述べるように(『日本経済新聞』2014年12月3日付)、専業主婦がパートで働きに出るなど、非正規雇用でもそれまで働いていなかった人が働き出せば、経済にプラスとなる。加えて、女性の労働参加が進むことで、新しい価値観が持ち込まれてイノベーションが生まれることや、主婦が働きに出ることによる収入増を通じた購買力の増加も、成長要因に数えられている(「日本再興戦略2013」5ページ; 安倍 2014: 104; 「日本再興戦略2016」25ページ;「ニッポン一億総活躍プラン」4~5ページ)。内閣府男女共同参画局の資料でも、「なぜ女性の活躍が重要か?」の答えは、「労働力人口の増加」「優秀な人材の確保」「新たな財・サービスの創造」である(「成長戦略としての女性の活躍促進」2014年)。

 

ただ、女性の労働力化が成長に寄与するという認識は安倍政権独自のものではなく、これまでも語られていた。例えば、「我が国経済社会の再生に向け、日本に秘められている潜在力の最たるものこそ『女性』であり、経済社会で女性の活躍を促進することは、減少する生産年齢人口を補うという効果にとどまらず、新しい発想によるイノベーションを促し、様々な分野で経済を活性化させる力となる」というのは、安倍政権の主張とそっくりだが、野田佳彦民主党政権の文書である(女性の活躍による経済活性化を推進する関係閣僚会議「『女性の活躍促進による経済活性化』行動計画」2012年、1ページ)。

 

民主党政権「日本再生戦略」の工程表と、安倍政権「日本再興戦略」の工程表では、2020年までに25~44歳の女性就業率73%、第1子出産前後の女性の継続就業率55%、男性の育児休業取得率13%といった数値目標が全く同じである。政策を作る霞ヶ関が政権交代したわけではないからだが、過去の政権も同じ政策を掲げていたことがあまりに指摘されないことには驚かされる。果たして安倍自身は、民主党政権と同じ政策を掲げたことを知っているだろうか。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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