高橋克也被告裁判・証言草稿──地下鉄サリン事件20年に際して

私は、2015年3月17日、「最後のオウム裁判」と称される高橋克也被告の裁判に、証人の一人として出廷することになった。この文書は、そのために作成した草稿である。実際の裁判における証言は、事前に用意した文書の読み上げが許されなかったこと、弁護人との問答のなかで話が進められたことなど、本文書とはやや内容や形式が異なる(とはいえ、大きな点での差異はない)。

 

 

はじめに

 

宗教学を専攻しております、研究者の大田俊寛と申します。オウム真理教に関しては、これまで、2011年公刊の『オウム真理教の精神史──ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社)と、2013年公刊の『現代オカルトの根源──霊性進化論の光と闇』(ちくま新書)という、二冊の本を執筆して参りました。現在は、埼玉大学の非常勤講師として教壇に立っております。

 

私は1974年(昭和49年)生まれであり、現在40歳です。地下鉄サリン事件が起こった1995年は、私がちょうど20歳の成人を迎えた頃であり、宗教学の研究者となる道を志した時期でもありました。

 

それから20年が経過したことになりますが、そのあいだオウム事件というのは、私にとって常に気に掛かる事柄の一つでありました。ここ数年でようやく、先ほど名前を挙げました二冊の本を執筆し、私なりの仕方でオウム事件に対する総括を行うことができましたので、本日はこうした研究の成果を踏まえつつ、証言させていただきたいと思います。

 

私が証言させていただく内容は、大きく分けて五点あります。まず第一点は、これがもっとも大きなテーマとなりますが、オウム真理教とは何だったのか、また、オウムの掲げた思想や世界観とはどのようなものだったのか、ということです。

 

その他の多くの刑事事件と異なり、オウム事件の大きな特殊性は、それがある「宗教的理想」の実現のために行われた、すなわち、いわゆる「思想犯」であった、ということにあります。

 

このような特殊性があるために、オウム事件は、事件の動機や手段について、常識的な考え方ではなかなかハッキリと理解できない、具体的に言えば、オウム真理教はいったい何のために数々の殺害事件や傷害事件を起こしたのか、さらには、何のためにサリンを製造し、散布するに至ったのか、ということがなかなか理解できない、ということになってしまいます。

 

私の本日の証言としては、まず最初に、オウムの掲げた宗教思想とは全体としてどのようなものであり、最終的には何を目標にしていたのか、という大枠の部分をご説明したいと思います。

 

次に、第二点として、オウム的な思想はどのような仕方で作り上げられたのか、についてお話しします。オウム真理教の教義は、教祖である麻原彰晃の独創と独断のみによって築き上げられたと、一般的には考えられがちですが、実際にはそうではありません。オウムより先に存在した数々の宗教団体、大手出版社発行の雑誌や公共放送を含むさまざまなメディア、そしてなかでも、何人もの宗教学者が、実質的にオウム真理教の成立と発展を後押ししてきた、という状況がありました。オウムの思想や世界観が形成された歴史的経緯について、簡単に説明させていただきます。

 

第三点としては、高橋被告を含め、当時の若者たちの多くがなぜオウム真理教に引き寄せられていったのかということについて、死生観の空白、物質主義的価値観への疑義、学問の流行、という三つの側面からご説明いたします。

 

そして第四点として、オウム真理教に対する当時の宗教学者たちの対応、また、宗教学者がオウム事件に対して背負うべき責任についてお話しし、この場をお借りして、宗教学者の一人として公式に謝罪させていただきたいと思っています。

 

最後に第五点としては、高橋被告が17年にわたる逃亡生活を送らざるを得なかったのはなぜか、また、私たちは、地下鉄サリン事件から20年目に当たる現在、おそらく最後になるであろうオウム裁判を行っているわけですが、その意義はどこにあるのか、ということについて、手短に私の見解を述べさせていただきます。

 

 

オウム真理教の世界観とは

 

それでは、まず第一点の、オウム真理教とは何だったのか、ということからお話ししていきたいと思います。

 

私は、今から3年ほど前の2012年、『atプラス』という雑誌の企画で、オウム真理教の元幹部であり、現在はオウム後継団体の一つの「ひかりの輪」代表を務める上祐史浩氏と、「オウム真理教を超克する」というテーマで対談をしたことがあります。

 

その対談は言うまでもなく、オウム事件を改めて反省・総括することを目的として行われたのですが、そこで上祐氏は、オウム真理教の最終目標が「人類の種の入れ替え」にあった、ということを発言しています。上祐氏の発言は、次の通りです。

 

 

「八八年がひとつの転機だったとすれば、それは麻原の考えのなかに、普通に人類を救済するのではなくて、「人類の種の入れ替え」を行うという考え方が出てきたからです。これは、修行をせず悪業を積む大半の普通の人たちを滅ぼしてしまい、修行をして善業を積む者たちのみの国をつくるという意味だったのです。」(『atプラス』13号、26頁)

 

 

オウム真理教が宗教団体として正式に発足したのが87年のことですので、88年というのは、かなり早い段階の話ということになります。その時期からすでに、麻原を中心とするオウムの上層部のあいだでは、教団の活動の最終目的が「人類の種の入れ替え」にある、ということが共有されていたわけです。

 

オウム事件について考察する上で、まずは、オウム真理教の最終目的が「人類の種の入れ替え」にあった、ということを念頭に置いていただきたいと思います。

 

それでは、「人類の種の入れ替え」とは、具体的にはどのような事柄を意味しているのでしょうか。それを分かりやすく図式化すると、次のようになります。

 

 

oumu-1

 

 

この図は、私の著作の『現代オカルトの根源』に掲載した「霊性進化論」の図式をもとに作成したものであり、オウム真理教の世界観の全体を表しています。オウムは一般に、きわめて複雑な教義を備えた宗教と考えられていますが、実際にはその根幹部分を取り出すと、これほどまでに単純な世界観から成り立っている、ということです。

 

それでは、この図の内容について、簡単に説明します。オウム真理教において、もっとも大きな前提となっていた考え方は、ヒンドゥー教や仏教に由来する「輪廻転生」という死生観でした。

 

「輪廻転生」の概要については、おそらくご存じかと思いますが、簡単に言えば、人間の魂は、神々や動物を含むさまざまな存在への転生を繰り返しながら、永遠に生き続けるという考え方となります。図の中心に描かれた螺旋は、人間の魂が輪廻転生のサイクルを繰り返す、ということを表現しています。

 

そして、オウム真理教の教義の特徴は、輪廻転生という伝統的な死生観に対し、「進化」という近代的な概念を付け加えたところにありました。すなわち、人間は、輪廻転生を繰り返しながら、自らの魂をより高いレベルのものに「進化」させる。

 

取りわけ、オウム真理教の教え、より具体的には、「最終解脱者」である麻原彰晃の教えに従って修行すれば、人は魂を速やかに進化させることができる。

 

その結果、オウムの修行者は現在の人類を超えた「超人類」に進化し、こうした人間たちを中心として、「真理国」と呼ばれるユートピア国家が樹立されることになる。これが、オウム真理教の活動目標として、一般にも広く公言されていたものでした。

 

例えば麻原彰晃は、1986年に公刊された彼の処女作『超能力「秘密の開発法」』(大

和出版)の末尾で、次のように述べています。

 

 

ごくふつうの人間が、超能力修行によって次々と超能力を獲得し、神々に近くなっていく。これは別にSF小説の話ではない。すでに現実化しているのである。そして、具体的な手段が本書に示されているわけである。(中略)超能力を持ち、それと同時に霊的に進化し、精神と肉体の向上を果たした新人類の時代がやって来るのではないかと考えているのである。その時代は、すべての調和がとれていて、美しく平和であるに違いない。

(麻原彰晃『超能力「秘密の開発法」』199~200頁)

 

 

しかしながら他方、現在の人間のすべてが、霊の「進化」の道を歩んでいると考えられたわけではありません。そうした人々はむしろ少数派であり、多くの人々は、物欲に塗れて自らの魂を堕落させている、その結果、霊的に「退化」し、「動物化」している、と見なされました。麻原彰晃は、1988年に行われたある説法において、それを次のように表現しています。

 

 

今の人間というのは、動物以下だと私は思っている。ものすごい数の生き物を殺していると。ものすごい数の嘘をついていると。一体どっちが救済として正しいんだと。(オウムの活動は)仏教的な行き方というよりも、むしろ救世主的な行き方というのかな、管理する側の行き方というか、そういう行き方になるだろう。つまり今の人間が動物化した以上、あるいは動物以下になった以上、それをコントロールしなきゃならない。

(NHKスペシャル『未解決事件File.02 オウム真理教』より)

 

 

このようにオウムの世界観は、図で示した通り、現在の人類は、霊的に進化して超人類になる人々と、退化して動物化する人々の二つに分かれる、という考え方から成り立っていたわけです。

 

さらにオウム真理教においては、活動を展開させる過程で、悪行を重ねることによって生じる霊の退化、人間の動物化が、ある「秘密結社」の手によって組織的に行われているという幻想が広がっていきました。それが、「ユダヤ=フリーメーソン陰謀論」と呼ばれるものです。

 

麻原彰晃の説法においては、金融・メディア・教育・政治などのあらゆる分野が、密かにユダヤ=フリーメーソンの支配を受けており、それによって人々が、食欲・性欲・暴力といった物質的欲望に縛りつけられているということが強調されました。

 

また、ユダヤ=フリーメーソンの支配は近い将来に完成し、それによって日本人は、「家畜」として洗脳支配されるようになる、という危機意識が煽られたのです。ユダヤ陰謀論というのは歴史的には、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)の引き金ともなったきわめて危険な思考法なのですが、それと同種の幻想に、オウムもまた取り憑かれていた、ということになります。

 

こうしてオウムは、ユダヤ=フリーメーソンに支配された日本社会を崩壊させるため、そしてある意味では、動物に堕ちようとしている人々の魂を「救済」するために、70トンという大量のサリンの製造に着手することになりました。これは一説によれば、70億人の殺害が可能となる分量であった、と言われています。

 

あくまで一般の信者に対しては、修行による超人類への進化と、ユートピア国家の樹立計画しか公にされていなかったのですが、その背後では、魂が堕落したと見なされる人々に対する大量殺戮計画が進められていたわけです。

 

このようにして、社会のマジョリティを、「動物化した人々」から「超人類」へと入れ替えるということが、「人類の種の入れ替え」という言葉が意味する内容であった、というわけです。

 

地下鉄サリン事件がなぜ引き起こされたのかについては、首謀者である麻原彰晃が明確な説明を行わなかったため、現時点ではハッキリとした理由を示すことができませんが、オウム真理教の世界観の全体像から考えれば、次のように推測することができます。

 

まず、オウムにおいては、霞が関に集約されている日本国家の中枢機構は、すでにユダヤ=フリーメーソンによってコントロールされていると見なされていたため、これに打撃を与えなければならないと考えたこと。そして、中央の官僚組織のなかでも、特に警察に打撃を与え、オウムへの強制捜査を妨害・阻止しなければならないと考えたこと。それによって時間を稼ぎ、大量のサリンを製造できる態勢を再び整え、最終的には、「人類の種の入れ替え」を目指した大規模テロ攻撃を画策していた──あくまで推測にすぎませんが、麻原彰晃の脳裏には、おおよそこういったヴィジョンが存在していたのではないかと思われます。【次ページに続く】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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