交差する人生、行き交う物語

他人を理解する糸口はディティールにあるのでは――はじめてのエッセイ集となる『断片的なものの社会学』を上梓した岸政彦氏と、「ディア・ピョンヤン」「かぞくのくに」などを手掛けた映画監督ヤンヨンヒ氏とのトークショーが行われた。その模様を抄録する。 (構成/山本菜々子)

 

 

「世界インターネット」

 

ヤン 『断片的なものの社会学』読ませていただきました。路上のギター弾きのおじさんの話が出てきますよね。あそこまでしゃべるって、岸さんどんだけ聞くのうまいねん、って思いました。

 

岸 いやー、そんなことないです。あの人、だれにでもしゃべりますよ。

 

ヤン そんな感じはしますね(笑)。

 

岸 そもそも、ぼくのこと覚えてないんですよ。あのおっちゃん、通天閣のゲートの下でいまもやってます。名刺持っているんですけど、自分の名前の上の肩書に、相撲のフォントで「世界インターネット」って書いてある。

 

「これはなに?」って言ったら、「なんか、出てくるんや。見れるんや」って。要するに、グーグルで検索すると俺の演奏が出てくるって言いたいんですよ。

 

ヤン すごいレベル高いなあ。

 

岸 ギターのおっちゃんは、あそこに座って何十年もやっています。ファンもいっぱいいる。80なんですけど、すごくイイ男なんです。ものすごい色気のあるおっちゃん。

 

ヤン 大事なことは、先に言ってくれないと(笑)。

 

岸 ストライクゾーンが広いなぁ(笑)。でもね、ほんとにぼくもええなと思うくらい。

 

演奏していると、ファンのおばちゃんが差し入れをするんです。「はい」とか言って自分のハンドバッグから出したのが、喫茶店のペーパーナプキンに包んだ食べさしのサンドイッチでした。湿気でペーパーナプキンがふにゃふにゃになっている。おっちゃんは、「おう」とか言って、食べるんですよ。すばらしい空間です。

 

まあ、そういうところで話を聴くのが好きなだけで、別に人の話を聞く達人というわけではありません。ケンカもしますしね。

 

ヤン 岸さんが逆に聞かれることもありますよね。そういうとき先生オープンに話すでしょう。

 

岸 はい。ほんとに全部。

 

ヤン すると相手はもっとオープンに話すんですよね。

 

岸 なるべく相手から聞かれるまでは自分の話はしないようにしています。あと、お酒はとりあえず出されたら飲むようにしていますね。

 

最近は遠慮しているんですけど、若いときはほんとに遠慮しなかったんで、インタビュー中に「飲む?」って言われたんで「はい!」って言って。沖縄に調査しに行ったとき、その家の常備しているビールとウィスキー全部飲んだことがあります。

 

後で音声を聞き直したら、泥酔してベロベロになって、後半はぼく、泣いてるんですよ。「ぼくもこんな調査つらいんですよ」って調査してる人に言ってる(笑)。

 

帰りに奥さんに「ぜんぶ飲んでいただいてありがとうございます」って嫌味を言われました。

 

ヤン 名刺の裏に「酒代請求は大学まで」って書いておいた方がいいんじゃないの(笑)。

 

 

左:ヤンヨンヒ 右:岸政彦

左:ヤンヨンヒ 右:岸政彦

 

 

「とんでもない残酷な娘やなー」

 

ヤン 岸さんは、沖縄を中心に研究されているんですよね。

 

岸 そうです。いま、共同体からの距離について書きたいと思ってるんです。沖縄というと、地域共同体が強くて、家族が密接につながっていて……みたいな話ばかりですよね。在日でもそうだと思うんですが、親戚付き合いが多いでしょう。

 

ヤン あー、私はそう思ってないですけどね。そう言われると気持ち悪いですよね。

 

岸 そうそう、だから、そういうことをちゃんと言う本を書こうと思って。ぼくは、安定層の研究をしています。琉球大学のような地元の良い大学を出て公務員になった人って、地元のめんどくさいつながりから距離をおける立場になる。でも、居酒屋や町工場をやっている人は、付き合いが死活問題になっている。これは、ぼくのカテゴリー化なのかもしれませんが、今まで無かった沖縄を書きたいと思っています。

 

ヤン 壊れてない家族なんてないですものね。

 

岸 すばらしいお言葉をいただきました(笑)。

 

ヤン 「ディア・ピョンヤン」、「愛しきソナ」、「かぞくのくに」と家族のことを撮っているので、「ヤンヨンヒ監督は家族愛が強くて、家族をいつも想っている」とよく言われます。でも、たぶん逆なんですよ。作品にするには、突き放す必要がある。突き放せていない監督が作るものって気持ち悪いと思います。

 

初監督の「ディア・ピョンヤン」では、ラストシーン、父の病室で、私も涙声になりながらカメラを回している。監督から娘になるシーンだからおもしろいってプロデューサーと編集マンが強く言ったので残したのですが、いま見ると気持ち悪いんですよね。あんまり好きじゃないんですけど。

 

岸 そこが一番好きって人多いですよね。

 

ヤン 他人が見ておもしろいと言ってくれるのはすごくうれしいです。もちろん見る人に任せるしかないことも分かっています。

 

でも、家族愛が強い、という訳ではないとおもっています。「ディア・ピョンヤン」のあとに、「総連とか北に一切触れません」という謝罪文を書かないと、二度と家族に会わせないぐらいのことを総連に言われました。

 

私は、作品をつくることを選びました。一生家族に会えなくてもいいという道を選んだんです。もちろんそういうことを言われること自体、不条理、ナンセンスだけど。それは家族に会いたいという気持ちより、「ふざけんな、作品自分の名前で出すってことがどういうことだかわかってんのか」ってことをもっと声を大きく言いたいってことですよ。だからすごく冷たいんですよ、家族に対してね。でも、そこを見抜く方は少ない。

 

四・三事件をテーマにした『火山島』を書いた金石範さんというすごい作家がいます。彼と『血と骨』を書いた梁石日さんに「ディア・ピョンヤン」の試写の後呼び出されたんです。梁石日さんに「君みたいな子が出てきたか」って言われました。

 

実は、金石範さんも梁石日さんも、うちの父ちゃんに「文学するなら北に行け」とか言われたらしいんですよ。「なんやあのおっちゃんか」と映画の途中で気づいた。あんな失礼なことを俺に言ったやつの娘が、自分の父ちゃんネタに作ったのか。ましてや映画の中で「息子(北に)行かさんでよかった」と言わさせたと。

 

で、金石範さんが、「とんでもない残酷な娘やなー」と言ったんですよ。うわ、通じた!って思ったの。すごくうれしかったの。「お父さん想いですねー」とか、そんなこといっぱい言われたけど。それもそれでね、お客さんがそう思うのも自由で、いいんですけど。あー、この人すごいなあって。あとね、とんでもない残酷な娘だって、おんなじこと言った人、笑福亭鶴瓶さん。

 

岸 あー。

 

ヤン 鶴瓶さんが「いやー、あんたの親はたいへんやな。えらい娘持ってしもて」って。

 

岸 親が大変ってのはなんとなくわかりますね。

 

ヤン そういう距離を置いて、突き放して、でもずっと見ている。それが私の表現の方法だと思うんです。私のトラウマも込みの、恨みと愛情が入り混じった…。

 

岸 ヤンさんの作品って、家族に対して切断はしてるんだけど、排除はしていない、と思ったんです。

 

ヤン 切断をね、していないというか、できないんですよ。だって家族って、全員死んじゃっても家族じゃないですか。彼は別れると「元彼」になりますけど、家族は「元家族」じゃなくて、ずーっと家族ですよね。

 

死んじゃっても会わなくても憎み合っていても、壊れてても、家族って代替不可能なんで、すんごいめんどくさい。ですけど、面白い。みんなが持ってるし。

 

岸 北朝鮮というか、在日であること自体についてもそう思われますか。

 

ヤン どっか似てるのかもしれない。国なんて背負いたくないけど、背負わされる。ミサイル打ったとか金正日がなんちゃら言ったら新聞社から「ヤンさんコメントください」って来るんですよ。もうそのネタもうええでしょう、って。

 

岸 知らんがなー(笑)。

 

ヤン そう、知らんがなですよ(笑)。在日だからといって、ミサイルは専門じゃありません。でも、突き放したり、近づいてみたり、行ったり来たりはしていると思いますよ。

 

 

日本人がほとんど出てこない

 

岸 この本(『断片的なものの社会学』)を書いたなかで、ヤンさんの映画「かぞくのくに」を取り上げさせていただきました。

 

【「かぞくのくに」 ストーリー】

兄が帰って来た。父が楽園と信じたあの国から。病気治療のために3ヶ月間だけ許された帰国には見知らぬ男が監視役として同行していた。微妙な空気に包まれる25年ぶりの家族団欒。奇跡的な再会を喜ぶかつての級友たち。一方、治療のための検査結果は芳しくなく、3ヶ月では責任を持って治療できないと告げられてしまう。必死で解決策を探す家族だったが、そんな矢先、本国から「明日 帰国するように」との電話が来るのであった……

 

ぼくは「パッチギ!」がすごい好きで、毎年授業で学生に見せています。「パッチギ!」の、身体ごとぶつかって、ケンカをしながらでも「友達だー」「好きだー」みたいな感じとは、「かぞくのくに」は正反対です。映画には、日本人がほとんど出てきませんよね。

 

ヤン 兄のソンホが病院に行ったときのお医者さんと看護師だけが日本人なんですね、あの映画。お医者さんの台詞めっちゃ少ないけど、「兄は北朝鮮からきたんです」って妹のリエがいうと、「あー?」って。あの「あー?」がいいですよね。

 

岸 あれいいですよね。お医者さんの役の人。あのリアルな、ああ、医者ってこうだよね、みたいな。

 

ヤン じつはうちの兄が日本に来たとき……。あ、あれは実話ですからね。ちなみに、監視が家の前にずっと車でいたということはないです。あそこはフィクションで、私がつくった部分です。監視人はいっしょに来ましたけど、どっちかというと日本の公安のほうがいつも見張っていました。

 

それで、病院に行ったときは、すごくいい先生だったんですよ。「えー、北朝鮮から。どういうことですか。三か月しかおられへんのですか」と言ってくださるような。でも、「あー?」といった先生も、悪い人ではないですよね。ただ、究極の無関心。

 

岸 「なんとかならないんですか」ってオモニが言ったときに「国と国との問題ですからね」みたいな感じで、すっと流している。

 

ヤン 彼を悪気のない、無関心な、知識もなく、っていう代表として登場させています。

 

岸 もうひとりの日本人として、リエが教えている学校の生徒さんが一瞬だけ出てきますよね。「私ソウルに転勤になったんで、美味しいところいっぱい探しておきます。リエ先生、ソウルに遊びにきてください」って言うたら、リエが向こう向いたまんま「わたし、韓国行けないんだよね」と答えて、ぽかんとした生徒さんを残して帰っていく。出てくる日本人は悪気がないんですよね。

 

ヤン そうなんです。

 

岸 日本人のひとつのあり方だなと。「かぞくのくに」って最初の設定はコメディだったんですね。サイトで読みました。

 

ヤン あー、私も忘れていることを(笑)。シナリオを何回も書きなおしながら、編集の段階で「家族」がテーマになっていきました。

 

だから撮影のときは、ソンホと同窓会のメンバー、友人たちとのシーンがもうちょっとあったんです。私がいちばん気に入っているシーンも中にはあったんですが、カットしました。

 

岸 思い切りましたね。

 

ヤン たとえば岸さんのように、大学の先生は広くご存じだと思うんです。分析したりカテゴライズしたり統計をとるお仕事ですから。

 

私は作家というか、ストーリーテラーなので、広く浅くだとつまらない作品になるし、広く深くだと大河ドラマになってしまいます。

 

だから、今回は家族に絞ってシンプルにする中で、深めていこうと思いました。一人の人、一つの家庭をじっくりみていこうと。

 

岸 同級生の話はだいぶ削られたとのことですが、兄の同級生で、ゲイのチョリが出てきますよね。ピチピチのポロシャツを着て「マイノリティの中のマイノリティなんだよ」と言うじゃないですか。それがすごく印象的でした。

 

同級生という熱い友情で繋がっていても、「多様性」という一言では済ませられないものがある。それぞれが違うものを背負っているのを感じた。

 

ヤン 彼のキャラは一部のLGBTの運動をやっている方から、反発がありましたが、モデルがいます。朝鮮学校にゲイの子が学年に二人いて、すごく人気者だったんです。

 

チョリも、「マイノリティの中のマイノリティ」と言いますが、結局なにも分かっていないんです。同じ在日で朝鮮学校を出たけれど、ソンホがなんでも喋れるわけじゃないことを知らない。

 

岸 朝鮮学校出身でもみんなが知っているわけじゃない。

 

ヤン そうです。在日コミュニティ、総連コミュニティのなかでも身内に北に行った人がいるかいないかで全然感覚が違いますし。私の世代で、実の兄が行っているというのは珍しいパターンでした。私の兄たちは70年代頭に行っていますが、当時行く人はほとんどいませんでしたから。しかも、私と兄たちは年が離れているので、同世代で実の兄弟が行っているのはまれなケースだったんです。

 

朝鮮学校に行っている同じ立場で、いっしょに北朝鮮に修学旅行で行っていても、めちゃくちゃ説明しないとわかってもらえない、という感覚が私の中にあるんです。【次ページに続く】

 

 

バナーPC

α-synodos03-2

1 2 3

vol.218+219 特集:表現の自由とポリティカル・コレクトネス

<ポリコレのジレンマ―政治・芸術・憲法から見た政治的正しさと葛藤>

・第一部 テラケイ×荻野稔(大田区議会議員)

・第二部 テラケイ×柴田英里(アーティスト/フェミニスト)

・第三部 テラケイ×志田陽子(憲法学者)

<『裸足で逃げる』刊行記念トーク>

上間陽子×岸政彦「裸足で、いっしょに逃げる」

<連載エッセイ>

齋藤直子×岸政彦「Yeah! めっちゃ平日」

○シン・編集後記(山本ぽてと)