バハマのイルカの暮らしから、日本の水族館のことを考える――海洋生物学者デニース・ハージングの『イルカ日誌』を訳して

『イルカ日誌:バハマの海でマダライルカたちと25年』は、タイセイヨウマダライルカの長期調査の日々をつづった記録です。何かを、あるいは誰かを糾弾するために書かれた本ではありません。しかしこの本によって示された情報(イルカ社会の構造や様式、コミュニティや家族間の習慣や教育、日々の暮らしの楽しみや遊びなど)は、野生動物に対する人間の利用に、たくさんの気づきをもたらします。それはヒトという種が、いかに自分の種を中心に世界をつくってきたかということでもあります。

 

動物を扱う科学者自身が、人間中心主義のもと、調査や実験、分析を進めてきたことも、ハージングは指摘しています。調査対象をどういう存在と見るか、どのような付き合い方をするか、人間(または霊長類)の感覚機能を基本にした発想に囚われ過ぎていないか、など問われていることは多数あると言います。ハージングのバハマでの調査は、調査対象であるイルカ自身から「イルカ調査の方法」を学び、彼らのルールや作法に従うことで貴重な情報を得ることに成功しています。従来型の科学に対して、これを参加型科学とハージングは呼んでいます。

 

バハマの野生イルカの一方に、捕獲され飼育環境で暮らすイルカたちがいます。日本では、最近の大型リニューアルによるエンタメ化で、水族館の人気が上昇中だそうです。日本の水族館はアメリカなどと違い、イルカ展示の9割を野生イルカの捕獲に頼っていると言われます。生まれた場所で家族とともに暮らすイルカと、生息地を離れイルカショーで芸を見せる飼育下のイルカとの間には、どのようなギャップが横たわっているのでしょう。

 

 

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異なる種との出会いと交流

 

都市部で生活している場合、鳥類を除けば、わたしたちが野生動物と出会う機会はあまりありません。海、それも海中で、となれば、さらにその経験は稀なものになるでしょう。野生動物を知らなくとも、日常生活に困ることはありません。しかし野生動物に対する理解がないと、自分たちが属する人間社会への理解度も低くなる可能性はあります。また自らの「ヒト」という種を、他の種の中に置いて俯瞰する目が失われるかもしれません。

 

アメリカの海洋生物行動学者デニース・ハージングは12歳のとき、ジャック・クストーのドキュメンタリー番組を見て、海に住むイルカのことをもっと知りたいと思いました。比率で人間の次に大きな脳をもつイルカが、その脳をつかって何を考え、何をしているのか、知りたいと思ったのです。大学、大学院と海洋生物学を学び、研究者としての道を歩きはじめたハージングは、大学院生だった1985年に、長期にわたる野生イルカの調査地区としてそこがふさわしい場所か確かめるため、バハマの海へと旅立ちました。そしてそこで野生のタイセイヨウマダライルカ(Stenella frontalis)との最初の出会いを体験します。

 

 

もしイルカに質問ができるとしたら、何を聞けばいいだろう。またイルカの方がこちらに質問してくるとしたら、それは何だろう。 1985年のむしむしした初夏の朝、マダライルカに初めて海で出会ったとき、頭に浮かんだ疑問だった。バハマの浅瀬(グランドバハマ島北部の水深の浅い場所)で船の錨をおろし、ゆっくりと透明な海洋に泳ぎ出ていったときのこと。視界に陸地はなく静かで穏やか、羊水のような温かな海水のただ中にいた。2頭のイルカが近寄ってきてまわりを泳ぎ、わたしの目を覗き込んできた。野生動物と直接目を合わせるなんて、ほかに比べようもないこと。顔にパシャッと冷たい水を浴びたような気持ち、とでも言おうか。はっきりと鋭い、互いを探りあうときの視線を感じた。彼らの目の奥に、わたしとは違う「生命」の存在を見たのだ。これが野生のイルカとの最初の出会いとなった。

 

わたしのここまでの海洋哺乳類研究の年月のあいだ、こんなことが起きるなんて思いもしなかった。人類学の授業をとらなかったことを、深く後悔している自分がいた。初めての文化に出会い体験するとは、人間以外の文化と遭遇するとは、いったいどんなことなのか。もし相手がこちらに興味をもち、探りを入れてきたらどうするか。わたしは生物学者であり、イルカやクジラについて研究するクジラ類学者だ。バハマへわたしを連れだしたのは、野生のイルカの生態への興味だったが、実地研究については、科学者として訓練を受けたことはなかった。とはいえ、バハマでの野外調査はまったく自然なことに思えた。わたしの祖先たちは、植物や動物、地球自身とともに進化してきた。それよりずっと前の2500万年前、初期の哺乳類であった頃、イルカたちは陸の祖先から離れて海へ帰った。高度に進化した哺乳類の世界は、イルカという水生動物の世界をのぞく窓であり、陸と海が分離して別のものに見える外洋のようにではなく、海岸線のように互いがからみあうものだ。注意深く互いを気づかい、興味を寄せ合う二つの種族なのだ。

 

 

水中ビデオを手にイルカを追う著者。マイケル・グリーン撮影

水中ビデオを手にイルカを追う著者。マイケル・グリーン撮影

 

 

ハージングは、イルカという海洋哺乳類とヒトを近い種であると見ています。また同時に、イルカに限らず、人間以外の種と出会うことは、その種の文化と出会うことだとも感じています。他の種のことを知るには、生物学だけでなく、人類学の知識や経験が必要だと考えた彼女は、大学院入学前に、言葉の通じない、文化背景の違うアジア地域へのバックパック旅行を試みています。部外者が、異なるコミュニティに入っていくときの作法を体験するためでした。

 

ハージングにとって「異なる種」と言うとき、地球外の生物もそこには含まれています。地球上でヒト以外の種と出会い、深く知ることが、未来の地球外の知的生命体との出会いに役立つと考えているのです。感覚や意識をもつ生きものがすでにこの地球にいることから、地球とは違う環境にも多様な知性が存在するのではないか、とハージングは見ています。

 

 

人間の真似をして、海底で寝そべるリトルガッシュ(メスのイルカ)。著者撮影

人間の真似をして、海底で寝そべるリトルガッシュ(メスのイルカ)。著者撮影

 

 

子守りをする子イルカ、息子に交尾を教える母

 

バハマのタイセイヨウマダライルカは、家族やコミュニティをつくり、社会生活を営んでいます。子どもたちが将来、社会の一員として暮らすために必要となってくるのが、親や仲間による教育です。その一端を表すものとして、子ども時代のメスイルカの「子守り任務」と、母親による息子への「性教育」があります。

 

 

今日、アポロの声は制御がきかない興奮状態にあり、キーキーとした高ぶった声をあげ、それにケーティ(メス)が応えていた。ケーティは4歳で、「斑点」の段階を迎えている。イルカが腹部(の内側)に黒い斑点を発生させる段階で、その頃には母親から自立し、年少イルカとして子守りの任務もはじまる。苦痛や興奮による叫び声は、母親や子守りのイルカの注意をひき、それを聞けば興奮状態の子イルカのところに駆けつけて、胸ビレで優しくからだをなでておとなしくさせる。今日これをするのはケーティの仕事であり、的確にそれを実行し、アポロを素早く、すんなりと静かにさせていた。アポロはまた大騒ぎを始めのたうちまわり、ケーティは再度、抑制のきかない暴れん坊の男の子を鎮めるのに苦労していた。すると遠くの方からルナが現れ、自分の子のところへやってくると、胸ビレで優しくからだをなで、すぐにアポロは静かになった。これは母と子守りのイルカが水中で子を鎮める方法を観察した、最初の機会だった。

 

 

4歳〜8歳の少女期のイルカたちは、こうして子育ての練習を何年間か実地で学びます。オスの若いイルカも子守りをすることがありますが、メスの子イルカのように、ある時期に責務として、集中的に学ぶことはないようです。一方オスの子イルカは、かなり幼い頃に、母親や仲間のオスイルカから「性教育」を受けます。

 

 

背ビレの切れ目が特徴的な、かなりの年齢になる混合斑のショーティ(オス)が、ハバナ(オスの子イルカ)にS字体勢で近づき、ビィービィー音を発して性器の刺激をしたあとで交尾をした。少ししてハバナが見ている前で、母親ヘドレーの方にやって来て、S字になり、ビィービィーと性器を刺激し交尾をした。ハバナが見守る中、ショーティは母親のヘドレーの方にむかい、S字体勢と性器の刺激をして交尾をしていた。まあ、はっきりとした実演とは言えないが。それからハバナが、同じ手順で母親と交尾した。人間の親にとってはびっくりするようなことかもしれないが、イルカにとって性行為は社会的な関係構築の一部であり、繁殖のためだけではなく、社会の結束のために重要なのだ。男の子をもつ母親たちは、彼らが幼い頃から、勃起や交尾をするように励ます。2歳児の子イルカの母親が、オスの連隊に求愛され誘いを受けると、子どもはそれに参加し、すべての行程を見聞きする。生まれて数ヶ月のうちに、幼いイルカたちが、これほど社会的にさらされるのは驚きである。だから座礁して引き取られた若いイルカや施設で生まれたイルカが、このような機会をもたず、繁殖や交流の能力があまりなくとも、驚くことはない。野生のイルカは、社会に適応する能力を学んだり、練習したりするのに長い年月をかけている。

 

 

マダライルカの社会ではオス同士の交尾は珍しいことではなく、若い頃から経験するものですが、それは性的な意味合いというより、集団内での力の誇示だったり、階級の提示だったりするようです。ハンドウイルカなど違う種との間でも、オス同士の交尾は見られます。その場合、からだが大きく力で勝るハンドウイルカから、マダライルカへの仕掛けとなることが多いようです。【次ページにつづく】

 

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