2015.09.29

災害下の外国人住民に適切な情報を――「やさしい日本語」の可能性

佐藤和之 社会言語学

社会 #震災#やさしい日本語

災下の外国人住民に情報を伝える

東日本大震災が起きたとき、被災外国人に避難や生活や復旧の情報が的確に伝わったかというと、阪神淡路大震災のときや新潟県中越地震のときとほぼ同じ状況にありました。とくに東日本大震災の場合、被災地に住む外国人の国籍は160カ国以上でした(※1)ので、情報をそれぞれの母語で得ることはありませんでした。

(※1)災害救助法適用市町村の外国人登録者数について(法務省)

正確に言うと、英語や中国語や韓国・朝鮮語では伝えたのですが、刻々と変わる情報をそれらであってさえ逐一伝えることはできなかったということです。たとえばその市の担当課に英語の専門職員がいたとして、被災下での外国語対応は、限られた通訳者たちの能力を超えてしまいました。発災直後から外国人住民の安否確認や被災状況の収集に就いてきた彼らですが、さらに文化の違いから生じる日本人では必要としない情報までも翻訳しなければなりませんでした。デマや差別の問題で振り回されないためにです。

外国語ができる職員は著しく疲弊しました。彼ら自身が被災者という事情もあります。ある被災地の例ですが、そこの国際交流協会に登録している通訳ボランティアは70名いて、東日本大震災が起きて参加できたのは29名(41%)でした(※2)。

(※2)須藤伸子(2011)「東日本大震災の外国人被災者支援―仙台市災害多言語支援センターの活動から」『自治体国際化フォーラム』自治体国際化協会

結果として、外国人に伝わるのは英語であってさえ最大公約数的な情報にならざるを得ず、生活に密着した情報から取り残されてしまいます。英語でも難しいのですから、小さな自治体が多言語対応をできないのは明らかです。

それでは、事前に多言語での情報を雛形として用意しておくことはどうでしょう。次の文を見てください。

s-1

(※3)日本語での元文は次の通り:いま水道水の飲用を禁じています。 水道水を飲用しないでください。 給水車が来ます。

皆さんが災害対策本部の担当職員あるいは責任者だったとして、タイ語やポルトガル語を使う被災外国人にこの情報を伝えていいか尋ねられ、混乱する災害対策室で的確に指示できるでしょうか。情報の内容に確証をもてないとき、責任者はこの外国語での掲示を許可することはできません。人命に関わる情報ならましてです。誤った情報が伝わることを避け、外国語では伝えられなくなっていきます。

つぎに、災害の発生直後を想定してみましょう。緊急性の高い情報は掲示物より先に音声で伝えられます。たとえば防災無線や市区町村の広報車、コミュニティーFMなどで伝えることを想定しているわけですが、いまはまだ、外国人の多い市区町村でも外国語を使っての避難指示や誘導は行われていません。

外国人住民比率の小ささという理由もありますが、人命の重さに多寡は関係しませんから、もっぱらの理由は日本人の外国語能力の問題に大きく関わっていると思っています。担当職員の行政能力が外国語能力、とくに音声で伝えられる能力と一致することは極めて希ということです。

極端に言って、たとえばニュースを読んでいるキー局のアナウンサーが、突然読むよう指示された日本語以外の臨時ニュース原稿、それがたとえ英語でも「Here’s a breaking news. Rescue workers in…」(臨時ニュースをお伝えします。救助隊が・・・)と読み伝えることは至難です。

まして市区町村の広報車や防災無線を使っての外国語による避難指示、避難誘導、注意喚起は、たとえ多言語での避難指示文が用意してあったとしても実施は困難と思います。

唯一現実的な方法は、外国語放送をしているコミュニティーFMなどの多言語番組(※4)内で伝えることでしょうか。しかしそれでも番組に参加する外国語話者は多くの場合、その番組の有志ですから、行政が伝えるべき責任の伴う表現を即時通訳で伝えることはできないと思います。

(※4)たとえば次のようなFM局があります。

FMわいわい:http://www.tcc117.org/fmyy/index.php

FMながおか:http://www.fmnagaoka.com/

Date FM:http://www.datefm.co.jp/

Inter FM897:https://www.interfm.co.jp/

的確な情報を外国人住民に知らせる「やさしい日本語」

ここにもう一つの大きな課題があります。皆さんのコミュニティーに複数国の外国人住民がいたとして、何語を使って彼らに伝えるかです。英語でしょうか、中国語でしょうか。

掲示物の場合は一覧性があるので、被災者の方でそれぞれの母語による情報を選びますが、音声による伝達は、聞き逃したらもう一度その言語の番が回ってくるまで待たねばなりません。

それでは英語で伝えたらどうかとの提案が出ます。先に書いた「被災外国人が英語での情報を必要としていたか」という問題がここにあります。地域社会の次のような現実です。

その県は東北地方に接する関東北部にあって、東日本大震災のときには地震や福島からの放射能汚染問題を外国人住民にどう知らせるかで苦心しました。その県の外国人人口は県民全体の約2%で、国籍別の上位5比率は、ブラジル(27%)、中国(18%)、フィリピン(14%)、ペルー(11%)、韓国(7%)となっています(※5)。

(※5)平成25年12月末日における外国人住民数の状況について(群馬県庁)

このような外国人構成の住民に、行政が英語で伝える必然性の見出しにくいことは言うまでもありません。しかも緊急性の高い情報を英語で伝えることは、誰を助けようとしているのか心許ない限りです。

大規模災害発生下で緊急性の高い情報を、様々な外国語を母語とする外国人住民に等しく、かつ的確に伝えるにはどうすればいいのでしょう。阪神・淡路大震災が起きたとき、このことが神戸で大きな問題になりました。

明治から外国人居留地があった神戸ですので、こういう問題は起きないと思われていましたが、実際に起きてみると多くの外国人が情報を得られず幾重にも被災している現状(※6)がありました。それを知った社会言語学や日本語教育学を専門とする言語研究者が集まって解決法を考えることが始まりました。1995年のことです。

(※6)真田信治(1996)「『緊急時言語対策』の研究について」『言語』25-1、大修館書店 江川育志・松田陽子・他(1997)『阪神・淡路大震災における-外国人住民と地域コミュニティ』神戸商科大学

まず、情報を得られず困っている外国人はどんな人たちで、言語研究者が手助けできることは何かを考えました。そうしたところ、さまざまな母語をもつ外国人たちですが、救うべきは観光客でなく、被災地で生活する外国人ということに気付きました。また長年日本に住んでいて、上手に日本語を使う外国人もことばが分からず困っている訳ではありませんでした。

困っていたのは、日本に来て1年過ぎくらいまでの外国人でした。それでも彼らは日本で生活していますから、バスに乗ったり買い物をしたりするくらいの日本語は使うことができました。

先に「日本人の外国語能力」ということを書きましたが、災害下で情報を伝える日本人の外国語能力と困窮している外国人の日本語能力を比べると、片言の日本語でも明らかに外国人の日本語能力の方が高いわけです。しかも彼らの母語はそれぞれに違っても、一様にある程度の日本語が理解できます。

「外国人には外国語で」という伝統的な固定観念から解放されることで解決の糸口が見つかりました。「日本に住んで1年くらいの外国人が使っている語や文法で情報を伝える」方法です。私たち言語研究者はそれを「やさしい日本語」と呼ぶことにしました(※7)。

(※7)佐藤和之(1996)「外国人のための災害時のことば」『言語』Vol.25-2、大修館書店

さて、情報の受け手である外国人が「やさしい日本語」で知らされることについての評価ですが、たとえば東京に住んでいる外国人の76%は「日本語でコミュニケーションをとれる」と答え、「『やさしい日本語』だと「理解できる」と答えた外国人はさらに多い85%でした(※8)。

(※8)地域国際化推進検討委員会(2012)『災害時における外国人への情報提供―東日本大震災の経験を踏まえて』東京都生活文化局都民生活部

仙台に住むブラジル人女性は東日本大震災を振り返って「ゆっくり優しい日本語なら、理解できる。『これから、やさしいにほんごでながします』を聞くと安心。」と答えています(※9)。受け手である外国人の8割前後が日本語で大丈夫と言っているのですから、外国人が誤解しないような吟味した日本語で伝えるのが最善ということになりました。

(※9)仙台国際交流協会(2011)「仙台市災害多言語支援センター活動報告」

また日本語は日本人にとっての母語ですので、日本語が初級の外国人にも伝わるようさまざまに言い替えることは、外国語で伝えようとするより現実的かつ確実でした。

「やさしい日本語」の表現

災害が起きると、防災無線や市区町村役場、消防の広報車、コミュニティFMなどで知らされる「やさしい日本語」で外国人を避難所へ誘導します。日本に来て1年前後の外国人でも、また漢字圏からの、あるいは非漢字圏からの外国人も確実に理解して行動を起こせる表現と読み方にして伝えます。避難所に移ってからは掲示物で知らせます。

そこには日本人用の掲示物もたくさん貼り出されますから、その中にあって外国人の目を引くもの、そして日本語だけど読んでみようという気にさせる情報の書き方と表現にします。

「やさしい日本語」は阪神・淡路大震災(1995年/最大震度7)、宮城県北部地震(2003年/最大震度6強)、新潟県中越地震(2004年/最大震度7)、東日本大震災(2011年/最大震度7)のとき、被災者へ伝えられた情報に基づいています。たとえば次の文は東日本大震災のときに使われた避難所への誘導文で、掲示物(書き言葉)でも広報文(広報車やコミュニティFMでの読み言葉)でも使えるよう作られました。

s-2

つぎのものは掲示物での表記法を説明したもので、新潟県中越地震で初めて使われました。

s-3

いずれも被災外国人が行動を的確に起こせるよう考え出された表現です。これら表現にするための「やさしい日本語」12の文法(※9)や掲示物作成のための正書法(※10)、放送用文の読み方(ポーズのとり方やスピード)(※11)など、さらに災害発生時にそのまま使える「やさしい日本語」マニュアル(※12)や「やさしい日本語」にするときに言い換えをアドバイスするパソコンソフト「『やさしい日本語』化支援システム」(※13)も開発しています。

(※11)災害時に外国人にも情報が伝わる放送の読み方スピードの検証結果(弘前大学・社会言語学研究室)

(※12)増補版『災害が起こったときに外国人を助けるためのマニュアル』(弘前大学・社会言語学研究室)

(※13)「やんしす」YAsashii Nihongo SIen System(東北大学工学研究科・伊藤研究室)

すでに紙幅を超えましたのでそれらについての説明は避けますが、下記ページで全ての本体とそうした根拠の確認ができます。いずれも著作権をフリーにしてありますが、公にするときは引用元のクレジットだけ書き添えてください。http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/EJ3mokuji.htm

「やさしい日本語」の理解率と普及状況

ここまで読んでくださった皆さんは、それでは「やさしい日本語」だとどのくらい通じるのかを知りたくなったことと思います。そこで最後に、「やさしい日本語」の理解率と普及状況をお知らせして本稿を終えることにします。

まず理解率についてですが、日本に住んで1年くらいの外国人に「やさしい日本語」は通じるのかや、漢字を使う国から来ている外国人と使わない国から来ている外国人がいて、そのいずれにも通じるのか、さらに読みことばでも書きことばでも通じるのかを数量的に示す実験を行いました(※14)。

(※14)『「やさしい日本語」の有効性と安全性検証実験解説書』(弘前大学・社会言語学研究室)

結論だけ示しますが、普通の日本語での情報を聞いたり見たりして正しく理解した外国人は60.5%でした。一方、「やさしい日本語」での同じ内容を正しく理解した外国人は84.9%でした。「やさしい日本語」での情報は普通の日本語より伝わることが実験によって検証されました。

つぎに普及状況についてお知らせします。2014年4月、内閣府は「日系定住外国人施策の推進について」(※15)で「自治体等に対して、「やさしい日本語」を活用した災害発生時の情報提供方法について習得するためのコンテンツの整備等を行う。」「自治体に対し、地域防災計画において位置付けるなど、「やさしい日本語」の積極的な活用を推奨する。」(以上、4. 安全・安心に暮らしていくために必要な施策,  防災・減災のための対策 )他を発表をしました。

(※15)日系定住外国人推進会議(2014)『日系定住外国人施策の推進について』内閣府

この施策を受け、気象庁等の関連機関は、2015年3月に多言語で緊急地震速報を伝えられるよう、英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語と「やさしい日本語」での表現のための多言語辞書を公表しました(※16)。

(※16)気象庁・内閣府・観光庁(2015)『緊急地震速報の多言語辞書』気象庁

このような「やさしい日本語」で外国人に情報を伝える取り組みは、すでに47都道府県すべてで実施されていて、それらでは防災情報や地域防災計画、避難誘導標識、注意喚起情報、生活情報などを伝えるのに活用されています(※17)。

(※17)『やさしい日本語』に対する社会的評価(弘前大学・社会言語学研究室)

「やさしい日本語」はこのように、日本に住んで1年くらいの外国人なら知っている語や漢字、文構造によって表現されますので外国人によく伝わります。私たち日本人が想像しやすい文でいうと、小学校3年生の国語の教科書で使われている文と似ています(※18)。

(※18)「やさしい日本語」におけるやさしさの基準について(弘前大学・社会言語学研究室)

外国語に親しんだ人でも、情報を外国語に翻訳するときは慎重さが要求されます。しかし「やさしい日本語」の場合、その情報が適切かをすべての日本人が確認できるので誤訳の心配がほとんどないという特徴もあります。

このことに関連し、行政が「やさしい日本語」の採択を検討しり際の参考にして欲しいことが1点あります。それはコミュニティーに住む外国人の多寡に関係なく「やさしい日本語」の導入は効果が期待できるということです。

つまりこういうことです。外国人住民の数が少ないほど、行政はそのために人員を割くことができませんし、外国人ボランティアも支援に入りません。外国人同士の共助も機能しませんから、彼らを救おうとすると地域社会の負担はどうしても大きくならざるを得ません。そんなとき「やさしい日本語」でなら、状況に応じた対応が可能ということです。

きょう、拙稿を最後まで読んでくださった皆さんが「やさしい日本語」で災害時情報を知らせる意義を理解くださり、近い将来、私たちとの協働に参加してくださることを願って話を終えることにします。

プロフィール

佐藤和之社会言語学

弘前大学大学院教授。地域社会研究科で地域言語行動論を担当。社会の構成員が混在化する地域の言語変容研究を専門とし、「やさしい日本語」研究はその一環。地域社会に迎えたさまざまな国からの住民を情報弱者にしないための減災研究に取り組む。2000年に「やさしい日本語」研究で消防庁長官賞と村尾学術奨励賞(神戸に貢献のあった研究に与えられる賞)を受賞。「やさしい日本語」に関わる2014年の主要論文は以下の通り。

・「外国人被災者の心の負担を軽減する『やさしい日本語』であるために」『わかりやすい日本語』(2014年)

・「『やさしい日本語』による情報伝達支援と方言研究」『21世紀の方言使用』 (2014年)

・「社会言語学と『やさしい日本語』研究」『社会言語科学の源流を追う』 (2014年)

・「「やさしい日本語」の活用による外国人コミュニティキーパソンとの協働」『JIAM国際文化研修』 (2014年)

この執筆者の記事