日本の首相は本当に弱いのか?

「暴走」可能な日本の首相

 

安倍首相の「暴走」が止まらない。

 

昨年末の特定秘密保護法、そして今年に入ってからの集団的自衛権に関する憲法解釈変更の方向性は、いずれも日本の国としてのあり方を変えうる重大な問題である。前者は国内における自由への脅威となり、後者はそれとともに戦争のリスクを著しく高めることになる。何より、いずれも政府の活動に対する制約を決定的に外す内容である。だが、安倍政権は、緊急性を強調するわりには、なぜ、いまこれらの政策が必要なのかを説明することはしない。

 

さらに安倍政権は、原発の再稼働やその輸出を成長戦略の一貫として位置づけるが、2011年の福島第一原発の危機的事故を経て詳らかとなった原発事業の困難を本質的に再考し、あるいは反省したうえで政策運営を行っているようには見受けられない。

 

現政権は、労働のあり方についても、派遣の一層の規制緩和と労働時間規制の緩和(いわゆる残業代0法案)を成長戦略の一貫として推進する姿勢を示している。しかしここでも、雇用の不安定化が国内社会を疲弊させている現実を置き去りにして、特定の人びとに刹那的に望まれる政策を執拗に推進しようとしている。

 

安倍首相と彼の率いる政権は、問題の本質についての充分な説明と説得そして社会にある不安への配慮なしに、自らのアジェンダに邁進している。確かに安倍政権の支持率は時事通信の5月の世論調査でも51.1パーセントと相対的に高い数字を維持しているが、首相の説明には政権運営に民意を伴おうとする姿勢は感じられない。こうしてみると、日本政治は、民意を置き去りにし自らのアジェンダに人びとを引きずり込んでゆく圧倒的に「強い首相」をもつに至ったようにみえる。

 

1980年代末から始まった日本の政治改革運動は、有権者が政策に基づいて選挙で政権を担当する政党を選び、政治指導者は次回選挙に対する緊張感から有権者を意識した政権運営を行うことを期待した。だが、今日、眼前に広がる日本政治の現実は、人びとに自らが選挙で選んだ政権に対する黙従と諦め、さらにはそのような政治指導者を選んだ自己責任の認識を求めているかのようである。

 

マニフェスト選挙は、民主党政権時代を経て、強い批判に晒されたが、近年の選挙は、政治改革運動が期待した責任政治の理想とは裏腹に、その目的が指導者選出に限定されるという、ジョゼフ・シュンペーターの議論をカリカチュアライズしたかのような、指導者デモクラシーを具現する手続きとなる危険にさらされている。

 

 

日本の「弱い首相」?

 

ところで、日本の首相はかつては弱く、受け身であるとみられてきたのではなかったか。

 

たとえば日本の内閣制度の専門家である明治大学の笠京子は「日本型議院内閣制の最大の特徴は、内閣(執政部)の弱さにある」[*1]と論じていたのであり、日本の首相職に関する代表的な研究書である『日本の首相と公共政策(The Japanese Prime Minister and Public Policy)』の著者K.ハヤオも、

 

 

「したがって首相は政策過程のなかで特に積極的な役割をはたすわけではない。首相は一時に少数の問題に関与するのみで、政策変化を促したり、その内容を決定するうえで主要なアクターではない。日本の首相は、他の国の政府の長と比較すると、相対的に脆弱で受動的であるようにみえる」

 

 

との評価を示していた[*2]。

 

[*1] 笠京子(2006年)「日本官僚制-日本型からウェストミンスター型へ」村松岐夫・久米郁男編『日本政治変動の30年-政治家・閣僚・団体調査に見る構造変容』東洋経済新報社。

 

[*2] Hayao, Kenji (1993), The Japanese Prime Minister and Public Policy (Pittsburgh: University of Pittsburgh Press), p. 201.

 

有力官僚OBにも、首相の権限がそもそも限定的なのだと主張する人びとがいた。たとえば、後藤田正晴である。後藤田は、警察庁長官から事務方トップの内閣官房副長官に就任して官僚としての頂きにたったのち政界に転じ、自治相や内閣官房長官、副総理兼法相を歴任した政官界のスーパースターである。その後藤田は著書『政と官』のなかで次のように述べる。

 

 

「[ところが、]内閣の最高責任者である総理大臣は、各省庁を指揮することはできない。その権限が及ぶのは、各省大臣どまりである。大臣を飛び越えて局長を呼びつける権限は持たない。/各省大臣に対しても、閣議で決定した事項に関してのみ指揮監督できるのであって、それ以外の、たとえば人事について指揮監督する権限は持たない。」[*3]

 

[*3] 後藤田正晴(1994年)『政と官』講談社。

 

あるいはその後藤田の4代あとの事務方の内閣官房副長官を務めた翁久次郎も「従って仮に各省庁の大臣が総理大臣の指示命令に従わない場合にはその大臣に辞任を求めるか、自らの指示命令を撤回するしかないであろう」と主張していた[*4]。

 

[*4] 翁久次郎(1987年)「内閣官房の総合調整機能について」日本行政学会編『内閣制度の研究』ぎょうせい。

 

彼らの見解に従えば、日本の首相の指導力は、政府内の各省庁[*5]には及ばないのであり、閣僚に対しても指揮監督に従わない場合には辞任を求めない限り、どうにもならないのであり、権限上きわめて脆弱な存在であるということになる[*6]。

 

[*5] 省庁というこの場合の庁は、各省の外局としての庁である。国務大臣が長を務める庁を大臣庁と称したが、環境庁や防衛庁、経済企画庁、国土庁、北海道開発庁、沖縄開発庁、総務庁といった大臣庁は総理府内に設置されていた。内閣法に言う「主任の大臣」は総理府の場合には首相であったことから、首相は大臣庁を掌握する権限をもっていた。

 

[*6] 次節も含め、首相の職務権限に関する議論については、高安健将(2009年)『首相の権力―日英比較からみる政権党とのダイナミズム』創文社。Takayasu, Kensuke (2005), ‘Prime Ministerial Power in Japan: A Re-examination’, Japan Forum, Vol.17, No.2.

 

 

 

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