2013.02.18

政治と経済の失われた20年 ―― データから語る日本の未来

片岡剛士×菅原琢×荻上チキ&飯田泰之

政治 #デフレ#小選挙区

自民党の圧勝で終わった昨年の衆議院議員総選挙。総選挙二日後に行われた本イベントにおいて、エコノミストの片岡剛士氏は民主党の大敗を、マニュフェストが実現できなかったことに対する国民の失望の結果だと解説。政権を奪取した自民党・安倍総裁の掲げる「アベノミクス」が、日本経済に対してどのような影響を与えるか、データを分析した上で語った。

対して政治学者の菅原琢氏は、自民党の得票数・得票率から、本選挙において自民党は決して圧勝していないことを提示。現行制度である小選挙区比例代表並立制では、政党「制」と言える安定した状態が一向に訪れない可能性を指摘した。

本格的に始動し始めた安倍政権。2013年7月に迫る参議院議員総選挙。飛び入りゲストに経済学者・飯田泰之を迎え、荻上チキ司会のもと、今後の日本の政治と経済について語り合った。(構成/金子昂)

データから語る日本の未来

荻上 こんばんは、荻上チキです。みなさん「年末WEBRONZAスペシャル 政治と経済の失われた20年 ―― データから語る日本の未来」にご参加いただきありがとうございます。本イベントは当初、年末にしっとりと日本の政治、経済について語りながら夜を過ごそうと思い、企画を立てたものでした。この企画を立てたときは、まさか衆議院が解散し、投票日の翌々日がイベント日になるとは考えていなかったので、関係者一同びっくりしています。

本日お越しくださったみなさんは、今後の日本の政治経済はどうなっていくのか、非常に気になっていることでしょう。今回の選挙で争点となった金融政策、選挙後に巻き起こったさまざまな議論は、じつは経済学者、政治学者が何年も前から議論していたものでした。今日は、政治学者の菅原琢さんとエコノミストの片岡剛士さんと一緒に、政局ではなく、データにもとづいて政治と経済について考えていきたいと思います。

小選挙区比例代表並立制は難しい

荻上 さて、二日前に自民党の圧勝で終わった選挙ですが、すでにさまざまな報道がされています。もっともよく耳にするのは「自民党の圧勝ではない。民主党の惨敗だ」という論調です。田中真紀子さんは「自爆テロ」とおっしゃっていましたが、もれなく「ただの自爆だろ」というツッコミが飛び交いました。選挙特番で自民党議員の方と電話を繋ぐと、「敵失」という認識を示す方が多かった。菅原さんは、今回の選挙の結果をどう見ていらっしゃいますか。

菅原 一言ですませるのは難しいかもしれませんが、前回、前々回とは少し違った意味で、小選挙区比例代表並立制はやはり厄介だというのが最大の教訓だと思います。

今回の選挙では、自民党に人気があったために票が伸びたというよりは、もとからある支持母体を固めたこと、公明党の忠実な協力によるものが大きいでしょう。加えて、民主党の支持が下がり、棄権が増える一方、維新の会とみんなの党にも票が流れたことにより、民主党に集まっていた反自民票も分散しています。これにより相対的に有利になり、自公は小選挙区で圧勝したのです。

比例区の自民党の得票数を見ると、1700万に届いておらず、惨敗した前回以下です。得票率の27.6%も前回の26.7%から1ポイント伸びた程度です。自民党の幹部も、議席数の伸びにびっくりしているのが正直なところなのではないでしょうか。

荻上 ジャーナリストの神保哲生さんは、「自民党はむしろ困るだろう」とおっしゃっていました。というのも、これだけの議席数を獲得してしまうと、自民党と公明党であらゆる政策が通せてしまうため、「できなかったときのイイワケがなにひとつない」ためです。いままで乗り気じゃない政策については「民主党が足を引っ張っている」と言い訳ができましたが、これからは選挙前に掲げた政策をやらずにいるとどんどん減点されてしまう。

90年代以降、自民党の支持母体、支持者の数は一貫して減りつづけてきました。また、特定の政党に投票することを決めていない人の割合も増えています。この状況では、投票者が多い場合は、特定の政党を応援する人の影響力が弱まり、投票者が少ない場合は支持母体をもつ政党の力が強くなるでしょう。今回の選挙は前回に比べて投票率が10%ほど落ちています。つまり支持母体をもつ政党に有利な選挙だったわけですね。また菅原さんもお話しされたように、政党が乱立したことで反自民票が割れてしまった。

しかし、二大政党制を志していた日本で、なぜこんなにも多くの政党が乱立してしまったのでしょうか。

菅原 小選挙区比例代表並立制は、小選挙区が300議席、比例代表が180議席となっています。仮に小選挙区だけでの選挙制度であれば、少数政党は議席をえられずに消滅したり、大きな政党に吸収されるなどし、ひとつの選挙区を取ればふたつの勢力の候補者が競い合うようになると考えられます。しかし並立制の場合は、比例区が180議席あるため、少数勢力もそれなりに残ります。

荻上 比例代表制は多党制を実現しうるシステムであり、小選挙区制は二大政党を実現しうるシステムであるということですね。現在はふたつの制度が併用されているため、小さな政党もたくさん生まれたということでしょうか。

菅原 だいたいそのとおりです。

小選挙区比例代表並立制は、大政党から分裂して新党を結成しやすい制度でもあります。比例代表制があると、派閥同士の争いが起こったとき、今回の小沢さんのように新しい政党をつくりやすいわけです。それで、分裂元の政党と対決する。今回の日本未来の党は結成時ほどの議席は獲得できませんでしたが、比例代表では消えずに残っています。純粋な小選挙区制とは違い、比例区で救われるという「希望」があり、大政党から離脱する誘因になっていると考えられます。

荻上 なるほど、小選挙区比例代表並立制については後ほど詳しくおうかがいしたいと思います。

なぜ民主党は敗れたのか

荻上 片岡さんは今回の選挙をどうご覧になりましたか。

片岡 民主党の大敗は、前回の選挙で支持を集めたマニフェストを実現できなかったことが原因だと思います。国民がどれだけ民主党にがっかりしているかが如実に出た選挙結果と言えるでしょう。

民主党の政策集では、最初に社会保障、つまり再分配政策をどのようなかたちで行うかが書かれています。野田さんは、消費税を増税し、広く薄く分配すると言っていました。しかし日本は、民主党政権になった後もデフレの問題は依然として解消されず、経済は成長していません。実績がともなわず、再分配も行えなかったことが経済的な側面からみた民主党の大敗原因だと思います。

少し時間軸のスパンを広げて話をしてみたいと思います。1980年から2012年までの名目GDPの推移をみてみるとわかるように、91年にそれまでつづいていた成長が止まり、2012年まで横ばいになっています。これがいわゆる「失われた20年」。この状態で、高齢化にともなって社会保障の支出が増えれば、財政状況が悪くなるのは当然です。

次に90年から2011年の年率平均の名目GDPの成長率を各国と比較してみましょう。

一目瞭然ですが、日本は0.2%と突出して低い。同時期の実質GDP成長率は年率平均で0.9%ですが、これも主要国のなかで最低です。端的に言えば、これはデフレが原因で起こっている現象です。21年間の物価上昇率を年率平均でみると日本だけがマイナス0.7%。他の国は1%後半から2%ほど。日本が過去20年間、いかに特殊な経済状況であったかがよくわかります。

経済停滞は日本の政治にも色濃く影響していると思います。日本では、91年くらいから不況が始まりデフレに陥りかけた頃に、自民党政権から細川政権というかたちで新しい政治が始まりました。経済が停滞し景気が悪くなると、やはり既存政権に対する不満が出てくるのですね。

荻上 経済が停滞し始めた90年代、自民党は票離れが収まることを懇願するかのごとく公共事業を増やしていましたね。しかし2000年代になって公共事業は減りました。

片岡 90年代以降、名目GDP成長率が停滞し、配るパイが減る一方で、票田に結びつく地域に重点的に公共事業が行われました。本来であれば経済成長に資する事業を重点的に行う必要があったにもかかわらず非効率な事業が優先され、結果的に、さらなる景気停滞と財政赤字の累増を招いた。そして小泉政権では歳出削減と構造改革が叫ばれました。政治と経済のインタラクションが起きているのですね。

荻上 当時の議論を振り返ると、改めて捻じれを実感しますね。

小泉政権にはよく、「地方を切り捨てるな!」という批判が浴びせられていました。それを自民党造反組が口にしているのか、共産党や社民党が口にしているのかで、ロジックがだいぶ違いますよね。自民党造反組は「地方への見返り=公共事業が減ったら票が獲得できないじゃないか!」と思っていたでしょうし、左派であれば、抽象化すれば「田舎に住む権利もある」という批判を行っていたでしょう。

片岡 そして小泉政権の対抗馬として、成長一辺倒ではなく、再分配を主軸に弱者に温かい目を向けるリベラルな人たち、民主党が現れました。しかしあまりに成長を意識しなかったがゆえに、本来やりたかった再分配が実行できず、結局は政権を再び自民党に譲ることになったのだと思います。

「アベノミクス」について

荻上 自民党が掲げた政策で注目すべき点に、デフレを脱却するための大胆な金融政策があげられると思います。片岡さんはこの金融政策についてどのようにお考えでしょうか。

片岡 安倍さんが掲げられた金融施策は、世界の8割の経済学者が賛成する政策パッケージだと思っています。

荻上 でも日本では、8割方のメディアがリフレ政策を叩いている印象もありますが。

片岡 日本の常識は世界の非常識だ、ということです(笑)。

わたしは自民党が掲げる金融政策はまっとうだと思う一方で、デフレを脱却するために公共事業をすると語られている点についてはあまり評価していません。現在、インフラの整備などの公共事業には高度な技術や資格が必要とされています。昔のように頭数を集めて、体力勝負で行う事業はなかなかない。つまり公共事業に予算を投じても、あまり雇用に結びつかないのですね。

もちろん笹子トンネル事故の報道のように、公共事業が必要なのはたしかです。ただ公共事業を行うのであれば、財政政策としてではなく計画的なインフラ整備や、少子高齢化を踏まえたコンパクトシティ構想といったかたち、つまり長期的な視野に立ち、効率性や利便性といった観点からとらえ直した上で事業を行うことが必要だと思います。少なくともデフレ脱却のために公共事業を行うことには賛成できない。

そもそもこの20年を振り返れば、財政政策(公共事業)を主軸にしたデフレ脱却は難しいことがわかるはずです。とくに1990年代は、金融政策は十分ではなく、財政政策が繰り返し行われてきました。これはサイドブレーキを引いたまま、アクセルを踏み込んで、高速道路を100キロで走ろうとしているようなものです。

小泉政権はスピードが出ないのはエンジンの調子が悪いからではないかと思いはじめて、車の構造を改造しようとしましたが、結局それもうまくいきませんでした。ようやく安倍さんが、エンジンの調子が悪いのではなく、サイドブレーキの引きっぱなしが悪いのだと気がついた。でもきっとまだ他の自民党議員は、サイドブレーキを引いたままアクセルを踏み込むことばかり考えているのだと思います。だから財政政策がセットで語られてしまっているのでしょう。

荻上 公共事業はメンテナンスや防災のために必要ではあるが、景気対策としての効果は疑問視されているわけですね。

安倍さんは、自民党総裁選で派閥を取り込んで総裁の座を勝ち取っていますよね。政権を取り戻したいま、族議員的な政治も取り戻されてしまうのではないでしょうか。

片岡 たしかに麻生さんを財務大臣に置こうとしていますし、そういった動きもみられますね。

金融政策以外の政策はいつ行われるのか

荻上 菅原さんにお聞きしたいのですが、中選挙区制度から小選挙区制に選挙制度を変える際、「小選挙区制になれば族議員が減る」という意見がありました。中選挙区の場合、同じ選挙区に自民党の候補者が複数出馬するので、派閥争いが激化し、各省庁に利益をもたらすように動くために、族議員が生まれてしまう。しかし小選挙区は各地区に1人しか出馬しないので、競争が起こらず、族議員も減るだろうというロジックでした。

菅原 中選挙区制には、各地域に散らばった自民党の候補者が選挙区内のそれぞれの地域の利益を代表し戦う構造がありました。小選挙区制では、自民党候補者同士は基本的に戦わなくなりましたが、それぞれの議員がある一定の範囲を代表して、その地域の利益のために働かなければならないという構造は変わっていません。

これが顕著に表れているのが最近の自民党です。自民党は「国土強靭化」を掲げて選挙を戦いましたが、小泉以前に戻ったような印象です。安倍さんが再チャレンジするためには、旧来の自民党的な政治家の協力が必要だったということでしょう。だから安倍さんが仮に金融政策を中心に考えていたとしても、公共事業などに言及しないわけにはいかない。党内力学でいろいろなものを背負わざるをえないのだと思います。

片岡 わたしは、自民党は次の参院選まで金融政策以外のこと、たとえば憲法改正や教育再生などには、本腰をいれないだろうと予想しています。まずはいますぐにできて、効果のあらわれやすい金融政策を重点的に行っていくのではないかと、楽観的ではありますが期待しています。

このグラフの赤いラインは、いわゆる「安倍発言」以降の株価と為替レートの動き、青いラインは日銀が2012年2月14日に行った「バレンタイン緩和」と呼ばれる金融緩和以降の株価と為替レートの動きです。だいたい同じくらいのペースで動いていますね。これだけ顕著に株高・円安が現れれば、一般の方にも金融緩和の効果が実感できると思います。

荻上 社会保障や改憲論議など他の争点はともかく、金融緩和に絞って考えるなら、野党はますます存在意義が薄れてしまいますね。

片岡 安倍政権にはリフレ政策をやらせて、その次の段階で野党が勝負をすることは考えられるでしょう。たとえば、自民党の掲げる自助を中心とした社会保障、これは最低でも現状維持、将来的には社会保障支出を削減していくのは明白ですよね。そこを論点にして戦うことはできると思います。

荻上 ただ、どの政党が自民党と戦えるかというと、いまはまだ見つけられずにいる状態です。

片岡 そこがリベラルな政党の弱さだと思います。

期待しすぎなのかもしれませんが、2014年4月、2015年8月に消費税が増税されることになっています。しかしこれは消費税増税を行っても問題がないと判断できる程度に景気が回復していることが条件になっているので、その頃に景気が回復していなければ、「消費税増税はやめるべきだ」と民主党が言える可能性は残されています。

選挙制度を変えるためには

荻上 民主党がプレゼンスをあげられるかどうかという党の力量とは別に、選挙システムの問題も浮上してくるでしょう。

先ほど菅原さんにお話いただいたように、現行の選挙制度では、二大政党制にはならず小さな政党がたくさん生まれてしまいます。今後、個別の政策で小さな野党がそれぞれ自公連立政権と戦っていくのか、それとも二大政党的なものに戻っていくのか。そして現在の選挙制度を変えるべきか、菅原さんはどのようにお考えですか。

菅原 注目される参院選ですが、衆院選と制度は似通っていて、比例区と小選挙区、中選挙区にわかれています。この制度を前提とすれば、これまでの選挙と同じことになるでしょう。自民党がこれまで1人区で大敗したのは、89年と07年だけで、それぞれ野党間の選挙協力が功を奏した選挙でした。つまり、どの野党も協力して戦うことができなければ、自民党と公明党の連合が勝ちつづけると考えられます。

ただ、これで政権を維持したとしても、政権が安定するわけではありません。内閣支持率の基本にあるのは政党支持率です。選挙で言えば、議席数ではなく、得票率に左右されます。比例区で自民党に集まった票は絶対得票率(有権者数に対する得票数の割合)で16%くらいです。内閣支持率も、これくらいの低い値にむかって低下する運命にあるでしょう。そうなると倒閣の動きがでますし、そうでなくとも総裁選で降ろされる。すると結局、総理がころころと変わるという、ここ最近と同じ混乱が繰り返させる可能性があります。

荻上 だらだらと、二大政党っぽいようでありながら、小さな多党も分裂した状況になると。

菅原 このまま行くと、政党「制」と言える安定した状態が一向に訪れない可能性も高いと考えています。

制度論では、経験を積むうちにプレイヤーが学習し、安定した状態が生まれることを想定したりします。しかしいまの制度では、数回の選挙のうちに議員が大量に落選したり引退したり、今回の民主党のように組織自体が壊滅的になったりしています。ですから、政界に経験が蓄積されないまま、同じ状態がつづくかもしれません。

荻上 お二人の話を要約すると、金融政策への期待もありながら、自民党の古いタイプの議員も生き残っているので、いったいどこを目指しているのかがよくわからない。それは政治、選挙の制度によって生み出されてしまっている。どうやらこの構造が変わらないかぎりは、結局いままでとなにも変わらないまま、だらだらつづいていく。

菅原 基本的にはそうなんじゃないかと(苦笑)。

荻上 ええと、なにかポジティブな話を……(苦笑)。

菅原 突破する方法はないわけではありません。学習の成果をすぐに生かすことです。今回の選挙で、野党がまとまらないかぎり自民党と公明党には勝てないことがわかりました。だったらまとまればいい。

とはいえ、野党にもいろいろな考え方がありますから、容易にはまとまらないでしょう。しかし、ひとつまとまる目標はあります。それが選挙制度です。現在の選挙制度は、定数不均衡も含めて都市部に不当に不利益をもたらし、利益誘導を助長する制度になっています。これを変えるために、都市に基盤をおく各党がまとまればよいはずです。そして選挙制度が変わった後は、それぞれの政策で勝負すればよいでしょう。憲法に対する考え方がまったく違う維新の会と共産党も、選挙制度を変えることに関しては手を組めるかもしれませんよ。

データで政治を可視化する

荻上 以前、菅原さんと、衆議院にも参議院のようにどの議員がなにに投票をしたのかわかるようなシステムが欲しいというお話をしました。われわれが国政を監視する手段として、政治を可視化するデータを公開して欲しい。同様にメディアも、どんな政治が行われているのか、政局ではなくデータを可視化していくべきです。

今回の選挙では、「いいね!」を押したくなるような試みがいくつかありました。たとえば毎日新聞によるボートマッチングシステム。いままで新聞やテレビは報道が仕事だと思っているところがありました。特定のテーマにあわせたソリューションをメディアがだしたことは賞賛すべきことだと思います。菅原さんは、今回のメディアの動きをどのように見ていらっしゃいましたか。

菅原 おっしゃる通り、毎回進歩がみられます。政治、とくに政策を理解する具体的なツールがでてきたことは素晴らしいことだと思います。ただ、選挙のときだけ政治報道が突然真面目になるのはどうかと思うところもあります。日常的に政策について継続的に伝えてほしいですね。

たとえば、各候補者の政策への賛否に関するアンケート結果は選挙のときにしか報じられませんが、毎月、あるいは毎週のようなタイミングで、特定の政策に対して政治家がどのように考えているのかリストにまとめて公開されれば面白いでしょうし、議論も深まるのではと思います。日常的に政策を比較し、論じていく方向に変わっていって欲しいです。新聞などはとくに、政局しか興味がない高齢の読者とその反応に甘えているのだと思いますが。

荻上 選挙前の報道が「まじめ」になるのは、ひとつの政党の名前を出したら他の政党の名前もすべて出さなくてはいけないというルールがあるせいだと思います。全党比較をせざるをえないために、致し方なくやっているのだと思います。

政治ではありませんが、毎日新聞が、なぜいじめ対策を強化できないのか教員にアンケートをとったところ、一番多い回答が「時間がたりない」ことでした。やりたくてもできない事情があることがわかれば、その時間をどのように確保すべきか、具体的な課題が浮き彫りになってきます。政治も、政局や記者報道ではなく、データにもとづいた報道をもっとやって欲しいですね。

誰もが再チャレンジできる社会を実現するために

荻上 ここで、飛び入りゲストとして、経済学者の飯田泰之さん参加していただきます。ここまで菅原さん、片岡さんと、安倍さんや政治システムの話をしていたのですが、飯田さんは今後の政治について、どうみていますか。

飯田 まずは安倍さんの経済政策についてお話しましょう。ぼくの経済学者としての意見は、財政政策と金融政策は切り離して考える必要があるし、金融政策だけで十分に効果があるというものです。一方、なんちゃって政策プロモーターの立場に立つと、ふたつを同時にやることに対して、ことさらに否定する気はありません。

いままさにリフレ政策が行われる可能性が高まっています。そんなとき「これは本当のリフレじゃない」といったかたちで、叩き合いが始まって、分裂してしまうのは政策路線を混乱させてしまうでしょう。安倍内閣が誕生し、いままで経済学の知見にもとづいて行われていなかったマクロ経済政策が行われる可能性が高まっている。この流れをとめてはいけない。

成長政策も、小泉政権を引き継ぐのでしょうから、長期的な政策としてぼくは正しいと思っています。ただ肝心なのは再分配政策。つまり格差への手当てですね。安倍さん以外も再チャレンジできる社会にならなくてはいけない(笑)。

一同 (笑)。

飯田 先ほど荻上さんがお話されていましたが、なぜ生活保護の1割カットに対する支持が突出して高いのか。これは日本だけの問題ではありません。ベンジャミン・フリードマンも書いていますが、景気が良いときは、アメリカであればセクシャルマイノリティの権利を認めたり、移民に対する職務規制を緩めたり、寛容な法律が通りやすくなります。

一方で景気が悪いと非寛容な法律が通りやすくなる。日本はまさにこの現象が起きているのでしょう。「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、やっぱりお腹がいっぱいになれば、そんなにぎすぎすしなくてすむ。それでも誰かをいじめていたいって人は滅多にいないでしょう(笑)。

満ち足りているときは優しい気持ちになれるものです。いま大学生を対象にした幸福度調査を行っているのですが、やっぱり将来に希望がある子は幸福を感じているし、安定していれば幸福だと思うみたいです。

荻上 海外の場合、景気が悪いと排外主義が広まることがありますね。日本でも一部でそういった動きがありますが、排外主義的な思考が、たんに「外国」ではなく、内なる弱者の外部化、切り離しに向かうと感じます。不景気なのだから我慢しろ、みんなも苦労している、という具合に。

飯田 やっぱり生活保護に対する意見はショックでしたね。

荻上 金融政策で景気がよくなったとき、ちゃんと困っている人たちに対するケアもセットで行って欲しいですね。どうも社会倫理と社会基盤の話がねじれているように感じます。

片岡 安倍さんが前に政権をとったとき、同じ失敗を起こしていますよね。あのときは比較的景気が悪くなかったのに、弱者切り捨て路線をとって、国民から批判を浴びた。何度もお話ししていますが、その次の民主党は再分配ばかりで成長視点がなかった。ふりだしにもどった感があります。

望ましい選挙制度とは

飯田 ぼくはいまの1.5大政党制にもいい側面があると思っています。55年体制下の社会党は、自分が与党になれないことを考えた上で、与党と交渉して労働者の権利に関する法案を通していきました。要するに中選挙区の選挙制度では各党の役割が決まっていたんですね。自民党もやりすぎだと思ったら、政権を失わない程度に譲歩する。これはある程度経済が成長していることが前提ですが、いい面もあるシステムだったと思います。

荻上 そのシステムが機能しなくなってしまったために現状があるのかもしれません。

飯田 菅原さんにお聞きしたいことがあります。二大政党制を進めるために小選挙区制度を導入したはずが、いま日本を見渡すと、たとえば大阪は自民党と維新の会、東京は自民党とみんなの党、他の地域は自民党と民主党と、地区ごとに二大政党制が敷かれているように思います。この状況を解消するにはどのような選挙制度がいいのでしょうか。

菅原 まず日本の現状についてお話をすると、いま自民党は、あるいは民主党も、統率のとれない巨大な政党になっており、各選挙区での選挙は政党が戦っているというよりは、ふたりの候補者が戦っているとみたほうよいでしょう。

ちなみに、よく誤解されることとして、小選挙区制は「デュベルジェの法則」によって二大政党制を生むという言説があります。しかし、制度の帰結として明確に言えるのは、ひとつの小選挙区では2人の有力な候補者が戦いがちになる、というところまでです。このことを指して、二大候補者制と呼んだりします。

日本の政党の現状を解消するにはふたつの方向性が考えられます。ひとつは単純な小選挙区制にすることです。これによって自民党に対抗する野党をつくり出すというはっきりとした目標を決められます。ただ自民党が典型ですが、ひとつの政党というよりは300選挙区の各代表が与党になるために集まった感があり、いま言った二大候補者制の2人の候補が別々の政党に寄せ集まっただけになるかもしれません。もうひとつの方向性は、比例代表制を中心とした制度にすることです。

ところで今回の選挙は、誰が自民党に対抗しうる候補者なのか、まったくわかりませんでしたよね。

荻上 どの候補者も微妙な、罰ゲームのような地区もありました。

菅原 そんなのは嫌ですよね。共産党に入れたいけど、小選挙区で共産党にいれてもたぶん通らないので、自民党に比べれば多少マシなみんなの党に入れるしかない、とか。有権者にとってもフラストレーションがたまることです。事実上の選択肢がふたつに絞られると、そのどちらも嫌いという人も多数生まれます。選択肢が有りすぎるのも困りますが、ふたつしかない、しかも誰が当選するか決まっている、というような状態よりは、比例代表制のほうが投票先を考えやすくなるでしょうし、投票に満足もしやすくなるでしょう。政治についてももう少し関心をもてるようになります。

現在の制度では、政界にいる人にとっても、いきなり職がなくなったり、変な人が入ってきたりで困惑することばかりでしょう。いくら経っても未熟な政治しか行えない。であれば、比例代表制を中心とした制度にして、極端な変化を抑えたほうがよい。

荻上 比例代表制を中心とした制度というのは、完全に比例代表制にするのではなく、小選挙区制度も導入するということですか。

菅原 個人的には拘束名簿式の比例代表制一本にして、5%以上の得票率をとらない政党は議席をえられないようなルールにすればシンプルでいいと思います。これは5%を阻止条項と呼びますが、この程度の数字であれば小さな似た政党同士が協力、統合して達成することも可能です。

荻上 あまりに小さな党が乱立せず、もう少し大きいクラスターの声を届けることのできる政党が生まれますし、死に票問題や1票の格差問題も解消に近づきますね。

菅原 とはいえ、現行制度から変わりすぎることを嫌って改革できないこともあるでしょうから、ドイツのように小選挙区を併用してもいいでしょう。いずれにしろ、小選挙区とは異なり、比例代表制は技術的にいろいろなことができる制度です。だから大まかな方向性としては、比例代表を軸にして、問題が起きたときなどに細かく手直しするのがいいいかと。

飯田 ぼくは中選挙区がいいと思うのですが……。

菅原 中選挙区制について話を始めると長くなりますが……

飯田 なるほど、ではまた次の機会にお聞かせください。

荻上 みなさん、本日は長い時間お付き合いいただき本当にありがとうございました。

(2012年12月18日 代官山蔦谷書店にて)

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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菅原琢政治学

1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。

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